第1章   伝説の特殊魔法核――レジェンダリー・エクスコア

第1話   伝説の特殊魔法核――レジェンダリー・エクスコア その1


第1部  旅立ちの前夜――魔姫まき覚醒 篇



***



「光あれ! 第3階梯かいてい光魔法――広大魔光マクスメルライト!」


 大地の底の暗闇に若い男の声が凛と響いた――。


 その瞬間、前に突き出した男の両手から百を超える白い光線が飛び出した。その魔法の光は重苦しい闇を瞬時に切り裂きどこまでも伸びていく。そして無数の光の球に姿を変えて宙に留まり、地下の空間を真昼のように照らし出した。


「……広い」


 若い男の口から軽く呆れた声が漏れた。


 数百の光の球が浮かぶその空間は、思わず息をのんでしまうほど巨大だった。黒い石でできた床と壁がどこまでも奥へと広がり、頭上は一面黒い闇に覆われている。どうやら天井が高すぎて光が届かないらしい。まるで星のない夜空のようだ。じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな気がしてくる。


「ぃよぉーしっ! グッジョブだっ! よくやったっ! ネイン・スラートぉっ!」


 不意に背後から陽気な声が飛んできた。


 ネインと呼ばれた若い男が振り返ると、立派な騎士甲冑に身を包んだ男が一直線に近づいてくる。金色の髪を長めに伸ばし、明るい金色の個人認識票タグプレートを首にかけ、青い鞘の剣を腰に提げた男だ。


 男はネインの細い肩に拳を軽く当てて、そのまま横を通り過ぎる。そして10歩先で足を止めると、自信と活力に満ちあふれた声で淀んだ空気を薙ぎ払う。


「ここがヴァリアダンジョンの最下層か! ネイン! 君はそこで休んでな! あとは王室との契約に基づき、我々聖剣旅団が引き受ける! ――エマ! 状況分析!」


「はい! 団長!」


 エマと呼ばれた若い女性が弾むような足取りで男の横に駆けつけた。


 細い体に軽鎧をまとい、長い金髪をポニーテールに結わえたエマは、両手で左右のこめかみを押さえて目を凝らす。すると青い瞳が猫の目のごとく縦に細く引き締まり、小さな丘ならまるまる収まる広大な空間の奥に何かを捉えた。


 それはにぶくうごめく青黒い無数の生物――モンスターだ。エマは鋭い猫の目でモンスターの数を素早くカウントしながら声を張り上げる。


「――報告! 正面前方140メートル付近にモンスターの存在を確認! 有尾ゆうび四足獣しそくじゅう大地竜ヴァルスドラゴンと推定! 体長3メートル級の中型が30体前後! 7メートル級の大型が4体――いえ! 5体! ほぼすべての個体が光魔法の影響で視力が低下している模様! 1分前後で回復すると思われる! 以上です!」


「オウケェイ、ベイベー」


 報告を聞きながら大地竜ヴァルスドラゴンの群れを遠目に眺めていた団長がニヤリと笑う。


「ま、ダンジョン最下層の割には質も量もショボくてガッカリだが仕方ない。――ヘェイッ! カモンガァーイズッ! 二列陣に整列だオラァーっ!」


 団長は右手を掲げ、指を高らかに打ち鳴らした。


 同時にネインの後ろで待機していた40名以上の男たちが一斉に走り出す。武装した男たちは団長の背後で左右に広がると、素早く二列に並んで姿勢を正した。剣や斧を持つ者が前列で、槍や弓を持つ者は後列だ。彼らが身にまとう装備はバラバラで統一性がなく、そのほとんどは使い込んでいるのが一目でわかるほど傷が目立つ。明らかに暴力で生計を立てているプロフェッショナル集団だ。


