目の前で着換える伊東さん

 少しして、手に氷嚢を持って、伊東さんは戻ってきた。

 まだ少しだけ膝頭から太ももに掛けてが赤い。


「大丈夫? まだ足が少し、赤いよ?」

「大丈夫じゃないから、着換えるね?」

 

 少しだけ頬を赤く染めて、彼女は僕にそう言う。


「あ、うん! ええと、じゃあ僕部屋の外で……」

「部屋の外に出なくても大丈夫よ? 廊下は寒いし。着換えるって言っても、こちらを見ていてもいいくらいだから」

「えっ、流石にそれは……」

 

 伊東さんは悪戯に笑って、タンスから薄いピンク色をしたもこもことした可愛らしいショートパンツを出す。流石に冬場にそれは寒いのではないかと思うが、火傷をしているからその位の長さのものでないとだめなのだろう。


「『見てて』ね? 中岡君……?」

「見ててって……」

 

 やはり目を逸らすくらいはしないと……、と思ったが。


 ――逸らせない。


 首がその向きに固定されたように。


「??? ……???!! ??!??!!???」

「ふふっ」

 

 妖しく笑って、目を逸らせない僕の目の前で、着換えだす伊東さん。

 けれど、僕の期待とは裏腹に、彼女はスカートを落とす前にショートパンツを穿く。そして、穿いたあとにスカートを落とす。


 っ、こ、これは……!!


 中学の時に、男女同じ部屋で着換えをしていた時にやっていた……、鉄壁の着替え術アイアン・プロテクション……!!

 あ、これは僕が付けたのではなくて、友人の孝良が付けた技名なので、それだけは勘違いしないようにしていただきたい。


 確かその技は、上半身の着替えにも適用されていた。

 今でこそ更衣室があり、そこで着換えているが……。

 そういえば女の子たちは、どうやっているのか上から体操服を被ったかと思うと、すこしもぞもぞしたら、するすると手品のようにカッターシャツを裾から出して、おお~と、感動している内に着換え終わっているのだ。

 彼女は、僕がぼんやりと思い出している内に、その思い出の通りに、肌を見せず着換え終わった。

 淡い紫色のシャツに、下と同じもこもこのパーカー姿の伊東さんは、なんだか学校で見るよりも少し幼い……幼いというか、可愛いというか、柔らかいというか。

 こんな顔、学校で見たことないなあ。 

 それに、やっぱり僕が考えているのと違って、この部屋も、ファッションも、普通の女子高生というか……。


 伊東さんは僕の隣に座って、膝の上に氷嚢を乗せる。

 動かせなかった体が、いつの間にか自由に動くようになっている。 


「少し期待した?」

「えっ……」

 

 少し上目づかいで、小首を傾げて彼女は続ける。それだけでも、破壊力が抜群だったのに――

 

「私の下着……、見たかった?」

 

 なに、その質問!? 

 罠だよな!? 罠に決まってる……!!

 ここで正直に、イエスなんて答えた時には、明日には『下着大好き中岡君』なんて呼ばれて、クラスの笑いものにされるんだ!!


「私は、中岡君に私の下着を見たいって……思ってもらえると嬉しい」

「!!」

 

 彼女は床に手を置いて、ぐっと僕に体と近付ける。


 近い――。

 

 彼女の吐息が、僕に触れそうなほど。


「い、伊東さん……」


 血液が沸騰しそうなほど、ドクリドクリと脈打つ。

 抑えようとしても、彼女の頬に、手に、触れたくて手が震える。

 伊東さんはすぐ、数センチ傍にいる。

 

『ここでいかないのは……男じゃないぜ?』


 と、悪魔の姿の脳内の孝良が僕に囁きかける。

 ……普通、ここで出てくるのは僕の悪魔と天使だと思うんだけど、なんで孝良が出てくるんだ?


『そう、今でこそ草食系――、いやそれを通り越して『草』なんて呼ばれちゃいる俺達だが……、やるときはやる。草だって、花を咲かせて受粉する。そうだろ……?

ちなみに芝はイネ科。刈らずに伸ばし続ければ花が咲き、実が成る。だからさ、草だってやる時は、やるってことだ』


 やめろ! 僕の脳内で勝手に喋るんじゃない孝良!! 

 あと、天使は……天使の孝良は?


『いくっきゃねぇだろ!? それが、漢ってもんだろぅがぁ!!』

 

 止めろよ、お前!!


「あのね、今日の屋上での告白、その、中岡君は勘違いしていたようだけど、私の、本当の気持ちだから……」

「……うん」

「だからね、私と――」

「智慧ー!! 今日こそ、決着をつけるで!!」


 伊東さんが僕に言おうとしたことを遮るように、頭にきゃんきゃんと響くような甲高い声の関西弁が、部屋の外から響き渡った。 

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