第12話盗賊の終わり、そして質問タイム
それは、とてもシンプルな『解体』だった。
接近し、四肢を付け根から切り落とし、首を切り落とす。
斬られた四肢の断面から血は出ない。たぶん、あの片手剣が切り落としと同時に止血を行っているからだ。
ブリュンヒルデは、銀色の光だった。
二〇人いた盗賊が五人斬られ、残り十五人となった瞬間、盗賊たちの心は折れて逃走を始めた。
一切容赦のない解体が、得体の知れない技術が、あまりにも現実離れした光景が、死神のように美しいブリュンヒルデが、何もかもがあり得なかった。
盗賊は、バラバラになって逃走する。
「に、逃げろ‼」「バケモンだぁ‼」「ひ、ひぃぃっ‼」
「なんだよこれ、なんなんだよ⁉」「た、助けてっ‼」
盗賊の叫びは至極真っ当だ。俺でも逃げる。
だが、一度受理された命令は完全遂行されるまで止まらない。
『盗賊は逃走を開始。ターゲットマルチロックオン。背部広域殲滅砲《ペンドラゴン》発射』
すると、ブリュンヒルデの背部に合体した羽のような装甲がバカっと開き、カラフルな幾何学模様のようなモザイク光が飛び出した。
それは、光の弾丸だった。
「ぎゃあっ⁉」「えぐげっ⁉」「いっぢぁっ⁉」
ビチャビチャと、四肢が散乱した。
逃げ出した十五人の盗賊たち全員の両足が、キレイに切断された。
あとは、急がなかった。
一人一人、首を撥ねるだけ。
『消去します』
「ひ、や、やめっ」
『消去します』
「た、助け」
『消去します』
「ひっ」
『消去します』
静寂の中、ブリュンヒルデは丁寧に首を撥ねていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
全てが終わり、盗賊はただの肉片になった。
村人たちは己の負傷も忘れ、自分たちを助けた銀色の戦乙女を見つめる······が、ブリュンヒルデは村人を無視してオレのもとへ。
『マスター、殲滅完了しました』
「············」
俺は、すぐに答えられなかった。
改めて、ブリュンヒルデが機械なのだと理解した。人間を殺すのに躊躇いを持たず、俺が命令した「村人を助けてくれ」ということを実行しただけ。
ブリュンヒルデは、家の影に隠れていた俺の元へ。つまり、村人全員の視線が俺に集中した。
『マスター、周辺地理の把握と食料の補給を提案します』
「·········」
俺は、バラバラになった盗賊の死体を見る。
この世の物とは思えない光景に、胃の中が逆流しそうになる。だけど、そんな場合じゃない。
やるべきこと、それは。
「······まず、村人たちを手当しよう」
『了解』
ブリュンヒルデは、先程と同じ歩調で村人の元へ。
『立てますか?』
「ひっ!⁉」
殴られ、倒れていた村人に手を伸ばす。だが、ブリュンヒルデが差し伸ばした手は、あっさりと避けられた。
優しさではなく、恐怖。
でも、ブリュンヒルデは全く気にしていなかった。
あまりにも、あまりにも······悲しく見えた。
「··········」
俺は、決意した。
ブリュンヒルデに心を持ってもらう。
俺は教師だ、いくら盗賊でも殺しはよくない。そのことをブリュンヒルデに教えないといけない。
俺は、倒れてる村人の元へ進む。
「申し訳ありません、怪我は」
「あ、あんたら······一体、なんなんだよ」
「······旅人、です。教えて欲しいことがあります」
『·········』
ここからは、俺の仕事だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺とブリュンヒルデは、この集落の長の家に案内された。
警戒はされてるが、集落を救ったのは間違いない。最低限の望みや質問には答える……そんな雰囲気だ。というか、案内されて早々、50代後半くらいの男性に言われた。
「長は殺されたからオレが代理だ。まず……助けてくれたことは礼を言う」
話し方でわかる。どうやら歓迎されてないらしい。
まぁ、あんな得体の知れないオーバーテクノロジーのオンパレードだったんだ。警戒するのは当然、歓迎もされないだろう。
「それと、聞きたいことがあるならさっさと質問してくれ。それと申し訳ないが……早々に立ち去って欲しい」
「………はい」
はぁ……ここまで拒絶されるとけっこうグッとくる。
ブリュンヒルデは無表情で突っ立てるし。
まぁ、歓迎の宴を期待してたわけじゃない。質問をして食料を売ってもらって、生徒たちのいる『オストローデ王国』へ帰ろう。
「ええと……ここ、どこですか?」
「………は?」
やべ、なんかマヌケな質問だったかも。
すると、男性は顔をしかめて首を傾げる。
「どこもなにも、アストロ大陸最西端のレドの集落だ。あんた、東のレダルの町から来たんじゃないのか?」
「…………え、ええと、その」
アストロ大陸最西端? レドの集落? 東のレダルの町?
