04. リミットブレイク

 店への途上、リミットブレイクについて考えてみる。

 日本語で正確に言えば、制限破壊・・だ。


 女神の世界では、全ての事物が魔素を含んでいた。

 その魔素を独自のルールに従って操り、物理現象へと転換させるのが魔法である――。


 とまあ、これは街の魔導師に教えてもらったことで、俺も深く理解しちゃいねえ。

 魔法と言えど何でもアリじゃないこと、それが重要だ。


 リミットブレイクは、その術理を破壊する神の御業みわざだった。

 こんなこと、もちろん勇者である俺にしか不可能で、発動に立ち会った魔導師も目を白黒させてた。


 しかし、名前は大層だが、この神力の効果は補助的なものに過ぎない。

 火炎魔法の枷を外して焔龍を産み、敵を食らわす。

 聖剣の力を増大させ、闇そのものを断ち斬る。

 威力は絶大なのだが、必ず基盤となる何かが必要なのだ。


 リミットブレイクをこちら、地球で使うとなると、ここが大きな難点となる。

 基盤が存在しないってことが。

 火炎は在っても、火炎魔法は無い。

 剣は在っても、光の聖剣は無い。


 夜中にさ、ガスコンロで試してみたんだ。火が大きくなるかなって。

 少しはなったのかな、中火が強火くらいには。

 これじゃツマミを捻った方が早い。

 魔法で生じたものじゃないと、効果は極端に減衰するってわけだ。


 無理をすれば、もうちょっと行けるかもしれないけど、俺が疲弊して倒れちまう。

 ところが、全く使えない力かって言うと、それも違った。


 プリン、好きなんだよ。

 茶碗蒸しも好きだけど、やっぱりプリンだよな。

 黄色いスライムみたいなやつ、クソ不味かったんだよ。

 見た目はプリンそっくりなのが、タチ悪い。今から思えば、向こうの連中はよくあんなのをオヤツにしてたよなあ。


 コンロを止めたあと、小腹が空いたので冷蔵庫を覗いた。

 大したものは入っていない中、シャケの切り身の奥に、そいつが在ったんだ。

 母さんが存在を忘れてしまい、打ち捨てられたカップのプリン。

 鳴かない、動かない、本物のプリンがそこに。


 引っつかんで二階へ上がり、さあ食べようと蓋のビニールを剥がそうとした時だった。

 期限が切れていた。賞味じゃない、消費の期限がだ。

 一か月オーバーだったよ。

 そりゃ、反射で叫ぶってもんだぜ。


消費期限延長リミットブレイク!」


 蓋で刻印された黒文字が生き物のように曲がり、日付が更新される。

 限界は、突破された。


 もちろん、これで大丈夫だと即断はできない。

 恐る恐る、慎重にプリンを一口。

 卵の風味を堪能して二口。

 三口目は大きくスプーンで掬い、口腔を滑らかな甘味で満たした。


 ああ、プリンだあ。カラメルソースって、いいね。

 いやいや、そんな感想はともかく。

 腹が痛くならない、これが重要なんだ。もう二日は過ぎたが、未だ胃腸は絶好調。

 限界は、疑いようもなく突破された。


 人が取り決めた概念、こいつこそリミットブレイクの最適な対象になるみたいだ。

 効果の程は激烈で、本当に消費期限や有効期限が変更されてしまう。

 どういう理屈かなんて分からないし、知る必要も無い。

 ブレイクできるものが存在する、これさえ理解できていればいい。


 つらつらと考察にふけっていると、コンビニを通り過ぎそうになってしまった。

 慌てて引き返し、のぼりやポスターで飾り付けられた店の入り口へと進む。


 こここそが神の蔵、プリンを超す宝が待つ場所。

 どうやら今日は花火大会があるらしく、弁当や飲み物を買い出しに来た客で店内はごった返していた。

 人混みを掻き分けて、めぼしい食べ物を集める。


 アーモンドチョコレートにスパイシーサラミ。

 のり塩チップスとマーブルグミ。

 取り合わせは無茶苦茶、味もバラバラ。向こうで食べられなかった味を選んだら、こうなるのも仕方があるまい。


 インスタント焼きそばにも惹かれたものの、これは諦めた。

 手早く食べられるものが最優先だ。三分だって待てねえよ。


 もっとも、レジ前に並ぶくらいは我慢しよう。

 十組はいるだろう列の最後尾に、菓子を抱えた勇者が並ぶ。


 ふふ、俺さ、勇者なんすよー。いやあ、やっぱ分かります? 雰囲気とかで。

 頭はいい歳したオッサンなんですけどねー。

 なんて脳内でつぶやきつつ、レジ横のガラスケースに目をった。


 “夏はコレ! 20%増量ボーナス!”


 から揚げである。

 柚子胡椒と、ホットチリ味のから揚げが四つずつ、夏専用パッケージに入って売られていた。


 これを逃しては、勇者の名がすたる。

 どちらの味にするべきか。

 どっちもだ。勇者だからな。


 客の行列が一組、二組と消化されていく。誤算だったのは、既に並んでいたこいつらが、から揚げを所望したことだった。

 俺の分を残しておいてやろうという心遣いが、どうにも感じられない。


 四組目がから揚げをスルーした際には、心で小さくガッツポーズを取る。

 補充される様子もなく、さらに四つ、五つと売れていき、残り二つにまで減った。

 ここで俺のターン。

 幸いにも、両方の味が一つずつ在る。


「すいません、から揚げをください。柚子とチリの二つ」

「申し訳ありません。こちら人気商品でして、本日はお一人様一つに限定させていただいております」

「……限定解除リミットブレイクっ!」


 後列が妙な顔で俺に注目したが、知ったことか。

 高らかに叫ばないと、発動しないんだよ。


 戦利品を袋二つに満載して、俺はコンビニを後にした。

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