第70話三日月しおん④

 わたしは宿へ戻り、お風呂にお湯を張る。

 みけことくろこは屋根を伝ってわたしの部屋へ。2匹はフカフカベッドでお昼寝できると喜んでたけど……まずは、身体を洗わないとね。

 

『ちょ、ちょっと! オフロなんて聞いてないわよ!』

「だめ。キレイにしないとベッドは使わせない」

『わたしはお願いする~。お湯は気持ちいいもんね』

「くろこは綺麗好き」

『ニャッ!! わ、私は遠慮……』

「だめ」


 わたしは服を脱ぎ、2匹を連れてお風呂場へ。

 個室のオフロはそんなに大きくないけど、ネコ2匹を洗うくらいのスペースはある。

 液体石けんを泡立て、くろこを泡まみれにする。


『うにゃにゃ……きもちいい』

「ふふ、あわあわ」

『うにゃぁ……』


 くろこは泡まみれでも気持ちよさそうにしてる。

 この子はのんびり屋っぽい。大人しくて可愛い。


『にゃぁぁぁぁっ!! あわあわ怖いいぃぃぃっ!!』

「みけこ、暴れちゃダメ」


 みけこは聡明な感じでオフロ嫌い。

 バタバタ暴れるみけこの身体を押さえ、しっかり洗う。

 わたしも自分の身体をしっかり洗い、みんなで湯船に浸かる。


「はぁぁ~~~~~……………」

『にゃぁ~~~~~……………』

『うう、あわあわ怖い……もう疲れたわ』


 やっぱり、オフロは気持ちいい……。

 オフロから上がりベッドにダイブすると、すごく眠くなってきた。

 みけことくろこもベッドに上がり、香箱座りで目を閉じる。わたし、この座り方のネコが一番好き。

 

「ふぁ………」


 晩ご飯まで一眠りしよ………。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 起きて晩ご飯を食べて、ネコたちにも晩ご飯をあげる。

 すると、窓際に数匹のネコが集まった。


「お、なんか来た」

『ああ、情報が集まったのね……しおん、報酬を用意して』

「はーい」


 報酬は、町で買った魚の練り団子。おやつ用にいっぱい買っておいてよかった。

 部屋にネコたちを入れて練り団子をあげると、美味しそうにモグモグ食べる。やっぱりネコは可愛い。

 食べ終わると、みけこにニャーニャー鳴いて出て行った。


『いろいろ話が聞けたわ。何が聞きたい?』

「おお。じゃあ……せんせの話」

『ないわ』

「……………」

『そ、そんな顏しないでよ。そもそも、あなたの言った特徴の成人男性なんて腐るほどいるわ。さすがに私たちでも調べられないわよ』

「だよね……」


 せんせは黒髪黒目、中肉中背で20代後半くらい……うん、それしかないや。

 オストローデ王国の軍服を着てるかもしれないけど……わたしみたいに脱いじゃった可能性もあるよね。


「じゃあ、フォーヴ王国のこと教えて。せんせを探すには、直接歩いてみないといけないしね」

『いいわよ。フォーヴ王国は獣人の住む大国よ。国王は『超野獣王(ビースト・オブ・ビースト)アルアサド』、偉大なる獣人の王と呼ばれ、最強の獣人の1人と呼ばれてる武人らしいわ』

「最強の獣人……」

『ええ。噂じゃS級冒険者の1人、『鶺鴒(せきれい)』と引き分けたとか』

「せきれい? 鳥?」

『さぁ……それと、アルアサドは昔から、とある『チート能力』の持ち主を探してるそうよ』

「とあるチート能力?」

『それが何かはわからないけどね。と……王様についてはこんなところね。王国だけど……しおんにはキツいかも』

「うん……奴隷制度、でしょ?」

『ええ。この町にもいるけど、フォーヴ本国に比べたらマシな方よ。本国の奴隷待遇はこのアストロ大陸最悪と言っても過言じゃないわ。奴隷は全て人間で、服すら着せずに首輪に繋がれてるらしいわよ』

