第十八話 緊急クエスト



「そう、ジョセフさんがねぇ……」


 ミナヅキから粗方話を聞いたアヤメは、重々しい表情で相槌を打つ。


「言っちゃあなんだけど、世間って狭いわよね」

「……だよなぁ。こうも俺たちの知り合いが関わってるって、立て続けに言われちまうとな」


 向かい合わせに座るミナヅキも、空を仰ぎながら深いため息をついた。

 彼らがいるのは、ギルドの奥にある会議室。二人だけの空間は静かであり、その空気はなんとも重々しいモノであった。

 ジョセフが裏に潜んでいると教えられたその直後、アヤメたちがギルドに戻ってきたという知らせが入った。アヤメには自分から話してもいいか――ミナヅキがそう願い出ると、ソウイチもフィリーネも、それが良いと快く承諾したのだった。

 ソウイチの計らいで空いている会議室を貸してもらい、情報交換も兼ねて話したことや知っていることをそれぞれ明かした。

 そして達した結論は――


「ヴァネッサさんが呪いの剣に関わっている、か……そしてマーカスも一緒、そしてその裏にはジョセフさんねぇ。まだ推測の域は出てないんでしょ?」

「出てはいないが、どうにも的外れとも思えないんだよなぁ」


 ミナヅキは改めて自分の中で、これまでの考えをまとめてみる。


(もしも、ラトヴィッジを死に追いやったのが、ジョセフだとしたら……)


 数ヶ月前、マーカスとの一件の起こる数日前にラトヴィッジが失踪。しかしそれはジョセフが仕掛けたことだった。後にジョセフは家を追われたマーカスを自分の味方に引き入れ、ラトヴィッジが遺体で発見されたというニュースが流れる。

 そして数ヶ月が経過した現在、今度はヴァネッサをマーカス経由で引き入れ、何かとんでもないことをしでかそうとしている。

 ここ何日も素材集めで留守にしているが、それは表向き。裏で呪いの剣かそれに準ずる何かに手を伸ばしている。恐らく闇で暮らす誰かともつるんでいる可能性が非常に高い。


(……時間的に不自然な点は特になさそうだし、辻褄も合う。やっぱりジョセフの黒幕説は濃厚ってことなんかなぁ?)


 協力者がいれば尚更あり得る。それでもどこか違う点はないかと、ミナヅキはつい考えてしまう。やはり友を疑うことはしたくないのだ。


「間違いであってほしい……そう思ってるのね?」


 アヤメに問いかけられてミナヅキは我に返る。覗き込んでくる彼女の表情は、まるで全てを見透かしているかのようだった。


「まぁ、な」


 思わずミナヅキは認めた。強がって否定することもできたハズだが、何故かそれができなかった。

 誤魔化しは効かないと思ったのか、それとも自分の意志でそうしたくないと思ったのか。それはミナヅキ自身にもよく分かっていない。


「アンタ昨日、私にこう言ったわよね?」


 ――綺麗に見える人間も、大抵腹の中に黒い何かを抱えてるもんさ。

 その言葉をそっくりそのまま返されたミナヅキは、思わず言葉を失ってしまう。


「きっとジョセフも、お腹の中に黒い何かを抱えてたんじゃないかしら?」

「そうか……そうだったんかな?」

「さぁね。あくまで私が個人的にそう思ってるだけよ」


 サラリとアヤメは言い放つ。あくまで他人事に過ぎない。そう言っているようにミナヅキは聞こえた。

 もっともそのとおりでもあるため、言及するつもりもなかったが。


「お前はどうなんだ?」

「心配だわ」


 ミナヅキの問いかけにアヤメは即答する。


「もしこの話が本当だとしたら、とても心配だわ。マーカスはともかく、ヴァネッサさんの身が危ないということだもの」


 とてもまっすぐな目で、これまた真っ正直な気持ちをアヤメは解き放つ。その清々しさに、思わずミナヅキは呆気に取られてしまっていた。

 そんな彼の様子に構うこともなく、アヤメは拳を強く握り締める。


「色々と手遅れかもしれないけど、立ち止まってもいられないわ。私は私でやれることをするだけよ!」


 アヤメの決意は固い。ミナヅキはそう思った。同時に自分の妻の強さについて、改めて気づかされた気もした。


(そうだな……俺もここで悩んでる場合じゃないか)


