異世界戦記・転魔撃滅ガッデムファイア ~ 地球から来た転生者どもはすべて倒す! 絶対神の魂を宿した最強の復讐者が、魔炎をまとって敵を討つ超必殺・撃滅譚!
第45話 悩める少女と試練の少年――ボーイ・ミーツ・トラブルガール
第45話 悩める少女と試練の少年――ボーイ・ミーツ・トラブルガール
そこは幅の広い水路に架かる、長い橋の上だった――。
広大な王都の中でも特に大きなその水路には、大量の水がゆるやかに流れていた。その滑らかな水面には青い空が姿を映し、
その通行人の1人、黒のハーフマントを羽織ったネインは、橋を渡り切る手前でふと足を止めた。そして橋の欄干に腰かけている少女を見て、思わず首をひねりまくった。
ネインの目に止まった少女は上等な学生服に身を包んでいたのだが、なぜかスカートの後ろがすだれのように縦に裂けていたからだ。しかも春の柔らかな風が吹くたびに、細く裂けたスカートの布がひらひらと揺れて、下着がちらちらと顔をのぞかせている。
「あれは……いったい何なんだ……?」
ネインは思わず少女の細い背中を凝視したまま考え込んだ。
(あれはどう見ても普通とは思えない……。普通に考えたら、あんなスカートはありえない。しかし、あの布の裂け方はきれいな均一で、偶然に裂けたとはとても思えない。それに当の本人は欄干に座ったまま、空の彼方をのんびりと眺めている。ということは、あのスカートは本人の意志でわざとああいうふうに切れ目を入れているということか……? だがしかし、そんな人間がこの世にいるのか……?)
ネインは答えの出ない思考の迷宮にはまりながら、ふと橋の上を見渡した。するとネイン以外にも多くの歩行者たちが、やはり少女のスカートを見て首をひねりながら通り過ぎていく。母親に手を引かれて歩く小さな子どもに至っては、制服姿の少女の尻を指さしてニコニコと笑っている。
「……まあ、そうだな。わからないことはいくら考えても推測の域を出ることはない。軽く話しかけて確認するくらいなら、それほど気を悪くさせることもないだろ」
ネインはしばらく悩んだあと、ぽつりと呟いた。そして金色の髪の少女にゆっくり近づき、声をかける。
「あー、ちょっといいか?」
「……えっ? わたし?」
不意に漂ったネインの声を耳にして、少女はワンテンポ遅れてネインの方に顔を向けた。その少しぼーっとした少女の顔を見つめながら、ネインはおもむろに言葉を続ける。
「えっと、その、気を悪くしないでほしいんだが、あんたのスカートはわざとそういうふうにしているのか?」
「はい? スカート?」
その質問を耳にしたとたん、少女は思いっきり眉を寄せた。そしてすぐに視線を落としたが、スカートの前の方には何の異常も見当たらない。
「スカートって……これ、うちの学院のスカートだけど、なにかおかしいですか?」
「ああ、いや、そういうスカートを見たのは初めてだったから少し驚いたんだ。なんというか、その……ずいぶんと風通しがよさそうだったから」
「はあ? 風通し? あなたいったいなに言ってんの?」
困惑顔でためらいがちにしゃべるネインを見て、少女はさらに
「いや、ほら、たしかに最近は暖かくなってきたけど、まだ風は少し冷たいからな。そういうスカートをはくには、ちょっとばかり早いような気がしただけなんだが……」
「はいぃ? あなたほんとになに言ってんの? これ冬服よ? 生地だって厚めだし、風通しがいいわけないじゃない……って、ほえ?」
少女はネインを軽くにらんで言い返しながらスカートに手を当てた。そして何気なく尻の方に手を回した瞬間、パチクリとまばたいた。指先から何やら不思議な感触が伝わってきたからだ。
「えっ……? なにこれ……?」
少女は反射的に首をひねり、スカートの一部をつまみながら腰の後ろに視線を落とす。そして、自分のスカートが縦にいくつも細く裂けていることに気づいた瞬間、目玉を限界までひん剥いた。
