第62話三日月しおん②

 とらじろーに案内されて向かった場所は、玉座の間だった。

 ここ、王様と謁見して以来1回も来てない。


『へへ、カサンドラとアシュクロフトが中に入るの見たんだ。おかしくねぇか、王のいない謁見の間に騎士とお姫様が入っていくなんてよぉ』

『······とらじろー、悪趣味』

『いーからいーから、ほれ、あそこから中に入れるぜ』

 

 謁見の間入口のドアの上は、通風口みたいな広さの穴がある。異世界のお城としてはかなり意外だったけど、空気の通り道らしい。


『オレらでしか入れないスペースなんていくらでもあるぜ。多分、ネコが城に入るなんて想定してないんだろうよ』

『なるほど。それで厨房とか食料庫とか自由に入れるんだ』

『まぁな。へへ、ネコっていいだろ?』

『······うん』 


 やっぱりネコはいい。

 わたしはとらじろーの身体を使い、通風口へジャンプした。

 中は狭く、ホントにネコ一匹しか通れるスペースがない。

 

『で、ここに何があるの?』

『この先だよ。見たことないモンがいっぱいあるぜ』


 通風口は意外と長く、いちばん奥まで5分はかかった。

 鉄格子のような仕切りの先に、その部屋はあった。


『どうだしおん、スゲーだろ?』

『················』

『なんかピーピーうるさいしチカチカ光ってるけどよ、これも魔術とやらなのかねぇ』

『················』

『へへ、ネコじゃないとここにはこれねぇ。なぁしおん、ここをオレとお前の秘密の場所にしようぜ·······おいしおん?』

『················なん、で?』


 なんで、この世界に『機械』があるの?


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そこは、テレビとかで見たことがある機械工場みたいだった。

 車の製造工場に近いのか、ロボットアームやよく分からない配線、スーパーコンピューターみたいな鉄の塊がいくつもある。

 こんな光景、日本やアメリカでもお目にかかれないと思う。

 でも、それよりも気になる物があった。


『·········あれ?』


 ガラスの円筒に、女の子が入っていた。

 銀色の髪に華奢な体躯。年齢は15歳くらいかな。ハダカでガラス円筒の中に浮いていた。

 あれ、人間だけど······生きてるのかな?

 

『お、姫さんと騎士だぜ。へへ、やっぱり逢引か』

『とらじろー、しっ』


 気配を最大限に消し、何を話しているか聞く。

 不思議と、盗み聞きが悪いとは感じてなかった。ここの話を聞かなくちゃいけない、そんな気がした。

 聞いたことない声でカサンドラ姫が言った。


「首尾は?」

「順調です。ですが、ブラックボックスの解析、ヴァルキリーハーツに刻まれた特殊プログラムの解明は未だ難航しています。起動は可能ですがメインウェポンの使用はかなり制限されるでしょう。我々に忠誠を誓うプログラムは完成しましたが、ヴァルキリーハーツに書き加えるとどのような反応が起きるかわかりません。最悪、感情データが破壊される可能性もあります。なので、ヴァルキリーハーツはそのまま、電子頭脳に干渉してプログラムを流用するシステムを構築します。まだしばらくお時間をいただきます」

「······そう。急ぎなさい。それと同胞の修復は?」

「そちらは順調です。『type-PAWN(ポーン)』・『type-BISHOP(ビショップ)』・『type-LUKE(ルーク)』・『type-HYDRA(ハイドラ)』······戦乙女型を解析した結果、相当なアップグレードが可能になりました』


 タイプポーン? タイプビショップ? タイプルーク? タイプハイドラ? なにそれ、まるでなにかの識別番号みたいな。


「それは結構。ふふ、オストローデ王国の大陸統一も間もなくね」

「ええ。生徒たちの平均レベルも40を越え、ミノタウロス程度なら単独で討伐可能なレベルになりました。特にナカツガワのレベルが突出しています。センセイの死がよほど応えたのでしょう」

「センセイ·········ああ、得体の知れないチートを持った男ね」

「はい。それと······お話したと思いますが、近隣の遺跡に転送装置の痕跡とナノポッドの残骸を発見しました。ミノタウロスが現れた理由と死体のない理由は、やはり転送装置の起動によるものと考えられます」

「つまり、センセイとやらは転送装置で逃げたと」

「はい。センセイのチートは『修理(リペア)』······今の時代においてまるで意味を成さない、機械を修理する能力です。恐らく、何らかの原因で施設を修理し、転送装置を可動させ脱出したと考えられます。転送装置を調べた結果、ウィルスの痕跡も確認されました。ここではないどこかへ転送されたと考えるのが正しいかと」


 何を言ってるのかさっぱり。

 でも、せんせが生きてる。その可能性があるって言ってる。

 

「まぁ、そのセンセイとやらは放っておいていいわ。どうせ何も知らないだろうし、生きていればここへ戻ってくるでしょう」

「ええ。ですが······」

「ナノポッド」

「······はい」


 ナノポッド?

 アシュクロフト先生、何を悩んでるんだろう?

