第6話 1日目 やらかしたメイドさんと怖いメイド長さん
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ひゃう!」
私の口から自分でも聞いた事の無い変な声が出た。
なにいまの。すっごい嫌。
「あ、あの! 体ぐらい自分で洗えますって!」
海藻みたいな黒いフワフワな物体を持ったメイドさんの手を必死に掴む。
「遠慮なさらずに。お一人では手の届かない場所もありますから」
「ち、ちがうー!」
そうじゃないの!
別に遠慮してるわけじゃなくて単純にその手つきを止めるか、自分で洗わせてって言ってるのに!
「ほら、ここなんか」
「ひぃううううっ!」
背骨のラインを手でなぞられて、また変な声が出た。
このゾクゾクってやつ! ほんといや!
「手が届かないでしょう? ラシュリーお嬢様に念入りに磨き上げるよう仰せつかっておりますので、しばし我慢を」
「なら普通に洗ってぇ、ひぃっ」
なんでそんな触れるか触れないかな微妙な感じで触るの!?
「あら、いい反応。ここもでしょうか」
「いっ、いい加減にっ、うひゃう!」
さっきからこのメイドさんの手つき怪しいんだけど!
「
頬を紅潮させたまま、薄手の白い服を身に纏った女の人は震える様な艶のある声で私の肌を褒めてきた。
ラシュリーさんのお家であるグランハインド家別宅に案内されたのはつい三十分ぐらい前だ。
エリックさんのお屋敷は確かにボロボロだったけど、見た事も無い豪邸だった。
端から端が一回で見渡せないぐらいの規模で、その建物を出て数十秒歩かなきゃいけないぐらいのお庭。
普通の日本人の感覚から言えば博物館とか図書館とかと勘違いするような広さだった。
なにあれすごい。
個人で所有していいものなの?
市とか国が管理すべきじゃない?
なんにせよ、日本じゃとてもじゃないが自宅なんて言えない大きさに私は素直に驚いたものだ。
だが甘かった。
小市民的感想で凄いとか、言っちゃいけなかった。
上には上がいるって、身を持ってしりました私。
エリックさんのお屋敷は私の中のお金持ちイメージをたやすく上方修正するぐらいの広さと立派さだったけれど、そのイメージはグランハインドのお屋敷のせいで大幅に更新されてしまった。
なにせ、どこからどこまでがお屋敷なのか分からないほどの大きさだ。
最初は、『大きな公園だなぁ。鬼ごっこしたら楽しそうだなぁ』とか思ってたところが実は敷地の入り口にあたる部分で、その先にエリックさんのお屋敷規模の建物が何件も立ち並び、さらにその奥には迎賓館も真っ青なほどの大きな大豪邸が鎮座していた。
私が大口を開けてアホ面を晒したのもしょうがないと思う。
正直入るのがとっても怖かったです。
あまりのゴージャス感に怯える小市民・私はラシュリーさんに強引に屋敷へと引き摺り込まれ、数十人のメイドさんと執事さんに出向かえられ、その中の四人に挨拶と自己紹介をしてもらって、そもままお風呂にドボン。
状況に流されるがままの私には何が起きたか分からないままである。
「いやぁ、役得です。お嬢様に感謝ですね」
「お、おねがいします! 前は、前だけは自分で洗わせてくださぁい!」
「ダメです。グランハインド家のメイドのテクニックをその体にたっぷりと教えて差し上げますわ」
「やーめーてぇー!」
今私の背中で嬉しそうにしているのは、さっきまでメイド服を着ていたラシュリーさん専属のメイドさんで、アネモネさんと言う人だ。
肩口に揃えた赤毛が良く似合う背の高いスレンダーな美人さんで、今身につけてる湯着に透けている体がとても目のやり場に困る人。
現状困ってるのはそこじゃなくて、この手の動きなんだけどね!?
「ほーらさわさわー」
「なっ、ひあうっ! そこっ、さっき洗ったぁっ」
「いえいえ、丁寧に丁寧に、線を描くように、完璧に洗うのが私の信念です」
髪の毛を洗ってくれてた時までは普通だったのにぃ!
「あら、ここが敏感なんですね? へぇ、可愛いお人」
「敏感とかっ! あうっ!」
「あら、ここも? 大変。そんなに弱点だらけだと殿方も大喜びでしょうに。今のうちに慣れていきましょうね?」
「いっ、いまぜったいあらってなっいひぃっ! つままないでぇっ!」
「いえいえ、細かいところはこうやって洗うのです。ほんと、なんでしょうこのお嬢様は。私の中の何かにずっと触れっぱなし。ダメになってしまいそうですわ」
「しっ、しらなぁいっ! あうっ!」
「はぁ、はぁはぁ。そ、それじゃあ、こんどは待ちに待った下の……」
「ひぃっ」
だ、誰か!
誰か助けて!
今私女の子なのに、女の人に襲われてる!
