第124話またしても増える命

 ユグドラシル領土は、7割以上が森らしい。

 国境都市アドドを出発して4日、天気はいいのにずっと森の中を走っていた。

 森の中は日差しが柔らかく、どちらかと言えば暗い。

 整備された林道をエンタープライズ号は進む。スタリオンとスプマドールも仲がよく、これまで1度も喧嘩すること無く走っている。

 御者は、主にブリュンヒルデとジークルーネが務めている。どうも手綱を握るのが楽しいのか、何も言わなくても御者席に座っている。

 

 エンタープライズ号内は快適だ。

 基本的に土足だが、1階のごま吉の休むスペースは土足厳禁にした。そこだけフカフカなカーペットを敷き、ごま吉が眠りやすいようにクッションやベッド代わりのバスケットを置いてある。

 クトネなんかは靴を脱いで横になり、ごま吉を枕代わりにして昼寝したりしてる。

 キャットタワーも1階に置いてあり、ネコたちはよくここで遊んだり昼寝していた。

 たまーに三日月も子猫モードでキャットタワーに昇って遊んでる。


 最近、ジークルーネが空中投影ディスプレイを操作して何か弄っていた。

 話を聞くと、『空間歪曲装置を改良すれば、指定した空間同士を繋げたり、部屋を拡張したりできるかもしれません。指定した座標をマーキングする。マーキングポイントを飲料可能な河川とかにすれば、水の補給が容易になりますし、空間を拡張して個室を作れば、トイレとかもできるかも』だとさ。

 なんとも夢が広がるな。

 水道やトイレも夢じゃない。もしかしたら風呂だってできるかも。

 

 さて、森を進むことさらに2日。

 道なりに進めばエルフの国に着くらしい。整備がされてる街道なので、迷う心配も無い。

 ちょうど2人きりなので、俺はソファでウィスキーを飲むゼドさんに聞く


「エルフの王国って、人間も出入りしていいんですよね?」

「今回は特例だ。基本、大樹都市ユグドラシルは他種族を歓迎しない。だが、精霊王オリジンが呼ぶなら話は別だ」

「は、はぁ……あの、エルフはチート能力を嫌うってのは?」

「……エルフは、チート能力を悪魔の力として忌み嫌っている。昔からの習わしでな、身内でチート能力者が生まれても容赦しねぇらしい」

「……それって」

「殺しはしねぇ。追放だよ」

「追放……」

「セージ、今回はドワーフの技術が求められてるらしいが、遺跡調査となればオメーの方が役立つだろう」

「そ、そうですかね……」

「ああ。ユグドラシル王国には全員で入れないかも知れねぇが、オメーだけは連れて行くように説得する。ワシの勘だが、どうもイヤーな予感がしやがる」

「あの、あんまりそういうことを言うのは……」


 イヤな予感?……ははは、俺なんて森に入った瞬間から感じてるよ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ユグドラシル領地に入り数日、問題なく進んでいたが、止まらざるを得ない状況が目の前にあった。


「······酷いな」

「居住車、ですね」


 たまたま御者席に俺とジークルーネが座ってた時の事、街道から少し離れた森の中で、粉砕された居住車を見つけた。

 居住車だけじゃない·········乗っていた人も、居住車を引いていたらしい牛のモンスターもいた。

 みんな獣人だ。全員······死んでいる。


「······死後、数日は経過してますね。内蔵が殆どない、つまり、この辺りに住むモンスターに食べられたようです」

「······可哀想に」


 クマの獣人の首にはドッグタグがある。同業者のようだ。

 俺は埋葬するためにドグさんとルーシアを呼ぶ。クトネや三日月みたいな子供にはさせられない。これは大人の仕事だ。

 

「セージ、お前は優しいな、私もこういう経験はあるが、埋葬など考えたこともなかった。死体を放置すれば伝染病が起きるだの、血の匂いでモンスターをおびき寄せるだの、そんなことばかり考える」

