第5話 1日目 せんとうしつじさん?


 私の目の前で、私の今後の身の振り方がどんどんと決められていく。


 私の意見を聞かないまま。


 うーん。


 ラシュリーさんはなんだか本当に心配してくれてるみたいだから、そんなに嫌な感じはしないけれど。


 これでいいのだろうか。


 まぁ、良いか。


 住む所とご飯に関しては心配しなくても良くなった訳だし、エリックさんという良く知らない男の人と同棲っていうのもなんだか不健全だし。


 ポ、ポジティブポジティブ!


 とりあえず前向きに受け止めておこう!


「じゃあ決まりね! ライルマン!」


「はっ」


「うわぁ!」


 びっくりした! 


 突然ソファの後ろに白髪にビシッとした黒い燕尾服を着た男の人が現れた。

 白い顎髭を蓄え、胸に手を当てて背筋をピンと伸ばしたまま腰を曲げるその人の存在に今の今まで全く気付かなかった。


「屋敷に戻るまでに色々と準備しておいて欲しいの。そうね。まずはエリザに事情を説明して、カイリのお洋服なんかも用意してもらわないと。この子下着も身につけてないのよ。今から間に合うかしら」


「ご安心を。すでにエリザには思念通話を用いて用意するよう伝えております。ミレイシュリーお嬢様御用達の商人へと遣いの者が向かっているところです。採寸してる時間がないので、とりあえずの誂えになりますが」


「流石です。それなら大丈夫ね」


「カイリ様は客室にご案内しても宜しいですか?」


「えっと、いえ。今日は私の部屋で良いわ。メイド達にもそう伝えて頂戴。カイリ、お腹空いてるわよね?」


 本当にびっくりした。いつからここに居たんだろうこの人。

 全然気がつかなかった。

 真っ黒な服に蝶ネクタイに白手袋。背中にまっすぐな棒でも入ってるかの様な姿勢の良さ。目をうっすら閉じてラシュリーさんの言葉に即座に返事を返す白髭の男性は、おそらく40後半……いや、もっと若いかな? 少なくとも三十代では無さそうだ。


 はえー。

 まさに絵に描いたような執事さんが、私の目の前に居る。


「カイリ? 大丈夫?」


「は、はいっ? あ、な、なんでしょうか?」


 ぼんやりしながら執事さんを見て居たら、ラシュリーさんに呼ばれてた事に気付けなかった。


「ああ、ライルマンに驚いてたのね? 見た通り、グランハインド家が召し抱えてる執事の一人よ。主に私やお姉様、お兄様の身の回りの事をしてくれてるわ。戦闘執事だから護衛も兼ねてるの。すっごい強いのよ?」


「せ、せんとうしつじ?」


 執事なのは見てわかるけれど、せんとうってなんだろう。

 お風呂屋さん?


「戦える執事よ」


 た、たたかえるのか……。


 執事さんってたたかったりするんだぁ。

 

 そんな馬鹿な。


「ライルマン・イルグナッハと申しますカイリ様。お嬢様や若様達の執事を仰せつかっております」


「あ、これはご丁寧にありがとうございます。雪平カイリです」


 恭しく頭を下げられたから、頭を下げ返す。


 様って言われちゃった。


「グランハインド家の王都別宅の警備主任も兼任してるわ。元一等級冒険者で経験も豊富だから、なにかあったらライルマンに言ってね?」


「ぼうけんしゃ?」


 また知らない単語が出てきたぞ?


 会話する度に疑問を返してる気がする。めんどくさい子って思われそう。


「未開拓地の探検や探索、依頼を受けての魔物の討伐などを仕事とした者達です。細かい雑用なども受け持つ、所謂なんでも屋にございます」


 ライルマンさんが私の疑問にすぐ答えてくれた。

 へぇ、そんなお仕事があるのか。


「色々と気になる事もあると思うけれど、それはまた後にしましょう。エリック、他に何かある?」


「わぷっ」


 もう何度目かわかんないラシュリーさんの包容を顔面に受ける。

 その柔らかいお胸の感触は素晴らしいんだけれど、そろそろ離して欲しいなぁ。


「そうだね。とりあえずはこんなところかな? ライルマン、ラルフが戻ってくるのは何時になるかな」


「ラルフガウル様は二日後にお戻りになられる予定です」


 エリックさんの言葉にライルマンさんが頭を下げながら答える。

 ラルフさんって人は、誰なんだろうか。


 聞いて見たいけれど、さっきから質問ばっかりしてるからちょっと言い辛い。


「お兄様達ったらいろんな所で道草をしてらっしゃるのよ?」


「しょうがないよ。遊撃騎士団ってそういう物なんだから」


 あ、ラルフさんがラシュリーさんのお兄さんなんだな?