「うっぎゃあああああーっ! なにこれぇーっ! なんでわたしのスカートが
少女は驚きのあまりスカートをつまんだまま立ち上がろうとした。その瞬間、少女はバランスを崩して橋から落ちた。
「あっ! あぶないっ!」
少女の体が欄干の向こうに倒れた瞬間、ネインはとっさに駆け寄った。さらに欄干の外に大きく身を乗り出して限界まで腕を伸ばし、甲高い悲鳴を上げた少女の手をギリギリでつかんだ。しかし少女はネインの手につかまって空中にぶら下がったとたん、突然声を張り上げて暴れ出した。
「いっ! いやぁーっ! はなしてっ! このヘンタぁーイっ!」
「お、おい、暴れるな。水路に落ちるぞ」
「なによっ! ひとのスカートを切るような変質者なんかに助けてもらいたくなんかないんだからっ! いいからさっさと手をはなしなさいっ! このヘンタイオトコーっ!」
「い、いや、スカートを切ったのはオレじゃ――」
「はあっ!? アンタいまさらなに言ってんのっ!? わたしの後ろにいたのはアンタだけじゃないっ! だったら犯人はアンタに決まってるんだからっ! とにかくっ! いますぐ手をはなしてっ! はなさないなら手をかむわよっ!」
少女はネインの顔を見上げながら吠えまくった。さらにいきなりネインの手に噛みついた。その鋭い痛みでネインは思わず顔を歪め、反射的に少女の手を離してしまった。
「くっ! ……あっ」
「……ほえ?」
その刹那、空中で支えを失った少女はパチパチとまばたいた。そして次の瞬間、金髪の少女は再び甲高い悲鳴を上げながら水路の中に落ちていった。少女は派手な水柱を上げて水中に沈み、慌てて水面に顔を出す。そして無我夢中で細い両腕を振り回し、全力で水しぶきを立てながら声を張り上げた。
「……たっ! たぁすけてぇーっ! わた……わたしっ! およげないのぉーっ!」
「待ってろ! いまいくっ!」
溺れながらゆるやかに流されていく少女を見て、ネインは慌てて声を飛ばした。さらにすぐさま黒のハーフマントと背負い袋をその場に脱ぎ捨て、水路の中に飛び込んだ。しかしネインが水中で少女の体に腕を回したとたん、少女は再び暴れ出した。
「い……いやぁーっ! はなせぇーっ! このヘンターイっ!」
「お、おい、暴れるな。ほんとに溺れるぞ」
「それがなによっ! アンタみたいな変質者なんかに助けられるぐらいならっ! このままおぼれた方がずっとマシよっ! でもたすけてぇーっ!」
「どっちだよ……」
ネインは思わずこれ以上ないほどの渋い顔で呟いた。それから暴れる少女を強引に抱きしめたまま橋のふもとまで何とか泳ぎ、石造りの
「ああ……死ぬかと思った……」
「そ……それは……こっちのセリフよ……」
ネインの隣で四つん這いになり、激しく咳き込んでいた少女も不満そうにボソリと言った。そして全身びしょ濡れの少女はネインの顔を鋭くにらみ、さらに言う。
「アンタねぇ……ほんとにいったいなんなのよ。ひとのスカートを切ったり、水路に突き落としたり、わたしにいったいなんの恨みがあるわけ? どれだけ極悪人なのよ、このヘンタイっ!」
「いや、あんたのスカートを切ったのはオレじゃない。それに水路に落ちたのはあんたが勝手に――」
「はあ!? なによ! この
「――それは違うわよ、シャーロット」
その澄んだ声に、少女はハッとして顔を上げる。すると頭上の橋につながる狭い石段に、透き通るような白い肌の若い女性が立っていた。腰に白い剣を
「……え? ジャスミン?」
声をかけられた金髪の少女は思わず小首をかしげ、石段を降りて近づいてくる少女を呆然と見上げた。
シャーロットと同じ制服姿の少女は、全身ずぶ濡れのシャーロットの横を通り過ぎ、短い黒髪から水滴を垂らしているネインに近づく。そして両手で持っていた黒のハーフマントと背負い袋をネインの前にそっと置き、シャーロットを振り返る。