「······」


 ゼドさんが穴を掘り、俺とルーシアが死体を丁寧に並べていく。

 荷物も一緒に埋葬しようと居住車の残骸を調べた時だった。


『きゅ、ぅ······』

「こいつ······まさか」


 残骸の中から、負傷した砂色のアヌジンラウトが姿を表した。

 だいぶ弱ってる。でも生きてる。

 まさか、この居住車の守護獣か。


「ッ! ジークルーネッ! メインウェポンを使用してこいつを治せ!」

「はい、センセイ!」


 俺は御者席に座っていたジークルーネを呼び、負傷したアヌジンラウトの怪我を治させる。

 怪我は治ったが、衰弱が激しい。

 俺はアヌジンラウトを抱き上げ、持っていた水をゆっくりと飲ませる。

 アヌジンラウトは、こくこくとゆっくり飲み始める。

 ルーシアたちに埋葬を任せ、車内へ戻った。


「あ、セージさんおかえりなさ······え、なんですかそれ?」

「わぁ、砂色のごま吉だ」

「こいつ、外にあった居住車の守護獣らしい。どうやらこいつは生きてたようだ」

「へぇ〜······で、どうするんですか?」

「······連れてくしかないだろう」

「わぁ、ごま吉のお友達が増えたね!」

『·········』


 おいおい、とんだ荷物を拾っちまった。

 でも、怪我を治したところで置いていくわけにもいかない。こいつの生息地は元は砂漠、こんな森で生きていけるわけがない。

 助けた以上、ここで世話するしかないのか……。


『もきゅう』『もきゅ……』


 床に降ろすと、ごま吉が心配そうにアヌジンラウトに擦り寄る。

 不謹慎だが、めっちゃ可愛い。白いごま吉と砂色のアヌジンラウトが寄り添う姿は、とんでもない癒し効果を発揮した。


「せ、セージさん、これヤバくないですか?」

「だ、だな……とにかく、だいぶ衰弱してるようだし、消化のいい物を作るよ。何日も食べてなさそうだしな」


 俺はバーカウンターで、果物を数種類すり潰して皿に盛る。

 三日月がエサを食べさせたそうだったので任せると、アヌジンラウトはペロペロと舐めるようにすりおろし果物を食べた。

 食べ終わると、そのまま寝てしまった……とにかく、休ませるか。

 そして、埋葬を終えたルーシアとゼドさんが戻って来た。


「あ、お疲れです。任せちゃってすみません」

「気にすんな。それより、ちと妙な感じだ」

「ああ。セージ、あの死体だが、どうも普通の死に方じゃない」

「え?」


 ルーシアとゼドさんが怖い顔をしている。

 なんかイヤな予感がする。


「どうも、引き千切られたような傷口なんだよ。モンスターだったら食いちぎるような跡が残るハズだし、人間だったら剣や斧で斬るなり弓で射るなり魔術で焼くなりだが、こいつらの傷はなんかこう……説明出来ない。だが、モンスターの獣臭もしねぇし、人間らしい躊躇もねぇ。ぶっちゃけよくわからん」

「セージ、このユグドラシル領土……一筋縄ではいかなそうだ」

「………はぁ」


 ため息が出た。

 まさか、またオストローデ王国の刺客じゃないだろうな。

 相手はアンドロイド。どうも常識じゃ計れない。

 とにかく、今は本来の目的を果たそう。


「ん、アヌジンラウトか……死んだ冒険者グループのか?」

「ええ。怪我してましたし、このまま連れて行くしかなさそうです」

「ふむ、ごま吉のいい相手になりそうだな。私は歓迎するぞ」


 ルーシアの視線は優しい。

 すると、砂色のアヌジンラウトをなでていた三日月が言った。


「せんせ、この子、女の子みたい」

「メスか。ははは、ごま吉の彼女になるかもな」

「名前どうしましょうか? せっかくだし、ルーシアさんに決めてもらいません?」

「な、なに!? わ、私が決めるのか!?」

「そうだな。三日月、ゼドさん、それでいいですか?」

「ワシは構わん。好きにしろ」

「ルーシア、可愛い名前をおねがい」

「なっ……む、むむむ」


 ルーシアは、砂色のアヌジンラウトをジッとつめて悩む。

 たっぷり10分ほど悩み、超真剣な声でルーシアは言った。


「ふむ………では、ジュリエッタというのはどうだ?」

「「「「……………………」」」」


 こうして、砂色のアヌジンラウトことジュリエッタが加わった。

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