「いいかオマエらぁーっ! 俺が3発ぶっ放したら突撃だぁーっ! 一気に殲滅せんめつして終わらせっぞぉっ! アーユーレディっ!?」


 団長の威勢のいい指示に、荒くれ者ぞろいの団員たちも胴間声どうまごえで返事をする。そして誰もが自分の得物を力任せに握りしめ、気合いを入れる。


「オウケェイ。――イッツ・ショータイム」


 団長は再び指を鋭く鳴らし、大股で歩き始めた。


「――総員! 前進!」


 団長から10歩遅れでエマが声を張り上げた。


 団員たちはエマを中心に、列を維持したまま足並みをそろえて歩き出す。その整然と行進する部下たちを従えた団長は、堂々と前進しながら青く美しい意匠デザインの鞘から純白の剣を引き抜いた。


 するといきなりモンスターどもも動き出した。


 闇を瞬時に切り裂いた魔法の光にようやく目が慣れてきたのだろう。自分たちの縄張りに足を踏み入れた人間どもに気づいたとたん、体長3メートル級の中型獣すべてが牙を剥いて走り出した。さらに7メートル級の大型獣どもも石の床を揺るがしながら侵入者目がけて突進を開始する。


 それはまるで肉の津波だった。大地竜ヴァルスドラゴンどもは太く長い尾で硬い床を派手に打ち鳴らしながら走り、狂ったように吠えまくっている。その無数の轟音が広大な空間に響き渡り、淀んだ空気を激しく揺さぶる。


「う~ん。イイねイイねぇ~。やっぱモンハンってのは真っ正面からのガチバトルに限るぜぇ~」


 迫りくる圧倒的な破壊の波を見据えながら、団長はニヤリと笑って足を止めた。そして魔法の光の下できらめく純白の剣を真上に構え、怒涛どとうと化した敵の群れとの距離を冷静に目測する。


「ぃよぉーし……カモン、カモン、カモン、カモン……そぉこだぁーっ! ターゲットぉーっ! ロックオォーンっっ! いっくぞぉーっ! ゥゥゥゥゥゥゥゥロックンロォォールっっ!」


 団長の口から裂ぱくの気合いが放たれたとたん、純白の剣から黄金おうごん色の輝きが立ち昇った。


「ぅぅぅおりゃぁーっ! こンのクソザコどもがぁーっ! 我がエクスカリバーの一撃をーっっ! 食らってはじけてくたばりやがれぇぇーっっ! ゥゥゥゥゥゥゥ超必殺っっ! 神聖光斬撃エクス・セイバーーっっ!」


 一閃――。


 団長が振り下ろしたエクスカリバーから光の波動が撃ち出された。黄金おうごん色に輝く光の刃だ。その光撃こうげきが、突撃してくる大地竜ヴァルスドラゴンの群れを一直線に切り裂いた。


 それはまさに光速の一撃――。


 3メートル級3体と7メートル級1体が真っ二つに割れて弾け飛んだ。同時に大量の血しぶきが巨大な花のように宙に広がり、音を立てて石畳に飛び散った。


「オッシャオッシャーっ! まだまだいくぞぉーっ! ガンガンいくぞぉーっ! シェケナベイベーっ! ケツを振って踊りまくれやぁーっ! ィィィィィィィィヒャッハーっっ!」


 団長は返す刀でエクスカリバーを素早く振り上げ、振り下ろす。瞬時に撃ち放たれた光の刃が二連続で敵の群れに襲いかかる。目にも止まらぬ鋭い斬光――。その光撃こうげきが中型の半数近くを一瞬で粉砕し、さらに大型2体を瞬時に切り裂きゴミのように吹き飛ばした。


 しかし――それでも他の大地竜ヴァルスドラゴンどもの勢いは衰えなかった。モンスターどもは群れの仲間が砕け散っても一匹たりとてひるまない。むしろすべてのモンスターが怒り狂い、全身の鱗を逆立てながら団長目がけて突っ込んでいく。