 これで一つ疑問が解消されたけど、こんどは遊撃騎士団っていう聞いたことない単語が出てきた。

 私の疑問は永遠に無くならないんじゃなかろうか。

 

 ループって怖いね。


「お姉様も明日のお昼まで戻ってこないし、お父様やお母様も冬季はグランハインド領から出れないし。私一人で寂しかったところだったから、カイリが来てくれて本当に嬉しいわ! あっ、カイリにとっては辛いことなのよね……。私ったら一人ではしゃいじゃって……」


 あわわ、ラシュリーさんがしょんぼりしちゃった。


「あ、あの。私大丈夫です。べつにこの世界に来たこと、驚きはしましたけど辛いわけじゃ」


 うん。これは本当。


 自分の事なのにどこか他人事の様に感じている。

 本当ならみっともなく喚いたり騒いだりするべきなんだろうけど、なんでかすんなりこの事態を受け入れてしまっている。


 ……いい加減危機感を覚えてもいいとおもうんだよ私。


「ああっなんて健気な子! 安心してカイリ! この世界にいる間、貴女の事は私が守ります! ライルマン! 屋敷の警備をいつもより厳重にして頂戴!」


「畏まりました。グスターフ執事長に連絡を取り、本家より何名か信用できる者を送っていただく様申請しておきます。今夜より雇いの兵を屋敷の外周へと配置し、敷地内はわたくしどもやグランハインド家の騎士で守りを固めましょう」


「ええっ! メイド達にもそう伝えてね!」


「エルザからは先ほど、同様の返事が返ってきております」


「流石だわ!」


「あ、あう、あう」


 ラシュリーさんの勢いを止めようにも、その圧倒的なパワーに気圧されてまごまごしてしまった。

 何故だ。

 私が何かを発する度に事態が大げさになっていく。


「それじゃあエリック。私とカイリは帰るわ。お兄様が戻ったら知らせるから、カイリを元の世界に戻す方法、見つけておいてね」


「が、頑張るけれどさ。さすがに1日2日でどうにかなる事じゃないんだけど……」


「見つけておいてね!」


「は、はい……」


 ラシュリーさんの放つプレッシャーに負けたエリックさんが肩を落として項垂れる。


 なんかとっても可哀想だな。

 私なんかを呼んじゃったからこうなってしまったのか。

 いや、なんかもともとラシュリーさんには頭が上がらない人な気がする。


「さぁカイリ、行きましょうね。屋敷に戻ったらまずはお風呂に入りましょうか。なんだか埃っぽいわ。あ、夜着はどうしましょうか。服だってすぐには届かないわよね。私の小さい頃の服ってまだ残ってるかな」


 ラシュリーさんが私の体を引っ張って、抱きながら部屋の入り口へと歩き出す。

 エリックさんもソファから立ち上がり、後を付いてきた。

 見送りだろうか。


「ラシュリー様のお召し物は汚れた物以外全て記念として保管しております。本宅に比べればかなり数が少ないですが、その中からカイリ様に合う物を見繕うようメイド達に伝えておきましょう」


「あ、あの」


「ええ、頼むわ。それと今日のお夕食、まだ残ってるかな?」


「厨房長に何品か用意するよう命じておきましょう。カイリさまが浴室から戻られる頃には出来てるかと」


「も、もしもし!」


「じゃあ問題無しね。あ、明日のエルケル子爵との会食、無しにして頂戴。カイリを見られたくないの」


「畏まりました。どうせラシュリー様と子爵家の誰かを婚姻させようと目論んでいるだけでしょう。朝一で遣いを出します」


「エリックと婚約した事、まだ知らない人居るのね」


「エリック様ならなんとかなると思ってる可能性もございます」


「なるほど、なんとなく分かるわ」


「いや、なるほどじゃないんだが。僕の立場!」


「どの口が立場なんて仰るのかしら?」


「ごめんなさい!」


「もーしもーし!」


 だれか私の話聞いてよ!



 結局玄関に到達するまで、私の声は届かなかった。

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