へげぞぞ超短編小説集第四期 宗教篇

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話 十三月革命

 我々は、この革命を探す歴史家から隠れるために、公式の日付に十三月という珍しい暦を使った。歴史を見て、十三月が見つかるなら、探すといい。きっと人類の歴史に存在した幸福の一か月を見つけるだろう。


 ぼくは日夜、労働にいそしんでいた。ぼくの労働が賃金奴隷といわれるものであり、資本主義的奴隷制といわれるものだとは、ぼくは気づかなかった。仕事は苦しいものと思い込んでいて、暮らしは貧しいものと信じ込んでいた。

 そんな時に、駅で配られていたちらしを手にとった。


『労働者よ、立ち上がれ。

 労働者から搾取する資本家たちを許すな。

 過当な賃金労働を強いる資本者階級は、帝国時代の政府的強盗団と同じだ。

 革命政府(コミンテルン)は実在する。

 革命の日に備え、労働者よ、準備せよ』


 これは何なんだろう。ぼくはそのことばを心に止めた。

 革命政府とはいったい何なんだろう。ぼくらの投票する日本政府とは別に、どこかに労働者階級による革命を企てているテロリストがいるのだろうか。そんな秘密結社が存在して、この国の報道や流行に介入して、戦いつづけているとでもいうのだろうか。おそらくそうなのだ。すでに戦いは始まっているのだ。ぼくたちの頭にその理念の具体化がなされなかっただけで、ぼくたちが生まれる前から、革命政府が存在していたのだろう。革命政府は世代を超えて受け継がれ、封建的貴族たちや資本家階級と戦いつづけてきたのだ。ぼくたちが何もわからない子供の頃から、気づいた同級生たちは革命戦士となり、革命政府を助けるべく戦いつづけていたのだろう。そのことに、ぼくは、学生を終え、就職して賃金奴隷になるまできづかなかったのだ。

 いったいどこに革命政府があるのだろう。ちらしを持ってくる広報員を探して、組織系統を探るべきだろうか。

 どこだ。どこにいるのだ、そんな活動家たちは。

「きみは生まれついて皇帝と同じ権利を持っているのに、そのまま搾取されて人生を終えるつもりかね。もし、覚悟があるというのなら、わたしはきみの手伝いをしよう」

 見慣れないおじさんがいった。

「ぜひ、協力させてください」

 見慣れないおじさんはその返事を聞くと、いつの間にかいなくなってしまった。


 次の日、職場に行くと、同僚に聞いた。

「革命政府って知っているか」

「なんだ、それ。知らねえ。聞いたこともないな」

 やはり知られてはいないのか。

「ぼくは革命政府に入る。」

「そんなものは本当に存在するのか。うさんくさいぞ」

「幻の政府だ。だけど、実在するんだ。」

 ほんとかねえ、と同僚がいった。

 ぼくは立ち売りの本屋で手に入れた紙束を取り出して読み出した。理論的指導者たちの本を読んで、頭を鍛え直していった。

「これ、同じこといってねえ?」

「理論的指導者たちを調べろ。それはただの追随者(エピゴーネン)だ。くだらないものに時間をとられている暇はないぞ」

「はっ。どうせ、おまえの読んでいるのは、御用学者の文筆家だろう」

「そんなわけあるか」

「理論的指導者は、自由競争は既得権益の資本家が勝ちやすく、階級闘争を防ぐための言い訳にすぎないといっているぞ」

「それはすげえな」


 ぼくは革命委員会に立候補した。書類に手続きをして、理念(イデオロギー)と標語(スローガン)を書いて幻の政府に提出した。

 目指すは、労働者独裁による新世界秩序。

 見事、数百票を得て、ぼくは革命委員会に当選した。

 明日、ぼくは、見たことのない革命政府にようやく入ることができるのだ。


 そして、ぼくを待ち受けていたのは、山中の要塞にある評議会(ソヴィエト)だった。

「同志諸君。すべての封建領主とすべての資本家は強盗であり、我々労働者の打ち倒すべき敵である。この永続的に続いた階級闘争は、ついに終わる時が来た。解散総選挙後のこの第一議会において、わたしは革命的冒険主義の決議を提案する。」

 ぼくは、力強い一票を革命的冒険主義に投票して、仲間たちとの会話を楽しんだ。

「なぜ、革命的冒険主義なんていう言い方をするんだい」

「それはもちろん、勝ち目がないからに決まっている」

「それでもやるかい」

「もちろんやるさ」


 そして、幻の政府といわれていた革命政府がとうとう一斉に武装蜂起した。


 数十日におよぶ戦闘によって、我々革命政府は、評議会としてこの国を統治する実効支配に成功したのである。

 来た。ついに成しえた。我々は、プロレタリアート独裁を実現したのだ。

「油断するのは早いぞ。必ず、革命の反動が来る。反動に備えよ」

 それから、評議会での多数派工作に日々を費やした。

 評議会は、現実的な段階的革命主義をとった。周辺諸国への活動も、革命的自然発生に任せるのをよしとした。

 そんな多忙な日々に、追い打ちをかけるように連絡が届いた。

「戦争勃発です」

 指導者はいった。

「人生の単調さを嘆く心配はなさそうだな」


 戦争は、始めは旧体制の勢いが凄まじかったものの、統計局の地道な作業が結実して、誠実な経済統計が発表されると、それまで信じていた旧体制側の統計捏造が明らかになり、自分たちの人生が既得権益に搾取されていたことに気付いた大衆は、革命政府の支援に移っていった。

 そして、どこに存在するのかもわからない革命政府に期待する者が多くなり、ついに、段階的革命主義は終わり、世界同時革命が起きた。

 一回、革命が起きてしまうと、革命が革命を呼び、革命政府は無限連続革命を政策指針と決議した。

 やがて、時が満ち、戦争が終わり、世界同時平和となった。大衆は労働者独裁を手に入れ、評議会は世界政府となり、階級闘争に勝利した。


 これを、革命的文筆活動として記す。

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