異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~
舳江爽快
プロローグ
第1話 0-1 昭和のリヤカー屋台
此処は、俺の馴染みのスクラップ屋。
俺は、高校生時代に此処でアルバイトをしていたので、社長のオヤジさんとも長年の付き合いで顔馴染みだ。
頑固なオヤジさんだが、親身になって俺を可愛がってくれ、天涯孤独な俺の頼れる数少ない人物でもある。
「社長、この年代物のリヤカー屋台、幾らだい?」
「それか。一万円と言いたい所だが、お前なら三千円で売ってやる」
「三千円かよ。タイヤが両輪ともイカレちまってる上に外れちまってるぜ」
「あっちに有る自転車スクラップから、好きなのを持って行け」
「どれでも良いのか?」
「構わんぞ。おっと、オートバイのタイヤは駄目だからな」
「ああ、それじゃ三千円で買った」
「工具は貸してやるから、自分でタイヤは取り付けろ」
「サンキュー。そんじゃ自転車のタイヤを選ばせてもらうわ」
俺は早速、自転車スクラップ置き場から、程度の良さそうなタイヤを物色する。
そのまま乗れそうな自転車も数多く有り、高校生の頃にオヤジさんから格安で譲ってもらい、俺の通学の足として三年の間、大活躍していた事を思い出す。
そんなスクラップ自転車の山の中から、なんとマウンテン・バイクが出てきやがった。
しかも、三台も重なっていやがる。
これはラッキーだと、俺は直ぐにマウンテン・バイクから前輪のタイヤを外しにかかった。
リヤカー用には、タイヤが二個あれば用は足りるのだが、せこい、いや用心深い俺は一個スペア・タイヤとして合計三個のタイヤを外しておく。
リヤカーには、専用のノーパンク・タイヤと言うパンクしないタイヤもあるが、自転車タイヤを流用している空気入りタイヤを使っている事も多い。
自転車用タイヤでは、逆に空気入りタイヤが殆どだ。
ノーパンク・タイヤと初めて聞いた時、俺は「ノーパン・タイヤ?」と聞き返して、此処のオヤジさんから、頭に拳骨を食らってしまったので、よく覚えている。
ノーパンク・タイヤならスペア・タイヤは不要だが、空気入りタイヤはパンクする事もあるので、スペア・タイヤをリヤカーの下にでも装備しておけば安心なのだ。
マウンテン・バイクは、普通の自転車よりも太く小型のタイヤなので、リヤカーに装備するには打って付けだ。
外したマウンテン・バイクのタイヤを持ち、壊れ果てた年代物リヤカー屋台の元へ戻り、交換用のタイヤとしてリヤカー屋台の傍らに置く。
しかし、この昭和臭が漂うリヤカー屋台、どれだけの間、此処に放置されていたのだろうか。
屋根は、朽ち果てており、リヤカー部分のパイプ・フレームも錆び放題の年期ものだ。
屋台の部分は木製で出来ているのだが、いたる所が補修されて穴が塞いである。
屋台の屋根は補修を諦め、使えそうなスクラップを物色していたら、最適な大きさの素材を発見。
オヤジさんが言うには、「まだ使える」と言う家庭用太陽発電のソーラー・パネルが二枚、一枚千円で合計二千円だ。
リヤカー屋台の屋根には、二枚で丁度良い大きさだった。
これで、屋台に積み込むバッテリーの充電を行えば、夜間の照明にも困らない。
バッテリーの充電には、なんでも制御用のインバーター装置とかが必要だと言われたが、俺にはさっぱり判らなかった。
しかし、オヤジさんが「開店祝いに作ってやる」と言うので、その善意に当然ながら甘える。
その他の年代物屋台修復用スクラップを見繕い、今日は家に引き上げる事にする。
修復作業は明日から開始したいので、材木などをホームセンターで買って来なければならない。
俺は、オヤジさんに軽トラックを借りて、ホームセンターで材木やペンキなどを購入してから、アパートへ帰宅した。
夕食は、簡単にあり合わせの材料で、ちゃっちゃと作る。
こう見えても、料理は得意なのだ。
なにせ、天涯孤独の独身生活歴が長い上、ラーメン店での長い修行で賄い料理も覚えた一応はプロなのだから。
俺は、夕飯を食い終わり、さっさと寝る事にする。
六畳一間の安アパートには、TVも暖房も無いので、唯一の情報機器であるスマートフォンを操作しながら、敷きっぱなしの布団へと潜り込む。
そして直ぐに睡魔が俺に襲いかかり、俺はスマートフォンを手放して、そのまま夢の中へと入って行った。
「わたしの命を救ってくれるならば、ご主人様に、ずっとご奉仕致します」
(誰だ? お前は?)
