第十七話 ギルドマスターの部屋にて



 翌日、ミナヅキはソウイチからの呼び出しを受け、フレッド王都のギルドに顔を出していた。

 ニーナに応接室へ案内されると、何故かソウイチの姿が見えない。その代わりと言わんばかりに、フィリーネが来客用のソファーに座っていた。


「遅かったのう。先にクッキーを食べてしまったぞ」

「……見事にないな。まぁ別に良いけど」


 なんの悪びれもなく言い放つフィリーネに、ミナヅキは苦笑しながら彼女の前に座った。そして主のいない机に視線を向けながら尋ねる。


「ソウイチさんは?」

「ギルドマスターなら、急用が入って席を外されています。お二人で先に、話を始めておいて欲しいとのことでした」


 紅茶の準備をしながらニーナが答える。するとフィリーネが、ナプキンで口元を拭きながら尋ねてきた。


「アヤメは一緒ではないのか?」

「ヴァネッサを探しに走り回ってるよ。どうしても会って話がしたいんだとさ」


 ミナヅキが答えたところに、ニーナが紅茶を淹れたカップを運んでくる。


「それでデュークさんたちも動いてたんですね」

「あぁ。俺が調合した上質ポーション十個で、なんとか引き受けてくれたよ」


 淡々と答えるミナヅキに対し、ニーナは一瞬動きを止め、笑顔を固くする。


「……それ、傍から見れば、凄い代金も同然ですからね?」

「俺からしてみりゃ、どうってことはないさ」

「ホッホッホ、流石は我が親友じゃの♪ ぬけぬけと言いおったわい」


 あっけらかんとした様子で言うミナヅキに、フィリーネが愉快そうに笑った。


「まぁ、それはともかく……」


 そしてすぐさま神妙な表情に切り替え、ニーナのほうを見上げる。


「済まんがニーナよ。少し下がっておいてくれぬか。大事な話なのでな」

「はい、かしこまりました。何かあったらお呼びください」


 ニーナは丁寧にお辞儀をして部屋を去る。扉が閉まり、足音が遠ざかるのを確認したところで、フィリーネが改めて話を切り出した。


「ヴァネッサの件、妾も少し気になっておってな。どうにもきな臭さを感じてならんのじゃよ」


 フィリーネが重々しいため息をつく。


「先日、ヴァネッサがクエストに失敗して帰ってきたことに対し、王宮の重鎮たちが大層憤慨しておった」

「俺も聞いたよ。それでヴァネッサを切り捨てたんだろ?」

「うむ。しかしどうにも不自然じゃった。まるでそれぞれが口裏を合わせているかのようにな」


 フィリーネの言葉に、ミナヅキは顔をしかめる。


「……嫌な予感しかしないな」

「恐らく大当たりじゃよ。ヤツらがヴァネッサを都合よく利用していた。そう思えば辻褄の合うことも、色々と出てきてしまう」


 だろうな、とミナヅキは心の中で思った。

 あちこちで飛び交うウワサを耳にしているうちに、考えていたことだった。ヴァネッサの評価は本当に正当なモノだったのかと。

 少なくともミナヅキから見れば、冒険者としての腕前はデュークのほうが上だ。彼が組んでいるパーティメンバーも実力揃いであり、それぞれがギルドでも頼りにされているほどである。

 しかしそれでも、王宮からの評価はまだそれほどでもない。あれほど活躍しているのにと、冒険者の間で疑問に思う者も少なくない。

 だがこれは、良くも悪くも普通のことである。

 王宮の連中はエリート揃いなのだ。たとえどんなに功績を残しても、生まれた家柄で判断する者が多い。たとえどんなに凄腕だろうと、大した家柄の出身でないと判断した瞬間、爪弾きにしてしまうのだ。

 酷い話と思いがちだが、如何せんこの世界ではそういうモノなのだ。

 ミナヅキもそう割り切って過ごしており、そこはアヤメにも説明し、理解を得ているところではある。


「ヴァネッサって、実は王族や貴族の生まれだったのか?」

「ないな。妾も気になって調べてみたことはあるが、田舎町の平民じゃったよ。とても貴族や王宮が注目する存在とは思えん」

「剣の腕は確かだったよな?」

「それだけはな。人間関係や協調性においては、むしろ問題視されておる。お主も耳にしたことぐらいはあるだろう?」

「まぁ、それなりに」


 ミナヅキは頷きつつ思う。だとすれば余計に、ヴァネッサが評価されるような存在とは思えないと。


「それなのに、アイツは王宮や貴族の一部から評価されていた」

「妾や父上は渋ったがな。どういうワケか重鎮たちが必死に説得してきた故、仕方なく様子見がてら受けたのじゃ」

「で、今回ヴァネッサが失敗した瞬間、見事な手のひら返しを見せたと?」

「そういうことになる」


 その瞬間、淡々とやり取りをしていたミナヅキの表情が、ピシッと止まる。


「……もうこれ、考えるまでもなくね?」

「ミナヅキもそう思うか」


 顔をしかめるミナヅキに、フィリーネも気持ちは分かるとため息をつく。


「まだあくまで推測の域を出てはいないが……ヴァネッサが評価に値するような存在ではないことを知りつつ、始めから切り捨てることを予定した上で、ヤツを利用しておったのだろう」