 その様子を見て、団長は長めの金髪をかき上げながらニヤリと笑い、指示を飛ばす。


「ぃよぉーしっ! 魔獣の本性に火がついたなっ! 今だエマぁーっ! 真っ向勝負でぶっつぶせぇーっ!」


「了解っ!」


 エマは素早く腰の剣を抜き放った。そして頭上に掲げて正面に振り下ろし、腹の底から声を張り上げ号令を下す。


「総員っ! とぉつげきぃーっ! チャージ! チャージ! チャージ! チャージっっ!」


 その瞬間――団員たちが一斉に雄叫びを上げて走り出した。


 向かう先は人間よりはるかに大きなモンスターどもの群れ――。団員たちは一人残らず両目を見開き、のどが張り裂けんばかりに怒号を上げて突き進む。誰もが死の恐怖を闘争心で塗りつぶし、全身の筋肉に力を送り込んで歴戦の武器を振り上げる。


 そして、暴力と暴力が真正面から激突した――。


 本能のままに暴れ狂うモンスターの群れと、金と名誉に命をかける戦士たち。どちらも一歩も引かぬ殺し合いだ。必殺の威力をもつ大地竜ヴァルスドラゴンの尾が荒くれ者どもを薙ぎ払う。傭兵どもの剣と斧と槍と矢が、竜の硬い鱗を貫通して肉をえぐる。


 戦場のいたるところで骨が砕け、血が舞い散る。人と魔獣――どちらも命がけの死に物狂いだ。絶叫と断末魔が入り混じり、広大な空間の光と影の中に響き渡る。鋼鉄の武器と獣の爪が激しくぶつかり火花を散らす――。


 その光景を、ネインは離れた場所で冷静に観察していた。


「なるほど。今のがエクスカリバーの本当の威力か……。クランブリン王国最強の傭兵ギルド、聖剣旅団団長アーサー・ペンドラゴン――。どうやら噂どおりの実力らしいな……」


 ネインは血生臭い剣戟けんげきを聞き流しながら、数十メートル先に立つ団長の背中を見つめて呟いた。団長のアーサーは時折エクスカリバーを振り下ろし、光の斬撃で団員たちを支援している。その様子を見て、ネインはふと首をかしげた。


「しかし、伝説の魔法剣は数多いが、エクスカリバーという名前は聞いたことがない。本当にあれほどの強力な武器が歴史の闇に埋もれていたのだろうか……? それともやはり――」


 ネインは途中で口をつぐみ、最後の言葉を飲み込んだ。


(そうだな。わからないことは、いくら考えても推測の域を出ることはない……)


 ネインはすぐに頭を切り替え、黒のハーフマントの下で握りしめていた真紅しんくのナイフを腰の鞘に静かに戻した。戦闘はまだ激しく続いているが、聖剣旅団の戦いぶりはかなり安定している。おそらく戦死者は出ないだろうし、大地竜ヴァルスドラゴンどもがここまで来ることもないだろう――。


 ネインはそう判断し、黒い石の床に目を落とす。最下層の入口付近から奥に向かって何かの黒いかたまりが、点々と広範囲に落ちているのがずっと気になっていたからだ。


「これは……金属か?」


 ネインは腰をかがめ、岩のように転がっている塊の一つに手を伸ばした。その形状は巨大な馬糞のように見えるが、触れてみると硬くて冷たい。それと表面には何かの黒い粉がうっすらと付着している。


「この触感は鉄……いや、鋼鉄か? 表面についている粉はすすのようだが、これはいったいなんなんだ……?」


 周囲を見渡すと、同じような塊がいくつも転がっている。


「黒い塊はざっと数えて50以上……。それが最下層の入口付近に集中して転がっているということは――そうか。


 ネインは一つうなずくと、床に片手をつけて頭を下げて、全方位に視線を飛ばす。すると離れたところで何かが光った。指でつまみ上げてみると、それは手のひらに収まるサイズの金属片プレートだった。


「これは冒険者アルチザン個人認識票タグプレート――。しかもランク6のライトゴールドということは、かなりの実力者だ。そんな人物が自分のタグを落とすはずがない。ということは、やはりに気づいた人がいたようだな……」


 ネインは呟きながら、わずかに顔を曇らせた。そして手の中で輝く明るい金色のプレートに目を落とす。その薄い金属板の表面には持ち主だった人物の名前と職業、登録番号、出身地が刻まれている。


