第百二十九話 メドヴィーからの来訪者(後編)
時は少し遡る――――
リュドミラの娘である双子姉妹、ジーナとユリアを連れて、ヤヨイとシオンはラステカの町を散歩していた。
空はよく晴れており、まさに絶好のお散歩日和。しかしシオンは、妙に浮かない表情をしていた。
「あるきにくい……」
ポツリとそう呟く。確かになぁと、ヤヨイは後ろから見ていてそう思った。
何故ならシオンは現在、両手をジーナとユリアの手で繋がれており、歩いているというよりは歩かされているという状態に等しかったからだ。
手を離そうとしても離してくれない。仮に離れても、即座に相手側が繋ぎ直してきてしまう。幼いシオンでも、こうなってしまった以上は、必然的に手を繋いでいる二人を優先したほうが良さそうだと思えてくる。
しかし双子姉妹――特に妹のユリア的には、シオンの楽しくなさそうな表情が不満で仕方がない様子であった。
「もう、なんでそんな顔するの? わたしたちみたいな美人とこーして手を繋げるなんてこーうんなのよ?」
「……だってあるきにくいもん」
「しんじられない。こうなったらこのお散歩で、わたしたちのことを夢中にさせてやるんだから」
「ふぇぇ~」
ゲンナリとしながらシオンは項垂れる。いつもだったら、周りに何かないかと観察しながら自由に歩いているのに――そんな不満で埋め尽くされていた。
確かにジーナもユリアも可愛いとは思っている。しかしそれは、自分の気持ちよりも優先させるほどではない。
チラリと、シオンは姉のほうを振り向く。
ねーちゃん助けて――そんな気持ちを込めた視線を向けていた。
しかし――
「……しばらく付き合ってあげなさい」
ヤヨイは苦笑気味にそう言うと、シオンはガーンとショックを受けたかのように表情を硬直させる。
無論、ヤヨイも弟を助けたい気持ちはある。というか、既に実行もした。
――そんなに引っ張らないの。無理やり歩かせるのは止めて。
ハッキリとそう言った。しかしここで、なんと大人しいジーナが、ヤヨイに向かって進言したのだ。
――わたしがぜんりょくでサポートしますから!
それを聞いた瞬間、ヤヨイはポカンと呆けてしまった。
同時に思った。表現こそ違えど、女としての押しの強さは似ていると。大人しくしているジーナなりに、男の子と仲良くしたいと思っているのだと。
(女の戦い……というほどでもないとは思いたいんだけどねぇ)
いずれにしても、ヤヨイにそれ以上の窘める言葉はかけられなかった。黙って保護者として三人の後ろを歩き、やり過ぎたら止める――それ以外のことはできなさそうだと思えてしまった。
(ゴメンねシオン。無力なおねーちゃんを許して)
心の中で謝罪するヤヨイ。勿論シオンには届いていなかったが。
(しっかし改めて見ると、本当にこの姉妹ってば外見はメッチャ似てるよね)
母親譲りの銀髪。サラサラな髪質も全く同じ。背丈や顔立ち、体型は勿論、声のトーンですらも瓜二つに思える。
本当に髪留めや服のリボンなどの違いがなければ、どっちがどっちかを見抜くのは極めて難しいほどであった。
「むーっ、やっぱりシオンってば面白くなさそうなカオしてるしー!」
ユリアが頬を膨らませながらシオンを睨みつける。それでいながら、繋いでいる手はしっかりと離さない。
「大体おかしいわよ。わたしたちと一緒にいる男子って、みんな照れたりするのがフツーなのに、どーしてシオンはそんなメンドくさそうなカオするワケ!?」
「……どーしてって言われても」
腰に手を当てながら、ユリアはプンスカと怒る。それに対してシオンは、どうして怒られているのかまるで理解していない。
ユリアがようやく手を放し、それに合わせてジーナも手を離し、ようやく自由になったシオンは、慌てて後ろにいる姉のほうに駆け寄った。
「おっと……」
抱き着いてきたシオンをヤヨイが受け止める。解放された勢いで思いっきり飛び込んできたため、少し後ろによろけそうになってしまった。
「よしよし」
どうやらすっかり怯えてしまったらしく、ギュッとしがみつくシオンの頭を、ヤヨイは優しく撫でる。
そしてチラリと双子姉妹を見ると、二人揃って――表情の差はあるが――不満そうな表情を浮かべていた。
「……ふぅん、そんなにわたしたちよりもおねーさんのほうがいいんだ?」
