リターナー・ゲマインシャフト
ミント
<壱>少女たちは何ゆえに立ち上がったか
序章:わたしたちが出会った日
01:その悪夢から覚まさせたのは
沈む、沈む……
暗闇の中で意識が奈落へと沈んでいくのを感じた。何も見えない、何も聞こえない、匂いも味も、何かが皮膚に触るような感覚すら感じられない……
あとどれくらい眠っていればいいのだろう?わたしが目を覚ますのはいつになるのだろう?次の出番まで眠っている必要があるのは分かるけど……
そんなことを思いながら沈んでいた。ずっとずっと沈んでいると耳元で……いや、違う。頭の中に直接声が響いてくる。
「___、目覚めなさい」
名前を呼ばれたわたしはゆっくりと目を開く。薄暗い部屋だけど、壁にヒビがあり、ベッドもボロボロ……とても人が生活しているとは思えない光景だ。
わたしは何とも思わなかった。というか……自分の目には映っているようで映っていない。目の前で誰かの言葉が横切っていくだけだ。わたしはベッドの上で横たわり虚ろな目で天井を見つめる。
するとわたしの元に誰かが近づいてくる気配を感じた。
(マヤ……様……)
その顔の持ち主を把握するや否や、うわ言のように呟く「わたし」がいた。
マヤ……わたしの「主」。彼女の命令に従い、彼女の敵を殺すことがわたしの役目で、存在意義だった。
そう……わたしは「マヤの兵士」だ。いつからその役目に徹しているのかは自分でも分からない……けれど、少なくともわたしは命令に従っていればいいのは理解できる。たとえ敵を殺すことになろうが、命令ならば忠実に従う。今までそうしてきた……多分死ぬまで永遠に続けていくだろう。
こうしてわたしが目を覚ましたのも、マヤ様から「次の命令」が下るためだった。わたしは無表情のまま、マヤ様からの命令を待つ。
「___、集落の民を殺しなさい。兵士候補に相応しい少女を見つけた場合は捕獲し、すぐさまここへ連れてくるのです」
マヤ様の言葉がすんなりと頭の中に入っていく……
命令が上書きされるや否や、脳内では敵軍の情報、適切な装備、集落までの道のり、攻撃方法といった情報を収集し組み立てていく。
命令と同期し「準備」が整った時、わたしは口を動かした。
(……はい、マヤ様……仰せのままに)
わたしはベッドから離れ、眠っていた部屋を後にした。
施設内の地図は既に刷り込まれているので迷うことなく更衣室及び装備品の倉庫へ辿り着く。同じ命令を下された「マヤの兵士」もいたが、一言も言葉を交わすことなく淡々と装備を整える。マヤ様の道具であるわたしたちに「交友」や「馴れ合い」など必要が無い。
ただ……共通の敵を倒せばいいだけの話だから。
それからどれ程の時間が経っただろうか。長い道を歩き、目的の集落までたどり着いた。
「あれは……『マヤの兵士』か!?」
「まさかそんな……!」
わたしたちの姿を見た人は皆、恐怖で顔が引きつっているように見える。
でも……わたしたちには関係ない。武器を手に取り、各々戦闘を開始する―
「ママァ!怖いよぉ!」
「女性子供は逃げろ!戦える者は応戦するんだ!」
「お願い、その子には手を出さないで……!」
爆音が響く。銃撃音や人々の慟哭が脳裏をかすめる。手にした銃剣を用いて目の前の敵を蹂躙する。抵抗する戦士も、抵抗できない民間人も、わたしたちからすれば「マヤ様の敵」。撃ち抜いて、切り裂いて、戦場を駆ける……時間から置き去られたわたしにとって、それは一瞬だった。
(任務……完了……)
足元には敵の死体が多数転がっている。彼らに対し哀れみも憎しみもない。命令は遂行した……感じるのはただそれだけ。マヤ様の元へ帰還しようとしたその時、残党の気配を感じた。マヤ様の敵は一人残らず排除する……わたしたちの選択はただ一つだった。
前へと走る度に敵の気配は大きくなる。敵は排除、敵は排除……そう自分に言い聞かせている内に敵の姿を確認できた。
(え……?)
彼女の顔はどこか見覚えがあった。この威圧感も不敵な笑みも、どこかで見たような気がする。だけど彼女の正体を思い出す余地は今のわたしには無かった。
「何があったかと思えば、やはりきみだったか……」
彼女は真摯な顔をしてそう問いかける。しかしわたしは何も返さない、「敵と決して言葉を交わしてはいけない」とマヤ様に命じられたからだ。
敵は排除、敵は排除……わたしたちはおもむろに刃を向けた。その様子に敵は呆れたように溜め息をつく。
「その目から予想は出来ていたが、口が利けないか。ならば仕方がないことだ」
彼女は懐に仕舞っていた拳銃を取り出し、わたしたちの方へと向けた。拳銃1つだけでわたしを相手するのか。マヤ様ならば「命知らず」だと仰るのだから、わたしも同じように認識するとしよう。
しかし彼女は何故か不敵に笑う。何故そのような顔をするのか理解できない。
「話がしたいから、少しだけ大人しくしてろ」
その言葉が口から発せられるのと、弾丸が放たられるのはほぼ同時だった。
わたしの腹部に穴が開き、血が滴るのを感じた。同時に足に力が入らなくなっていくのも感じた。ドスンと倒れる音も耳に入ってきた。
「きみはとっくに気付いている。今の自分の歪さを、主という存在の残酷さを」
まさかたった1人で「マヤの兵士」を負かすとは……でも、何で?
