六つ目の双生児

ハイマン

第1話 神様のサイコロ

 ある病院で双子の赤ちゃんが生まれた。

 その双子は六つ目だった。

 右手の手の平手の甲に二つずつ。

 左手の手の平手の甲に二つずつ。

 周りの人間は彼らを気味悪がった。

 幼い兄弟は彼らの愚かしさを憐れんだ。

 やがて兄弟は望むようになった。

「神に成り代わることを」「神のいない世界を」



 「朝治チョージ! お前何サボってんだよ。授業始まるぞ」

 「ん? ああ……この野郎勝手に……」

 朝治ちょうじと呼ばれた少年が忌々しそうにつぶやいた。寝ぼけ眼をこする左手には白い手袋がはめられている。

 「わざわざ呼びに来てやったのにその言い草はねえだろ」

 「お前に言ったんじゃなくてさ……いや、何でもない。ありがとなリョー

 「おう、次はお待ちかねの物理だぜ」

 「……それはお前だけだろ」

3個のサイコロを手袋をはめた手で器用にジャグリングしながら冷静に指摘する。実際物理の授業を楽しみにしている高校生など了ぐらいのものだろう。

 「物理なんか何が楽しいんだか……」

 「何だとお前!? まったく、あのパンイチの弟とは思えねえぜ」

この不名誉なあだ名で呼ばれる男、範一はんいちは、朝治の双子の兄で物理研究部の部長を務めていた。ちなみにこの了は副部長だ。

 「できればその話はしないでほしい」

 「あっ! そうだよな……悪い」

範一は現在、内臓に疾患を患って入院中だ。……そういうことになっている。本当の理由は弟だけが知っている、しかし居場所は誰も知らない。朝治は手の上のサイコロを見つめた。

 「……神は賽を振らない、か」

 「え? 何言ってんだ? 時代は量子力学だぜ!」

 「この物理バカが」

サイコロを握った手をズボンのポケットにねじ込んで歩を速める。了もあわてて朝治に追いすがる。

 「っと……悪かったって」

 「了、お前を物理研究部の副部長と見込んで相談がある。放課後時間あるか?」

 「見込んでも何も正真正銘の副部長だけどな!」

 「そうか、助かる」

 「まだいいとは一言も……まあいいけどさ。……ってヤベェ! 遅れるぞ!」


 6個並んだ金属っぽい材質の球がカチカチぶつかりながら振り子運動をしている。朝治は曲がりなりにも理系の学生だが物理はあまり得意ではない。物理教師との物理学談義を終えた了が満足げな顔で戻ってきた。

 「……終わった?」

 「いやぁ、今日も実に有意義な……」

 「それで聞きたいこと、ってのがさ」

 「ちょっとぐらい興味持ってよ……」

朝治はしょんぼりする了に全く悪びれることなく話を続ける。

 「範一がよく言ってたんだけどさ、『神は賽を振らない』ってどういうことだ?」

 「あー、言ってたなぁ……あいつは今時珍しい古典力学至上主義者だったからな」

 「なるほど、全く分からん」

 「物理学に偶然はない、みたいなことだよ。確かアインシュタインだったかな?」

 「……下らないな」

サイコロを手の平に乗せながら吐き捨てた。生きている限り自分の力ではどうにもできない困難というものが必ず現れる。それが17年という短い人生の中での朝治の結論であった。この世界に偶然が存在しないなら、ただ諦めて絶望するしかないではないか。

 了はというと、朝治のそんな考えは露知らず物理学の歴史をペラペラと語り続けている。朝治はため息をつきながら3つのサイコロを振った。

(4・1・5……か。まあまあだね)

 「……ったく、お前もちょっとはやる気出せよ」

 「ん? 何か言ったか?」

 「独り言だ、今日はもう帰る。ありがとう」

机の上に放り出されたサイコロを拾い上げると足で扉を開けて教室を後にした。


 「……てことは10マスか。はぁ~雫月しずきが1なんか出さなきゃなー」

(ごめん、ごめん)

(兄ちゃん、過ぎたことはしょうがないよ。“ボード”に行こう)

 「雫月、りくの優しさに感謝しろよ」

(はいはい。変なマスじゃなきゃいいね)

 「またお前はそういう縁起の悪いことを……」

ぼやきながらサイコロの上面を指でなぞると、なぞった稜線から四角形の青白い光が漏れだしてきて朝治を包み込んだ。


 やがて光が消えると、そこはさっきまで歩いていた学校の廊下ではなくすごろくの絵盤のような場所──否、ここはすごろくの盤そのものなのだ。純白のお城やらお菓子の家やらが建っている周囲のファンシーな光景とは裏腹、足元にはただ無機質なマス目のみが存在している。

 「……10マスだな。何回休みとか何マス戻るとかは勘弁してくれよ~」

(朝治はホントに運無いからね~)

 「うるせえな!」

最初に降り立った場所から1マス、2マスと歩を進める。そして10マス目を踏みしめた所で、ブーッ、という音が鳴った。

 「あぁぁぁぁぁぁ……マジかぁぁぁぁ……よりによって学校で……」

朝治が頭を抱えるとそのまま元いた学校の廊下に引き戻される。座り込んでいる朝治の目の前には、真っ白な仮面をつけたスーツ姿の男が立っていた。

(アハハ! ホントにあんた運無いね~)

(ま、まあまあ。勝てばペナルティなしだし、ある意味良かったんじゃない?)

 「お前ら好き勝手言いやがって……俺の高校生活終わりだぁ~!」

(そうなったら私たちと一緒に引きこもって暮らそう!)

 「外身がないお前らと一緒にすんな! 世間体ってのがあんだよ!」

仮面の男には、朝治が大声で独り言を言っているようにしか見えていない。つまりこの時点で大分恥ずかしいのだ。

仮面の男は朝治に近づくと、無言で手の平を差し出した。

 「どーしても、ここじゃないとダメか? ああ、分かったよ……。参加者名・駒並こまなみ朝治。六面三つだ、確認してくれ」

渡されたサイコロを検分し、不正がないことを確かめるとそれを返して無言で帰っていく。……というわけではない。仮面の男が自分の背広のポケットからサイコロを取り出した。

 「それでは、駒並朝治様。マスブロッカーとの、戦闘を開始していただきます」

 「あーもう! ホンット俺って運がないなぁ! チクショー!」

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