「こら」
「アグゥっ!」
アネモネさんからも変な声が出た。
いきなりアネモネさんのその魔手から解き放たれた私は、ワタワタと四つん這いで湯船へと向かい、勢いよく飛び込んだ。
私の常識に無い、馬鹿げた広さの湯船の中を必死に泳いで距離を取る。
一番奥まで辿りついて、体を両腕で抱いて振り返ると、頭を押さえながら震えて蹲っていアネモネさんの後ろにメイドさんが立っていた。
あの人は確か……エリザさん、だっけ?
一番初めに自己紹介してくれた人で、メイド長さん。
あの戦闘執事さんの奥さんだって言ってた。
「なにをお客様相手にトチ狂ってるのですか貴女は」
「え、エリザ様っ!? なぜ浴室にっ!」
「浴室からカイリ様の変な声とアネモネ先輩の聞いた事ない声が聞こえると、お着替えをお持ちしたリリエールから報告を受けました」
まだ紹介されてないリリエールさん!
本当にありがとう!
貴女は私の命の恩人です!
綺麗な黒髪を後ろで一纏めにしたエリザさんは、曇り始めたメガネをクイっと持ち上げてアネモネさんを見下ろす。
「……貴女、そういう趣味だったのですか?」
「い、いえ! あ、あの! カイリ様の真っ白なお背中と小さなお尻と小ぶりで可愛らしいお胸を見ていたらなんだかとてもイケない気分に! でっ、出来心だったんです! お許しを!」
土下座。
人の土下座を見るのは今日二回目だ。
そんな簡単に見ていいものじゃないはずだよね?
「……大変可愛らしいお嬢様ですから、イタズラしたくなる気持ちも分からないではないです。ですが」
私的には分かって欲しく無い気持ちなんだけど。
「ラシュリーお嬢様のお客様に対してその狼藉。見過ごす訳には行きません」
「ひっ!」
「とりあえず親元に帰る準備をなさい。沙汰はラシュリーお嬢様の判断を仰いだのち申し付けます……ですが貴女も優秀なグランハインドのメイドの一人。そしてラシュリーお嬢様の専属として長く仕えた者です。そう簡単に失う訳にはいきません。ですのでカイリ様」
「はっ、はい」
綺麗な姿勢のままくるりと体の向きを変え、エリザさんが私を見る。
「私の部下が大変失礼な事を。私の教育の至らないばかりに、カイリ様に不快な思いをさせてしまいました。全ての責任は私に御座います。どうか処罰はこの私一人に」
そう言ってエリザさんは深く深く頭を下げた。
えっと、なにこの状況。
「エ、エリザ様!? いけませんエリザ様っ! 悪いのは私ですから! カイリ様! どうか罰するのであれば私に!」
そんなエリザさんを見たアネモネさんがあわてて私へと向き直り、勢いよく床に頭を打ち付けた。
うわっ、今の絶対に痛い。
「あ、あの。確かに嫌だったけれど、そこまで怒ってませんから。処罰なんてしませんから!」
そ、そんな大げさな事じゃないよ!
ほ、ほら! 女の人同士だし!
きゃっきゃうふふだよ!
きゃっきゃうふふ!
「なんというお優しいお言葉、痛み入ります。アネモネ、カイリ様の許しが出ました。深く感謝し、お礼を申し上げなさい」
「すみませんでしたぁ! ありがとうございます!」
おっと、アネモネさんのさっきまでの余裕はどこに消えたのかな?
はぁ、今日1日の状況の目まぐるしい変化に体がついていけてない。
ちょっと眠くなってきちゃった。
「ラシュリーお嬢様には私から報告し、処罰の軽減を具申致します。ただ、アネモネ」
「は、はい!」
正座のまま背筋を伸ばし、エリザさんをまっすぐ見るアネモネさん。
「貴女のした事、グランハインド家のメイド全てを預かる身としては捨て置けません。再教育の必要があると見ました。覚悟なさい」
「ひっ!」
涙目のアネモネさんがガタガタと震えだした。
「さ、再教育」
「はい。以前よりみっちりと。一月ほど。ラシュリーお嬢様にはそれでなんとか許して頂けるようお話しします。奉公先から放逐された哀れな貧乏貴族の娘になるか、再教育を受けグランハインド家のメイドとしての誇りを取り戻すか。どちらが良いかなんて、賢い貴女ならお分かりですね?」
とても冷たい真顔で、アネモネさんを見下ろすエリザさん。
怖い。
あの目で見られたら、誰でも震え上がると思う。
とっても冷たい目だよあれ!
さっき玄関で自己紹介してくれた時はすっごい優しい笑顔だったのに、今のエリザさんとさっきのエリザさんは別人なんじゃないだろうか。
「さ、再教育を……受けます」
絶望した顔でうなだれるアネモネさん。
教育って、お勉強って意味……じゃないよねこれ。
きっと躾とか、可愛がりとか、調教とかのニュアンスだよね。
おっと、暖かいお風呂に浸かってるのに震えてきやがったぜぃ。
肩まで浸かって100数えよう。
そうしよう。
「ではカイリ様。アネモネに変わって私がお体を洗わせていただきますね」
「遠慮します!」
お願いだからゆっくり入らせてください!
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