第16話初依頼と初仲間

 日もすっかり暮れ、宿屋に戻った俺とブリュンヒルデは、宿の夕食を食べて部屋へ戻る。

 買ったばかりの武器を壁に立て掛け俺はベッドにダイブ、ブリュンヒルデは変わらぬ無表情で壁際に突っ立っていた。


「ブリュンヒルデ、お前も座って休め」

『はい、センセイ』 

 

 するとブリュンヒルデはその場で正座した。そうじゃない。

 俺はベッドから起き上がる。


「違う違う、いいかブリュンヒルデ、もう少し人間らしく振る舞うんだ。例えばこう、ベッドに腰掛けてそのまま寝転んだり、ソファに座ってジュース飲んだり、スッキリするためにシャワー浴びたり」

『センセイ、どの行動も私には不必要です』

「そうかもな······でも、人間らしく振る舞うってのはそういうことだ。よーし、ブリュンヒルデに宿題だ。『ブリュンヒルデの考えた人間らしさ』を10個考えろ。できたら俺に見せろ」

『··········』


 俺は部屋に置いてあったメモ用紙を一枚取り、ブリュンヒルデに渡す。

 正座のまま紙を受け取ったブリュンヒルデに視線を合わせるため、俺はしゃがむ。


「ブリュンヒルデ、お前はなんだ?」

『はい。私は『戦乙女型アンドロイドcode04ブリュンヒルデ』です。アンドロイドを滅ぼすために人間の手によって作られた兵器であります』

「違う。それはお前に与えられた『目的』だ。その目的は今日限りで破棄、いいか、お前は『ブリュンヒルデ』だ。普通の女の子みたいに、飲んで食べて笑って······そんな風に生きていくんだ」

『理解不能』

「ははは、まだ難しいか? なら、俺と一緒に少しずつ歩いて行こう。お前ならきっとできるさ」

『·········』


 俺はブリュンヒルデの頭を撫でる。

 サラサラできめ細かい髪の感触。撫でられても無表情で彫刻みたいな顔。

 ふと、見える。ブリュンヒルデとクラスのみんなが仲良くおしゃべりする光景。

 俺は教師だ。この子に足りないモノを教えてやる。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。

 朝食を食べて(もちろんブリュンヒルデも一緒に)冒険者ギルドへ向かう。今日は依頼を受けてみよう。

 のんびり歩いて冒険者ギルドに到着。ギルド内はかなり混んでいた。


「な、なんだこれ······あ、そうか‼ 依頼が貼り出されるからか‼」


 依頼掲示板には冒険者が殺到していた。そして、ギルド職員が掲示板にせっせと紙を張り出している。たぶんあれが依頼なんだ。

 依頼を貼り終えると同時に屈強な冒険者たちが掲示板に殺到。依頼書の奪い合いになる。だが、喧嘩にはならない。なぜならギルド内での揉め事は御法度。破れば冒険者資格の剥奪や等級を下げられるから。

 まぁ、俺たち最下級の冒険者には関係ない。

 冒険者たちが掲示板の前からいなくなり、ようやく俺とブリュンヒルデは掲示板の前に立つ。


「確か、町内の依頼を受けて勉強しろとか言ってたな······ブリュンヒルデ、どうする?」

『··················』

「ブリュンヒルデ?······あ」


 ブリュンヒルデは、手に持ったメモ用紙をジッと見つめていた。

 そうか、昨夜の宿題を考えてるのか······。

 内容は『ブリュンヒルデが考えた人間らしさ』だ。さてさて、どんな答えが出てくるのやら。というか、朝ごはん食べてる時もここまで歩いて来る時もずっとメモ用紙片手に持ってたな。