そういいながら頬を膨らませるユリア。こうして見ると、怒った顔もなかなかに可愛いとヤヨイは思う。
将来は二人とも、母親であるリュドミラのような美人になるに違いない。ユリアが自分たち姉妹の容姿に、自信を持つだけのことはある。
するとここで――
「ユリア、少し落ち着こうよ。シオンくん、妹が本当にゴメンね?」
ジーナが姉として、シオンに優しい声で語り掛ける。
心からの謝罪ではあるのだろうが、ヤヨイにはなんとなくそれが、計算のように思えてしまった。
大人しい性格ながらに、姉は姉なりに自分の容姿に自信があるのだろうか。
そんなことを考えていると、ユリアがジーナに突っかかる。
「あーっ、まーたアンタは、そーやっていい子ぶっちゃってーっ!」
「そ、そんなつもりないよぉ~」
妹に詰め寄られ、オドオドしてしまう姉。やはりこうして見ると、二人の性格は完全に正反対のようにしか見えない。
するとここで、シオンが意を決したような表情で前に出た。
「ケ、ケンカはやめてよっ!」
初めてシオンが力強く声を上げた。弟の珍しい行動に、ヤヨイは思わずポカンと呆けてしまっていた。
「えーと……ジーナもユリアにそんな強く言わないでっ!」
その瞬間、双子姉妹の表情が止まった。シオンが思いっきり姉と妹の名を逆に呼んでしまったからである。
「あっちゃー」
ヤヨイは空を仰いだ。流石にそれはマズイだろうと。
(まぁ、確かに出会ったばかりだし、殆ど瓜二つな双子ちゃんの見分けがつかないのは無理もないかもだけどさぁ)
しかし双子姉妹からすれば、そんな事情など知ったこっちゃなかった。
まさかこうも思いっきり間違われるとは思わなかった。
否、間違われたことは何度かある。しかしその度にすぐに気づき、慌てて訂正してくるのが基本だった。しかしシオンはきょとんと首をかしげるばかりで、自分のしでかしたことにまるで気づく様子がない。
こんな男の子は初めてであった。
故郷では、初対面でも少し話せば率先して仲良くなりたがる。それが双子姉妹から見る同年代の男の子の姿だ。
しかしシオンは違う。あくまで両親の友達の子供――それ以上でもそれ以下でもないという態度を崩そうとすらしていない。
有り体に言って、悔しかった。
ここで一発ギャフンと言わせたい――そんな気持ちが募った瞬間、ユリアはイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「ジーナ、アレをやるわよ!」
「え、やるの?」
「そーよ! わたしたちの名前を呼び間違えたシオンを試してやるんだから!」
そう言ってユリアは、強引にジーナを引っ張って茂みの奥に隠れる。そして数分が経過したところで二人が出てきた。
「お待たせ、シオン!」
「もー、いつもいつも強引なんだからぁ」
双子姉妹が話しかける。ただしその外見が変わっていた。
ジーナとユリアのリボンの色が入れ替わっている――ヤヨイにはそう見えた。二人の正反対な振る舞い方は変わっておらず、これじゃ丸わかりだと、ヤヨイは顔を背けならほくそ笑む。
きっと彼女たちはシオンをからかおうとしているのだろう。
シオンを試す――ユリアがそう豪語していたのだから、恐らくその一環だ。
とりあえず見守っておこう。やり過ぎになってきたら止めればいい――そう思いながらヤヨイは静観する。
果たして弟がどんな反応をするのか、ヤヨイは密かに楽しみにしていた。
すると――
「ユリア、元気なくなってるけど大丈夫?」
大人しいジーナと思われるほうに、シオンは迷わずそう話しかける。そして、活発なユリアだと思われるように向かって――
「ジーナも急に元気になったみたいだけど、どうしたの?」
首をコテンと傾げながら、シオンは尋ねた。
双子姉妹は再び表情を硬直させている。まるで、どうしてわかったんだと言わんばかりであった。
「ね、ねぇシオン? どういうこと?」
ヤヨイは全く意味が分からず、戸惑いながらシオンに尋ねる。するとシオンは、そんな姉の様子に疑問を抱きながらも答えた。
「どうって……ジーナが元気になって、ユリアの元気がなくなったんだよ?」
「……髪留めとかが入れ替わってるんじゃなくて?」
「うん。そっちは変わってないよ」
