第五話 生産職たちの戦い
「そ、そんなっ! こないだと話が全然違うじゃないですか!」
生産職の青年ジョセフが、血相を変えて叫ぶ。そんな彼に対し、豪華な装飾を施した鎧と剣を装備した金髪の青年マーカスが、ニヤニヤと見下さんばかりの笑みを浮かべていた。
「ハハッ、まるでやかましい犬だな。ギャーギャーと見苦しく吠えてきやがる」
やれやれとマーカスが目を閉じながら首を左右に振る。それが合図となったかのように、彼の後ろに控えている取り巻きの男たちが、次々と叫び出す。
「そもそも生産職のお前が、この貴族で誇り高き冒険者でもあるマーカス様に歯向かうなど、身の程知らずも良いところだぜ!」
「そーだそーだ! 少しは己の立場をわきまえろ!」
「お前は大人しくマーカス様に従ってればいいんだよ!」
「口を慎んだほうが身のためだぜ?」
彼らの口調からして、あからさまに楽しんでいることは明白だ。しかしジョセフは言われるがままであった。
悔しそうにギリッと歯を噛み締め、拳をギュッと握り締めながら震わせる。言い返したくても言い返せない。そんな彼の様子をマーカスも悟り、更にいやらしい笑みを深めてくる。
「まぁ、お前がどれだけ吠えようと、これは決定事項だ。昼までに俺が指示した量のポーションを提出する。それが出来なければ、お前もこの工房の未来も、一瞬にして崩れ落ちると思うことだな」
マーカスは両手を広げ、実に気分が良さそうな口調で述べる。
「ギルドのほうには、既に俺のほうから契約内容の変更を伝えてある。お前は心置きなくポーションを作ればそれでいい」
「そ、そんな……横暴だ!」
必死に叫ぶジョセフだったが、マーカスには全く効果がなく、むしろより面白がる始末であった。
「どこまでも吠えてくるつもりか。ならば俺からも改めて言わせてもらおう」
マーカスはスッと笑みを消し、険しい目つきとともに低い声を出す。
「お前たち生産職は、俺たち冒険者の都合に合わせて然るべきだ。俺たち冒険者がいるおかげで、お前たちが働けていることを忘れるな!」
ビシッと人差し指を突きつけながら、マーカスは高らかに言い放つ。それを見たミナヅキは、人知れず顔をしかめながら思った。
(あれはマジで言ってるな。ワザと追い込んでいるとかそんなんじゃない。生産職という存在そのものを、心の底から見下してるんだ)
無論、そういう人がいるということも、話には聞いていた。しかし実際にハッキリと言い放つ者は初めて見たのだ。
帰ってきて早々、嫌なモノを見てしまった。しかし不思議と、怒りはそれほど抱いていない。むしろそれを通り越して、よくそこまで堂々と言えるモノだと、ある種の清々しさすら覚えてしまうほどだった。
もっとも感心している場合ではないということも、ミナヅキは一応心得ているつもりではいるが。
「更に念のため言っておくが、俺の父上はギルドに補助金を提供している。それも決して少なくない額をだ。つまり息子である俺にも、ギルドにそれなりの顔が利くということを意味しているんだよ。どちらの言い分を聞くかは、もはや言うまでもないとは思わないか?」
「ぐっ……!」
マーカスの黒い笑みにジョセフは押し黙る。もう打つ手がない状態であった。
相手は完全に言い返せなくなった――そう判断したマーカスは、再び勝ち誇った笑みを向けてくる。
「それが分かったら大人しく従え。悪あがきをする時間も無くなるぞ? どのみち結果は変わらんだろうがな! ハーッハッハッハッ!」
ジョセフの返事を待とうともせずに、マーカスは踵を返し、取り巻きたちを引き連れて工房を出ていく。
バタンと扉の閉まる音とともに、ジョセフは膝から崩れ落ちた。
「ジョセフ!」
黙って見守っていたミナヅキが駆け寄った。ジョセフは放心状態のまま見上げ、力のない笑顔を浮かべる。
「や、やぁミナヅキ。久しぶりだね」
「のんきに挨拶してる場合じゃないだろ」
本来、頭を抱えるべき人物はジョセフのハズなのに、どうして自分が頭を抱えなければならないのか。
そんな疑問を浮かべつつ、ミナヅキは深いため息をついた。
「詳しい事情は知らないが……まぁ、今ので大体の察しはつく。あの貴族野郎が無茶な注文を押し付け、その期限を無理やり縮めてきた。要はそんなとこだろ?」
「ははっ、そこまで読み取ってるとは、流石はミナヅキだね」