 わたしは、最後まで聞こうと鉄格子に前足をかけた。


「ナノポッドに、戦乙女型が眠っていた可能性があります」


 次の瞬間、鉄格子が外れて落下した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 背中の毛が逆立った。

 鉄格子がこんなに緩く簡単に外れるなんて思わなかった。

 なぜだろう、殺されるかもしれない予感がした。


「··········」

「··········」

 

 アシュクロフト先生とカサンドラ姫がこっちをみてる。

 アシュクロフト先生がこっちに来た。なにこれ、なんでこんな冷たい目をしてるの。


「·········猫」

『しおん、切れ!!』


 わたしは、とらじろーとの接続を切った。

 自室のベッドの上で目覚め、飛び起きる。


「とらじろーっ!!」

『うおっ!? な、なんだよしおん』

「と、とらじろーが!! 迎えに行かな······」


 すると、コンコンとドアがノックされた。

 わたしは、びっしょりと冷たい汗を流していた。


「失礼します、シオン。貴女の猫をお連れしました」


 アシュクロフト先生だ。

 うそ、だって接続を切って1分経ってない。

 あの部屋からここまで来れるはずがない。


「シオン、いないのですか?」


 怖い、怖い、怖い。

 なにこれ、なにこれ、なにこれ。

 

「シオン、いるのでしょう? ここを開けてくれませんか?」


 わからない。

 部屋の向こう側にいるのは、ホントにアシュクロフト先生なの?

 それに、あの部屋はなに? あの女の子はなに?

 もしかして、見ちゃいけないモノだったの?

 オストローデ王国は、なにを隠しているの?

 



「シオン·············見たのですか?」




 わたしは、恐怖で気絶した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。クラスのみんなが教室に集まった。

 とらじろーは······帰ってこなかった。

 隣に座るあかねが心配してくれる。


「しおん、大丈夫?」

「·········うん」

『チッ······とらじろーのヤツ、何処に行きやがったんだよ』


 太ももにしろすけを乗せてなでる。

 とらじろーとの繋がりも切れてしまい、目と首輪も使うことができなかった。

 繋がりが切れたのは、わたしがとらじろーとの接続を強制的にシャットダウンしたから、使役そのものが切れたからだと思う。たぶん、とらじろーは普通の猫に戻ったはず。

 落ち込んでいると、アナスタシア先生が教室へ来た。


「……みんな、悲しいお知らせがあるわ」


 ザワザワとしていた教室が、ピタリと静かになる。


「あなたたちのセンセイだけど……行方不明という結果になったわ」


 生徒たちは、怪訝な顔をした。

 

「ミノタウロスとセンセイの遺体は確認出来なかったの。もしかしたら、私たちの知らない方法で遺跡を脱出した可能性もある。それか、ミノタウロスがセンセイを食べたあと、何かが起きて消えてしまった……可能性がいくつも考えられるわ」


 ウソだ。

 アシュクロフト先生は、転送装置って言ってた。

 文字の通りなら、せんせは脱出してる。その装置とかいうので。

 でも、そのことを言うわけにはいかない。

 だって、盗み聞きしていたから……。


「ねぇ、シオン」

「ッ!?」

「どうかしたのかしら?………顔色が悪いわよ?」


 アナスタシア先生が、わたしをジッと見ている。

 なにこれ……見透かされいるような、冷たい瞳。


「あ、あの……」

「さて、話はおしまい。悲しいけど希望を捨てちゃダメ、遺跡の調査は続行しますから、みなさんは訓練を続けてね」


 アナスタシア先生は出て行った。

 これでわかった。

 わたし、見ちゃいけない何かを見ちゃったんだ。

 あの部屋は、オストローデ王国の『何か』なんだ。

 わたしや他のみんなが知っちゃいけない、なにかがあったんだ。

 あの機械、そして……女の子。


「しおん、どうしたのよ?」

「あ………あかね」

「しおん、相沢先生ならきっと大丈夫。元気出して」

「…………あの、あかね」

「なに?」


 あかねに言うべきか。

 あかねだけじゃない。中津川くんや他のみんなに相談するべきか。

 でも、でも………。


「あ、アシュクロフト先生」

「っ!!」


 アシュクロフト先生が、音もなくわたしの所へ来た。

 身体がビクッと震えたのが見られてしまった。

 こんなの、バレたに決まってる。


「アカネ、シオン、訓練が始まります。着替えて移動しなさい」

「はい、アシュクロフト先生」

「………は、はい」

「……あの、アシュクロフト先生。しおんの体調が悪いようです。少し休ませてから向かってもいいですか?」

「……ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます! しおん、部屋に戻ろう」

「…………」


 わたしは、もうここにいたくなかった。

 どうしよう……怖くてたまらない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 部屋に戻ったわたしは、ベッドの上で震えていた。

 

「……」

『おいしおん、大丈夫かよ』

「しろすけ……わたし、どうしよう」

『チッ、とらじろーのヤツと何を見たんだよ……ヤベぇのか?』

「うん……たぶん、わたしが見ちゃダメな物だった。とらじろーとの繋がりも切れちゃったし……もう、ここにはいられない」

『ふーん。だったら行けばいい』

「え……?」

『ここには居られないだろ? だったら、この国から出ればいい。お前の大好きなセンセイとやらに助けてもらえよ』

「………あ」


 そっか。

 せんせ、どこかにいるんだ。

 転送装置でどこかに飛ばされたなら、ここじゃないどこかにいる。

 ああ……せんせ、会いたい。


「…………」

『ハラァ決まったか?』

「うん。行く」

『へ、なら行こうぜ……と言いてぇが、オレは一緒には行けねぇ』

「え、なんで?」

『決まってんだろ。とらじろーを置いて行けねぇよ。アイツは相棒だからな、探してやらねぇとよ』

「しろすけ……」

『しおん、オレとの繋がりは切るんじゃねぇぞ。オレととらじろーは、お前の可愛いダチなんだらな』

「……うん」


 こうして、わたしはここから脱走することを決めた。

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