「名前は、ハーシー・スタッカートか……」


「――あら。いいものを拾ったわね」


 不意に近くから若い女性の声が聞こえてきた。ネインが顔を上げると、いつの間にかエマがすぐそばに立っていた。


「……クルパスさん」


「エマでいいわよ。うちは傭兵部隊だからね。国家騎士団みたいにお上品じゃないところが売りなのよ」


 エマは茶目っ気たっぷりにウインクをして、それからネインが握るタグプレートを指でさした。


「それよりネイン君。そのライトゴールドはけっこう高く売れるって知ってる? そこらのモンスターが落とす魔法核マギアコアよりも価値があるのよ。もしよかったら適正価格でうちが買い取るけど、どうする?」


「……ありがとうございます。でも、冒険者アルチザンが自分のタグを手放すのは死んだ時だけなので、これは協会に届けます」


「あら。ネイン君はマジメなんだ」


「いえ」


 ネインは腰のベルトにくくりつけている青銅ブロンズ製のタグプレートを指さした。


「ランク6のタグを届けたら、たぶん赤銅カッパーに昇格できると思いますので」


「あ、なるほど。そういうことね。たしかにランク1からは早く卒業したいわよね」


「はい」


 金髪のポニーテールがよく似合う女性の言葉に、ネインは淡々と一つうなずく。そんなネインにエマは優しく微笑みかけた。それから大地竜ヴァルスドラゴンの群れと戦闘している団員たちに指を向けながら口を開く。


「それでネイン君。もし体が疲れていないなら戦闘に参加してみない?」


「え? 戦闘ですか? でもオレは聖剣旅団の団員じゃないので――」


「ああ、それなら大丈夫。うちのルールは単純明快だからね。モンスターが落とす魔法核マギアコアはとどめを刺した人のモノ。落ちていたら拾った人のモノ。うちの団員はたしかに荒っぽいのが多いけど、他の人が出した魔法核マギアコアを横取りするようなケチはいないから安心して戦っていいわよ」


「そうですか……。そう言ってもらえると助かりますが、やはり今はやめておきます。今回は依頼主の王室から照明係ライトマンとしての報酬をもらっているので、赤字にはなりませんから」


「でもライトマンって、ダンジョン攻略パーティーの中では一番死亡率が高いって知ってるでしょ? だったら稼げる時に稼いでおいた方がいいと思うんだけど」


「それはたしかにそうですが……実はオレ、冒険職アルチザン協会アソシエーションに登録してからまだ2か月しか経っていないので戦闘に自信がないんです。それにダンジョンに潜るのも今回が初めてだから、慎重に行動しようと決めているんです」


「――ほほぉ。初ダンジョンでライトマンに挑戦するとは、若いくせになかなか気合いが入ってるじゃねーか」


 親切心で戦闘に誘うエマにネインが淡々と答えたとたん、再び誰かの声が飛んできた。ネインとエマが顔を向けると、団長のアーサーがエクスカリバーを鞘に収めながら二人の前で足を止めたところだった。


「あら、団長。向こうはもういいの? まだけっこう戦っているみたいだけど」


 エマがキョトンとしながら遠くにいる団員たちを指でさした。まだ中型の大地竜ヴァルスドラゴンが数体と、大型が1体暴れまくっているので決着はしばらくつきそうにない。しかしアーサーは手のひらを上に向けてあっさり答える。


「ああ、大丈夫だろ。デカイ奴のシッポは切り飛ばしておいたからな。あいつらの戦闘訓練にはちょうどいいはずだ。それよりネイン。君はまだ14歳だろ?」


「……今年で15です」


 ネインは淡々と答えて立ち上がり、拾ったタグプレートを革の背負い袋に突っ込んだ。その態度を見て、アーサーは軽く苦笑いを浮かべて口を開く。


「ああ、悪い悪い。別に子どもだからってバカにするつもりはねーんだ。たしかに中三と高一じゃあ立場がぜんぜん違うからな」


「チュウサンと、コウイチ……?」


 アーサーの言葉にネインは思わず首をかしげた。エマも軽く肩をすくめたので、どうやら意味がわからなかったらしい。


「ああ、気にすんな。こっちの話だ」


 アーサーは二人に手のひらを向けて話を続ける。


「とにかくネイン。君はその若さでライトマンの仕事を完璧にこなした。大規模なダンジョン攻略で最も頼りになるのは照明だからな。しかも第3階梯の光魔法を使えるヤツなんてうちの団員にもいないから大助かりだ。君がどういうコネを持っているかは知らないが、王室が君をライトマンに指名したのも納得の実力だし、君のステータスは年齢の割にかなり高い。そこでだ、君はいったいどんな修行をしてきたんだ?」


