貧乏くじ男、東奔西走

桝屋千夏

第1話 『貧乏くじ』

 俺は神。

 今日は元旦。

 俺の神としての仕事は、毎年この時期に、今年の『貧乏くじ』をひくやつを決めるだけ。

 皆は俺のことをこう言う。

『貧乏神』と……。


 元旦早朝。

 蝉の膓をほじくったような色形の雲の上。

 俺は下界の人間共を眺めていた。


 俺は雲岸ギリギリに立ち、何本かある右腕の一本を前方に伸ばす。

 その腕先には、風に吹かれ、掘り出された蚯蚓のようにのたうちまわる、一枚の札。

『貧乏くじ』だ。

 ここからくじを宙に飛ばす。

 そして地上に落ちたこのくじを拾った人間は、その年に人生を左右するような災難に見舞われる。


 ある時、ある村の少年がこのくじを手にした。

 幾日か経った後、その少年は奇妙な果実を口にし、体がゴムが如く伸び縮みするようになってしまった。

 また、憐れにも泳げなくなった。

 可哀想なやつだ。

 久しぶりにその少年に会ったが、彼はイキイキとしていた。

 強がりも程々にしてもらいたい。


 また別の国では、とある高校生がこのくじを手にした。

 彼はその年、幾人かの集団に意味不明な薬を飲まされ、体が小学生になってしまった。

 頭脳は大人のままで。

 可哀想なやつだ。

 久しぶりにその小学生に会ったが、彼はイキイキとしていた。

 強がりも程々にしてもらいたい。


 そんな風に、毎年ここからくじを宙に飛ばす。

 だが、今年はなぜかそういう気分にならなかった。


 単純に恒例行事に飽きたのだ。


 そんな折、一つの出来事を思い出した。

 昔、ギョロ目の死神が自分のノートをわざと下界の道端に置いたことがあった。

 そのノートに書かれた人間は、何があっても死ぬというチートなノートだ。

 それを手にした人間の末路を、あの死神はえらく楽しんでいた。

 結局あの人間はどうなったのだろうか……


 俺もそれをやろう。


 そして俺は風でのたうちまわる『貧乏くじ』を握りしめ下界へ降り立った。

 勢いよく舞い上がった俺は、昊を漂う藻屑のように、ひらひらと雲海に身を任せた。


 ******


 地上に降り立った俺は、幸の薄そうな女を見つけた。

『貧乏くじ』をポソリッっと地面にスライドさせる。

 通勤途中に見つけたそれを一人の女が不思議そうに眺めていた。

 俺はその光景を遠目で見ていたが、その女が拾うと、あまりの滑稽さに舞い上がってしまい、そのおかしなテンションのままその女に話しかけた。


「我が名は貧乏神。それを拾ったものに取り憑くことが我が使命」


「またぁ?元旦から頭沸いてるやつらばっかりだな。何、その格好。なんかのコスプレ?」


「もう一度言う。我が名は……」


「いや、君の名は……どうでもいいから。急いでんの、どいてくれる?」


「待て、元旦から急いで何処へ行く?」


「バカか!?仕事だよ!!」


 女は時間に追われるようにずかずかと歩みを進める。

 俺は黙ってその女の後をついていく。


「お前、元旦から仕事なんて『貧乏くじ』をひいたな」


「普通でしょ?」


 女は俺が間違ってるとでも言いたそうに言い返してきた。


「日本人の大半はそうじゃない?」


 女と共に駅に着いた。

 女が電車に乗るので仕方なく俺も乗る。


「てか、どこまでついてくんのよ!」


「お前に一言、『貧乏くじ』をひいたと言わせねばならん」


「あっそ。で、あんた誰だっけ?」


「我が名は貧乏神。この存在が誕生したときから名も姿も何も変わりはない」


「へーへー」


 そういうと女は手帳を取り出し、その日のスケジュールを確認し出した。

 思い出したようになにやら書き込むと、再び俺に言い返す。


「ねぇ、元旦から仕事なんて『貧乏くじ』をひいたって言ってたよね?」


「そうだ。元旦から仕事とは」


「その理屈だと、この電車に乗って仕事いくやつ、全員『貧乏くじ』ひいてることにならない?」


「その通り、元旦から仕事など『貧乏くじ』をひいたようなもんだ」


 目的地につき、電車を降りる女。

 俺も仕方なく女と共に降りる。


「貧乏くじ貧乏くじってゆーけどさ、貧乏神さんのゆー『貧乏くじ』ってなんなの?」


「それは今にわかることだ。明日も明後日も仕事のお前は『貧乏くじ』をひいたようなもんだ」


「は?元旦でたから休みでしょ?」


「は?」


「元旦でたから二日三日は休みでしょ?」


「……」


「もしかして貧乏神さん仕事?あんだけ元旦から元旦からって言っといて、私が明日だらだら過ごしてる横で、貧乏神さんはで私にくっついてんの?」


 女の理屈はわかるが認めるわけにはいかない。


「そんなに貧乏くじをひいたーって言って欲しかったら、私じゃなくて別の人間探しに東奔西走した方がいいんじゃない?それがお仕事なんでしょ?」


 確かにそれも一理あると思った。

 だが一度決めたことを曲げる訳にはいかない。


「てかさ、『貧乏くじ』ひいたの貧乏神さんの方だよね?」


 断じてそんなことはない。

 俺は貧乏神。

 自らが『貧乏くじ』をひくなどあり得ない。


「あれ?気づかないの?」


 女はそう言って首をかしげる。

 意味がわからない。

 そのとき、足元をすーっと冷ややかな風が一陣吹き抜けた。

 あまりに冷ややかな為、足元に視線を落とすと無数の小さい渦が巻き起こっている。

 次第に俺の体が蟷螂の卵のように溶け始め、頭垢となって舞っていく。


「これはなんだ?」


 俺は至って冷静だった。

 女を見ると、その背後にどこかでみたことのあるようなギョロ目の死神とは違う別の死神が立っていた。


「そろそろ来るかなって思ってた。朝からこんなやつらばっかりだよ」


 女は手帳を開きながら死神に微笑みかけると、死神も女に微笑みかける。

 死神がこちらに向き直り、牛蛙を噛み砕いたような吐息を吐く。


「オ前ノヨウナ役立タズハイラナイ」


「そーそー!貧乏神が名前書かれて消えちゃうとか『貧乏くじ』ひいたみたいで笑えるよねー」


 女の言ってる意味がわからない。


「元旦から仕事ってのが『貧乏くじ』ってゆーんなら、貧乏神さんもそれひいちゃってるよね?」


 ──貧乏神は知る由もなかった。

 ──女が手帳に書いた神の名を。


 その言葉を最後に俺の存在は消え去った。

『貧乏くじ』をひいたのは誰なのか。

 俺ではない。

 俺では。











 ほら!『貧乏くじ』をひいた人間がここにもいた!

 画面越しに顔が見えるでしょ?

 知りたいなぁ~。

 これを読んでる君の名を。


 了

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