Realize on Dream 1-6

桃は眉をひそめながらこちらを見上げている。


イサ公にもらった腕輪を左手首に装着した。よく見ると、腕輪には何かをセットする

箇所とスライド式のスイッチ、電卓のようなディスプレイがついている。


セットする箇所の大きさは「バトルファイターVS」と書かれた小さな板のような機械と同じサイズ。勝手な憶測だが、これはカセットにあたるものじゃないだろうか。

カセットを腕輪にセットする。


『 ヴァーサス セットイン』


腕輪から声が聞こえた。しかし驚く暇はない。いまにも怪物は俺から目を離さず、攻撃の機会をうかがっていた。


「あなた、それがなんだかわかってるの!?」


「知らないよ。だが、なんの運命だかこれ、俺の好きなゲームなんだよ」


「スイッチをONにしてはダメ!あいつが襲ってくる前にどいて!」


「桃。初めてあったやつでも、仲のいい理樹でも、厳しいイサ公でもよ…」


左手は強く握りこぶしを作り、ゆっくりと右手でスイッチに手をかけた。


「俺のゲームはだれにも止められねえんだ」


カチとスイッチを入れるとたちまち俺の周りが光り、見知ったゲーム機「ヴァーサス」が飛び回った。


『リアラーーーイズ! バトラー ヴァーサス!』と機械は発した。


身体が熱く燃え上がるような感じがして、機械から俺の大好きなヴァーサスが出てきた。


ヴァーサス本体が変型し、俺の身体に装着されていく。変身する中で、幸喜と自信で体が満たされるのが分かった。ついに、俺の視界は少しだけ暗くなった。


「ヴァーサス…変わらない姿ね」


桃はゆっくりと立ち上がり、生徒のロッカーに背中を預けた。

俺の身体は、いつか見たヒーローになっていた。冷たく灰色なフォルムとヴァーサスのマークが入ったその身体から熱い闘志が燃え上がる。


今この力なら、こいつを倒せる。俺は構え、この怪物を、倒すことができる。


「ガゥアア!」


一拳、二歩詰め、三蹴。詰め寄る怪物に怯むことはない。ひたすらに技を打ち込む。

吹き飛ばされた怪物は立ち上がり、机を投げながら応戦する。


後ろにいるやつらに当たらないよう弾き飛ばす。ボロボロになって行く教室、窓は。

こんな怪物に、これ以上この学校を壊されてたまるか。


しかし、怪物もこちらの動きを読んでくる。持ち前の素早さで俺を翻弄する。

硬い爪による連続攻撃、防御をとって油断を誘う。大きく振りかぶる動作を見逃さなかった。


高く蹴り上げて相手の爪攻撃を止めた。すかさず怪物の胸ぐらを掴み背負い投げた。

虎の怪物は大きく怯み、立ち上がるのもやっとの様子に見えた。


「ヴァーサス!ゲーミングライザーのボタンを押して!」


桃の叫びにこれかと左腕に視線を移す。全身をよくみると機械の横にコントローラのボタンのようなデザインが施されている。ボタンはAとBと書かれた2つあり、きっとこれを押すことで、何かできるようになるのだろう。