知らない単語ばかりだ。おかしいな、授業では習わなかったぞ?
そう言えば……オストローデ王国の歴史や文化は習ったけど、この世界の地図的な物を見せてもらったことはない。オストローデ王国が世界の中心だって思ってたけど、どうやら違うのかな?
とにかく、ここは誤魔化して帰り道だけ聞こう。
「あの、実は俺たち、オストローデ王国に行きたいんですけど、地図があれば譲って欲しいんです」
「…………オストローデ王国、だと?」
「は、はい」
「…………兄ちゃん、正気か?」
「え?」
男性は、信じられないものを見るような目で言った。
「オストローデ王国……あんな、|魔王(・・)が治める国になんの用だ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
わけが、わからなかった。
オストローデ王国が、魔王の治める国?
「あ、あの……魔王って、この世界に7人いる、魔王ですよね?」
「7人? 何言ってるんだ、魔王は8人だ。オストローデ王国って言ったら『不死王ヴァンホーテン』の治める大国家じゃないか。そんなの常識だろう?」
「…………」
ヴァンホーテンって……あの、テンプレな王様だよな。
どういうことだ……まさか、この人がウソを?……いや、この人が俺にウソを付く理由がない。じゃあウソを付いてるのは……オストローデ王国?
じゃあ、俺たちを召喚したオストローデ王国は、魔王の国?
なんで魔王の国が『選ばれし三〇の光』なんてことを? カサンドラちゃんも魔王の手下? じゃあ生徒たちは? どういうことだ?
「おい兄ちゃん、おい!!」
「あっ……は、はい?」
「はい? じゃねぇよ。どうしたんだよダンマリして……聞きたいことは終わりか?」
頭がパンク寸前だった。
オストローデ王国が、魔王の治める国。
つまり、俺たちは、生徒たちは……ダマされてる?
待て、まだ聞かなくちゃいけないことがある。
「あの、オストローデ王国は、どんな国なんですか?」
「どんな国って……オストローデ王国は強大な力を持つ軍事国家だ。だがやってることはゲスそのもの。魔術を用いた軍用魔獣を生み出したり、投薬や魔術によって強化された魔導兵士を製造、人体実験は当たり前、材料が足りなきゃ近隣の集落から補充する。噂じゃあ禁断魔術を使ってとんでもない『チート』持ちのバケモノ集団を呼び寄せたとか……」
「………バケモノ、集団」
「ああ。オストローデ王国の目的は、7人の魔王を殺してこの世界を牛耳ることだ。というか、他の魔王も同じような考えだろうけどな」
「………つまり、オストローデ王国の目的は………」
オストローデ王国が俺たちを召喚した理由は、戦力の確保。
都合良く洗脳し、戦力とするため……?
