藍OP
はぁ、と、オレは、大きくため息を吐いた。
――はっきり言って、お手上げだ。
一年の嵯峨野 藍(サガノ アイ)は、オレの母と遠縁の親戚―― とはいえ、子どもの頃に数度、この街、オレの家に訪れただけだ。
アイツは頑として自分の今の住処を教えようとはしなかったし、コーチであるとはいえ、教師ではないオレがそれを無理に知る手だてもない。
野球部にも、今年の四月に入って、数ヶ月になるが…… チームでも、割と浮いていたと思う。
それを放置していたオレもオレなのだが―― オレが手を貸して上手く行くとは思えなかった。
なので、彼女自身と、至宝女子のチームに賭けたのだが……。
さすがに、”想定外も想定外”だ。
「――ふぅ」
ため息をついて、携帯の着信履歴を見返してみるものの、当然のように彼女の名前はそこにはない。
一年女子のチームメイトなら、住所くらい知っているだろうか、と、思わなくもなかったが、それも儚い希望だった。
後は、どこかでエンカウントすることを祈るしかないが、“あの時の彼女の表情”を見るに、野球絡みの場所は考えにくい。
誰かとの思い出のあるような土地でもないし、遊びに出かけるような殊勝なタマでもないだろう。
そして…… たぶん、家にはいないだろう。
――そうなると、お手上げだ。
様々な話を放っておいたとしても、彼女とは一度、話をしなきゃいけない。
そう、決心しているのだが。
難しいな。
……彼女は、今、何を思っているのか。
“あのマウンド”で、何を考えていたのか。
希望の一つや二つを盛大に脚色した答えしか、浮かびやしない。
「さて、どうするか……」
当てもなく、川沿いの道を歩いていた。
そんな瞬間だった。
「あれ――……?」
そこに、探し求めた姿があった。
あまりのタイミングに、真夏の熱が見せる蜃気楼かと疑うほどに。
陽炎揺れる土の道に、殊更に存在感を消したような。
――彼女の、姿があった。
オレは、全速力で駆け寄る。
……。
「おいっ、藍!」
「……」
オレが息を切らしてかけた声に、返事もなく一瞥だけで返す。
彼女―― 藍は、無表情のまま、瞳を落とした。
そんな彼女の様子が心配で、声を荒げる。
「携帯にも出ずに、メールも返さずに……。
ずっと、探してたんだぞ」
「――これが世に言うストーカー。
……きもっ」
「違います」
「――女の尻をひたすら追い続ける変態好色男。
……きもっ」
「それも違います」
「じゃあ何なの?死ぬの?
単細胞生物なの?アメーバなの?スマフォなの?」
「……全部違うし。
あの試合のことを、ちゃんと話しようと思ってな」
ぼんやりとした口調でキツい言葉を投げかける。
――それは、再会した彼女の特徴のままだった。
だが、“それ以外”は違う。
埒が明かなくて切り出したオレの言葉に、ピクリと肩を震わせる。
……やはり、彼女にも何かしらの影を落としているのは間違いなさそうだった。
「……かんけーし」
「関係ないことはないだろ」
「……ぱんけーき」
「――それは関係ねぇよ」
「そう、関係ない。
よし、話はここまで。
おつっしたー」
「終わらせないから」
「……チッ」
相変わらずの口の悪さと謎のノリで、話を煙に巻こうとする。
幼い頃の彼女は、こうではなかったと思うのだが……。
今年、数年ぶりに再会してからはずっとこんな調子だった。
――しかも、毒舌の矛先はオレだけに向けられている。
ほかの部員にはもう少しソフト―― ではないが、無愛想なりに毒舌は控えられていた。
「――お前さ、“あの試合に負けたのは自分だけのせい”とか思ってないか?」
「……」
オレの問いに、目を伏せて黙り込む。
“その先”は、オレにも触れられなかった。
「別に、アレはお前のせいじゃない。
ミーティングで言った通りだ。
國陽が、至宝女子より、強かった。
――ただ、それだけだよ」
「……」
「別に、お前が責任を感じることなんてないんだぞ」
「――別に。
……そんなこと、感じてないし」
「藍は、良く投げたよ」
「……優しい言葉掛けたくらいで、籠絡したつもりですか。
こ れ だ か ら 童 貞 は 困 る 」
「うるせぇ。
そんなつもりはないっての。
だから、ちゃんと練習に来いよ。
お前は至宝――」
オレの言葉を遮って、藍がおもむろに背を向けて立ち上がる。
そして、そのまま走り出してしまう。
たった数言の言葉だけを残して。
『慶治、アタシ―― 辞めるから』
遠くに消えていく背中に惑いながら、ただ、その言葉の在処を考えていた――……。
――……。
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