第110話  大地を揺るがす石の少女と、白く煌めく竜の少女――クルオルガール VS ホワイトソード その2



竜印解放ド・ラ・グーン――」


 ジャスミンはヨッシーに向かってゆっくりと歩きながら、肉体の封印を解除した。その瞬間、ジャスミンの額に円形の竜紋りゅうもんが浮き上がり、肉体が変化を始めた。長い黒髪は波打ちながら銀色に染まり、白い肌は淡くきらめく白銀の鱗に覆われていく。


「ま……まさかそれが……竜印族ドラゴニアンの本当の姿……」


竜印族ドラゴニアンにはいくつもの種族がある。私は白銀竜の一族だ」


 驚愕するヨッシーの前で足を止めたジャスミンは、長い白銀の髪を後ろに払った。そして自分の顔の横を指さしてさらに言う。


「さあ、害虫よ。私の本当のステータスを見たければ気が済むまで見るがいい。そして納得したら、この場でゴミのように朽ち果てろ」


「……あっそ。わかったわよ。そこまで言うなら見てやろうじゃない。ステータス・オン――って! えぇぇぇぇーっっ!?」


 ヨッシーはジャスミンのステータス画面に目を凝らした瞬間、度肝を抜かれて目を見開いた。


「ちょっ!? なにこれっ!? アンタのステータスっ! すべて1・5倍以上になってるってどういうことっ!? しかもこれって! ヴァッ! 朱黒騎士バーミリオンナイトっっ!?」


「……能力値を隠す方法ならいくらでもある。相手のステータスを見ることに慣れた害虫の目を誤魔化すぐらい造作もない。つまり、ことが、おまえの敗因ということだ」


「ふっ! ふざけんじゃないわよっ! 私はまだ負けていないんだからっ! 石速剣ストレイト・ソードっ! 三連刺突トリプルソーンっ!」


 ジャスミンが淡々と語ったとたん、ヨッシーは妖刀を覆う岩を解除して元に戻し、緑色に輝く切っ先を大地に突き刺した。その瞬間、ジャスミンの周囲から鋭い石のとげが3本飛び出した。しかし石のとげはジャスミンの体に命中したとたん、呆気なく砕け散った。


「なるほどね……。アンタの体を覆うその銀色の鱗が、私の攻撃をすべてはじいていたってわけね」


「当然だ。白銀竜の鱗に石のとげごときが通じるはずがない」


「あっそ。だったら――それ以上の攻撃をするまでよ」


 ヨッシーはジャスミンをにらみながら妖刀を鞘に収めた。そしておもむろに1歩引き、居合いの構えを取りながら精神を集中させる。するとその時、ジャスミンが不意に尋ねた。


「害虫よ。幕を閉じる前に1つだけ訊いておく。おまえはという名前に心当たりがあるか?」


「……バハムート? それって、あの有名なドラゴンのこと?」


「ドラゴンかどうかは知らん。その名を使用している害虫のことだ」


「さあ? 私は聞いたことがないけど、転生者ってのはそういうゲームっぽい感じの名前を名乗る人が多いからね。空中大陸にでも行けばゴロゴロいるんじゃない?」


「空中大陸……ソラミスのスターシアか」


 ヨッシーの返事を聞いたジャスミンは、ふと顔を上げて空を見た。すると不意に不気味な黒雲が一気に広がり、星空を覆い隠した。


「……この怪しげな黒雲は、あの魔女の仕業だな」


「はっ。だったらフウナのためにも、私が一気に切り裂いてやるわ――。転生武具ハービンアームズ第一種HCS・魔回接続ブースト・オンっ!」


 ジャスミンが夜空の黒雲を見渡したとたん、ヨッシーは瞳の中に強烈な殺気を宿しながら転生武具ハービンアームズの封印を限定解除した。そして目にも止まらぬ速さで抜刀し、目の前の空間を連続で斬りまくる。そうして緑色の軌跡を大気に刻み込んだ直後――ヨッシーは妖刀を大地に突き刺し、魔法を唱えた。


「大地・第6階梯固有魔法ユニマギア――超高空ハイタワー・オブ魔岩塔・マクスダイロックっっ!」


 その瞬間、ジャスミンの足元の大地が爆発的にせり上がった。


「――こっ! これはっ!?」


 周囲数メートル四方の地面ごと猛烈な速度で上昇を開始したジャスミンは、大気の壁に押し潰されて片膝をついた。さらにジャスミンをのせた岩の柱は止まることなく天空へと伸びていく。そして夜空の黒雲を一気に突き抜けた直後――岩の柱は木っ端微塵に砕け散った。