 腹を括ろうとミナヅキは思う。たとえどんな真相が待っていようと、それが現実である以上、真正面から受け止めるしかないと。

 アヤメの強い姿に励まされたミナヅキは、ようやく小さな笑みを浮かべた。

 するとどこからか、ガヤガヤとたくさんの人の声が聞こえてくる。


「なんか騒がしくないか?」

「そうね。ロビーのほうに行ってみましょう」


 二人は立ち上がり、会議室を出てギルドのロビーにやってくる。するとそこは、たくさんの冒険者たちで溢れかえっていた。

 どう考えても普通じゃない。一体何があったというのか。

 そんな疑問が頭の中を流れるミナヅキたちの元に、一足先に来ていたデュークが気づいて歩いてくる。


「よぉ、お前らも参加するのか。こりゃ心強いな。期待させてもらうぜ」


 ウィンクしながらニカッと笑うデュークであったが、如何せんミナヅキもアヤメも事態が掴めていなかった。


「……スマン、俺たちずっと奥にいて、話が全く見えてないんだけど」

「なんだ。ギルマスからの知らせを受けて来たんじゃないのか」


 デュークがポカンとした様子でそう言った。

 ギルドからではなく、ギルドマスターが直々に通達――となれば、それなりに大きな出来事なのだろうとミナヅキは思う。

 その予測は、次のデュークの一言で決定的なモノとなるのだった。


「緊急クエストが発令されたんだよ。魔物の大群が王都に迫っているらしい」



 ◇ ◇ ◇



 東に生息する魔物たちに異変が起きた。禍々しい魔力によって狂暴性が増し、集団となって王都へ向かって一直線に進んできている。冒険者ギルドは早急に勢力を整え、平原へと繰り出し、これを阻止すること。

 これが王宮からギルドマスターに通達された指令であった。

 掲示板に張り出された知らせを読みながら、ミナヅキがはたと気づく。


「そう言えば俺、緊急クエストに出くわすの初めてかもな」

「へぇ、そうだったんだ」


 アヤメは物珍しそうに相槌を打ちつつ、後ろに集まっている冒険者たちを見る。


(皆揃って気合い入ってるわね。このお知らせだけ見たら、王宮がギルドに丸投げしてるようにも思えるけど、まぁそこはツッコむだけ野暮ってモノかしらね)


