第155話、眠れ眠れ

 エレオノールが宿泊していた宿で荷物を回収し、目的地の遺跡に出発した。

 もちろん牽引はライオット。これにはエレオノールも驚いていた。


「ら、ライオットさん、重くないんですか?」

「平気っす。自分、兵器っすから。なんちゃってっす!! がははははっ!!」

「…………」


 意味はわからなかったが、どうも平気らしい。

 エレオノールは正面小窓を閉じ、ソファに横になり、不眠ペンギンのピーちゃんをなでるオルトリンデと、空中投影ディスプレイを眺めているヴァルトラウテを見た。


 今更だが、どちらの少女もとても美しかった。

 年齢は17~8歳ほどだろうか。長いポニーテールにゆるふわウェーブの銀髪。自分と同じ赤い目だが、エレオノールが真紅だとすれば、彼女たちはルビーのようにキラキラしている。そして、装飾が施された高級そうな鎧を纏っているが、武器らしき物は見当たらない。

 エレオノールは、ちょっとだけ気になった。


「あの、オルトリンデさん、ヴァルトラウテさん……」

「ん、どーした?」

『きゅぴ?』

「どうされましたか?」


 よく似た顔立ちは美しく、ルビーの瞳は自分に向けられている。そのことに少し緊張しながら、エレオノールは聞いた。


「あの、お二人はその、武器とかは……?」

「武器? ああ、持ってるぜ。量子分解して収納してある」

「…………え、ええと」

「お姉さま……もう少し真面目に答えてくださいな」

「真面目だろうが。他に何て言えばいいんだっつーの」

「はぁ……」


 ヴァルトラウテは苦笑して立ち上がる。

 そして、エレオノールも前で大盾を展開した。


「え、え?……な、なにが」

「これがわたくしのメインウェポン、『乙女絶甲アイギス・アルマティア』ですわ。ありとあらゆる衝撃を吸収し、防護フィールドも展開可能な万能盾です」

「盾……」

「ええ。量子分解とは……そうですわね、この大盾をとっても細かい、目に見えないくらいの粒に分解して、特殊コードをキーとした異空間……ええと、わたくしが作りだしたお部屋に仕舞っておくのです」

「部屋?……異空間魔術、ですか?」

「似たような場所ですわね。量子分解すればどんな物でも収容できますの。たとえば、エレオノールちゃんもツブツブにして収納できますわよ?」

「えっ……」

「ふふ、冗談ですわ」


 ヴァルトラウテはくすりと微笑み、アイギスを消した。これが量子分解とやらなのかと、エレオノールは無理矢理納得した。どうやら丸腰ではないらしい。


「なぁエレオノール、このペンギン何喰うんだ?」

「ピーちゃんですか? ピーちゃんはお肉なら何でも食べますよ」

「肉食かよ……そういえば、おめーは吸血鬼なんだよな? 血は飲むのか?」

「は、はい。町の血液屋で血瓶を買ってあるので、しばらくは大丈夫です」

「血瓶?」

「はい。吸血鬼の食事である血液を売ってるお店です」

「へぇ……」


 血液屋なんてあるのかと、オルトリンデは思った。

 仲間となった以上、エレオノールの世話や都合も考えなくてはならない。


「お前、夜は寝るのか?」

「え、ええ、もちろん」

「排泄は?」

「え……えええっ!?」

「お姉さま!! デリカシーに欠けますわよ!!」

「いや必要なことだろ……」

「全くこの人……いえアンドロイドは。ごめんなさいねエレオノールちゃん、少しわたくしとお話ししましょうか」

「は、はい……」


 部屋の隅に移動し、エレオノールとヴァルトラウテは話し始めた。

 アンドロイドである自分たちは睡眠や食事、排泄をする必要がないこと。吸血鬼であるエレオノールの生活リズムに合わせるため、今までどのように生活していたかを聞いたり、エレオノールの要望を聞いたりしていた。

 オルトリンデは、ペンギンのピーちゃんに言った。


「デリカシーもクソもねぇよな? アタシらアンドロイドだぜ?」

『きゅぴ?』


 不眠ペンギンのピーちゃんは、可愛らしく首を傾げた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 定期的に血液屋へ寄り血瓶を補充する。

 飲食は特に必要ないが甘味があれば嬉しい。

 着替えは10日分ほどあるので、最低でも10日に一度は洗濯したい。

 睡眠はもちろんする。朝起きて夜眠る。

 排泄はするので······察して欲しい。

 不眠ペンギンのピーちゃんは毎日肉を食べるので餌が必要。

 基本的に何もせずのんびりしてるので放っておいて構わない。

 

「と、こんなところですわね」

「うぅ······恥ずかしいです」


 エレオノールを仲間にしたことで、オルトリンデたちの生活も変化することになった。

 改めて、自分の生活を赤裸々に語り、みんなに理解してもらうのは、エレオノールにとってとても恥ずかしかった。


「あ、あの······ほんとに皆さん、食事とかは?」

「必要ねーよ。アタシらは太陽光エネルギーで動いてるからな。飲食が必要なのは緊急時だけ。排泄もしねーし不純物で体も汚れねーから風呂も必要ねーしな」

「す、すごい。ちょっと羨ましいです」

「ふふ。エレオノールちゃん、困ったことや言いたいことがあれば、ちゃーんと話すんですよ」

「は、はい、ヴァルトラウテさん」


 そして、気が付くと夜だ。

 外は暗く、森を走っているのかキィキィと獣の鳴き声がする。

 

「······よし、今日はここまで。モーガンを使おうかと思ったが中止。アタシらはメンテに入るから、エレオノールはもう寝ろ」

「めんて?」

「メンテナンスだよ。調整」

「はぁ〜······お姉さまってば。エレオノールちゃん、わたくしたちは身体のお掃除をしますので、今日はお休みくださいな」

「は、はい。おやすみなさい」


 モーガンに引かせることも考えたが、高級居住車といえ振動がある。エレオノールの眠りを妨げるこたになるだろう。

 オルトリンデは、ぶっきらぼうながらエレオノールを気遣っていた。

 もちろん、そのことにヴァルトラウテは気付いている。


 エレオノールは、誰も使っていないベッドの一つを選び、寝間着に着替えて潜り込んだ。

 すると、不眠ペンギンのピーちゃんが潜り込んでくる。


『きゅぴ!!』

「ん······おやすみ、ピーちゃん」


 ちらりと視線を向けると、そこにはオルトリンデとヴァルトラウテ、そして居住車に入ってきてライオットがいる。

 

「·········やっぱり、誰も眠らない」


 エレオノールの能力は、物理魔術関係なしに眠らせる力。チート能力ではなく、吸血鬼として覚醒した能力だ。

 力の制御が上手くできず、数年前までは町で眠ることなどできなかった。エレオノールが眠ると能力の制御が開放され、一つの町の住人や動物を眠らせたこともあった。


 今は、ある程度制御ができるようになり、眠っても能力が開放されることはない。だが、半径2メートル以内に入ると、強制的に眠らせてしまう。


 オルトリンデたちは、半径2メートルどころか普通になでてくれた。

 優しく、暖かな手で、なでてくれた。

 不眠ペンギンのピーちゃんだけだと思っていた仲間ができた。


「············」

 

 エレオノールは、安らかな気持ちで眠りについた。

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