「え? 修行ですか……? そうかれても、自分では特に変わったことをしたつもりはないのでよくわかりません。自分で考えたやり方で鍛えてきただけですから」


「ほほぉ、なるほど。つまり自己流ってことか」


 アーサーは不思議そうに首をひねり、さらに尋ねる。


「それじゃあ、なんでライトマンをやろうと思ったんだ? パーティーの先頭を歩いて暗闇のダンジョンに光をける役目は最重要だが、真っ先にモンスターに襲われるから普通は誰もやりたがらない。いくら報酬が高くても、死んだら元も子もないからな。君はそうは思わないのか?」


「それはたしかにそうですが、ダンジョンで死ぬのは自己責任だと思います。それが嫌なら他の仕事をすればいいだけです。オレがライトマンをやる理由は、死んだ父さんと同じ仕事をしたいと思ったからです」


「ああ、なるほど。君は親父の背中を目指したわけか……。いや、よくわかった。根掘り葉掘り訊いて悪かったな」


 アーサーは神妙な顔付きでネインの肩にこぶしを軽く当てた。ネインは淡々とした表情で小さくうなずき、逆にアーサーに訊き返す。


「いえ、別に気にしていませんから。それより団長さん。さっき言っていたステータスというのは何のことですか?」


「――ああ、ステータスっていうのは能力値のことよ」


 アーサーが答えるより先に、エマが横から口を挟んだ。


「うちの団長にはちょっと特殊なスキルがあってね、他人の能力が数値で見えるらしいのよ」


「え? 能力が数値で見える……?」


「ええ、そうよ。私も初めて聞いた時はビックリしたけど、団長には他人の力や知能が数字で見えるんだって。その他にも、相手の資質や職業、習得したスキルや魔法なんかもわかるみたい」


「それはつまり、相手の強さを見抜けるスキルということですか? そんなものが本当にあるんですか?」


「まあな」


 困惑した表情を浮かべたネインを見て、アーサーは意地悪そうにニヤリと笑って言葉を続ける。


「だからネイン。君が探索者シーカー以外の仕事をしていることも俺にはとっくにわかっている。まあ、それもかなり興味深いんだが、それよりももっと気になることがある。それは君の魔法だ」


「オレの魔法ですか?」


「そうだ。君が使える魔法は第1階梯の電撃魔法と第3階梯の光魔法だろ? 第3階梯の魔法を習得している探索者シーカーなんて初めて見たが、それはライトマンになるためにかなりの努力をしたということだろう。だからまあ、そこまではいい。俺が気になっているのはそれ以外の魔法だ。君のその――」


 アーサーはおもむろに、ネインの頭の横を指さした。


「第00ゼロゼロ階梯のってのはなんなんだ?」


「はあ? 第00階梯? そんな魔法なんてあるの?」


 横で聞いていたエマが反射的に声を上げた。


「魔法って普通、第1から第7階梯までじゃないの?」


「ああ、普通はそうだ。魔法使いの最高峰である大賢者でも第7階梯までしか習得できないからな。神や悪魔なら第10階梯まで使えるらしいが、そんな伝説級の魔法なんて名前すら聞いたことがない」


 アーサーはエマの質問に答えながら興味深そうにネインを見つめている。その青い瞳は――さあ、早く答えろよ――と催促しているようだ。その視線をネインはまっすぐ受け止めながら、淡々と口を開く。