あっけらかんと頷くシオン。なんでそんなに不思議そうな顔してるの、と言わんばかりであった。
一方のジーナとユリアも、シオンの答えに揃って口をポカンと開けている。
そう――シオンの答えが大正解だった。
ジーナとユリアは、リボンなどのアクセサリーを入れ替えておらず、振る舞い方のみを入れ替えていたのだ。
しかし、アッサリと見抜いたシオンを、双子姉妹は信じられなかった。
母親のリュドミラにこそ通用しなかったが、他人が相手であれば、まず間違いなく欺ける。誰もがアクセサリーや服などで区別をつけていると思っているため、振る舞い方をそっくり入れ替えるという意識まではいかなかったのだ。
仮にそう思ったとしても、見破られたことはない。それぐらい、ジーナとユリアの性格の表現に対する入れ替わりは完璧だった。
しかし、シオンは見抜いた。それも考えるまでもなく完璧に。
「……負けたわ。もう降参よ」
大人しい振る舞いをしていたユリアが、深いため息をつきながら認める。そして明るい表情を出していたジーナも、元の落ち着いた様子に戻った。
「うわ……本当に喋り方や明るさだけ入れ替わってたんだ」
双子姉妹の変化に、ヤヨイは驚きを隠せない。まさか五歳の子供が、ここまで完璧な演技をするとは思わなかったのだ。
するとここで双子姉妹が、引き締めた表情を見合わせる。
「こうしちゃいられないわ! すぐにこのことをママに知らせるわよっ!」
「うん!」
そしてユリアとジーナは一緒に走り出し、来た道を戻っていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! シオン、行くよ!」
「う、うんっ」
そしてヤヨイとシオンも慌てて追いかける。双子姉妹は体力もあり、足もかなり速かったが、家に着く頃には無事に追いつくことができた。
ヤヨイは無理やり息を整えつつ、玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
そう言った瞬間、ジーナとユリアは一目散に中へ駆け込む。そしてそのまま親たちがいるリビングへと飛び込んでいくのだった。
「シオンくんすごいのよ! わたしたちの入れ替わりを全部見抜いちゃうの!」
「うん。ホントに分かっちゃうの」
◇ ◇ ◇
あまりにも興奮している双子姉妹では、理解できる説明は不可能だった。
リュドミラが姉妹を落ち着かせた隙をつく形で、ヤヨイが散歩中に起こった出来事を最初から説明していく。
その際に、ジーナとユリアの入れ替わりについても実演された。
まるでスイッチのオンオフの如く、一瞬でパチッと振る舞い方が切り替わるそのすごさに対し、ミナヅキとアヤメは驚きを隠せなかった。
「――なるほどねぇ、そーゆーことがあったのか」
ミナヅキが腕を組みながら頷く。
「それにしても凄いもんだな。こうも見事に切り替えられるとは驚いたよ」
「ホントよね」
ミナヅキとアヤメがしみじみと話す目の前では、リュドミラが少し恥ずかしそうに頭を抱えていた。
「全く……どこでそんな芸当を身に付けちゃったのかしらねぇ……」
親の与り知らぬところで、子供は様々なテクニックを身に付ける――双子姉妹の入れ替わりもまさにその一つと言えるだろう。
そんな中、ジーナとユリアは、身に付けているリボンや髪留めを全て外し、シオンの前に立ち並んだ。
それは完全に瓜二つであり、少なくともアヤメには見分けがつかない。
『さぁシオンくん、どっちがどっちでしょう?』
二人で声を合わせて問いかける。これなら分からないだろうと、二人とも得意げな笑顔を浮かべていた。
「うーんとね」
それに対してシオンは数秒ほど見つめ――
「こっちがジーナで、こっちがユリアだね」
『――っ!!』
アッサリと見抜いてしまった。双子姉妹の反応からして、大正解であることが見て取れる。
これにはミナヅキとアヤメは勿論のこと、リュドミラも驚いていた。
そしてヤヨイも呆気に取られており、なんとか喉の奥から言葉を絞り出して、弟に尋ねてみた。
「ね、ねぇシオン? アンタ、どうしてそんなすぐに分かるのよ?」
「んー? だって同じじゃん」
「同じって何が?」
「光」