「こちらの人は私の少し前を歩いていたの。そしてこの人が近づく前に、シャーロットのスカートは切れていたのよ」
「……えっ? そうなの?」
ジャスミンの言葉を聞いたとたん、シャーロットはパチクリとまばたいた。そのキョトンとした顔を見つめながら、ジャスミンは困惑顔で言葉を続ける。
「ええ、そうなの。それで私もびっくりして、なんて声をかけようか悩んでいたら、この人が先にあなたに教えようとしてくれたの。そしてこういうことになったのよ」
「えっ? そ……それじゃあまさか……」
シャーロットはゆっくりと視線を落とし、上目づかいでネインを見た。
「……アンタはほんとに、わたしのスカートを切ってないの?」
「ああ」
「それじゃあ、わたしに声をかけてきたのも、わざわざ教えてくれようとしたの?」
「まあな」
「それじゃあ、橋から落ちたわたしの手をつかんでくれたのも、親切心だったってこと?」
「あれは反射的に手が出ただけだ」
「しかも、アンタの手に噛みついたわたしを助けるために、水路に飛び込んでくれたの?」
「溺れている人がいたら、普通は助けるだろ」
「そのうえ、水の中で暴れて文句を言いまくったわたしを見捨てないで、ここまで引き上げてくれたの?」
「まあな。あんたの力が弱くて助かったよ」
「それはまことに、たいへん申し訳ございませんでしたぁ……」
淡々と答えたネインの目の前で、シャーロットは即座に土下座した。そして石の地面に額を押し付けながら、涙目でさらに謝る。
「あのぉ……本当にごめんなさい……。わたしって本当に頭が悪くて、早とちりでそそっかしいんです……。スカートが切れていることを教えてくれようとしたあなたのことを、きちんと確かめもしないで犯人呼ばわりして本当にごめんなさい……。橋から落ちて溺れかけたわたしを助けてくれようとしたあなたに、ひどいことをいっぱい言って本当にごめんなさい……。そして、こんなバカなわたしを助けてくれて、本当にありがとうございましたぁ……」
シャーロットは鼻声で心から謝罪した。その姿を見ながらネインは1つうなずき、声をかける。
「……オレへの疑いが解けたのならそれでいい。それにあんたは悪くないから、そんなに謝る必要はない」
「えっ?」
ネインの言葉を聞いたとたん、シャーロットは思わず顔を上げた。そして潤んだ瞳のまま首をかしげ、ネインに尋ねる。
「わたしが悪くないって、どういうこと……? どう考えても、わたしが悪いと思うんだけど……」
「いや、オレはそうは思わない。あんたのスカートはあんたが自分で切ったんじゃないんだろ? だったらスカートを切ったヤツが一番悪い。そして被害者のあんたは悪くない。そういうことだ」
ネインは濡れた髪をかき上げて淡々と答え、ハーフマントに手を伸ばす。そしてシャーロットの体にマントをかけた。
「これでスカートを隠せるだろ。それにまだ少し肌寒いからな。早く家に帰って着替えた方がいい」
「えっ? で、でも、このマントは……?」
「ああ、返さなくていいぞ。そんなに高いモノじゃないからな」
そう言って、ネインは背負い袋を手にして立ち上がる。そして長い黒髪の少女に向かって頭を下げた。
「荷物を持ってきてくれて助かったよ」
「こちらこそ。シャーロットを助けていただき、ありがとうございました」
「別に大したことじゃない。それじゃ」
ネインは地面に座り込んだままのシャーロットにも顔を向けて会釈した。そしてすぐに石段をのぼり、2人の前から姿を消した。ジャスミンはネインの背中が見えなくなるまで見送り、それから同じようにネインの背中を眺めていたシャーロットに手を差し伸べながら声をかける。
「シャーロット、大丈夫? 立てる?」
「あ、うん……」
シャーロットはジャスミンの白い手を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「でも、どうしよう……。わたし、あの人にちゃんとお礼いえなかったんだけど……」