「――くっ! 墜落死させるつもりかっ!」


 超高高度まで伸びた柱に吹っ飛ばされたジャスミンは、さらに1000メートル以上の上空に舞い上がった。そしてすぐに急降下――。ジャスミンは身を切るような猛烈な風を全身に受けながら大地に向かって落ちていく。


 すると地面から緑色の妖刀を引き抜いたヨッシーが、さらに精神を集中させながら剣舞けんぶを始めた。そして最大にまで高めた魔力を刀に込めて大地に突き立て、必殺の魔法を発動する。


「油断したわねドラゴン女っ! 勝負が決まる前に勝ち誇ったのがアンタの敗因よっ! これでも食らって肉の雨になりなさいっっ! うおおおおおおおーっっ! 大地っ! 第7階梯固有魔法ユニマギアっ! 対空迎撃エアシューティング魔岩連槍・グランドスピアっっっ!」


 その瞬間、ヨッシーが立つ空き地の全域から膨大な数の石の槍が発射された。


 それはまさに大地から天に昇る石の雨だった――。その鋭い石の槍は何十、何百、何千と連なり、猛烈な速度で上昇していく。そして上空の黒雲を貫通して吹き飛ばし、落下してきたジャスミンの高度に達した瞬間――石の槍は爆発した。


「どうよっっ! これが私の最大魔法よっっ! これならさすがにっっ! ズタボロの肉塊にくかいコース一直線でしょーっっ! ザマーみろぉーっっ!」


 はるか上空で連鎖的に爆発する石の花火を見上げながら、ヨッシーはこぶしを握って吠えまくった。そしてすべての石の槍が夜空で爆発した直後、猛烈な爆風が東の方から襲いかかってきた。


「なっ!? なにこの風はっ!? まさかフウナがを使ったのっ!?」


 唐突に発生した気圧の変化は激しい突風に姿を変えて、暗い空に吹き荒れた。その風によって、爆裂した槍の破片はすべて天の彼方に吹き飛ばされた。そしてその直後、空を見上げていたヨッシーは驚愕して目を見開いた。はるかなる天空の高みから、白い剣を大地に向けて一気に急降下してくるジャスミンの姿が見えたからだ。


「ンなっ!? なにぃぃーっっ! だとぉぉーっっ!?」


 ジャスミンは超高高度から猛烈な勢いで落下しながら、地上に立つヨッシーを冷たい目で見下ろした。そのジャスミンの視線を真正面から受け止めたヨッシーは、奥歯を噛みしめて妖刀を握りしめた。


「じょ! 上等じゃないっ! 斬っても突いても爆破してもダメってんならっ! 大地の底に埋めてやんよぉーっっ! うおおおおおおっしゃぁぁーっっ! 妖刀・薄緑うすみどり全開発動っっ! 残りの魔力を振り絞れぇーっっ!」


 ヨッシーは全身全霊で緑色の妖刀を光り輝かせた。そしてすべての力を刀身にそそぎ込み、大地に深々と突き刺して最大規模の魔法を唱えた。


「おおおおおおぉーっっ! この世に大地がある限りっ! 私に殺せない相手は1人もいないっ! だからぁーっ! 踊れっ! 大地っ! 第6階梯固有魔法ユニマギアっ! 巨大堅牢ホールケージ・オブ魔岩窟・マクスダイロックっっ!」


 その瞬間、大地が波のように揺れ動いた。


 ヨッシーの目の前の地面が縦横じゅうおうにひび割れて、まるで花が開くように土が周囲に盛り上がっていく。そしてすぐさま巨大な穴となり、落下してきたジャスミンを大地の底にのみ込んだ。さらにその直後、盛り上がった地面の上に立つヨッシーが、渾身こんしんの力を込めてとどめの魔法を発動した。


「さぁーっ! これで終わりよぉーっ! 闇の底で永遠に眠りなさいっっ! くらえぇーっ! せぇーのぉーっっ! 大地っ! 第4階梯固有魔法ユニマギアっ! 超高速魔ハイスピード・岩落撃ロックフォールっっ!」


 数々の大地魔法によって荒れ果てた空き地にヨッシーの声が響き渡ったとたん、地面から無数の岩石が浮かび上がり、空に向かって飛び出した。さらに、その膨大な数の岩石群は瞬時に激流の滝と化して、巨大な穴の中へと降り注ぐ。