 さて、どうしようか。


「オススメは『薬草採取』だ。レダルの町周辺には危険なモンスターはほとんどいない。しかも自生してる薬草は豊富だし、まず失敗はあり得ねぇ」


 と、横からそんな声が聞こえて来た。

 そちらを見ると、いかにもな冒険者たちが四人いた。


「おっと失礼。あんたたち、昨日冒険者登録した新人だろ? よかったらいろいろ教えてやろうか?」

「え、あの······」

「ああ悪い悪い。オレはウェイド、冒険者チーム『|鋼の剣(メタルエッジ)』の剣士でリーダーだ」


 ウェイドと名乗った男性は、20代半ばくらいの青年だった。

 軽そうな鉄の軽鎧に剣を装備し、ルックスもそんなに悪くない。どこにでもいそうな剣士だ。

 いきなりなので驚き、何も返せないでいると、チームの一人である女性が言う。


「ああ、警戒しなくていいわよ。あたしたちは全員E級冒険者、ボランティアで初心者支援もやってるの。おっと、あたしはミシェル、よろしくね」

「······最近、冒険者になったはいいが、準備不足な輩が目立つからな。我々のような支援者が必要なのだよ」

「ば、バーグさん、ちゃんと名乗らないと! 申し訳ありません、わたしはミーナ、こっちの硬そうな人はバーグさんです」


 ええと、金髪ショートカットのミシェルに、ガチムチ格闘家のバーグ、魔術師っぽいミーナ、そしてリーダーのウェイドか。

 とりあえず、俺たちも名乗る。


「ええと、俺はセージです」

『·············』

「おいブリュンヒルデ、挨拶挨拶」

『挨拶·········人間らしい行動。はじめまして、私はブリュンヒルデと申します』


 ブリュンヒルデは、メモ用紙に何かを書いてる。そっか、人間らしい行動に『挨拶』って入れたのか。まぁ確かに挨拶は基本だしな。

 すると、ウェイドが俺をジロジロ見る。


「なーるほど、セージは指輪持ちか。ブリュンヒルデちゃんは剣士かな?」

「は、はい······あの」

「おっと悪い悪い、さて自己紹介も済んだし、オレらが冒険者のイロハを叩き込んでやるよ、どうだ?」


 いきなりだな。

 まぁ、悪い奴らには見えないけど······う〜ん、知らないことが多すぎるし、ちゃんとした冒険者に指導を受けるのはいいかもしれない。

 というか、もしかして。 


「あの、おいくらでしょう?」

「はははっ‼ 金なんか取らねぇよ。そうだな······見返りは、オレらがピンチになったら助けてくれや。それでいい」

「·········わかりました。ではお願いします」

「よし契約成立‼ じゃあさっそく依頼の受け方から教えてやるよ」


 こうして、冒険者ウェイドのチームに指導をしてもらう事になった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 依頼書を掲示板から剥がし、受付へ。

 受付嬢さんが依頼を処理し、依頼書とは別の用紙をもらう。すると用紙には依頼名と達成条件が記されていた。

 ギルドから出て街の外へ歩く。すると俺の隣にはウェイドが並び、説明してくれる。


「薬草採取は薬屋からの依頼だ。傷薬やポーションの材料になる『キュアリーフ』を摘んでギルドに納品するんだ」

「なるほど」

「依頼書には、10本で一束、それを50束セットで納品すれば依頼完了だ。期日は2日だけど、オレらがいればすぐに終わる」

「ああ、ありがとうございます」

「ははは、敬語なんかいらねぇって。それとオレはウェイドでいいぜ、セージ」

「······わかった、ありがとうウェイド」

「おう! さーて、さっさと行こうぜ」


 ウェイドはズンズン歩き、俺の隣にはバーグが並ぶ。


「······薬草採取といえど、モンスターに遭遇する可能性を忘れるな」

「は、はい」

「それと、オレにも敬語はいらん」

「わ、わかった」

「ふふふ、バーグさんは見た目はこんなですけど、すっごく優しいんですよ?」


 いつの間にか、隣には魔術師のミーナがいた。手には杖を持っている。

 そして、ブリュンヒルデの隣にはミシェルがいた。

 

「ねぇねぇセージ、この子ちっとも喋らないんだけどー」

『···············』

「あ······えーと、ちょっと考え事すると周りの声が聞こえないタイプでね、悪いけどそっとしといてくれ」

「ふーん、可愛い顔して変わってるわねぇ」

 

 うーん、ブリュンヒルデのやつ、かなり悩んでるみたいだ。まぁ、考え思考するのはいい事だ。

 街の外へ出ると、広大な自然が広がっていた。


「へへへ、セージ、とっておきの採取場所を教えてやるよ」

「初心者支援なんてやってるから、こういうことは得意なのよね」


 ウェイドとミシェルがケラケラ笑う。

 なんだろう、こういうの······オストローデ王国じゃ騎士団の連中に影で笑われてたし、同世代の友人なんていなかった。こういうフレンドリーな感じは久しぶりだ。

 ウェイドたちに案内された場所は、レダルの町から少し離れた雑木林だった。


「ここは日当たりが悪いから薬草なんて生えてない······と、素人は考えるがそうじゃない。確かに日当たりは悪いが全く日が差さないワケじゃない。むしろ、少ない日光で成長しなくちゃいけないから、薬草の葉は大きく育つんだ。だからここは薬草採取の穴場スポットなのさ」


 雑木林に踏み込むと、確かに日当たりは悪い。

 だが、全く差さないワケじゃない······その証拠に。


「うぉぉ⁉ す、すげぇっ‼」

「だろ?」


 雑木林の中程まで進むと、そこは薬草カーニバルだった。

 ミントの葉みたいな葉っぱがしこたま自生している。これが『キュアリーフ』なのだろう。ハッカのようなスッとする香りが漂っている。


「さ、摘み放題だぜ!」

「うむ、さっさと終わらせよう」

「そうね、終わったら食事にしましょ」

「うふふ、セージさんの初依頼完了のお祝いですね!」


 ウェイド、バーグ、ミシェル、ミーナ。

 この世界で初めて、友と呼べる······そんな気がした。


『············人間、友情』


 ブリュンヒルデは、ポツリと呟いた。

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