ジョセフはフラフラになりながらも立ち上がり、傍の椅子に腰かけた。そしてミナヅキも彼の隣に座る。
「とりあえず、最初から話してくれるか?」
ミナヅキがそう問いかけると、ジョセフは小さく頷き、語り出した。
「一昨日の朝、さっきのマーカスって男から注文を受けたんだ。ポーションを来週までに三百本作れとね」
「……それを今日の昼までに縮められたってか?」
「うん。ギルドにも根回しされちゃってるみたいだし、もうオシマイだよ」
ガクッと項垂れて落ち込むジョセフ。相当参っていることは明白だが、状況が状況である。慰めの言葉をかけている場合ではない。
「そもそも何でアイツの依頼を受けたんだ? マーカスの本性はともかくとして、内容的に無茶かどうかぐらいは、お前も判断できたハズだろ?」
ミナヅキが尋ねると、ジョセフは項垂れたまま首を左右に振った。
「僕だって本当は、こんな依頼受けたくなんかなかった。でも、今の状況的に受けざるを得なかったんだよ」
そしてジョセフは経緯を話し始めた。
ミナヅキと同じく調合を得意とする彼は、普段からギルドでポーションなどの納品クエストを受け、活動資金と生活費を稼いでいた。
しかし何故かある時から、ギルドで調合系の納品クエストが出なくなった。他の店でポーションを売ろうと試みたが、在庫は十分にあるからと言われ、買い取ってくれなくなった。
ジョセフは調合アイテムで生計を立てるのが困難となってしまった。
調合以外に得意な生産分野を持ち合わせていないため、他の生産職を手伝うこともできない。
次第に彼は追い詰められていき、そこにマーカスが声をかけてきたのだった。
ミナヅキの言うとおり、内容が無茶であることは分かっていた。それでも生活のためにはやむを得なかったとジョセフは言う。
そこまで聞いたミナヅキは、空を仰ぎながら思った。
(大体見えてきたな。恐らくマーカスは最初から、ジョセフと真面目な契約をするつもりなんてなかったんだ。狙いはこの工房の評判を徹底的に下げること。ジョセフはその火種役に選ばれちまったってところか?)
ついでに言えば、納品クエストが出なくなったりしたのも、マーカスの策略である可能性は十分あり得る。
父親がギルドと深い結びつきがあるのならば、尚更怪しいと思えていた。
「そういえば……」
ジョセフが何かを思い出したような反応を示した。
「一昨日からラトヴィッジの姿が見えないんだ。ポーション作りを手伝ってくれるって言ってたのに」
「あー、確かにアイツも、ポーション作りを得意としてたよな」
ミナヅキは同年代で自信家でもある青年の姿を思い出す。たまに調合の速さを競ったりもして、割と話すことも多かった。
(確かにラトヴィッジのヤツ、ギルドや町中でも見なかったな。今回の件と何か関係でもあるのか? 単なる俺の思い過ごしであってくれればいいが……まぁ、ここでいないヤツのことを気にしててもしょうがないか)
ミナヅキは考えを切り上げながら立ち上がる。
「ジョセフ、ポーションはあと何本作ればいいんだ?」
「え?」
「手伝うからあと何本必要なのか、それを教えてくれって言ってんの」
その瞬間、周囲のザワつきが増したように聞こえたが、ミナヅキもジョセフも気にしている余裕などなかった。
「素材が足りなくて、まだ三十本しか……」
「じゃあ、俺の素材を使え」
ミナヅキはベルトに着けている小さなポーチを外して開ける。するとそこから大量の薬草がドサドサと落ち、あっという間に積み上がった。
周囲のギャラリーがザワつく中、ジョセフもまた、呆然としていた。
「凄いな……アイテムボックスにそれだけの素材を溜めてたんだ」
「なんだかんだでな」
「作り置きのポーションはないの? それって確か、なんでも入るんじゃ……」
「ない。前に全部売っちまった。それに俺のアイテムボックスは、なんでも入るってワケでもない」
「え、そうなんだ?」
問いかけるジョセフに、ミナヅキが自前の調合道具を用意しながら頷く。
ちなみにアイテムボックスは、割と知られていない情報も多いほど数が出回っておらず、ジョセフが詳しく知らないのも無理はない話である。
「アイテムボックスも色んな種類があって、モノによって違うんだよ。俺のは自分で調合したモノや、外で集めた素材しか入れられないんだ」
