魔法使いの伊東さんはどうも僕のことが好きらしい

I田㊙/あいだまるひ

伊東さんは多分魔法使い

この作品はエタります。読み進めない様にお願いします。


 ★ ☆ ★ ☆ ★


 僕が彼女を見たのは、十二月の紅い満月の夜。


 少し赤みがかった月が、煌々こうこうと輝いてた。

 あの月の色は、最近あった噴火をともなった大地震のせいなのだろうと、身も蓋もないことを考えていた。

 月が赤くなるのは、大体は地平線や水平線近くで大気の影響を受けて見えているか、ガスやちりによって青い光が通りにくくなるとかいうことが原因らしい。

 紅い月は不吉の前兆だとか言うが、大体は同じ時に地震や噴火、山火事が起こっているのを結びつけているだけなのだろう。因果が逆なのだ。


 不思議な事なんて、世の中にはない。


 大体の不思議には説明がついて、淡々と同じような毎日が続くだけだ。

 夢がないなとか、友人の孝良たかよしに言われることもある。

 でも、それが揺らぐことのない事実で、なのだから仕方ないことだ。

 

 今まで色々な事を『仕方ない』で済ませてきて、今更何に夢を見るというのか。

 

 僕は、夜中に出歩くのが好きで、その日も今日は月が赤いなとか。

 この赤い月はいつまで続くのかなとか。

 そんなことを考えながら、いつもの決まったコース(家から出て、近くの森を散策して戻ってくる)をゆっくりと歩いていた。

 

 そして、その森の中で僕は彼女を見つけてしまった。


 白く薄いぴったりとした水着のような服。強調されたボディラインが、彼女の隙のない美しさを殊更ことさらに見せつける様だった。真っ黒な長い髪の毛がコントラストになって映えている。

 同じ色のローブを羽織り、そのローブよりも古そうな少しすすけた白いとんがり帽子を被って。

 青白く光っているように、僕には見えた。


 彼女、伊東いとう智慧ちえは――ほうきまたがって浮いていた。

 

 ――彼女はそこに、

 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あの……中岡君、その……、ちょっと屋上に来てくれない?」


 次の日の放課後。

 伊東さんは、座っている僕の前に立ってそう言った。


 うわついた空気を纏い、ざわめいた教室と、対照的に心臓が凍りつく僕。


 中岡なかおか美織みおり、それが僕の名前。

 この字面と外見で絶対に一度は女と間違われる。

 僕は男だ、と男である部分を裸になって見せても、またまたご冗談を……と言われることもあるのが悩みだ。

 「またまたご冗談を」ってなんだよ、股に冗談もなにもあるか。

 ここ以上に男の証明である部分がどこにあるんだ。

 僕の名誉の為に追加しておくが、別に他と比べてみても小さいとかそういうことはない。……多分。


 裸を見せてもこんな調子なので、もうちょっと男らしい外見で産んでくれていればとよく思う。


「……な、なんで?」

 

 その僕の返答に、またざわつく教室。

 興味津々だなお前ら。


「えっ、なんでって……、それは……は、話があるからに決まってるでしょ?」

「……ここじゃだめなの?」

「それは……ダメよ……」


 ダメに決まってるだろ!! という周りからのツッコミが聴こえる気がする。

 お前ら事情を知らないからそんな空気を出せるんだ。


 嫌だよ、二人きりになるのは。

 絶対昨日僕が見たことの口封じ的なアレでしょ? だってばっちり目が合ったからな。

 本当に、自分のバカ。

 見ないふりをして素通りするのが絶対に正解だったのに。びっくりして彼女をガン見してしまったのだ。

 目を離せなかったのは、あまりにも神々しいというか、美しい過ぎたというか、それもあったけど……。

 でもこの様子だと、目が合っていなくても呼び出されていた可能性が高いか。

 とにかく……、二人きりになったら何をされるか分からないし、怖い。 


「い、伊東さん! こいつちょっと、あれなんだよ。とにかく、後で絶対に屋上に行かせるから!! だから先に行って待ってて」

 

 横から、友人のお調子者、豊能とよの孝良が割り込んでくる。 

 あれってなんだよ。

 

「そう? 分かったわ、お願いね。豊能くん。私、屋上で待ってるから」


 伊東さんを見送ってから、僕の肩をがっと抱え込んで、孝良は僕の耳元で囁く。


「伊東さんにああ言われて、「なんで?」ってなんだよ! なんでもなにもお前この学校の屋上なんて告白しかありえないだろうが!!」

「……」

 

 違うと思うから『なんで?』なんだけど、孝良はそうとしか考えられないようだ。

 はた迷惑なことに、この若野わかのはら高等学校の屋上は解放されていて、愛の告白スポットとしてご利益りやくがあるとかなんとかいう話で、大抵の告白は屋上らしい。

 だから、さきほどの伊東さんの呼び出しに、真っ先にそういう考えになるのは、仕方のないことだ。


 でも、僕は絶対にこの呼び出しは告白じゃないと思うんだよ。

 だから行きたくない。


「なんなら、代わってくれてもいいんだけど」  

「何言ってるんだお前!? あの伊東さんだぞ!? 立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花。っていうか俺が行っても伊東さんの顰蹙ひんしゅく買うだけだろうが!!」

「孝良、古い言い回し知ってるな」

「古いとかどうでもいいんだよ。適切な言葉であれば。才色兼備で、運動神経抜群、一部の隙もないその立ち振る舞い。どこかのお嬢様だという噂も……。パーフェクト超人なのは間違いない。……この学校の男子だけでなく女子までもが彼女に憧れているんだぞ!? その伊東さんに屋上に呼び出されて!! この果報者!!」

「果報者って……、それも今どき使わないよ」

 

 孝良はどこで言葉を仕入れているのか知らないが、よく古い言葉を使う。


「告白じゃなくても女子に呼び出されたら行くのがおとこだろうが!! お前、漢だろうが!!」

「……そりゃ、僕は漢だけど!?」


 その言葉が、僕を焚きつけると孝良は知っていて使っている。

 なんだかんだ小学校からの腐れ縁で、高校でも同じクラスになった友人だ。

 知っていて使われているのに、僕はそれに反応せざるを得ない。


 僕は、屋上に向かうことに決めた。


「グッドラック!!」

 

 教室のドアから出て行く僕の背中に、そう言葉を掛ける孝良。

 その言葉もあんまり使わなくないか……?

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