俺は自分の知っている『バトルファイターVS』の強攻撃、Aボタンを3回押した。


『ヴァーサス!ヒットストップ!』

腕輪から音が聞こえたと同時に左手が青く光り、力が集まっていくのを感じた。


これが、俺の力。

俺は左腕を後ろに、右手を相手の位置にかぶるように構えた。

右手は相手を「確実に掴み」、左手には青い炎がごうごうと輝いていた。


油断している怪物を右手は捉え、その一瞬、俺と怪物の間合いはなくなった。

「捉えたものは、逃げられない」。右手には敵をロックオンする力があるようだ。


物理的に掴まず、敵との距離、空間を掴む右手と、相手にとどめを刺す力の左手。

青く燃え上がった俺の左手は怪物に叩き込まれた。怪物の動きは時計が止まったかのように微動だにしなくなった。

『レッツフィニッシュ!』と機械の音とともに、右足に赤い炎が燃えがった。左足を軸に体を回転させる。


戦いの中で直感的に会得した俺は、仲間を守るために、この力を絶対使いこなして見せる。こいつらの夢を守ってやるんだと誓っていた。


怪物は右足でとらえたと同時に、時が動き出して窓の外へ飛ばされていった。




「倒したの?」


手応えはなかった。ただ、遠くに飛ばしたというに過ぎなかった気がする。

しかし、かなりのダメージを与えたはずだ。当分暴れるのは無理だろう。


「…貴方なんで喋らないの」


俺は変身解除をして、こう言った。


「ヒーローは喋らないんだよ」


「…は?」


「ヒーローってのはなにも言わず、黙ってみんなを守る。ゲームでも、どんな世界でも」


「なにそれ」


「いや、なんか…俺は前からそういうもんだって聞いてた。いつ聞いたかは覚えてないけど」


「…そう」


変なことを聞くやつだ。そう思ったが言うのをやめた。実のところ一言も話さず戦った理由がわかっていなかった。


「とにかくイサ公達を病院に連れて行かないと、桃は救急車を呼んでくれ」


「ええ、わかったわ」


病院に連絡が取れるのか、そもそもこの学校から生徒達がいなくなった現状をどう理解すればいい。疑問は山ほどあるが、目の前の彼らを救出が優先だ。

しかし、さっき戦ったやつはなんだったんだ。桃が言うには『ゲネミー』というのではないらしい。飛ばした方角的には都市部方面だったけど。


俺は窓から怪物を飛ばした方角を眺めた。すると校庭にスーツを着た人が立っていた。


「人がいる!」


「え?」


「まだ生きてるやつがいるんだよ!」


「わかったわ。とりあえず病院には繋がったから、その人も確認しましょう」


俺は理樹とイサ公に目を配り、教室を後にした。

校舎を出ると先ほどのスーツを着た男が佇んでいた。


しかしこの学校では見たこともない先公で、なぜ怪物に襲われていないのか。その疑問にたどり着く前に彼は笑みをこぼし、俺に語りかけ始めた。


「さてさて、初めての戦闘はいかがでしたか?バトラー…ヴァーサス」


「バトラー?まあ好きなゲームで呼ばれるのは悪くねえけど。お前、何モンだ」


「ふむふむ、ワタシですか。お初にお目にかかります。ワタシはクレイ」

クレイと名乗る男の身体はみるみるロボットに変化した。


「ゲネミー!」


「え!こいつが!?」


「ええ、しかもハード形態…上級クラスの敵よ」


「ああ?何言ってるかさっぱりだけどよ。要は学校をめちゃくちゃにしたやつってことか」


「さすがさすが、ワタシも有名になったものだ!と言いたいところだが、そこの女性は知り過ぎている。君こそ誰なのか、興味が湧いてきましたよ」


桃はぐっと握りこぶしを作ってクレイを睨んでいた。


「今日は新たな新たなヒーロー誕生を見届けにきただけ。君達を倒すつもりはありません」


振り向いて帰るそぶりを見せたあと、「しかし」と話し続けた。


「君達がこれ以上関わるようなら、ワタシも相手をしますよ」

隣に立つ桃の細い腕は小刻みに震えている。


クレイは腕を伸ばすと指の先から銃弾を発射してきた。


「あ、ぶなー」


間一髪、桃を抱え銃弾を回避するが、助けられた桃は無言のまま俯いてしまっていた。


「逃げた方がいいか?」


桃に尋ねると、こくりと頷いた。


「わかった。つかまってろよ…」

桃はポッケからこっそり球体を取り出し、俺はクレイの注意を引き付けるために話しかけた。


「お前こそ誰なのかよくわかんねぇし、ゲネミーってことはゲームの何かなんだろ?」


「ふむふむ、それがどうした?」


「お前がやったことは許せないけど、俺はゲームが大好きだ。だからーー」

桃から球体を貰い地面にたたきつける。


「お前も必ず攻略する」


発光と煙幕が共にクレイの周りを包み、二人を見失ったその怪物ーーゲネミー・クレイは煙の中、無機質で不敵な笑みを浮かべたと同時に姿を消した。


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