「えっと、すいません。第00階梯の魔法というのはオレも初耳です。だけど絶対魔法というのなら、たぶんうちの村に伝わる祈りのことだと思います」


「祈り?」


「はい。うちの村では年に一度、ベリス教の絶対神であるアグス様に祈りを捧げる儀式を行うので、それのことだと思います」


「ああ~、なるほど、そういうことか」


 ネインの説明を聞いたとたん、アーサーは得心顔とくしんがおで手を打った。


「つまりそれは、田舎の伝統行事で使う儀式魔法ってことか。いやいや、そういうことなら納得だ。おそらく実用性がない魔法は第00階梯に分類されるってことなんだな。やれやれ……。どうやらこの世界にはまだまだ俺の知らないことが多いらしい。いや、変なことを訊いて悪かったな、ネイン。謎が解けてスッキリしたぜ」


 アーサーは満足そうに何度もうなずき、陽気な声で笑い飛ばした。その笑顔に、今度はネインが問いかける。


「すいません、団長さん。オレもいくつか訊きたいことがあるんですけど、質問してもいいですか?」


「ん? ああ、いいぜ。何でも訊きな。オンナを知りたいってんなら、エマを一晩貸してもいいぞ?」


「ちょっとっ! アーサーっ!」


 エマは瞬時に頬を膨らませ、アーサーの腹をこぶしで叩いた。しかしアーサーは悪びれもせずニヤリと笑い肩をすくめる。その二人のやり取りが終わるのをネインは無言で少し待ち、それから淡々と質問する。


「オレが知りたいことは3つです。まず、オレのステータスというのはどういうふうに見えるのか教えてもらえませんか?」


「ん? なんだ、そんなことか。えっと、君のステータスはだなぁ――」


 アーサーは再びネインの頭の横に目を向けながら説明を始める。



 力    61

 機敏   104

 器用   102

 知力   79

 精神力  94

 運    258――って、何度見てもすげえなぁオイ。まじビビるぜ。

 職業値  149

 職業位  大探索者 エキスパートシーカー


 資質   探索者  シーカー

      魔法使い マギア


 職業   探索者  シーカー


 職業スキル


 暗視    ナイトビジョン

 地獄耳   ビッグイアーズ

 柔軟体   フレキシブルボディ

 無音疾走  サイレントダッシュ

 解錠    アンロッキング

 罠解除   キャンセルトラップ


 解読    デクリプション

 暗記    メモリゼーション

 製図    ドラフティング

 精神集中  コンセントレーション

 魔法感知  マギアパーセプション

 魔力向上  インプルーブマギア



「――とまあ、魔法を抜かすとこんな感じだな。というか、その年で探索者シーカースキルだけじゃなく、魔法使いマギアスキルまでコンプリートしているのはすごいな。それにすごいと言えばもう一つ。君の能力値はもうほとんど白天位はくてんいレベルだ」


「はっ!? 白天位!?」


 エマが突然驚きの声を上げた。


「えっ、ちょ、うそでしょ、なにそれ!? 14歳で白天位レベルって、ものすごい天才じゃない! 聖剣旅団うちで天位持ってるのなんてアーサーしかいないのに!」


「おいおい、エマよ。だから王都を出発する時に言っただろ? 俺はネインに興味があるって」


「それはたしかにそう言ってたけど、あの時は詳しく教えてくれなかったじゃない」


「そりゃそうさ。白天位程度なら国家騎士団にはゴロゴロいるからな。それほど珍しいモンでもないだろ。それにこの俺様は26歳で白天位の最上位、青白せいはく騎士のブルーナイト様だからな。おまえみたいにいちいち驚いたりはしねーんだよ」


