第21話そのころの生徒たち
相沢先生が『行方不明』になり一月が経過していた。
ここ、オストローデ王国の訓練場では、若く逞しい1人の少年を5人の正騎士が取り囲んでいた。もちろんイジメなどではなく、立派な訓練である。
「………くっ!!」「ふぅ……」「………」
「はぁ、はぁ………」「………っ」
少年を囲む5人の騎士は、汗びっしょりで真剣を構えている。
普段の訓練では木剣を使うが、この少年に対しての訓練だけ、真剣を使って望むように騎士団長から言われていた。もちろん……殺す気でかかれとも。
だが、5人の騎士は動けない。
『固有武器』すら展開していない1人の少年に、圧倒されていた。
少年は微笑を浮かべ、右手を開く。
「それまで」
優しく、だが凜と響く声が割り込む。
同時に、5人の騎士達は肩で息をしながら地面に座り込んだ。
「まったく、あまり怖がらせちゃダメよ?」
「申し訳ありません、アナスタシア先生」
少年は振り返り、アナスタシアに向かって一礼する。
そして、5人の騎士達に礼を言い、訓練場から立ち去った。
「ふふ……強くなったわね」
アナスタシアは、大きな魔女帽子をクイッとあげる。
その表情は、どこまでも楽しそうに見えた。
少年の名は、中津川将星といった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
訓練を終え、部屋に戻った中津川は、自室に備え付けられたシャワーを浴びていた。
この一ヶ月、中津川を含む生徒30人は、恐るべき速度で成長していった。
チートのレベルも上がり、個々の能力も進化をを続けてる。それに、生徒達の間でもお互いのチートについて秘密を持つようになっていた。
中津川将星も、その一人。
「………ふぅ」
熱い湯を浴びながら、小さく息を吐く。
中津川将星は熱い湯を頭から被りつつも目を開ける。
頭をよぎるのは、一月前に亡くなった……いや、『行方不明』になった先生だ。
あの時は、本当に混乱した。
消えたミノタウロス、初めて部屋に入った時にはなかった得体の知れない装置、そして自壊していた謎の装置など、騎士達は全く理解出来ず頭を抱えていたのを覚えている。
なにより、相沢先生の死体がなかった。
ミノタウロスは、獲物を丸呑みする習性があることから、殺されたとしたならミノタウロスの腹の中にいるはず。だが、ミノタウロス自体がいなかった。
封印を施した部屋から脱出は不可能。ならば問題は簡単。
先生は、どうにかしてあの部屋から脱出したのだ。
その答えは、部屋にあった謎の装置に隠されている。中津川はそう考えていた。が……あのあとすぐに、アシュクロフト先生が遺跡を封鎖してしまったのだ。
真相はわからないが、アシュクロフト先生は、相沢先生のことを死亡ではなく『行方不明』と発表した。
それを聞いた生徒たちは、喜んでいいのかわからなかった。
「先生は、きっと生きている……」
中津川は、シャワーの栓を閉める。
お湯が止まり、タオルで髪をゴシゴシ拭い、そのままタオルを腰に巻いて部屋に戻る。
すると、中津川の部屋のベッドに、一人の少女が座っていた。
「……朱音、どうしたんだい?」
「勝手に入ってごめんなさい。ちょっと、ね……」
「……また、三日月さんのことかい?」
「………」
中津川は、ほとんど裸の状態でベッドに腰掛ける。
クラスの委員長的存在であった篠原朱音は、中津川だけに見せる女の子の表情をしていた。
この二人は、この一ヶ月で急接近、お付き合いを始めた。
お互いが30人の中でも最強クラスであり、お互いの相談に乗ったり話したりしてるうちに、お互いを好きになってしまったのである。そして中津川から告白し、付き合うまでになった。
ちなみに、クラス公認カップルである。
「朱音、心配しないで、大丈夫だから」
「うん、ありがとう、将星……」
30人は、少しずつ変わっていく。
異世界の生活は、まだ若い少年少女たちの心境を変えていく。
力を求める者、現状に満足してる者、更なる高みを目指す者。
そんな生徒の間に、とんでもない事件が起こったのだ。
「しおん……」
「朱音、大丈夫、きっと大丈夫だから」
三日月しおんが、行方不明になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三日月しおんは、相沢先生が行方不明と発表された翌日に、行方不明になった。
間違いなく、先生の捜索に出たのだろう。だが、オストローデ王国をくまなく探しても見つからず、すでに国外に出てしまったものと思われた。
しおんにとって、相沢先生の存在がそこまで大きいとは、篠原朱音も思っていなかった。
足取りは全く掴めず、捜索はいったん打ち切られた。
中津川の部屋で、篠原は悲しみに暮れる。
そんな篠原を、中津川が慰める。それはいつもの光景になりつつあった。
「近々、遠征があるみたいなんだ。そこで三日月さんの情報を集めてみよう」
「うん……」
篠原朱音は、中津川に甘えていた。
普段は凜々しく、騎士や魔術師の間から『|雷の魔女(エクレール・ウィッチ)』と呼ばれ、尊敬や憧れの対象として見られている。というか、騎士の数人から告白も受けていた。
「必ず、三日月さんを見つけよう。大事な親友なんだろ?」
「ええ。しおんは大事な友達だから……」