「はあ……はあ……これで、さすがに終わったでしょ……」


 魔力をほとんど使い果たしたヨッシーは、荒い息を整えながら、岩石で埋め尽くされた巨大な穴を見下ろした。そして動くモノが何もないことを確認すると、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ぃぃぃよっしゃぁーっ! 勝ったぁぁーっっ! 私の勝ちだぁぁーっっ! うううううううう気ン持ちイイーっっ! ヒャッハーっっ!」


 ジャスミンを大地の底に押し込んだヨッシーはこぶしを握り、黒雲が消え去った星空に向かって勝利の雄叫おたけびを上げた。


 しかしその直後――埋まった穴の一部が爆発して大量の岩石が噴き出した。さらに続けて長い白銀の髪の少女が、猛烈な勢いで大地の底から飛び出してきた。


「……はい?」


 膨大な数の岩石をまき散らしながら姿を現したのは、ジャスミンだった。そして、かすかにきらめく白銀の鱗に覆われたジャスミンを見たとたん、ヨッシーは絶句した。なぜならば、ジャスミンの制服はかなり汚れていたが、肉体はほとんど無傷だったからだ。


「――さて。私を夜空に飛ばして爆破して、大地に落として岩で埋めてと、いろいろと手を尽くした様子だが、もう終わりか?」


「アンタ、マジでいったい何者なの……? なんでここまでされてピンピンしてんのよ……」


 ジャスミンが足を止めて淡々と口を開いたとたん、ヨッシーは呆然としながら訊き返した。


「それもまた愚問だな――」


 ジャスミンはやはり、感情のない瞳でヨッシーを見つめながら言葉を続ける。


「その答えは単純だ。大地を操ることができるのはおまえだけではない」


「それってまさか……アンタも大地魔法が使えるってこと……?」


「言ったはずだ。物事の本質から目を逸らしてきたのがおまえの敗因だ。つまり、相手の実力を見極める目を鍛えてこなかったから、おまえは無駄な攻撃を続けていたのだ――」


 大地に突き刺さったヨッシーの妖刀に、ジャスミンは白い剣を向けてさらに言う。


「最初からその刀だけで戦っていれば少しはマシだったはずだ。しかしおまえは自分の力を過信して、魔法だけで勝負を挑んだ。注意深く観察していれば、私がことに気づけただろうに、愚かな選択をしたものだ」


「はあ? 魔法効果を抑えるって、そんなのいったいどうやって……?」


闘竜ドラゴニック・剣技バトルアーツ――地龍剣ヴァルス・ストライク


 ジャスミンは白い剣を構えて、ゆっくりと天に向けた。すると、周囲に転がる無数の岩石が宙に浮き上がり、ジャスミンを囲むようにゆったりと流れ始めた。


「私にこの剣技を伝授してくれたのは、宇宙の調和をつかさど界竜かいりゅうだ。ゆえに私は、万物すべてのエネルギーに対応することができる。つまり、おまえのように同じ系統の魔法だけで力押ししてくる相手なぞ、私の敵ではないということだ」


「な……なによそれ……。そんな万能すぎる剣技、完全に反則じゃない……」


「反則だと? この世界のことわりに反する害虫が何を言う。笑わせるな」


 愕然とするヨッシーにジャスミンは冷たい声で言い捨てて、白い剣を横に振り下ろす。すると宙に浮いていた無数の岩石が列をなして横方向に流れていき、大地の上に転がった。


「……さて、害虫よ。覚悟はいいな。我らの世界に土足で踏み込んできたその大罪たいざい、おまえの薄汚い魂に刻みつけながら死んでいけ」


「――ざっけんじゃないわよーっ!」


 ジャスミンが淡々と死の宣告を口にしたとたん、ヨッシーは声を張り上げながら妖刀を地面から引き抜いた。そしてジャスミンの頭の横をちらりと見てから、残りの魔力をすべて使って魔法を唱えた。


「はっ! なーにがすべてのエネルギーに対応できるよっ! アンタのステータスっ! さっきよりずいぶんと下がっているじゃないっ! つまりっ! アンタは私の魔法でかなりのダメージを受けているっ! だったらっ! 勝負はまだまだこれからよっ! 大地・第2階梯固有魔法ユニマギアっ! 自動追跡チェイスロック・魔岩撃エクストリームっ!」


 その瞬間、大地から再び丸い大岩が無数に飛び出し、高速で回転しながらジャスミンに襲いかかった。さらにヨッシー自身も横に走り、ジャスミンのすきをうかがう。


「ドラゴンの剣技だかなんだかしんないけどっ! 魔法の効果を抑えるっていうんならっ! お望みどおり刀で斬り刻んであげるわよっっ!」


 ヨッシーは声を張り上げ、ジャスミンとの間合いを徐々に詰めていく。しかし次の瞬間、ヨッシーは思わず鼻で笑った。斬り込むすきを作るために発動した魔法の大岩を、ジャスミンが片っ端から剣で砕き始めたからだ。