「でも、きみは軟弱すぎる。与えられた役目に遵守するのに必死で心に捻じれと軋みが増すばかりだ。その鉄の仮面の中身は耐え難い苦痛に歪んでいる……赤い目から流れる涙で分かるだろう」
憎い、悔しい、悲しい……どれも感じられない。むしろ……温かく感じられる。
何故?マヤ様の敵なのに、マヤ様の脅威となりかねないのに、何故……胸の中が騒ぐの?
「あ……」
「ん?」
「あなたは……何者なの……」
ん、あれ……わたしは……?
ひとりでに回っていた頭の中が何故かわたしに戻ってくる。マヤ様の命令とは別に数多の文章が目の前を横切って、それが自分自身の言葉だと認識することが出来た。
何これ、何なのこれは!? 頭の中がこんがらがってくる。言葉の1つが咽頭から出てきた。すると敵は不敵に笑いわたしに顔を近づけてきた――
「やっと戻ってきたか、遅いぞ」
「質問に……答えて……あなたは誰……ここはどこ……うぅ、頭が痛い……誰かが命令してくる……殺せって……だから、殺さなければ……あなたを……」
「脳が目覚めたばかりで混乱しているようだ。今は何も知らなくていい。いつかきみが本当の心を取り戻した時、自ずと分かるようになるはずだ」
「何を……言って……」
「だからせめて『きみ』の本当の名前を教えてやる。きみの名は……」
その名前を耳にした瞬間、わたしはとっさに起き上がった――
「……はぁっ!?」
気付いたらそこは、ベッドの上だった。先ほどとは違う……家具があり、キレイにされていてわたしに掛かっている毛布は新品でふわふわだ。
わたしの横の窓には優しい色をしたカーテンが付けられており、外から小鳥のさえずりが聞こえてくる……それ以外に聞こえるのはわたしの息の音だけだ。肩で息をしていて、胸がドキドキしている。
やがて冷静さを取り戻し、呼吸を落ち着いたことでわたしはどうにか状況を飲み込めた。
「夢……ですか」
わたしは思いつめたような、どこか安堵したような表情で呟いた。ため息をしたが、同時にあの夢の胸糞悪さを思い知った。別に正夢になるのではないかという心配は一切していない。何故ならこの夢は……わたしにとって身近なモノだったのだから。
「まさか過去の記憶が夢として現れるなんて思いませんでしたよ……」
そう、確かにわたしは「マヤの兵士」の1人だった。
でもそれは過去の話。
マヤに誘拐され、洗脳され、戦闘マシンのようにされたわたし。でも兵士の解放を望む国家に助けられ、こうして自分を取り戻すことが出来たのだ。
もちろん失ったモノも多いのも事実……。わたしの両親は「マヤの兵士」に殺されたみたいだし、そもそもその時の記憶も未だ戻っていない。
対して、この罪は永遠に消えない。わたし自身のトラウマとして染みついている。今までも夢であってほしいと何度願ったか。それくらい消したい記憶なのだ。
「この記憶が今頃になって夢として出たのは疑問ですが、どうせ過ぎたことですよね」
わたしは少し悩んで、その夢を「忘れる」という選択をする。元々自分を苦しめてきた記憶だ、留める理由なんてない。それよりも、今日やこれからのことに集中しよう。
「それにしても、だいぶ寝入ってしまいましたね……朝食に間に合うのでしょうか」
わたしはベッドの真横に置いてある棚の上に視線を向けた。棚の上には置き時計が置いてあって、時刻はちょうど7時を指している。今から起床というには遅すぎる時刻だろう。今日の予定が無いとはいえ、こんな時間まで寝ているとなれば宿屋の方も心配するだろう。
「……スーリ様、スーリ・アミキティア様。お食事の用意が出来ております」
……ほら、扉の向こうから宿屋の従業員の声が聞こえてきた。コンコンと扉をノックし、顔色を窺うような小さな声だ。
スーリ・アミキティア—―これがわたしの本当の名前。兵士になったことで忘れ、そして戻ってきてくれた本名は今も心身に染み付いている。こうして名前を呼んでもらえると存在を認められたみたいで嬉しくなるね。
わたしは笑みを浮かべ扉の向こうにいる従業員に呼びかけた。
「今起きました。着替えたらすぐに参ります」
ベッドから降りて、クローゼットまで一直線に向かう。引き出しを開けるとそこには見慣れた服がハンガーにかかってある。
下着にブラウス、スカート……それらをハンガーから取り出して近くの台座に放り出す。
「さてと、着替えますか。いつも通りの格好だけど」
ワンピースのような寝間着を脱いで、白いブラウスに袖を通して、茶色のスカート、黒いソックスを履いて……衿の部分に赤いリボンを付けて……と!
「あ、そうだ! 大事なモノを忘れてはいけませんね」
わたしは入口付近のハンガーへと手を伸ばした。焦げ茶色の大きなコートが掛かっていて、わたしの一番のお気に入り。翻せるようにボタンを付けないで着るのがわたし流。
後はこのセミロングの茶髪を手櫛でざっと梳かせば……
うん、これで良し!
いつも通りの格好になったわたしはドアに着いた全身の映る鏡を見て、語りかけるように気合を入れる。
「今日も一日、頑張りますか!」
扉を開いて部屋を後にした。美味しい朝食が待っているのだから!そんなことを考えながらわたしは階段を降りていった――
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