中津川は、篠原の肩に手を回す。
二人の顔はゆっくりと近付く。
この日、篠原朱音が自室に戻ることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝、生徒たち30人は教室に集められ、相沢先生の代わりとなりつつあるアシュクロフト先生が教壇に立った。
ワイワイ騒いでいた生徒たちだが、アシュクロフト先生の登場にぴたっと騒ぎを止める。
「おはようございます皆さん。今日は皆さんに大事なお話があります」
その言葉に、生徒たちは『ついに来た』と思った。
教室内の空気は張り詰める。
「この数カ月、皆さんは強く逞しく成長しました。個々の実力は私を超える生徒もいます。ですが、皆さんは個人の戦力ではなく、仲間という戦力なのです。そのことだけは忘れないように」
それはもちろん、全員が承知していた。
そして、ついに本題に入る。
「皆さんが召喚された理由は、この世界に蔓延る邪悪な魔王を討伐してもらうため。······皆さんの成長ぶりなら、最も弱いとされてる魔王を討伐できるかもしれません」
ついに来た。
生徒たちはそう思った。
アシュクロフト先生は、黒板に世界地図を貼り、教鞭を取る。
「まず、おさらいをしましょう。この世界には七人の魔王と呼ばれる存在がいます。では中津川、七人の魔王全ての名を述べなさい」
「はい」
目的を話しつつも、授業のようなスタイル。
これがアシュクロフト先生のやり方だった。
「七人の魔王は、『|夜の女王(ニュクス・クィーン)ナハティガル』、『|巌窟王(グランド・キング)ファヌーア』、『|鮫肌王(パパ・シャーク)スクアーロ』、『|精霊王(アニマスピリッツ)オリジン』、『|猛毒女王(ヴェノムクィーン)エキドゥナ』、『|超野獣王(ビースト・オブ・ビースト)アルアサド』『|大魔王(サタン・オブ・サタン)サタナエル』です」
「正解です」
この世界の驚異である魔王の名前は、生徒たちの心にしっかりと刻まれている。この七人の魔王を倒すことが、相沢先生のためになるのだと生徒たちは考えていた。
ちなみに生徒たちは、ここに『|不死王(ノスフェラトゥ・キング)ヴァンホーテン』が加わることを知らない。
「この中で最も弱い勢力と言われるのは『|夜の女王(ニュクス・クィーン)ナハティガル』です。つまり、ここを最初に落とし、我々オストローデ王国の庇護下に迎えます。ここの住人たちを救うために、皆さんの力を貸していただきたい」
もちろん、拒否の言葉などあるはずがない。生徒たちは、強い瞳をしていた。
「では、皆さんの中でも特に『チート』を伸ばし、我々が選抜した五人を発表します。選ばれた五人には特殊部隊を任せますので、そのつもりでお願いします」
これは予想外の話で、生徒たちは浮つく。
30人の中でも最強の五人、特殊部隊の隊長、まだ若い生徒たちにとって誇るべき称号であった。
「では発表します。中津川将星、篠原朱音、熊澤真之介、時枝つばめ、羽山銀子。以上の五人は、あとでアナスタシアの元へ来てください」
選ばれた五人は照れつつも温かい拍手を送られる。
妬みや嫉妬の視線も含まれていたが、それでも選ばれた五人は仲間から祝福を受けた。
それから、アシュクロフト先生は訓練等の諸連絡を行い、朝のミーティングは終了となる。
だがここで、最も衝撃的な連絡があった。
「最後に、三日月しおんの件ですが······彼女の捜索は一旦打ち切りとなります」
「なっ⁉」
篠原朱音が思わず立ち上がった。
アシュクロフト先生は構わず続ける。
「これから『夜の女王』の国へ進行するため、そちらに兵を割いてる状況ではなくなったのです。もちろん捜索はいずれ再開する予定です」
「······っ‼」
篠原は、悔しそうに唇を噛む。
アシュクロフト先生の言うことが正しいからこそ納得するしかなく、どうしてと叫びたい気持ちを必死に堪えた。
そして、話はまだ終わらない。
「代わり、というわけではありませんが、追加の戦力として一人、優秀な戦士を皆さんの仲間に加えます」
「······優秀な、戦士?」
「はい。では、どうぞ」
中津川の疑問に、アシュクロフト先生は笑顔で答える。
すると、教室のドアが開き、一人の少女が現れた。
「わぁ······」「おぉ······」「すっげ······」
「キレイ······」「·······」「······ヤバくね?」
生徒たちは、その少女に圧倒されていた。
中津川や篠原ですら、その少女に見惚れた。
少女は、アシュクロフト先生の隣に立つ。
少女は、まるで精巧な作り物のような、完璧な造形をした人形のように見えた。
背中の中程まであるクセの付いた長い銀髪に真紅の瞳、美しつもあり機能重視な軽鎧を纏ったスタイル抜群の美少女だ。
「紹介します。彼女はアルヴィート。オストローデ王国が誇る最高戦力です」
アルヴィートと紹介された少女は完璧な動作で一礼する。
あまりにも美しく、あまりにも機械じみて見える。
「さぁ、皆さんにご挨拶を」
アシュクロフト先生はアルヴィートの肩を叩く。すると、ここで始めてアルヴィートが返事をした
『はい、センセイ』
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