俺は、変な夢を絶賛見ていた。
ぼやけていて良く判らないが、少女が俺に哀願している。
両手を胸の前で結び、涙声で俺に何度も同じ言葉で訴えているのだ。
よく見ると、少女の姿はボロボロだった。
髪の毛はぼさぼさで、若いのに黒髪には白髪までもが多く交じっている状態だ。
服装は、質素なワンピースだったが、そこかしこが継ぎ接ぎだらけで、全体的に凄く薄汚れている上、裾などは大きく破れていた。
そして、何よりも悲惨だったのは、少女には両足が無かったのだ。
(幽霊?)
俺は、直ぐに目を覚ます。
大量の寝汗が身体にまとわりつき、下着もぐしょぐしょでとても不快だった。
時間を見ると、既に午前7時を回っており、どうやら睡眠時間は十分に取れた様だ。
布団を出て直ぐに、パジャマと下着を脱ぎ捨て、身体をタオルで拭いてから下着も替える。
こんな夢は、今まで見た事は無かったし、安アパートとは言え問題有りの事故物件でも無いはずだ。
(くそ、不動産屋に騙されたか……)
気を取り直し、残り物で朝食を素早く済ましてから、アパートを出る。
未だ二月なので、外気温は低く直ぐにダウンジャケットを羽織り、白い息を吐き出す。
アパートの脇へ止めてある軽トラックの荷台には、昨日ホームセンターで購入した材木などが積まれたままだが、雨が降ったらヤバイのでブルー・シートを掛けて置いた。
シートの中を確認してから、軽トラックに乗り込みスクラップ屋へと向かう。
夜中の間に、荷物を盗まれるなんて事は、この界隈でも良く聞くので本当に世知辛い世の中だ。
それにしても、朝方見た夢は、本当に不愉快な夢だった。
朝方見た幽霊の夢の事を考えながら、通勤ラッシュの道路を抜け道で迂回して、スクラップ屋の有る郊外へと到着する。
スクラップ屋の扉は、未だ閉ざされたままで早く来すぎた様だ。
どうせ、オヤジさんは夕べも飲み過ぎで、朝も起きられないのだろう。
俺は、扉の脇にぶら下がっているインターホンで呼び出しを行う。
何度か、呼び出しのチャイムを鳴らすと、不機嫌そうな声でオヤジさんの声が聞こえた。
「誰だ? こんな朝っぱらから」
「俺だよ、俺」
「朝っぱらから俺々詐欺か。出直して来い」
「何、寝惚けた事を言ってんだよ社長。何処の世界に、玄関口のインターホンで、俺々詐欺をやらかす馬鹿が居るんだ」
「……で、お前は誰なんだ?」
「スルーかよ! 紀伊だよ、
「何だ、お前だったか……。鍵はいつもの所だ。開けて勝手に入れ」
「全くもう……」
俺は、インターホンの脇にある郵便受けの下の隠し引き出しから鍵を取り出して、鉄製の柵に括り付けてある鎖を止めている南京錠を開け、鎖を解いてから鉄製の柵扉を開く。
鍵を元のポストの下の隠し引き出しへ収納してから、軽トラックに乗り込みスクラップ置き場の方へと進み、リヤカー屋台の置いてある場所まで行き、軽トラックのエンジンを切ってから荷台の材木やペンキなどを下ろして、早速作業に取りかかる。
何としても、この昭和の遺物のリヤカー屋台を完全に修復して、俺の夢であるラーメン屋台を早く開業したかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます