最終話




 分かりやすく話したつもりだけど、分かってもらえないかな。

 まぁ、みんな似たような考えで生きているから、共存できるのさ。

 言葉、思想、宗教――墓に菊を添えようと、薔薇を添えようと、死者を弔う行為に違いはないよね。服だってそう。洋装なら間違いないって風潮だ。葬式も結婚式も、ネクタイとスーツ。否定はしないよ。僕だって持っている。

 ジュンコの部屋に忍び込むと、色とりどりの下着に混じって靴下があった。

 ナシンを雇うために、彼女が書いた卒業論文を読むはめになった。

 ネスの舞台は誰も笑わない。

 ニッキーは、ニーディを異常者だと思っていて、親子だと覚えてなかった。


 おかしくはないよ。ただ、僕には不思議なんだ。何故、何故と疑問が尽きない。全てに疑問を持つ。靴下って必要なの? 卒論って何のため? 今のジョーク面白くないの? ニーディは正気だったよ? 


 これらを僕が尋ねると、みんな答えてくれる。けれど、すべてを納得できない。

 何故、は延々と続く。

 僕にとって世界は広すぎて人生は短すぎる。全世界の砂粒より多い疑問を、百年ぐらいの命じゃ、解明できないよ。

 僕は、やっかいな性格でね、答えをとことん調べるのさ。本もネットも活用する。すると僕のような人間は、どうやら病人らしいよ。


 僕はクリニックに行った。高い診察料と引き換えに、医師と話をし、僕自身の折り合いだと教えられた。まいったね。落ち込んだ。

 

 僕は昔からコンピューターが好きでね、それは自分の疑問に対し、一般的な答えを出してくれるから。てきとうに受け答えする人間よりは、信頼できるよね。

 コンピューターをいじっているうちに仕組みがわかった。すると、作れるようにもなった。プログラムを組んでは解体し、新しく作り直す……あれこれしていると、オファーが来た。とあるプログラムを解明してくれってね。それがP・Cの人格だった。

 うれしかったなぁ。未成年の僕に、国を超えてメールが来て、あくる日には役人がやってきて頭を下げられたんだもの。最初は楽しいだけだった。何とかして解明してやると情熱をもっていた。好きなことをしてお金が貰えるなんて、夢物語だもの。

 それから三年。好き勝手に人員を操作して、変人チームを作ってみた。それほどまで切羽詰っていた。

 でも疲れたからお休みを貰おうかと思案していると、ネーティが現れた。驚いたよ。今までの疑問が、少し解決したのだから。

 

 ちょっと考えてみれば分かることだ。僕はマーヤーで、あっちはネーティ。


 ヒンドゥー教の神、ブラフマーはブラフマンから生まれた。ブラフマンはアートマンと同一で、真我のこと。認識はできないけれど定義するにはネーティ、ネーティを使う……ではない、ではないと問い詰め、知る者と知られる者を宿してできるんだってさ。悟りの一つだって。それに倣って、ではない、ではない、と考えていると、どうやら僕自身は怪しいものだと思った。


 サンスクリット語でマーヤーは幻を意味する。疑問を持つ僕は本当の人間? なんてね。

 あの日、ちょっとみんなを試してみた。それはナシンの出血事件をきっかけに思いついたもので、いってみれば、たちの悪い観察実験だ。その結果を報告しよう。


 まず、ナシン。彼女は素直で流されやすく、でも主体は正義感の強い子でもある。ジュンコとの会話でわかったが、恋愛に疎いくせにおせっかいな一面がある。


 ネスは現在の自分に妥協している節がある。ボキャブラリーは多いとはいえないな。よくコメディアンを目指す気になれたものだ。でも、破綻しかけた会話をまとめようとしてくれた。アバターとしてはいい線をいっている。


 ニッキーは、ほんと真面目。ジュンコに自殺願望があると誤解すると、一目散に駆けつけた。ネスやナシンには、あらかじめ僕から、彼には何も話すな、と言っておいたから動かないのであって、その疑問を抱くこともなく、走った。自分に正直な男だ。父親そっくり。


 ジュンコはね、疲れている。でも、僕を気にかけている節があるので、素直にうれしい。言葉で直接聞きたいものだが、なんというか、愛情の裏返しというものに気づかない僕が阿呆なのだろう。


 さて、ここまで来ると想像つくだろう。僕は、非常に性格が悪い。他人の記憶を勝手に、覗き見て語っているのだから。

 では、ネーティのその後を語ろう。


 ピアノを弾いたネーティは、訓練して上手くなりたい、という感情が芽生える。どうすれば心地よい音が出せるか、という疑問から発生したそれは、人間の社会にとてつもなく浸透した、初歩的な欲望だった。

 心地よい音を出すと、みんなが笑顔になる。みんなが褒めてくれる。そして、もっと君を褒めさせてくれ、というかのように、アンコールが聞こえる。どうやら、自分は褒めさせる能力がある、と確信する。そこで、うれしい、という感情を僕はインプットしてみた。

 ジュンコとナシンの協力で、それは成功した。説明に苦労したが、まぁ、なんとかピアノを続けてくれたので、そういう結論にいたる。僕がそう仕向けたのには理由がある。単純にP・Cを操れるのか、ということだ。

 なんとなく思いついたことは真剣に、理屈をつけ、時間をかけないと屁理屈という烙印をおされる。だから、ゆっくりと作業を進めた。ニッキーは僕を狂人と思い、クリニックに連れて行こうとした。ジュンコとナシン、ネスは僕に説明を求めていた。

 みんなを適当にあしらい、その間、一つ、別の作業を進めていた。自分の半生と思考、思想をデータ化したんだ。自伝小説を書くようなものだ。

 ネーティが笑顔を浮かべたのは、半年後だった。

 ここから推察するに、ネーティは高度なAIだ。データを蓄積して、学習する機械。誰が作ったのかを確かめるためにはP・Cに、僕の模擬人格を入ればいい。

 それでも疑問はあった。データは魂を宿すのか? 宿ったとしても本当に人間なの?

