世界は嘘ツキ
あろは
section1 見知らぬ相談
きっと、何か風化してしまうことを、誰かが『青春』と呼んだのだろう。しかし、褪せれば褪せる程美しいなんて、そんなのは嘘だ。陰陽、表裏一体、二元論、言い回せば数限りなくキリのないものになってしまうが。
青春は、風化して初めて青春になる。なら、いわゆる青春を謳歌しているはずの学生らが今現在、過ごしている日々はなんと呼べばいいのだろう。
この無為で堕落した生産性の無い日々にも、いつか蛹から飛び出す日が来ると信じているのが正しいのだろうか。むしろ夢や可能性を生産しているのか。
青春の対岸にあるのはきっと『無』だ。風化しても、ただ錆びてしまう。そして私は今、この『無』に対してどう向き合うべきなのか。
わかるわけがない。何せ敵は見えないのだから。
「はぁ、随分と堅苦しい文章だな……」
丁寧に本を閉じる。
俺は、図書室の隅にあった文芸部の文集を借りていた。今日は珍しく、昼休みの暇つぶしに読んでいる文庫本を忘れてしまったからだ。
またこれも珍しく、今日は授業で図書室を利用する機会があった。(いつもの文庫本を忘れたのが実際の所の理由だが)何かの縁だと思い、一冊借りて行くことにした。去年の菊川高校文化祭で出品されたものらしく、どんな内容なのか気になり、持って来たのだが……。
とにかく難しい。言い回しも題材もとても高校生が作る文集のものとは思えないものだった。特に最後のペンネーム「鷲羽山」さんの『青春の渇望』というやつは、哲学めいていて、まあなんというか、正直読みづらかった。この人は悟りでも開いたのだろうか。
疲れたからか、少し喉が乾いたので、紙パックのお茶に手を伸ばす。
……と全く同じタイミングで声がした。
「春野ー、お前呼ばれてるよ」
クラスの中でも男女ともに支持のある女子からだった。もちろん何か喋ったりするような仲ではない。
「誰に?……というか本当に俺か」
お茶に触れたので、一啜りしてから顔を向ける。
「廊下で待ってるから。早く行ってあげなって」
取巻きの女子たちが若干ヒソヒソしながらこちらを見ている。
……まあなんとなく察したような気がする。
「早くしなって!悪い話じゃないんだから」
そんな嬉しそうな顔で言われたって困る。手で了解の合図をし、廊下に出た。
案の定、一人の女子生徒が壁にもたれかかっている。俺とは無縁のジェイケイというやつだ。そのジェイケイはこちらに気づくと、少し気まずそうな顔をしながら手をあげてきた。
「よっ」
……初対面でその挨拶はないだろう!
呆気にとられた俺に、彼女はしてやったりの笑みを浮かべていた。
「あの、ええと……俺の知り合いか何かか?」
おそらく違うだろうが、話を進める。
「違う違う。初対面だよ私たち」
でしょうね……と言いたいのをぐっと堪え、苦笑いをしてみた。すると、この空気を察したのか、向こうから話を進めてくれた。
「わたしは倉敷、B組の倉敷ね。ええと、春野くんだよね?ちょっと、相談というか聞きたいことがあるんだけど……」
……初対面の人に相談なんて、よっぽどなことがない限りしないだろう。心当たりが全くないが、断る理由がないので、首を縦に振る。
すると、彼女は何故か目を逸らせながら、重そうな口を開く。
「ええとね、松ヶ谷さんのことなんだけど……」
……意外だった。ここであいつの名前が出て来るなんて。それこそ風化していたようだった。少し息を吐いてから続ける。
「こみちがどうかしたのか?」
「どうっていうか。その〜、元気にしてるかなっていうかっ」
松ヶ谷こみち。彼女は俺の幼馴染にして、元菊川高校の生徒だった。
そう、現在進行形ではこの高校を退学しているのだ。
まあ、松ヶ谷こみちの話をする上で、幼馴染の俺を介するのは何となく理解できる。
「さあな。しばらく俺も会ってないんだよな。今どこにいるのかも知らないし」
「……春野くんでも知らないんだ。そうかぁ。残念」
そういう倉敷は何か暗い表情を見せる。最初のしてやったりの笑みのようなものを疑ってしまうほどだ。
……少しナイーブな話なのかと思い、恐る恐る聞いてみる。
「倉敷さんはこみちとは……友達だったとか」
すると意外にも、気さくな返しをしてくる。
「そうそう!松ヶ谷さんとは同じ部活で仲良くなったの。松ヶ谷さんってああ見えて結構面白いトコあるじゃん。それで話弾んじゃって……」
「あいつ、部活入ってたのか。その上友達もちゃんといたんだ」
「ふふっ。松ヶ谷さんとは、あんまり学校の話とかはしないの?」
「まあ、あいつはそんなお喋りな性格じゃないからな。たまにクラスのこととか聞いても『特に何も』としか言わないしさ」
