第17話 インタビュー 商家の雇われ人ギザン「だいたいこいつのせい」


 な、なあ。

 本当に俺で良いのか?


 いやぁ、取材なんて初めてなもんでよ。

 緊張しちまうなぁ。


 何でも聞いてくれ。

 奢ってもらった酒の分はきっちり全部話すからよ。


 まず何が聞きたいんだ?


 あの時の状況?

 つったって、アンタもあの日、街の広場に居たじゃないか。


 そうか?

 そう言うもんなのか?


 口伝えってのも変な仕事だよな。

 儲かってんのか?


 ああ、悪い悪い。

 余計な事聞いちまった。


 あの日の話だろ?


 えっと、確か俺とリックとセペールは昼に荷運びを終えて、これからどこで呑むかって話で盛り上がってたんだよ。

 若旦那に内緒でな。

 あ、これチクんじゃねぇぞ?

 怒られっちまう。ガハハ。


 んであん時はほら、曇り空で寒かったからよ。

 大広場のダールんとこでクズ野菜のスープとホットワインにしようってなったんだ。

 ダールって言ったらほら、夏にたんまり食材溜め込んでよ。冬に大儲けしようって魂胆だろ?

 ちっとはあの馬鹿の店に貢献してやろうってな。


 それで大広場まで来たらよ。

 ダールの野郎、目論見が外れたっつってな。

 全然売れてねーでやんの。


 当たり前だよなぁ?

 冬の蓄えなんかみんなやってるに決まってんだよ。

 今年はズベ芋がたんまり取れたって若旦那も言ってたしよ。

 それなのに青銅貨2枚はボリすぎだぜ。

 良いとこ1枚だっつうんだ。

 な?

 だいたいよぉ。

 夏に取ったものが冬まで残るわきゃねーんだよ。

 ほとんど腐らしちまって、芋しか残ってねぇってよ。

 本当に馬鹿だよなぁ。

 アイツ明日っから親方んとこで下働きするってよ

 あ?

 ああ、悪い悪い。

 ダールの馬鹿の話しすぎちまったな。


 そんでだな。


 なんか西町の方が騒がしいってセペールが言いやがってよ。

 みんなで観に行こうってなったんだよ。


 ほら、もしかしたらまたアム姫様が街に降りて来てんじゃないかと思ってよぉ。

 前に来た時は見逃しちまったからな俺達。

 今度こそアム姫様をこの目でしっかり焼き付けてやろうとよ。


 んでほら、あそこ。

 鍜治屋通りだよ。

 そうそう。

 ゼスペン親方の店の前。


 みんなが空見てるもんだからよ。

 なんだなんだって見上げて見たら、スッゲェ数の魔物が飛んでたんだよ。


 そうそう、赤子さらい。

 ここ何年か見なかったのによ。

 その日はもうウジャウジャ飛んでるわけだよ。

 

 ほら、アイツら頭が回るだろ?


 ダールよか魔物の方がぜってぇ頭いいぜ?

 多分アイツら、数年かけて群れを増やしてたんだよ。

 そうじゃなきゃあんな数にならねぇよ。

 なにせ伯爵家の屋敷の方の空が真っ黒になってたんだぜ?


 え?

 大げさ?


 本当だって。

 あれは多分数百匹近く居たな。

 だって俺見たんだ。

 間違いないぜ。


 そん中によ。

 伯爵家の騎士鎧をつけた騎士達が飛んでたんだよ。

 凄かったなぁ。

 伯爵領の祭りっていつもあんな感じなんだろうな。


 グランハインド伯爵家の騎士っつったらほら、騎馬がすげぇって言うだろ?


 あのおっかねぇハインド種をああも自在に乗りこなせるのは、伯爵家の騎士様にしか無理だよな。


 ん?

 騎士がどんだけいたかって?


 あの数だと……天麓騎士団全員出てたんじゃないか?

 俺が見ただけでも四十騎ぐらい、だな。


 ん?

 騎士団員って三十五名しか居ないのか?


 じゃああれだろ。ほら。

 王城の騎士様も一緒だったんだろきっと。

 だってそうじゃなきゃあの数にならねぇだろ。


 いや、数え間違いじゃねぇって。

 本当だよ本当。


 あー、なんだっけか。

 そうそう!

 

 その魔物と騎馬達の中にだ!


 居たんだよ!

 あのお方が!


 いやぁ、最初はよぉ。

 なんだかわかんねぇけど綺麗なもんが飛んでるなぁって思ったんだよ。


 灰色の空と魔物の群れの黒の中に、ユラユラ揺れる蒼いもんがな?


 俺も含めて全員口をあんぐりと開けながら見てたらよ。

 なんかでっかい籠を持った何匹かの魔物がどえらい勢いで空の天辺まで昇って行くんだよ。

 そしたらその蒼い塊がとんでもねぇ速さでそれを追ってよ。


 ん?

 いやそりゃ分かんなかったわ。


 あれが馬だなんて誰も気づかなかったんじゃねぇか?