 指摘したところで、だから何だと言われて終わり。アヤメはそう思い、心の中の言葉に留めておくこととした。


「よぉ、アヤメの嬢ちゃん」


 声をかけられてアヤメが振り向くと、ツナギ姿のガルトが大股で歩いてきた。


「ガルトさん、あなたも参加するんですか?」

「裏方のほうでな。ちょいとお前さんに渡したいもんがあってよ」


 ガルトがアヤメたちを連れてギルドの隅へと向かい、そこで布にくるまれた武器を披露する。


「へぇ、見事な短剣だな」


 ミナヅキが率直な感想を述べると、ガルトが満足そうに笑みを浮かべた。


「丹精込めて腕を振るわせてもらったぜ。初陣がてら使ってやってくれ」


 アヤメは短剣を手に取った。柄を握り締めたその瞬間、自身の魔力に剣が反応を示した気がした。

 まるで魔力と短剣が惹かれ合うかのように、手にしっくりくる感じがする。そう思いながらアヤメは笑顔を向けた。


「ありがとうございます。これで思いっきり戦えます!」

「おうよ。お前さんの活躍を期待しているぜ」


 ガルトはニッと笑い、そして用は済んだと言わんばかりに立ち去った。

 目を輝かせながらワクワクした様子で短剣を眺めるアヤメに、ミナヅキは子供を見る親のような表情を浮かべる。

 改めて周囲を見渡すと、更に人が集まっており、ロビーは活気づいていた。

 デュークのパーティメンバー全員が揃い、それぞれがやる気に満ちた表情で話している。王宮騎士も何名か駆けつけ、ニーナと打ち合わせをしていた。

 そして――


「ミナヅキ」


 同じく駆けつけてきたケニーが、片手を挙げながら歩いてきた。


「ケニー、お前もこの緊急クエストに?」

「あぁ。やっとの思いで調べ物が終わったら、今度は実戦に参加しろってな」

「……調べ物?」


 ミナヅキが尋ねると、ケニーはゲンナリとした表情を浮かべる。


「ちょっとまぁ、色々あってな」

「ケニー、何やってんだ? 打合せするぞ!」

「あ、はい!」


 ダンに呼ばれたケニーは返事をし、踵を返しながら振り向く。


「それじゃあミナヅキ、またな」


 そしてケニーは、駆け足でダンたち王宮騎士の元へ向かっていった。


「アイツも忙しいんだな」

「すぐにミナヅキも同じようになるんじゃない? ほら……」


 アヤメが促したその先には、工房の生産職の人々が集まっていた。


「あの人たちも、緊急クエストにサポーターとして参加するらしいわよ」

「そっか」


 確かにそれならば、自分にも出番が来るかもしれない。

 ミナヅキがそう思った時――ギルドの扉が開いた。


「ほら、早くしなさいって!」

「ま、待ってよぉ」


 入ってきたのはリゼッタであった。しかも見知らぬ美少女を連れて。

 歳で言えば、ミナヅキやアヤメと同じくらいだろうか。サラサラな群青色の髪の毛に抜群のスタイル。服装も体の凹凸部分を強調させるモノであり、恐らくリゼッタが特別に仕立てたのだろうとミナヅキは予測する。

 突然の登場に、周囲は騒然とし始めた。


「なぁ、あれって誰だ?」

「リゼッタと一緒にいるんだから、生産職の誰かじゃねぇの?」

「いやいや、あんな美人は見たこともないし」


 その場にいる冒険者は皆、戸惑いの表情を浮かべ、ザワつき出す。それはミナヅキたちも、同じ気持ちではあった。

 すると――


「やぁ、リゼッタ君。そちらの麗しきお嬢さんはどなたかな? 良ければ俺と話をさせてもらえればと思うんだが……」


 キリッとした笑顔で、白い歯をキランと光らせながらデュークが声をかけた。彼のパーティメンバーも彼が移動したことに気づかなかったらしく、いつの間にと言わんばかりに驚愕している。


「こうして近くで見ると、本当に可愛らしいと言うよりも美しさが――」

「い、いやっ! 近づかないでっ!」

「…………」


 全力で美少女に拒否されたデュークは、そのままピシッと笑顔のまま固まった。

 なんとも言えぬいたたまれなさが空気として漂う。周囲もお気の毒にと言わんばかりの悲壮な表情を浮かべていた。ざまぁみろという気持ちは、もはや通り越してしまったらしい。

