06. 勇者の挑戦

 コンビニで欲しかったのは、ドライアイスだ。

 水割り用の氷より、できれば少しでも強く冷やせる物がいいだろう。


 最初、店員は難色を示した。冷凍輸送用のドライアイスは売り物じゃない、と。

 ここは勇者の力が発揮される場面。

 まあ、ギャンギャンとゴネただけなんだけど。


 マグカップ一杯分くらいをせしめることに成功し、また二人で公園へと取って返す。

 砂場の上にドライアイスの台座を作り、そこへイルカを乗せた。

 上手く元の形になるように、二つの破片を固定するのは難航したが、取り敢えずの格好に持っていけた。


 アリサに視線を遣ると、交通安全のお守りを差し出す。

 これが燃料。

 護符や御札を探すとなると、また苦労するところだ。この子がお守りを持ち歩いてくれていて助かった。

 地球にも、少しは魔素を含む事物が存在する。その筆頭が、お守りのような神仏関連の品々だ。


 帰還後も、魔素の流れは感じられた。微量な魔力でも、置物くらいならどうにかなるはず。

 左手の内にしっかりとお守りを握り締め、砂地へ膝を突く。

 ドライアイスをにらみ、神経を集中させた。


 精緻な魔素制御が必要ではあるが、魔王戦を思えば遥かに容易な作業だろう。

 魔王は真っ黒なボールに似た外見をしていた。直径五メートルくらいの、巨大な球だ。

 触れた全てを飲み込み、漆黒の眷属を周囲に撒き散らす。

 およそ生物とは掛け離れた、闇の権化だった。


 厄介なのは、どんな攻撃を受けても、すぐに耐性を獲得してしまうこと。

 初手の一撃はダメージを与えても、二度目には無効化され、魔王は威力を倍にして俺たちへ反射した。

 これが原因で特攻した魔導師たちは皆、返り討ちに遭う。


 俺が攻略できたのは、偶然が幸いしたおかげだ。

 火炎でも雷でも、聖剣ですら手応え無く宙を斬る。半ばヤケクソ気味に、俺は氷雪魔法を黒球にぶつけた。

 初弾が重要なら、そこに持てる力を全て籠めるしかない。


 威力を増すために、すかさず限界突破リミットブレイクを唱える。

 氷雪は荒れ狂うブリザードへ、更には絶対零度の極限へと到達した。

 予想外だったのは、まだ次があったことだ。


 たとえ極限であれ、“限界”は突破ブレイクされる。

 絶対零度のその先が、魔王を塵と化したのさ。


 ドライアイスもまた、眼前で低温の極みへと向かう。

 アリサには危険だと、離れるように指示してあり、ブランコの傍らからこちらの様子をうかがっていた。

 やたらと冷やせばいいってもんじゃない。必要なのはほんの一部のみ。

 絶対零度を、イルカの割れ目にだけ移すんだ。


 問題が有るとすれば、対象が実体だってとこ。

 概念を捻じ曲げるときと違い、要求されるパワーが半端じゃ利かねえ。


 意識をドライアイスから、不細工なヒビへと振り替える。

 もう一度、神の御業をこの手に。

 二重掛けだ。


零度突破リミットブレイク!」


 足りてくれ、力よ。

 お守りを絞るように握り潰し、地球じゃ貴重な魔素を一滴残らず引き出した。

 ガラスの破断面に於いて、一切が静止する。


 そして、原子は逆走した。

 ヒビは虚数の彼方へと動き始め、時計の針が左巻きに回る。

 絶対零度を超えた先に在ったのは、因果を逆転させた理外の世界だ。


 イルカの尾は再びその胴体と接合し、きずがついた事実は消滅した。

 これ以上やると、イルカごと消しちまう――魔王みたいにな。


 完了だ。

 どうよ、補助付きなら、まだここまでやれるぜ。


 力を緩めた手から、しわだらけになったお守りが落ちた。

 頭からゆっくりと、仰向けに身体が倒れていく。


 パタパタ駆け寄るアリサの足音を聞きつつ、俺はあっさりと意識を手放した。

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