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目の前に見えるのが敵なら、敵から見た僕も敵だ。僕はゲーミングライザーを眺めながら息をついた。

「おやおや、浮かない顔ですね」

「クレイ…帰っていたのか」

白い鋼鉄の怪物は俺に話しかけてきた。ゲネミー。その名の通り、ゲームから生まれたエネミー、敵だ。ゲームの中の敵は、プレイヤーを敵と認識してるわけではない。狙うべきものが存在する。それに沿って動くというプログラムが彼らには備えられている。しかしこの怪物・クレイは違う。こいつは自分の意思で興味のままに動いている。今日も自分がしたいことをして帰ってきたのだろう。

「そろそろ、そろそろ外に出てみてはいかがかな?ようやく彼が現れたのに」

「誰だ」

「もちろん、もちろんーーバトラーさ」

ついに現れた。僕は驚きを隠せなかっただろう。あれほど倒した「敵」の生き残り。俺たち「怪物」の「敵」。

「やりあったのか」

「まさかまさか!逃げられてしまったよ、食えない男だ」

「逃したんだろう。お前が撒かれるわけがない」

表情の読めぬ怪物だが、クレイはなぜか笑っているような気がした。

「しかししかし、私達とバトラー、そしてもう一つの勢力も動き出している」

「なに?」

「せっかくせっかく生み出したゲネミーがもったいない」

「どんなゲネミーだ」

それそれ、その質問を待っていた、とクレイは嬉しそうにこちらを振り向いた。

「悲しい悲しい、心と戦う少女の夢。振りまく笑顔は胞子のごとく、そう『キノコ』の同胞だ」


ゲネミーに逃げられた俺は途方に暮れていた。なぜなら桃たちの元へ帰ってくるなりバケツいっぱいの水を両手に持たされ立ってろと命じられたからだ。こんな仕打ちが蔓延するなんて、悲しい悲しい!

「前回も逃したのに、今回も逃げられてるじゃない」

「まてよ、一応前回もぶっ飛ばしたろ!」

「ちゃんとやられたか確認してないし」

虎の怪物を倒したつもりだったが、確かに遠くに飛ばしただけで倒した実感はない。退けたという意味では今回より幾分かマシだ。だがその前回と比べるとなにも出来ずただ逃げられただけなのは認めざるを得ない。

「あの、バケツはどこから出して来たんですか」

「いざという時に持ってるのよ」

「え、なんで…」

「ところで竜真、そのキーホルダーなに?」

あ、そこ話し続けないのかと思いながら震える腕を横目に、ポケットからはみ出たキーホルダーを見る。

「それ、ペアイルカのキーホルダーです!」

三笹木は声を上げてポケットからキーホルダーを勢いよく取り出した。

「これはどこで…」

「さっきのユーフォーガスーーまあ怪物が落としてったやつだ」

「ミカ…」

「これ、本当にゲネミーの物なの?」

桃は三笹木に聞こえないよう耳元で話しかけた。

「ああ、あいつが逃げる時に落としてった。それに、三笹木の名前を呼んでたしな」

「ミカが…ミカが私を呼んでいたのですか?!」

俺の声が聞こえたらしく服を掴んで訴えて来た。

「途中で聞こえなくなったけど、三笹木の名前を呼んでたぞ」

「そう、ですか」

「三笹木さん、さっきのキーホルダーのことも、ミカって子のことも教えてくれる?」

「…わかりました」

三笹木はキーホルダーに目を落とすと寂しい表情を浮かべた。

「これ、遠足に行った時ミカがくれたんです。2つで1つのペアイルカ」

確かに三笹木のカバンにはイルカのキーホルダーが付いてあった。

拾ったキーホルダーと三笹木のキーホルダーを合わせると、まるで寄り添って泳いでるかのようなシルエットになった。

「ミカは、責任感が強くて一人ぼっちの私に寂しくないようにってこれをくれたの。だから喧嘩した後でも、ずっと私に手紙を送ってくれてた」

「ミカって子は怒ってなかったの?」

「あの子は優しいから。私と違う」

ミカーー三笹木の友達は本当は許していたんだ。でも自分のコミュニティを捨てきれなかった。きっと三笹木がいない寂しさを埋めていたのかもしれない。

「私はわがままだったから、ミカが、あんな姿に」

「三笹木、それは違う」

「え?」

俺は咄嗟に発していた。三笹木が自分のせいにして悔いているのが、自分のことのようでたまらなかったからだ。

「三笹木だってあんな風になることを望んでいなかったし、きっとミカもそうだ。お前たちの夢を利用した奴らがいる。あいつらをぶっ飛ばせばミカも戻ってくるさ」

「そうよ。ミカさんが許していたのなら、あとは、あなたの想いをぶつけなさい」

「私の、想い」

「あーー」

俺は重大なことを思い出した。桃が怪訝そうな顔を向けている。

「ミカーーというかゲネミーがワタシの夢を叶えるって言ってたんだよ」

「夢…もしかして」

三笹木はカバンから一枚の手紙を取り出した。

「これ、なにかヒントになりませんか」

「手紙…ミカさんが送ってくれたものね。読んでもいい?」

首を縦に振り、桃と俺は手紙に目を通した。一見すると、今日の出来事や三笹木を伺うような言葉が連なっている。

「この手紙、ほかに持ってない?」

「あります!家と、あの、もしかしたら学校に…」

「学校?あーさっきの事件でもう押収されてっかもな」

「現場保存で残しているかもしれないわ。私が見てくる」

桃は走って物陰に隠れた。おそらくポッドで移動するつもりだろう。

「三笹木は俺と他の手紙の確認に行くぞ」

「はい!」


『マミ…マミ…アナタヲ、ツレモドシテ…アゲル』

その頃ユーフォーガスはある場所へと歩みを進めていた。

目の前にあるベンチ、遊具、橋の下…全て壊し、誰も通れないようにした。

ユーフォーガスは壊し疲れてその場に座った。まるで誰かの帰りを待つように。

腰からキーホルダーを取り出そうとするが見当たらず、焦りを見せるも原因がわかったようだ。

きっと、あの男だろう。ユーフォーガスはまた歩みを進めた。しかし、キーホルダーを探す理由はそこに含まれてなどいなかった。

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