「で、でも、オストローデ王国の住人は……」
「住人? 何言ってるんだ、オストローデ王国の住人はみんな強化魔導兵士だ」
「え……で、でも、普通の人とか」
「普通の人? ははは、強化魔導兵士は外見じゃ見分けが付かんからな。それに、魔術によるスイッチが入らなければ、生前の記憶のまま行動する。いくら魔王の国と言っても流通や交易はしなきゃならんからな。おいおい、こんなの常識だぞ?」
「……せ、生前の記憶?」
「そうだ。強化魔導兵士は改造された時点で人としての生は終わってる。あとは魔術師たちが自由に使役する操り人形さ」
「……………」
バカな。そんなバカな。
だって、オストローデ王国の城下町には普通の人で溢れていた。
飲み食いだってするし、買い物だってしてた。すれ違って挨拶したこともあるし、料理だって作ってた。
まさか、あれが全部……強化魔導兵士だっていうのか? そりゃ金や国民がいなければ国家は成り立たないけど······。
とうとう、俺は頭を抱えてしまった。
「そんな……」
「話は終わりか? なら、悪いがここから出て行ってくれ」
「………はい。あの、できれば地図を売ってくれませんか?」
「……それくらいならくれてやる。他に必要な物はあるか?」
俺は食料と水をもらい、失意のまま家を出る。
ブリュンヒルデは、最後まで何も言わなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外に出ると、香ばしい匂いがした。
「………ああ、そっか」
どうやら、山賊の死体をかき集めて焼いてるらしい。
集落の中央ではキャンプファイヤーみたいな炎が上がっていた。
俺の手には、食料と水の袋にこの大陸地図が握られている。ブリュンヒルデは、俺が握りしめてる地図をジッと見ていた。
『マスター、地図をスキャンした結果。現在地より東に町があります』
「町……ああ、レダルの町だっけ」
『はい。マスターの最優先事項は『生徒たちとの合流』です。その町に向かい補給後、オストローデ王国を目指すのがよろしいかと』
「………そう、だな」
『マスター、脳波が不安定です。何かお悩みですか?』
「……………」
悩みも何も、頭が混乱してる。
オストローデ王国が強化魔導兵士の国。人体実験のオンパレード。近隣の集落から材料を補給。なんだよそれ……本当なのかよ。
もし本当なら国王じゃなくて魔王。カサンドラちゃん、アシュクロフト先生、アナスタシア先生は魔王の手先ってことになる。
禁断魔術で呼び出したバケモノ集団、つまり生徒たちはオストローデ王国の戦力……なんだよそれ。
「………なぁ、ブリュンヒルデ」
『はい』
「オストローデ王国って、悪い国なのか?」
『現時点では判別不可能。情報が足りません』
「……生徒たちは、無事だと思うか?」
『現時点では判断不能』
「……助ける、べき……だよな」
『マスターの望むままに』
「……………」
俺は、手に持っていた地図を握りしめる。
情報が足りない。オストローデ王国を『悪』と断ずる根拠が薄い。
「助けるにしても、俺一人じゃどうしようも……」
『マスター。マスターには『ブリュンヒルデ』がいます』
「…………」
ブリュンヒルデ。
超古代の兵器。オーバーテクノロジーの少女。
待てよ……?
「なぁブリュンヒルデ、お前の他にも『戦乙女型』はいるんだよな? それと古代の兵器とかも」
『はい。戦乙女型は全七体ロールアウトされています。私のメモリーによれば七体は各地のメンテナンスポッドに入り機能停止しています』
「つまり、お前みたいに起こせる可能性はあるか?」
『マスターの『|修理(リペア)』なら可能です』
俺のチートなら可能、か。
ブリュンヒルデみたいなオーバーテクノロジーの少女が残り六体。もしそんな力があれば、かなり頼もしいよな。
このままオストローデ王国に戻ったらどうなる?
たぶん、俺は死んだと思われてる。ここで「はーい実は生きていました」なんて戻ったらどうなるか……たぶん、いろいろ聞かれる。オストローデ王国の外の世界に触れたとなれば、どんな扱いを受けるか分からない。
それに、俺が死んだことにより、生徒たちがどんな反応をしているか……たぶん、中津川のことだ、『先生のために、ボクたちは生きて帰らなきゃ』とか言ってるかもしれん。
自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ信頼されてると思う。そんな俺が生きて戻り、『オストローデ王国は魔王の国でした』なんて言ったらどうなるか······。
「··········くそ」
今は、戻らない方がいいかもしれない。
もっと情報を集めないと。生徒たちを助けるために、俺に出来る事をしよう。
少なくとも、戦力として呼び出された以上、不当な扱いは受けないはずだ。
「ブリュンヒルデ、まずはもっと情報を集めよう。レダルの町へ行こう」
『イエス・マスター』
やるべき事は決まった。
情報収集と、いざという時の戦力確保。
そのために、俺のチートは使えるかもしれない。
「みんな……待ってろよ」
そう言って、俺は握っていた地図を広げた。
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