「はっ! バッカじゃないのっ! そんなことをしたらっ! 剣の方がもたないでしょうがっ!」


 ヨッシーはニヤリと笑い、走るコースを螺旋らせん状に切り替えてジャスミンの様子を観察した。どれだけ硬い剣であろうと、岩を砕き続けることなんて出来はしない――。そう判断したヨッシーは、ジャスミンの剣が折れるか曲がるかして使い物にならなくなる瞬間を待った。


 そしてその時はすぐに訪れた。何個目かの岩を叩き割ったとたん、ジャスミンの白い剣が音を立てて砕け散った。


「――よしっ! 勝ったっ!」


 白い剣の破片が空中に飛び散った瞬間、ヨッシーは自分の勝利を確信した。そして妖刀を肩に構え、必殺の気合いを放ちながらジャスミン目がけて加速する。


 しかしその瞬間――ジャスミンが冷たく微笑んだ。


「――さあ、いくぞ白焉はくえん


 剣身が砕けて柄だけになった自分の剣に、ジャスミンは静かな声でささやいた。そのとたん、宙に漂っていた剣の破片が白銀にきらめいた。さらにその無数の破片は一瞬でジャスミンの手元に集まり、元の白い剣に姿を変えた。


「ええっ!? なにそれっ!?」


 ジャスミンに向かって全力の突きを繰り出していたヨッシーは愕然と目を見開いた。しかし、スピードに乗った渾身こんしんの一撃を止めることはできない――。だからヨッシーは瞬時に腹をくくって奥歯を噛みしめ、さらなる気合いとともにジャスミンの体に突っ込んでいく。


 その迫り来る超高速の突きを、ジャスミンは修復した白い剣で素早く弾いた。しかしヨッシーは怒涛の勢いで8連続の斬撃を繰り出した。それでもジャスミンはヨッシーの速攻をすべて弾き、横から突っ込んできた魔岩も砕いた。


「――くそぉぅっ! このバケモノオンナめっっ!」


 攻撃をすべて防がれたヨッシーは、ジャスミンの横を素早く駆け抜けて間合いを取った。


 するとジャスミンはヨッシーに向かってゆっくりと歩きながら、襲いかかってくる大岩をやはりすべて砕いていく。しかも岩を1つ砕くたびに白い剣も粉微塵こなみじんに砕け散り、そして瞬時に修復する。


 その白銀のきらめきとともに突き進むジャスミンの姿は、まさにいかれる竜だった――。


「そうか……。その自動修復能力は、ホーリウムっていう魔法金属ね」


 不意に足を止めたジャスミンに、ヨッシーはわずかに震える声で確認した。


「そうだ。そしてこの白焉剣はくえんけんは、私の牙。ゆえに何度砕け散ろうとも、必ず敵に食らいつく――」


 不意に夜風が吹き乱れ、ジャスミンの長い銀髪を逆立てた。


「さあ、害虫よ。これが最後の一撃だ。我がの裁きを受けて、その薄汚い血を大地に散らせ」


「……ふん。カッコつけてくれるじゃない。でもね、私だって剣には覚えがあるんだから。純粋な剣の実力ならアンタにだって引けを取らない。だから――こっちも本気でいくわよ」


 ジャスミンが決戦を告げたとたん、ヨッシーは緑色の妖刀を体の正面で握りしめた。そして正眼せいがんの構えを取ったまま、呼吸を静かに整える。その直後――ヨッシーは裂帛れっぱくの気合いとともにジャスミン目がけて突っ込んだ。


 しかし、ジャスミンはヨッシーの動きを読んでいた。一気に加速して斬り込んでくるヨッシーを、ジャスミンはまっすぐ見据えながら必殺の奥義を撃ち放つ――。


闘竜ドラゴニック戦技・バトルアーツ――ホワイトアウト・ストライク


 ジャスミンはヨッシーに向けて剣を素早く振り下ろした。


 その瞬間――白い剣は木っ端微塵に砕け散り、白銀の破片となってジャスミンの頭上に舞い上がる。さらにその無数の白い破片は滑らかな筋となって渦を巻き、迫り来るヨッシーに向かって襲いかかっていく。