「あら。お礼ならちゃんと言っていたと思うけど」
「えっ? そうだっけ?」
「ええ、そうよ」
「そっか……。だったらいいけど……」
シャーロットは再び橋の上に呆然と目を向けた。するとその横顔を見つめながら、ジャスミンが口を開く。
「それよりシャーロット。さっきの人が言ったとおり、早く寮に戻ってお風呂に入った方がいいと思うけど」
「えっ? あ、うん、そうだよね。でも……こんな格好で戻ったら、またシスタールイズに怒られるかも……」
シャーロットは思わず眉を寄せながら自分の体を見下ろした。マントの下の制服からは水滴が落ち続け、足下には水たまりができている。さらにマントで隠れているスカートに触れるとやはり
「ほんと……なにやってんだろ……わたし……」
「どうしたの、シャーロット。大丈夫?」
不意にガックリと肩を落としたシャーロットを見て、ジャスミンは首をかしげた。
「今日は何だか元気がない様子だけど、何かあったの? 待ち合わせのカフェにも来ないから少し心配していたんだけど」
「……へっ? カフェ? って、ああっ! わすれてたぁっ! もうそんな時間!?」
ジャスミンに言われたとたん、シャーロットは慌てて青い空に目を向けた。すると明るく輝く太陽は既に頂点を通り過ぎている。
「うわ、ごめぇん、ジャスミン……。ちょっと考えごとをしていたら、お茶会のことすっかり忘れてたよぉ……。ポーラ、やっぱり怒ってた?」
「それがね、ポーラもカフェに来なかったのよ」
「へ? うそ」
「ううん、ほんと」
思いもかけない言葉を聞いて、シャーロットは軽く目を見開いた。ジャスミンも首を小さく横に振り、言葉を続ける。
「待ち合わせのカフェで1時間ほど待っていたんだけど、ポーラもシャーロットも来ないから探していたの。シャーロットはポーラを見かけなかった?」
「ううん、今日は見てないけど……ポーラがお茶会をすっぽかすなんて珍しいね」
「ええ。遅刻することは何度かあったけど、来なかったことは1度もないからね。本当にどうしたんだろ。何か急用でもできたのかしら……?」
「それじゃあ、わたしもポーラを探すよ」
「あ、ううん、大丈夫」
憂いの表情を浮かべていたジャスミンは、すぐに白い手を横に振った。
「シャーロットは早く制服を乾かした方がいいと思う。濡れたままだと体に悪いからね。でも、寮に戻れないなら、他に行く当てはあるの?」
「えっと、行く当てと言われてもぉ……あ! あった!」
訊かれたとたん、シャーロットはポンと一つ手を打った。
「ここからちょっと遠いけど、メナちゃんのところに行ってくるね」
「メナちゃん?」
「うん。2年前までルームメイトだった先輩なの。それにメナちゃんなら学院の制服を持ってるから、替えのスカートも貸してもらえるし」
「あら、そうなの。つまりそのメナさんというのは、頼れる先輩なのね」
「っていうより、かわいらしい先輩って感じだけどね」
先ほどまでの曇り顔とは打って変わり、シャーロットは明るい笑みを浮かべてジャスミンに答えた。
「それじゃあ、ジャスミン。わたし、ちょっと行ってくるね」
「ええ。私はもう少しポーラを探してみるから、またお夕飯の時に会いましょう」
「うん。わたしもポーラを見かけたら、ジャスミンが探していたって伝えておくね」
そう言って、シャーロットはすぐに石段をのぼっていく。そして橋の上から元気な笑顔でジャスミンに手を振り、小走りで橋の向こうに駆けていった。
ジャスミンも微笑みながら手を振り返し、シャーロットの背中が見えなくなるまで見送った。それから石段をゆっくりのぼり、橋の上から水路を見下ろす。その瞬間、ジャスミンの顔からすべての感情が消え失せた。
ジャスミンは
「そうか……。これもまた、運命の歯車ということか……」
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