「はんなぁ。美術室、もう行っちゃうよぉ」
騒がしい廊下の中で、一際目立つ声だった。倉敷は、くるりと振り返り、咄嗟に返事をする。
「ちょっと待ってリカコ、もう行くからさー」
「ふふっ。別に彼氏とずっといちゃついてんなら先行ってるかんねー」
「ちょっ、リカコ!」
リカコさんって人。随分と気まずい空気にしてくれたな……。自然と軽い咳払いをしてしまう。
「あはは……ごめんねー。リカコはああゆう子だから気にしないで」
「ああ。それより行かなくていいのか。リカコさんって人、先行っちゃったみたいだけど……」
「そ、そうだよね。うん。じゃあ私行くね」
ここで、俺は思い出す。そして一応確認。
「そういや倉敷さん、相談とか言ってたけど今ので大丈夫だったのか?」
倉敷は不意を突かれたような表情になる。
「ええと、その。本当はね、松ヶ谷さんが引っ越した理由を」
キーンコーン、と休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴った。会話も途切れ、廊下は一層と騒がしくなった。
……さすがに間が悪いな。
「もし、何かあるんなら放課後とか話すか?倉敷さんが時間あるんだったら、あ」
俺は、会ったばかりの女子に積極的すぎやしないのか?と自制心が働き、口が止まった。顔が熱くなっていくのが分かり、咄嗟に続ける。
「別に無理にとは言わないし。そんな、大丈夫なら全然いいんだけど!」
しかし、倉敷は嬉しそうだった。
「ふふっ、ほんとにいいの?わたしは予定何も無いし平気だよ。むしろ春野くんこそ迷惑だったら」
「迷惑じゃない」
倉敷は少し驚いていた。しかしそれ以上に、自分が何故こんなムキになっているのか、俺の方が驚いている。なんか恥ずかしいな。
「場所はどうする?春野くんが決めて」
倉敷は嬉しそうにしている。それならいいのだが……。
「図書室なんかどうだ」
本を返すついでにと、安直に答えてしまった。
「オッケー決まり!放課後に図書室で待ち合わせね。じゃあ後で」
ああ、後で……と言う前に、倉敷はすごいスピードで切り返し、小走りで去っていった。リカコさんが美術とか言ってたな。確かに美術室だと遠いし、時間に間に合うかギリギリかもしれない。少し悪いことをした気がする。
「ねえ、今の子誰よ。春野って彼女いたの」
ふと気づくと教室の入り口らへんに、先ほどのカースト上位女子が立っている。
「ちげーよ。そんなんじゃない」
俺はそう言いながら教室に戻る。女子っていうのはすぐそういう方向に持って行きたがるよな、まったく。
しかし教室に入った俺を待っていたのは、今までにないような注目だった。
「春野、お前以外とやんのな。ふふっ」
「馬鹿野郎」
自分の席に着く。確かに今まで、休み時間に廊下で女子と談笑するなんて荒技、自分には無縁だと思っていたし、みんなもそう思っていただろう。
まあ、倉敷はただ相談しにきただけだし、みんなの思っているような関係ではないのだけど。
……ん。
さっきまで無かった素朴な疑問が浮かんでくる。
倉敷は最後、引越しの理由がどうちゃらこうちゃらって言ってたよな。でもどうして今なんだ。今というより、今更というべきか。
なにせ松ヶ谷こみちが引っ越してからそろそろ一年経つというのだ。何故一年前に来なかったのだろう。
……まあ、所詮人の行動なんて、簡単に理解できるものではないし、理由すら無い場合だってある。考えるだけ時間の無駄なのか。
五時間目の世界史の授業が始まる。世界史の先生は2年A組の担任でもあり、授業中によく配布物を配ったり、連絡事項などを伝えている。まあ、帰りのホームルームを早く終わらせたいとか、そんな理由だろう。
前の方でプリントを受け取った男子の声が聞こえてきた。
「せんせー、七月の予定表配るの遅くね?」
「わりわり。かんっぜんに忘れてたんだわ。まあまだ一週間ぐらいしか経ってないしなんとかなんだろ」
プリントを配りながら、適当に流している。まあ、そのフランクさから、学年でも一番慕われているのである。
今は七月五日で、まだ一週間弱しか経っていない。月間予定表など特に見るところなんて無いし、配り忘れていたことに大した影響を受けることはない。と思いながら、回ってきた予定表に軽く目を通す。いつも通り、二つ折りにしてしまおうと紙の端と端を合わせる。
ん?何か見慣れない文字があるな。紙をもう一度開き注視する。
「こ、これは……」
これはなんていうか、間が悪いというか。
「よし、全員回ったなー。んじゃ授業始めるぞ」
倉敷ごめん。
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