「ヴァネッサが失敗することも、想定内だったんだろうな」

「ある意味予想外ではあっただろう。それほど仕組むこともなく、ここまで上手くいってしまったのだからな。何故か数人ほどの重鎮たちが気分良さげに笑いまくっていたのも、恐らくそのせいかもしれん」


 笑いたくなる気持ちはミナヅキも分かる気がした。しかしそれでも、もはや隠す気ゼロにしか思えない振る舞いは、流石に疑問に思えてしまう。


「その重鎮たち、もうシッポを出してるも同然じゃないのか?」

「妾もそうは思うが……如何せん確証がなくてな」

「そこらへんは上手く渡り歩いてるってか」

「曲がりなりにも、王宮で立場を得ている者たちじゃ。七光りが全くいないワケでもないが、立ち振る舞いを心得ていないほどのバカはおらん」


 むしろそこらへんはしっかりしてるんだな、とミナヅキは言いかけたが、流石に話がズレすぎると思い、飲みこんだ。


「ちなみにギルドでも大きな評価をされていたのは、王宮からソウイチに口利きをしておったからなのじゃ」

「口利きねぇ……実質、命令みたいなもんだろ」


 呆れ果てた表情で言うミナヅキに、フィリーネも返す言葉がないと言わんばかりに苦笑する。


「ソウイチもギルドマスターという立場上、従うほかなかった。言わばお主たち冒険者の皆を守ったとも言える。妾が偉そうに言えたセリフではないが、そこだけは分かってやってほしい」

「あぁ」


 軽く頷きながらも、立場を持つって色々と大変なのだと、ミナヅキは思った。きっと目の前にいる王女様も、より例外ではないのだろうということも含めて。


「とにかく今は、ヴァネッサが無事に見つかることを祈るばかりじゃ。同じ冒険者の中で、ようやく真正面から話を聞こうとする者が現れたからの」


 どこか嬉しそうに言いつつ、フィリーネは紅茶を飲み干す。そこにノックをすることもなく扉が開いた。


「やぁどうも。留守にしてしまって、申し訳なかったですね」


 入ってきたのは部屋の主でギルドマスターことソウイチであった。フィリーネは眉をピクッと動かしながらソウイチを見上げる。


「お主……自分の部屋とはいえ、妾たちがいるのだぞ? ノックの一つくらいしたらどうなのじゃ?」

「申し訳ございません。新たなる厄介なタネが発生したことが発覚しまして、早急にお伝えしなければと急いでおりました」

「……厄介なタネ、じゃと?」


 フィリーネの目がキランと光り、ソウイチの持つ資料に視線を向ける。


「ソウイチ、その資料をよこせ。妾たちが目を通している間に、お前は熱い緑茶を淹れろ。ついでに茶菓子もセットでな」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 まるで喫茶店のウェイターの如く、爽やかにお辞儀をして資料を置き、ソウイチは茶の準備を始める。

 一方フィリーネは黙々と資料を読んではいるが、その表情はどこかワクワクしているようにミナヅキは見えた。


「……フィリーネ。お前本当は、熱い緑茶が飲みたかっただけじゃないのか?」

「また失敬なことを言うヤツじゃな……否定はせんが」

「否定はしないんかい」


 軽くツッコミを入れながらも、なんだかんだでこのお姫様もブレないよなと、ミナヅキは思うのだった。



 ◇ ◇ ◇



「ん~♪ このヨウカンなる菓子は、やはりクッキーとは違う美味さじゃのぉ♪」


 幸せそうな表情でフィリーネが口をモグモグと動かしていた。

 三人分の緑茶と羊羹が行き渡っている中、既にフィリーネの分だけがお代わりされている。もう二回か三回は新しい羊羹を出す必要があるかもしれないと、ソウイチはなんとなく思っていた。