 その姿は、まさに白銀の龍――。


「なによっ! こんなこけおどしぃーっっ!」


 ヨッシーは突っ走りながら、目の前に迫った白銀の激流を妖刀で切り裂いた。しかし、金属粒子と化した白焉剣はくえんけんを止めることはできなかった。次の瞬間――ジャスミンが撃ち放った白銀の牙は、ヨッシーの胴体を一気に貫通して流れ去った。


「あ……れ……?」


 胸の中心に大きな穴がいたヨッシーは、間の抜けた声を漏らした。そして背後から再び襲いかかってきた白銀の爆流を受けて、ヨッシーの頭部は完全に砕け散った――。


「……戻れ、白焉はくえん


 頭と心臓を失ったヨッシーの肉体が大地に崩れ落ちた直後、ジャスミンは剣の柄を頭上に掲げた。すると白銀のきらめきが即座に集まり、剣の形に復元した。


「さて。


 ジャスミンは低い声で呟くと、出来立ての死体に背中を向けて歩き出す。そして一番近くの木の枝を1本切り落として拾い上げ、両端を鋭く削りながら元の位置へと戻っていく。


「そろそろか……」


 すでに頭部と胴体が完全に回復していたヨッシーの死体を、ジャスミンは淡々と見下ろした。するとすぐに


「――はっ!」


 その声を出したのは、生き返ったヨッシーだった。そして同時にヨッシーの瞳は、死の恐怖に染まっていた。なぜならば、ヨッシーの目の前に立つジャスミンが、太い木の枝で作ったからだ。


「い……いやぁーっ! やめてぇーっ! ごめんなさいっっ! わたしが悪かったからっっ! だからもうころさな――ごぶふっ」


 ヨッシーは恐怖で顔をひきつらせながら、悲鳴を上げて命乞いをした。しかしジャスミンは感情のない顔のまま、ヨッシーの心臓に杭を突き立てた。その鋭い杭はヨッシーの胸をやすやすと貫通し、大地に深々と突き刺さる。同時にヨッシーは口から赤い血を噴き出して、白目を剥いて絶命した。


「――みにくい害虫に相応しい、みっともない死に様だな」


 恐怖で歪んだヨッシーの死に顔を見下ろしながら、ジャスミンは淡々と言い捨てた。そして杭を地面から引き抜き、そのまましばらくする。すると胸の穴がすぐに元に戻り、ヨッシーはもう1度生き返った。


「――おねがいっ! たすけてっ! たすけてくださいっっ!」


 ジャスミンに腹を踏みつけられたまま目を見開いたヨッシーは、声を振り絞って叫びまくった。


「おねがいっ! おねがいしますっ! ゲートコインはもうないのっ! もう1度殺されたら今度こそ本当に死んじゃうのっ! だからおねがいっ! たすけてくださいっっ!」


 ヨッシーは涙を流しながら、必死の形相ぎょうそうでジャスミンに訴えた。しかしその魂の叫びは、ジャスミンの心に響かなかった。


「……おまえたちは、ポーラ・パッシュとメナ・スミンズの命を無慈悲に奪った。それなのに、自分の命を助けろと言うのか?」


「そっ! そんなの当たり前でしょっ! だってわたしっ! その2人はころしてないもんっ! わたしがやってないことでっ! なんでわたしがころされなくちゃいけないのよっ! そんなのどう考えてもおかしいじゃないっ! だからおねがいっ! たすけてっ! たすけてちょうだいっ! ――だれかぁーっ! たすけてぇーっっ! 殺人鬼にころされるーっっ! たぁーすけてぇーっっ!」


 ヨッシーは大地に倒れたまま、あらん限りの声で絶叫した。しかし、夜の闇に響いたその声は、誰の耳にも届かなかった。


 どこか遠くで鳴いたフクロウの声が、暗い空にかすかに漂った。そしてジャスミンの長い銀髪を、冷たい夜風がわずかに揺らして吹き抜けていく。


「ポーラはね、私の大切な友達だったの……」


 無様ぶざまに命乞いを続けるヨッシーを見下ろしながら、ジャスミンは悲しげに呟いた。そして木の杭を振りかぶり、迷うことなくヨッシーの心臓を貫いた。


 ヨッシーはみにくい生き様に相応しい、みにくい声を漏らして絶命した。それが強大な力を手に入れて、自分の弱さから目を逸らし続けてきた、石の少女の最期だった――。


「……さて。師匠ししょうとの約束を果たしに行くか」


 ジャスミンは晴れ渡った星空を見上げて呟いた。それから緑色の妖刀を拾い上げ、大地に串刺しにしたゴミのような死体に背を向ける。そしてネインが向かった教会の方へと歩き出した。




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