 流石のリゼッタもそれを察したらしく、戸惑いながらも笑顔を取り繕う。


「あー、デューク? ナンパしたい気持ちは分からなくもないけど、今はちょっと控えておいてもらえると助かるかな」

「あ、あぁ、済まない」


 力のない声で謝罪するデュークに、リゼッタは大きく頷く。


「分かればよろしい……っと、いたいた!」


 リゼッタがミナヅキたちの存在に気づき、その美少女とともに歩いてくる。そしてミナヅキの前に、恥ずかしがる美少女を突きつけたのだった。


「むふふ~♪ どうだいミナヅキ君? この子の華麗なる変身っぷりは?」

「はぁ?」


 含み笑いとともにそう申し出てくるリゼッタに、ミナヅキはワケが分からず首をかしげる。

 どうやら彼女は知っている人物のようだ――そう思いながら、ミナヅキは改めて美少女の姿を見る。


「うーん、髪の毛の色だけ見れば、ベアトリスぐらいしか思い浮かばんが……」

「お、よく分かったね」

「あぁなんだ、そうだったのか……えっ?」


 ミナヅキは一瞬だけ硬直し、その美少女を見る。明らかに自分の知っている顔ではなかったのだが――


「……マジで?」


 引きつった表情でミナヅキが問いかけると、美少女はコクリと頷く。この美少女が本当にベアトリスなのだと、正式に発覚したその瞬間――


『えええええぇぇぇぇーーーーっ!?』


 ギルドのロビー内に、建物全体を揺るがすほどの叫び声が轟いた。


「ウソだろ!? ベアトリスって、あのベアトリス!?」

「確かソイツって、いっつも怪しい爆弾みたいなの作ってるヤツだったよな?」

「俺、フード被ってるとこしか見たことねぇし。あんなに可愛かったのか」

「ありえないありえなーい! あんなにサラサラな髪の毛してるだなんて聞いたことないわよ!」

「確かリゼッタちゃん、変身とか言ってたわよね?」

「ってことは何? 錬金術の失敗か何かで奇跡的な整形を遂げたとでも!?」


 周囲の者たちが次々と驚きの感想を口に出す。最後に放たれた言葉が妙に気になったミナヅキは、思わずベアトリスに問いかけてみた。


「本当に奇跡が起きたのか?」

「ち、違うに決まってるでしょ! お風呂に入って着替えただけっ!」

「……そうなのか?」


 今のミナヅキの問いかけには、たったそれだけでそこまで変われるのか――という意味も含まれていた。それを察したベアトリスは憤慨する。


「なんで信じないんだよぅ! 所詮アタシは真っ黒けになりながら爆発させる天才でしかないってか!」

「あー、その言い方はなんかベアトリスっぽいな」

「ぽいも何も本物だっつーの!」

「分かった分かった。俺が悪かったよ」


 癇癪を起こすベアトリスをミナヅキが宥める。その姿を見ながらアヤメは、この人がそうなのかと頷いていた。

 リゼッタから話に聞いたことがあった。腕は確かだが、女性としては色々と残念すぎる錬金術師がいると。ちゃんと入浴して着替えれば美人なのにと、嘆いていたのを思い出す。


(あれ、どう見てもすっぴんよね? 本当にお風呂に入っただけ? それであんな綺麗になるって何なのかしら?)


 同じ女性として、色々と疑問に思えてならない。あとで少し――否、念入りに問いただしたい気分に駆られた。

 そこに――


「すみませんミナヅキさん、ちょっとよろしいでしょうか?」


 ニーナが後ろから歩いてきて声をかけた。


「ギルドマスターがお呼びです。執務室まですぐに来てほしいと」

「はい、分かりました」


 そしてミナヅキは、ちょっと行ってくるとアヤメに言い残して、ニーナとともにそそくさとギルドの奥へと消えていった。

 その姿を見送ったところで、アヤメがベアトリスに話しかける。


「ベアトリスさんね? 初めまして、アヤメと申します」

「え? はっ、こ、これはご丁寧にどうも! ミナヅキの奥さんとのことで、お話は聞いておりますですぅ!」

「そんなにかしこまらないで。こちらこそ挨拶が遅れて申し訳なかったわ」

「いえいえ、そんな……」


 慌てながらお辞儀をするベアトリスに、アヤメは気さくに接した。

 そして次の瞬間――アヤメはもの言いたげな目を向ける。


「ところでベアトリスさん、ちょっと肌の様子を確かめさせてくれるかしら?」

「……はい?」


 ベアトリスが目を見開きながら、やや裏返った声で問い返すと、アヤメが更に顔を近づけてきた。笑顔でありつつも完全に笑っていない目で。


「お風呂に入るだけで、そこまで綺麗なお肌になれる秘密が知りたいのよ。それともアレかしら、お風呂に特殊な入浴剤か何かを使ったとか?」

「いえ、そのにゅーよくざいとやらは知りませんが、フツーのお風呂ですよ?」

「……やっぱりその肌を、徹底的に確かめる必要がありそうね」


 言い終えるや否や、アヤメがベアトリスの両頬を狙って両手を伸ばす。逃げようとするベアトリスだったが、後ろから羽交い絞めにされてしまった。


「諦めなよベアトリスちゃん。大丈夫、このリゼッタさんが支えてるからさ♪」

「ふえぇっ! な、なんかちょっと二人とも怖いぃーっ!?」


 ベアトリスは涙目で抗議するが、アヤメもリゼッタも全く聞く耳を持たない。なんだかんだでリゼッタも、手入れなしで綺麗な肌を披露する秘密が知りたくて仕方がないのだった。

 ちなみにそんな彼女たちの様子は、周囲からも注目の的であった。

 受付嬢たちも完全に打ち合わせを邪魔される形となったが、特に誰も叱ったりツッコミを入れたりしていない。むしろ訝しげな表情を取り繕いつつも、しっかりと聞き耳を立てている。

 やはり女性として止める理由が、全くないからだろうか。

 一応、緊急事態を迎えている場面ではあるのだが、女性たちの気迫が凄く、男性陣はそそくさと距離を置きつつ、打ち合わせを進める場面が見られた。

 早い話が『見なかったことにしよう』という暗黙の了解である。


「に……にゃあああぁぁーーーっ!?」


 ベアトリスの叫び声がギルドのロビーに広がる。しかしそれを止められる者は、誰もいなかった。

 ――ミナヅキが都合により、緊急クエストに参加しないとの旨がニーナから伝えられるのは、それから数分後の話であった。



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