第2話 意外!リーダー龍馬唯一の欠点


後日、歌島高校水泳部を率いて新たちは志摩崎高校へ訪れることとなった。


龍馬の彼女と一緒に校長へ頼み込んだ甲斐あって、晴れてプールを借りられることになっていた。


どうにか新たちは活動場所を確保できたが、プールを破壊した噂は志摩崎にまで広まっていた。


商店街で茶髪の男子高校生4人衆が歩いているだけで後ろ指を差される始末だ。



SNSに詳しい宗によると、どうやら歌島の生徒が投稿した情報が拡散されて、この辺りではちょっとした有名人になっているらしい。


いわゆる炎上というやつだ。


志摩崎高校の関係者にまで噂が出回っているとプールを貸してもらえなかったかもしれないと宗に聞いて、新たちがゾッとしたのはつい最近のことである。


アカウントを特定されていたら、誹謗中傷メッセージで通知が鳴り止まないことにもなっていたかもしれないが、メカに弱い系の田舎男子高校生三人はアカウントを作ってすらいなかった。


宗だけがこのプチ炎上被害に遭い、安眠を悩まされる夜を送っていた。


「志摩崎高校、どんなところなんだろうな」


目のクマが目立つ宗はエナメルのベルトを額で押さえながら言った。


背中のバッグを前傾姿勢で抱えている宗に、龍馬が答える。


「さあな。でも、少なくとも俺たちの学校よりは綺麗だと思うぞ」


「歌島と比べたらさすがにそうだよ。プールの補修工事だって、今更ってくらいだしさ」


勝平に言われて「違いねえ」と答える龍馬。


三人の話を背後にしながら、新は志摩崎へ向かう途中、海沿いの崖に通る道を歩いていた。



志摩崎のプールに期待して先を行っていた新だったが、その道の木々から見えてきた建物に不気味さを覚えて足取りが重くなった。


白く明るい色をしているのに薄ぼけており、錆の赤みもところどころに入っていて痛々しい。


窓のガラスは割れたまま放置されていて、その枠すらも崩れている。


大きいだけあって威圧感もあり、新の肌も粟立っていた。


「あれが噂の灯台か」


新が龍馬の声に驚きつつ振り向く。


「有名な建物なの?」


「そうだな。なんでも、って有名だぜ?」


龍馬が胸の前で両手を下げて、幽霊の真似をしてくる。


新は幽霊を信じていなかったが、目前の建物の不気味さに表情を歪めた。


「ははは、まあ気にするな。中に入る訳でもないんだから」


龍馬は新を抜いて先を歩いていく。


新も置いていかれないように駆け足で後を追った。



志摩崎高校に着いてプール館を目の前にすると、歌島水泳部は口を開けてその建物を見上げていた。


志摩崎の校舎は歌島高校とあまり変わらず寂れていたが、屋内のプール館は去年建ったばかりで新しい。


外装はまだ真っ白で歌島の校舎のようには煤けておらず、窓が多くて日の光が差し込みやすい。


中を覗いてみると、観覧席まであるようで、プールの周りをベンチが囲っていた。



大会も開けそうな規模のプールに歌島高校水泳部は圧倒されていた。


公立と聞いてそれほど大きくないと予想していた新たちだったがとんでもない。


このプールを借りられるというのに、新たちは口を開けて呆けているしかなかった。



プール館を前にして待っていると、龍馬が何かを見つけて突然声を上げた。


れん!」


龍馬の視線を追うと、随分と遠い場所に、赤いリボンのついたブラウスとチェックのスカートを着た女生徒が立っている。


志摩崎の女制服を着ていることしか一同にはわからなかったが、言われてからようやくその人が龍馬の恋人だとわかった。



恋人の姿を見つけるなり龍馬は走り出す。


飛行機の翼のごとく両腕を広げて抱きつかんばかりに恋人の元へ向かっていく姿は、まるで飼い主を見つけた犬みたいだった。


新たちはそれを白い目で遠くから眺めていたのだが、龍馬が恋人を抱き締めようとした瞬間、


ぱーん


という音が響いた。


恋人が龍馬の頬を叩いたのだ。



それから龍馬は地べたにも関わらずその場に正座させられる。


遠くで何を言われているかまでは聞こえないが、龍馬が説教されているということは新たちにもわかった。


いつも説教をしている龍馬が今は逆に説教されているのだ。


普段の彼を知る三人にとってその姿はいつ見ても意外なものだった。


いつもは的確な指示でチームをまとめ、時には声を荒げて熱く叱ることもある龍馬が、今は恋人に頭が上がらなくなっているのだ。


この光景を見る度に三人は複雑になるのだが、当の龍馬は恋人にベタ惚れしている。


以前、龍馬が「怒った顔も可愛いんだ」と語っていたこともあったのだが、新は何も答えることができなかった。


端から見れば鬼のようにも思える恋人なのにどうして好意を持ったままでいられるのかわからない。


理解しようとしても理解できず、慣れようと思っていても慣れないことだった。



新が勝平に質問する。


「ねえ、龍馬ってあの子とどうやって知り合ったの?」


「中学で同じ学校だったんだってさ。彼女が龍馬のリーダー振りに惚れて告白したらしいんだけど、今じゃあれだからなあ」


「言い寄られたのに幻滅されて突き離されるかもね。彼女は水泳部じゃないし、この前の騒動もあるし」


他人事のように言う宗に対して勝平が「お前はもっと心配しろ」と言う。


新は静かに黙って、尻に敷かれている龍馬を眺めていた。



やがて説教が終わったのか、龍馬は満ち足りた表情で三人の元へ帰ってきた。


三人は龍馬が何を説教されていたのか気になって尋ねる。


すると龍馬は変わらず満面の笑みで嬉しそうに答えた。


「いや人前で抱き着かれると恥ずかしいって怒られてただけなんだよ。れんは結構シャイだからなあ。今度抱き着こうとしたら、下の毛まで茶色くなったことバラすわよって脅されたよ」


三人は思わず絶句する。


その噂を流されて被害に遭うのは龍馬だけではない。


ただでさえ茶髪のまま町を歩くのが辛いというのに、そんな噂まで流されたらたまったものじゃない。


次から龍馬が恋人を見掛けた時は、新たちまで注意しなければならなくなってしまった。


「それじゃあ、俺は他の部員を呼んでくるよ。ようやくプールに入れるぜ」


三人が青い顔をしている一方で、龍馬は笑いながら去っていく。


先程の尻に敷かれた龍馬を初めて目にした部員たちも、案の定苦い顔をしていた。

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