「あーはいはい。結局そこに持っていくわけね。もーいいですー。団長様の自慢話はも-聞き飽きましたー」


 エマは呆れ顔で肩をすくめ、アーサーから目を逸らす。しかしアーサーは気にすることなく、得意気な顔をネインに向けて話しかける。


「さてと、それじゃあ話の続きだが、さっきも言ったが君の職業はもう一つ見えている。しかし俺は空気が読めるイケメンだからな。ここはあえて黙っておくぜ」


「……そうしてもらえると助かります」


 ネインは軽く頭を下げた。そしてすぐに質問を続ける。


「それで団長さん。あなたが持つその魔法剣は、いったいどこで手に入れたんですか?」


「はっはーっ! そうかっ! やっぱ君も気になるかっ!」


 訊かれたとたん、アーサーは満面の笑みを浮かべて腰の剣を引き抜いた。そのとたん、青く美しい鞘から放たれた純白の剣が魔法の光を受けてきらめいた。


「どうだ、いいだろう? こいつはこの俺様にしか使えない、俺様専用の転生武具ハービンアームズ――エクスカリバーだっ!」


転生武具ハービンアームズ?」


「ああ、そうだ。こいつはな、ある女神が俺のためだけに作ってくれた、最強の攻撃魔法と最高の防御魔法を兼ね備えた無敵の魔法剣だ。だからどこで手に入れたのかと訊かれても、女神にもらったとしか言えないな」


「その女神の名前は?」


「悪いがそいつは禁則事項だから教えられないな。ま、どうせ君たちには馴染みのない女神だから、名前を教えたところで心当たりは絶対にないだろうけどな」


「そうですか……」


 ネインは淡々とした目でエクスカリバーをしばらく見つめた。それから最後の問いを投げかける。


「それでは、団長さんの生まれ故郷はどこですか?」


「極東の島国さ」


「極東? ここから東の端というと――オーブルですか?」


「いやいや、そんな近くじゃない。もっともっと遠いところだ。ま、ちょっとばかり遠すぎて、今となっては死んでも里帰りはできないけどな」


 アーサーは答えながらエクスカリバーを鞘に戻し、おもむろに背後を振り返る。するとちょうどモンスターの最後の一匹、大型の大地竜ヴァルスドラゴンの倒れる姿が見えた。


「さてと。3つの質問にも答えたし、あっちもどうやらケリがついたらしいな。――それじゃあネイン。準備はいいか?」


「はい。いつでもいけます」


「えっ? なに? 準備ってどういうこと?」


 二人のやり取りを耳にして、エマが思わず首をひねった。


「今回の私たちの仕事って、このダンジョンのモンスター掃討作戦に失敗した国家騎士団の尻拭いでしょ? だったらもう最下層の敵まですべて倒したんだから、仕事はこれで終わりじゃないの?」


「ふふん。悪いなエマ。それは表向きの依頼だ」


「表向き?」


「そうだ。俺たちの本当の仕事はこれからだ。俺たちは今からここで――を開けるのさ」


 アーサーはそう告げてニヤリと笑い、エマの細い肩に拳で触れた。それからネインと並んで歩き、広大な空間の中心部へと足を向けた。




***



・あとがき



本作をお読みいただき、まことにありがとうございます。



本作は第1話を書き始めた時点で、設定キャラクター数が500名を超えております。そして主人公であるネイン・スラート以外のキャラクターがメインになる話も多数存在します。そのため、必要に応じて各話の冒頭に『■登場人物紹介』を掲載いたします。



まえがきでの人物紹介内容は簡単なものにしてあります。重要人物につきましては、『第0話・設定』で詳細を記載しておりますので、ご興味のある方はご遠慮なくそちらをお読みください。この第1話につきましては、このあとがきに記載させていただきます。



引き続き、本作をお楽しみいただけますと幸いです。



■登場人物紹介


・ネイン・スラート


 14歳(今年15歳)

 クランブリン王国アスコーナ村の出身。

 冒険職アルチザン協会に登録して間もない新人冒険者。

 ただし、新人とは思えないほどの光魔法を習得している。



・アーサー・ペンドラゴン

 26歳

 傭兵ギルド『聖剣旅団』の団長。

 強力な魔法剣エクスカリバーの所有者。

 青白天位を持つ青白剣聖ブルーナイト

 クランブリン王室の依頼で、ヴァリアダンジョンの

 モンスター掃討作戦を実行中。



・エマ・クルパス

 22歳

 聖剣旅団の副団長。アーサーの右腕。

 金髪ポニーテールの美人。

 種族は猫目族キャティア


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