 いや、俺はなんとなく気づいてたけどよ。

 本当だって。

 こう見えて馬好きなんだよ俺。


 ああそうそう。

 魔物が麦の実ぐらい小さくなるぐらいの高さまで行ったらな、籠を落としやがったんだ。


 そう、その赤ん坊が入ってたって言う籠だよ。

 そういや、あの赤ん坊の親は見つかったのか?

 伯爵家の使いが広間で触れ回ってたのは知ってんだけどよ。


 そっか、まだなのか。

 見つかるといいなぁ。

 伯爵家で預かってくれてんだろ?


 お、おうおう。

 続きな?

 分かった分かった。


 何か落ちて来たってんでみんな逃げようとしてよ。

 魔物の中には爆発する糞とか落とす奴もいるって話だからな。

 みんながビビって逃げるのもしょうがねぇ話だわな。

 でも俺は、こう、なんだ?

 直感って奴かな。大丈夫だって分かってたんだよ。

 ありゃあ危ねぇもんじゃねぇ。

 逃げる必要なんかねぇってな。


 ん?

 いや別に、びっくりしすぎてて逃げ遅れたわけじゃねぇぞ?


 他の騎士様達も追っかけてたし?

 ほんとだぞ?

 こう見えて俺、度胸を売りにしてるところもあるしな。

 なんだよその目。

 ほんとだって。


 ああもう!

 銀天女様だ!

 オメェが聞きてぇのはあの方の話だろ!?


 追っかけてきたんだよ!

 最初はわかんなかったけど、びっくりするほど綺麗な蒼い馬に乗った、銀色の髪が麗しいあの方がな!

 凄かったぞ?


 こう、ビューンっていうか、ヒューンっていうか。

 一直線に籠を目掛けて急降下してな?


 真昼間に流れ星でも見てんじゃないかってぐらいだ。


 あのお優しい方が両手を広げて、籠から飛び出た何かを優しく抱きとめてよぉ。


 捕まえた瞬間に笑ったんだよ。

 神々しいってなああいうのを言うんだろうな。


 大聖堂にあるあの意味の良く分かんない絵、あるだろ?


 大昔に書かれたとかいう、女神様と天女様と地母神様が描かれたアレ。

 王国に加護をくれる女神様と、地の恵みを与えてくれる地母神様。

 その間で祈りを捧げる天女様。


 昔から不思議だったんだよ。

 女神様と地母神様はまだ良いんだ。

 司祭様の教えにも出てくるし、なにせ立派な神様だしな?


 でも天女様。

 天女様だけはずっと謎だったんだよ。

 教えにも出てこねぇのに、なんであの絵の真ん中で偉そうにしてんだろうな、ってよ。


 それがやっと分かったぜ。


 絵とは見た目がだいぶ違ってたけどよ。

 あの優しい微笑みと赤ん坊を守ろうとした慈悲深さはまさに天女様そのものだ。


 きっと弱き民を守るために、女神様と地母神様が遣わせてくれた方なんだろうな。


 だってよ。

 赤ん坊抱えたまんま馬車に突っ込んで怪我までしたんだぜ?


 貴族の客人が庶民の赤ん坊守るためにそこまでするかい?


 たとえそうじゃなくても、天女様と呼んだっておかしくねぇだろうよ。


 おりゃあ見たんだよ。

 魔物を蹴散らす蒼い炎。

 赤子さらいどもを燃やしながら蹴散らしていった、あの綺麗な炎。


 あんな魔法見たことねぇ。


 少なくとも、そこらの魔法師じゃあまず無理だ。

 イセトの戦神の『雷鳴の槌』と同じぐらい凄いかもしれねぇ。


 天女様は凄腕の魔法師ってことだ。


 見たことねぇ蒼い仔馬に跨って、見たことねぇ凄い魔法を使い、赤ん坊を守るためにその身を犠牲にする銀色の少女。


 これが天女様じゃなくて誰が天女様なんだってよ。

 少なくとも天女様と呼ばれるに相応しいお方だよ。


 ああ、間違いねぇ。


 俺が保証する。


 ん?

 これぐらいでいいのか?


 まだ半分も語ってねぇけど。


 お、悪いな。

 んじゃもう二杯ぐらい貰っちまおうかな。


 おーい!

 こっちに酒持ってきてくれー!


 金?


 心配すんなって!

 この旦那が払ってくれるってよ!

 今日はツケじゃねぇんだから、美味いのにしてくれよ!


 あ、お前は呑まねぇのか?


 なんだよ。

 これからだってのに。


 また何かあったら喜んで協力するぜー!

 あ、俺の事はカッコよく伝えてくれよ!

 特に女連中にはな!


 ガハハハ!






「……姫様に報告しようにも、野郎の話がどうにも胡散臭くて纏まらない」


「俺んとこもだ。目撃者一人一人に聞いたんだが、皆言ってる事が所々違う。なんか話が一人歩きしすぎてる気がするぜ」


「教会の奴は口開かないだろうし、このまま報告するしかないか」


「アム様の噂好きにも困ったもんだな」


「そういうなって。おかげで俺達も食えてんだから」


「言えてる」

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