「ソウイチよ。始めてくれ。妾のことは気にしなくてよいぞ」

「分かりました」


 羊羹に夢中なまま言うフィリーネに、ソウイチは頷く。そんな二人をミナヅキが呆れた様子で見ていたが、もはやツッコミを入れる気は起きなかった。


「で? なんかまた厄介なことが起こったって?」

「そうなんだ。この資料を見てくれ」


 ようやくミナヅキにも資料が渡される。ずっとフィリーネが独占しており、なおかつ特に自分には関係ないかと思い、気にしていなかったのだ。

 関係ないなら部屋を出ていこうとも思っていたのだが、ミナヅキにもいてほしいとフィリーネやソウイチに言われたため、こうして居座っているのだった。


(俺が把握したところで、何かの役に立つとも思えんのだが……)


 疑問が拭えぬまま、ミナヅキは受け取った資料を見る。そこには、とある剣についての情報が書かれていた。


「……封印の剣?」

「あぁ。正確には呪いという言葉がつく。この世界に眠る伝説の武器の一つだ」


 ソウイチの言葉には、ミナヅキも聞き覚えがあった。この世界にはいくつかの伝説が残されており、伝説の剣がその代表例として広まっていた。


「聞いたことはあるけど、よりにもよって呪われてんのかよ」

「そこについてはあまり広まってはおらんな。巷では意図的に呪いの部分を取り除いて広めているとも言われている」

「いや、それ普通にダメだろ。ウソを教えてるってことになるじゃんか」


 ミナヅキがため息交じりにそう言うと、フィリーネが羊羹を飲み込み、緑茶の注がれた湯呑みを手に取る。


「世の中、そうも言ってられん環境もあるのじゃよ。それに今は、伝説の広まり方についてはどうでも良いのではないか?」

「えぇ、確かに今は、そこが本題ではありませんね」

「……そりゃすんません。先を進めてください」


 フィリーネとソウイチの言葉が正論だと判断したミナヅキは、バツの悪そうな表情で潔く負けを認めた。

 ソウイチも小さな笑みを浮かべつつ、改めて資料を見ながら語り出す。


「伝説の呪いの剣は、世界のとある場所に封印されていた。しかし最近になって、その封印が解かれたとの情報が入ったのだ」

「つまり誰かが、その呪いの剣とやらを持っておると言うことかの?」

「そのとおりです」


 フィリーネの問いかけにソウイチが頷く。


「そして昨夜、この近辺で禍々しい魔力が感知されたそうです。その魔力の気配はすぐに消えたらしいのですが、その近辺をうろついていた者が二名ほど――」


 ソウイチが似顔絵の書かれた紙をミナヅキたちのテーブルに置く。


「これ……ヴァネッサとマーカスじゃないか!」

「見間違いとかではないのだな?」


 ここ数ヶ月の間、何かと話題になった二人だけに、ミナヅキもフィリーネも驚きを隠せない。

 ソウイチも同じ気持ちらしく、フィリーネの問いかけに重々しく頷いた。


「偵察隊がその目でハッキリと見た顔を描いておりますから。ギルドマスターとして保証します」


 つまり紛れもない本人だということだ。よりにもよって、アヤメの探している相手が、こんなよろしくない状況に陥っているとは。

 そんなことを考えつつ、ミナヅキは呪いの剣の資料を眺める。


(呪いの剣――手に取った者は、たちまち闇の魔力に憑りつかれ、残酷な悪魔へと化す、か)


 剣の能力についての簡単な説明書きであった。まさにシンプルで分かりやすい呪いだとミナヅキは思う。

 ――その瞬間、とある考えがミナヅキの頭を過ぎった。


「もしかして……誰かがマーカスかヴァネッサに、この呪いの剣とやらを持たせようとしてるんじゃ?」


 無意識に呟かれた言葉は、フィリーネとソウイチにも聞こえていた。


「その可能性はあるな。二人揃って剣に執着していた。いや……剣の適性の良さにと言うべきか」

「どちらでも構わん。早いところ探し出さねば大変なことになりかねんぞ。アヤメたちにも、このことを伝えておいたほうが良かろう」

「はい。早急に彼女たちを呼び出し、私から直接話します」


 ソウイチが頷きながら答えた。その直後、ミナヅキに神妙な表情を向ける。


「それからミナヅキ。私がお前に一番言いたかったことがある。それがこれだ」


 一枚の用紙がミナヅキの前に置かれる。そこに描かれていた顔を見て、ミナヅキは目を丸くした。


「この顔に見覚えはあるな?」

「あるけど、何だってコイツが……まさか!?」


 わざわざこのタイミングで見せてくる理由は限られる。そんな悪い予感を覚えたミナヅキが声を上げると、ソウイチは重々しく頷きながら言った。


「調査の結果、彼が――ジョセフが怪しい動きをしている可能性が出てきた」


 ミナヅキの表情が止まる。頼むから間違いであってほしい――そんな願いが一瞬にして吹き飛ばされた気分となった。



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