ヒカリ――確かにシオンはそう言った。改めてヤヨイが双子姉妹を見る。しかし至って普通の状態であり、光というのがいまいちよく分からない。
悩ましげな表情を浮かべている姉に、シオンは首を傾げながら言った。
「ねーちゃん見えてないの? ジーナとユリアには光が浮かんでるよ? 色は全然違うけど」
「――浮かんでる?」
ヤヨイは再度、双子姉妹のほうを見る。しかしその光らしきモノは、どこにも浮かんでいるようには見えなかった。
悩ましげな表情を浮かべつつ、ヤヨイはシオンに尋ねる。
「その光って、あたしにもあるの?」
「ううん。ねーちゃんには浮かんでないよ。おとーさんもね。でも、おかーさんにはちゃんと光が浮かんでるんだ。なんでだろ?」
シオンもコテンと首を傾げる。突拍子もない言葉に聞こえなくもないが、ウソを言っているようにも感じられなかった。
するとここで、リュドミラがある可能性に辿りつく。
「恐らく……魔力ね」
「魔力?」
アヤメが尋ねると、リュドミラはコクリと頷いた。
「前に旦那から聞いたんだけど、人が持つ魔力もそれぞれ違うらしいのよ。個性が一人一人違うみたいにね。恐らくシオン君には、それが色分けされて見えているのかもしれないわ」
「そっか。俺やヤヨイには、色が浮かんでないって言ってたもんな」
ミナヅキもヤヨイも魔力を持たない。しかしアヤメは魔力を持っている。その違いが表れているのだとすれば、十分に辻褄は合うと言えた。
「けど、もし本当にそうなら凄いと思うわよ? 魔力そのものを読み取る力があるかもしれないってことだもの」
「確かにね……魔力持ちの中でも、そういった人は少ないって聞いたことあるし」
リュドミラの言葉にアヤメも神妙な表情で頷いた。
「シオンに魔力があることは確認済みだけど、魔法の技を放つのは、どうにも苦手っぽいのよね。ただ、魔力そのものを見ることはすんなりできてたんだけど」
「きっとシオン君の場合は、魔力の流れを読み取る才能に長けているのかもしれないわね。冒険者というよりも研究者向けってところかな?」
リュドミラも魔法学院に勤めていて、そういった学生を見たことがあった。
戦いには不向きな魔法の才能を、研究者向けとして開花させ、魔法研究職への道を歩き出していく。決して目立つことはないが、学院側としては歓迎されることも多いのだった。
現にリュドミラの旦那もその一人である。
学生時代は魔力を戦いに活かす才能がないということで、周囲からバカにされてきていた。しかし今では教授として、魔法研究の功績を多く残している。戦いだけが魔法ではない――その言葉を強く胸に抱いている一人でもあるのだ。
「シオン君、将来は魔法学院への入学を考えてもいいんじゃない?」
リュドミラがそう提案してきた。
「メドヴィー魔法学院は、魔法研究者を目指す子供もたくさん入学しているの。ここ何年かで学院の制度も変更されていてね。魔力を持っていれば、十三歳から誰でも受験できるようになっているわ」
「それ、いいね!」
「うん!」
その言葉に対して、シオンより先に双子姉妹のほうが強く反応する。
「一緒に魔法の勉強ができるなんてたのしみだよー♪」
「シオンくん、いつかわたしたちと、一緒に魔法学院にいこうね」
ユリアが万歳して喜び、ジーナがシオンの手を取りながら優しく笑う。一方のシオンは話の展開について行けず、戸惑いながら両親のほうを見る。
するとミナヅキもアヤメも、優しい笑みを浮かべていた。
「もしシオンが行きたいなら、父さんたちも喜んで応援するよ」
「どっちにしても、すぐの話じゃないから。これからじっくり考えてみなさい」
あくまで決断は子供本人にさせる。親が子供の人生を勝手に決めるようなマネは絶対にしない。それがミナヅキとアヤメのスタンスであった。
その考えはリュドミラにも伝わっており、同じ親として賛成ではあった。
魔法学院講師として、才能ある子供をキープしたいという気持ちも、少なからず存在していたが、それはリュドミラの中での秘密であった。
(シオンが魔法研究者か……なんかピッタリな気がする)
双子姉妹に言い寄られて、困った表情を浮かべる弟を見ながら、ヤヨイはクスッと小さく笑った。
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