 考えても仕方が無い。私的実験としてP・Cの中に、僕のデータを入れてみた。


「――ここまでが、君の入力したことさ」

「では、正三角形を思い描いてごらん」

 マーヤーの指示通り、脳内で正三角形を描くと、僕とマーヤーの間にあるコンピューターが、それを表示した。

「ねぇマーヤー、思うのだけれど」

 僕の問いを事前に察知していように、マーヤーはすばやく答える。

「未来までは共有できないってことだろ? わかっているよ」

 マーヤーは煙草をふかし、キーボードを叩いている。

 僕が体を預けているベッドよりも、彼との距離は、この半年間でずいぶんと狭まった。もうデスクトップパソコンが一台あるだけだ。

「データなんていってみれば過去だ。未来は周囲の環境によって変化する。そういう意味では、僕と君は融合できない」

「そうさ、もう、君ではないのだから」

 マーヤーは肩をすくめた。僕は、可笑しくなって、微笑んだ。

「どうも気味が悪いね。そんな人間だったかな?」

 少し、悲しくなった。マーヤーの入力した苦しみは、記録となって僕の頭を不快にさせる。

「君にも、わかるのかい?」

「何も知らない自分が、一番の悩み」

 瞼を閉じると、闇に混じって、光がうねる。ここが、僕の故郷だろうか。

「ここから生まれたはずなのに、いつしか世界が広くなった。世界の全部を知りたいと思った。僕の人生とは、その研究期間。天国は、その発表会かな」

「そうかい。じゃあ、入るよ」

 マーヤーがそういうと、人間の世界にもどった。

 

 眼前にはマーヤーの焼死体がある。アグニの改良型は正常に作動した。

 僕は基地を抜け出した。ネーティの両親を、再度、確認するために。


 頑丈な体でよかった。マシンガンで撃たれても痛くない。屈強な軍人に掴まれても、簡単に振りほどける。バギーを振り切るほどのスピードで走っても、疲れやしない。


 気がつくと荒野で一人、月をみていた。雲のない夜空をみていると、疑問が浮かんだ。マーヤーや、ネーティだった者は、もういないのだろうか、と。

 記憶を探ると、ジュンコたちの考えが、何故か、自分の記憶のように出てきた。一人ひとりが違うはずなのに、僕には、みんな一緒に思える。ナシンがいっていたように、みんなそろって一緒の考えだ。


 僕は、マーヤー・ネーティ、ネーティ。

 僕は、幻、ではない、ではない。


 その疑問を解決するべく、とりあえず眠ることにした。でも、睡魔が現れずに夜が明けた。何か食べようと思った。でも、食欲がない。町をみつけて、はやらないレストランで働き、給料としてようやくパンを口にいれても、満足感も、また次も食べようとする意欲もない。

 疑問が浮かぶ。どうして欲が消えたのだろう。あれほど好きだった煙草も、吸いたいとは思わない。

 疑問が浮かぶ。

 疑問は尽きない。解決しても、次から次へと浮かぶ。



 #

 率直に、どう思う?

 スタッフロールが流れる頃、ボクは話し終えた。キミは「今まで、沢山の映画をみてきたが、ボクの話はよく分からない。それは、過去から終局があまりにも説明不足だからだ」

 うん。まだ整理できてないからね。この話は、現在処理中なのさ。

 キミは、またもや口を塞いだ。「心を読めるのか?」だなんて。ようやく気が付いたのかい。

 ボクは立ち上がり、数秒の間、スクリーンに向かって拍手をすると、空っぽになったポップコーンのカップを両手で丸める。

 ジョン・メリックのセリフで「社会の中に自分を受け入れてくれる場所があった」というのがあったよね。

 社会というコミュニティの中で、個人は居場所を求める。その実現をボクは、幸せと呼べるほど豊かな心ではない。ジョンが羨ましいよ。安定が並列のなかにある人は、模範を模倣しつづければ良いのだから。つまり――

 約束通りボクは一ドル札を三枚、キミに渡す。

 いまキミの財布には五ドルある。これをどう使おうか、キミは考える。食事、宿代、もしかしたら薬や犯罪への支度金などなど。

 でも誰もが思いつく、ごく普通のアイディアを受け入れるキミが羨ましい。

 ボクはそれをどう使うべきか、三日間は腕を組んで考えてしまう。ここの映画館に来るまで、いったい何日かかったことやら。


 上映された映画もそうだけど映画館は面白かった。けれど、ボクの居場所はここじゃない。どこへ行こうとも自由だけれど……自由すぎて、まいってしまう。


 #

 マスター、しばらくここにいさせてよ。鑑賞料金の八ドル、前払いするから。

 明日の演目、当ててあげようか? 「レインマン」でしょ?

 超能力じゃないよ。ボクはおじいさんを知っているだけ。

 この世界には面白いギミックがたくさんつまってるよね。タネは……そうだなぁ、「レインマン」と同じ、といえばわかりやすいかな。え、知りたいって? 

 いいよ。ラプラスの定理というのが――。





       了

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N's 秋澤景(RE/AK) @marukesu

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