「…………」

『その「せんせ」とやらがフォーヴ本国にいるかどうかはわからないけど……あんたみたいな女の子が1人で近付いていい国じゃないわ』

「………でも、せんせを探さないと。それにわたし、けっこう強いから大丈夫」

『………』


 みけこの頭をなでなでする。

 ちなみに、くろこは一度も起きずにグーグー寝てる。可愛くて癒やされるなぁ。


『……はぁ、じゃあしおん、せめて仲間を見つけなさい』

「仲間?」

『ええ。私たちみたいなネコじゃなくて、頼りになる強い人間の味方をね』

「うーん……それもそうかな。でもどうやって?」

『それはあんたが考えなさい。この町で探すのもいいし、フォーヴ本国近くの町に行く乗り合い馬車もあるみたいだし、それに乗って王国の近くまで行くのもいいしね』

「乗り合い馬車? そんなのあるの?」

『ええ。町の住人の話だと、フォーヴ王国の観光都市の1つ、『宝石の町ピュアラ』に向かう乗り合い馬車が明日出るそうよ』

「ふーん……宝石の町かぁ」


 宝石に興味はないけど、せんせに会えるかもしれないなら行ってみる価値はある。

 というか、この町にいないなら、明日にでも出発しよう。


「わかった。宝石の町に行ってみよう」

『ええ、その町でも調査してあげるわ。ネコなんてどの町にでもいるし、エサをくれれば頼みなんていくらでも聞いてあげる。それに、しおんはネコとお話できるみたいだしね』


 そう、わたしのチート能力は情報収集向けって言われてる。

 町にいるネコに協力してもらえれば、こんなにも簡単に情報が集まる。


「ありがとう、みけこ」

『いいわよ別に……私は美味しいエサに釣られただけなんだから』

「うん、それでもいいよ」

『うにゃぅ……』

「くろこ、よく寝てる……ふぁ」


 わたしも眠くなってきた……もう寝よう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日、朝ごはんをしっかり食べ、宝石の町へ向かうという乗り合い馬車が待つ所へ向かう。

 場所は町から出る門の外側で、若い女性が10人くらいいた。しかもけっこう身なりがいい、お金持ちなのかも。

 馬車の装飾もけっこう凝ってて、同じ馬車が3台あった。10人くらいしかいないのに、ずいぶんと豪勢な感じ。

 すると、数人の御者とリーダーっぽい男の人が言った。


「それではー、宝石の町ピュアラに向かいたいと思いまーす。みなさん、こちらの馬車にお乗り下さーい」


 ゾロゾロと、1台の馬車に女性陣が乗り込む。

 もう1台の馬車には護衛らしき男性が乗り込み、最後の一台は誰も乗り込まなかった。

 わたしも女性用の馬車に乗り込む。ちなみにみけことくろこはカバンの中に入れてる。狭いだろうけど我慢してね。

 全員が乗り込むと、馬車は出発した。


「宝石の町ピュアラなんて久し振り」「ねぇねぇ、新作のイヤリングが……」

「わたくし、金貨100枚持って来ましたの」「まぁすごい!!」


 う~ん……やっぱりわたし、場違いかも。

 みんな友達なのか、馬車の中は和気藹々としてる。

 けっこう乗り心地はいい。シート部分にはクッションが敷かれてる。でも、窓がないのはちょっと残念かも。

 それから半日ほど進み、小さな森の中を走っているときだった。


「…………ふぁ」


 眠い……なんか、まぶたが重い。

 会話が退屈すぎて眠くなってるのかな……?


「……………あ、れ?」


 おかしい。

 よく見ると……馬車のみんなが………寝てる?

 いつの間に……なんで? あれ?


「…………………あ」


 やばい、身体が横に倒れてしまった。

 あれ、隣の人の肩にもたれ掛かると思ったのに………?

 ああ、そっか……隣の人も寝てる………え?


「な………なに、これ………?」


 足下から、僅かながら白い煙が上がっていた。

 これは………気体状の、催眠………ガス。

 あれ……何か、聞こえる?


「寝たか?」

「ああ。後ろの男共の馬車は?」

「問題ない。あっちも薬が効いてぐっすりだ」

「よし、じゃあカモフラージュ代わりに馬車を破壊するぞ。いつも通りだ」

「へいへい。『馬車は破壊され、女は盗賊に山に連れて行かれた、それを追って男は出て行った……だろ?」

「そうだ。本来の目的地である『獣人貴族の町シュヴァヴァ』に向かうぞ」

「はいよ。人攫い集団のボスさんよ」


 あ、そっか………わたし、誘拐………。

 やば、い………ねむ、い。


「へへ、これから売られるとも知らずにのんきなヤツらだぜ」


 そんな声が聞こえ、わたしの意識は闇に消えた。

 とても温かく、安らぎのある夢の中へ。


 これが全ての始まりだった。

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