「そっか……何気に制約があるモノなんだね」
「まぁ、それでも普通に便利だよ。こうしてたくさんの素材を入れられるしな」
「それは確かに言えてるか」
ジョセフが納得したところで、調合の準備を終えたミナヅキが顔を上げる。
「調合水はちゃんとあるな。こんだけあれば、残りの分は作れるだろう」
ミナヅキは袖をまくりながら気合いを入れていく。
「よし、ちょっと長く話し込んじまったからな。急ピッチで仕上げていくぞ」
「――すまない、恩に着るよ」
「礼なら終わってから言ってくれ。やるぞ、時間がない!」
「あぁ!」
ミナヅキとジョセフは、それぞれポーション制作に取り掛かる。もうジョセフの目に、諦めの色は全く見られなかった。
◇ ◇ ◇
「さっきの貴族っぽい男……なんか嫌な感じね」
ジョセフとマーカスのやり取りを見ていたアヤメが顔をしかめる。マーカスの生産職に対する差別的な言葉が、どうにも耳に残って仕方がない。
「いるのよねぇ、未だにあーゆーことを考えてる冒険者。特に戦闘職の人がね」
「未だにってことは、昔は当たり前だったということかしら?」
「ご明察♪」
アヤメの服の採寸をしながら、リゼッタが雑談がてら語り出す。
「実はね。昔は生産職専用のギルドもあったんだよ。今は吸収合併されて、冒険者ギルド一つになっちゃってるんだけどね」
しかしそれが原因で、かつて生産職の人間は、他の冒険者よりも下の立場として見られていた。戦闘職や魔法職がいなければ何もできないと。
それにより長いこと生産職は、同じ冒険者として見なされていなかったのだ。
「で、その認識を変えさせた張本人が、他ならぬミナヅキだったりするんだわ」
「……ミナヅキが? アイツそんなに正義感強かったの?」
「あくまで結果的な話だよ。恐らく本人は、全くと言って良いほど自覚してないんじゃないかな」
ミナヅキからしてみれば、単に生産職を極めたかっただけであり、周囲から何を言われようと気にしなかったに過ぎない。
しかしそれが良い方向へと転んだ。生産職でも戦闘を行い、素材を集められるという成果を残した。すなわち戦闘も生産も両方できる――そんな可能性を示したのである。
そんなミナヅキの姿を見て、影響を受けた生産職の人間も少なくない。戦える生産職が増えたのもちょうどその頃からだ。
ギルドも考え方を変えるべきだ――王都のギルドマスターがそう主張したことが大きな引き金となり、生産職も冒険者と見なされるようになった。
しかしながら、溝が非常に深いのも事実であった。
戦闘職や魔法職が生産職と手を取り合う――そんな姿を今こそよく見られるようにはなったが、未だ納得していない冒険者も多い。マーカスのような甘い汁を吸いまくっているおぼっちゃまが、その典型的な例であった。
「……本当に大丈夫なの? 今の話を聞く限り不安だらけなんだけど」
その言葉どおり、不安そうな表情を浮かべるアヤメに、リゼッタは苦笑する。
「まぁ、なんとかなるんじゃない? ミナヅキも帰ってきたし、早速動き出してるみたいだからね……よし、設計図はこんなもんかな!」
リゼッタは書き上げた図面を掲げる。我ながら見事だと、図面を見ながら惚れ惚れとしていたその時だった。
「相変わらずの仕事っぷりだな、リゼッタ」
突如、スペースの入り口から男の声が聞こえてきた。アヤメは驚いた様子で、リゼッタは心の底から嫌そうな表情で振り向く。
「……デューク、何しに来たのさ?」
「おいおい、そんな怖い顔しなくてもいいだろ? ミナヅキが帰ってきたと聞いたから顔を出したまでさ」
長いサラサラな黒髪を後ろで縛り、細く赤い目を光らせる青年。長身で二枚目に部類されるであろうその男は、リゼッタの傍で驚いているアヤメに気づき、表情を綻ばせた。
「あぁ、済まない。初めてのお嬢さんを驚かせてしまったな。俺は冒険者のデュークという者だ」
「は、はぁ……こちらこそ。私はアヤメと言います」
「アヤメさんか。ヨロシク頼むよ」
ニコッと笑いながら握手を求めるデューク。それに対してリゼッタが、視線を設計図に向けたまま言った。
「いつもみたいに口説こうとしないでよ。その子はミナヅキの奥さんだから」
その冷たい口調に、デュークの動きは笑顔のままピシッと固まる。
「……マジで?」
「えぇ、紛れもなくマジですが」
アヤメが戸惑いながらも頷いた瞬間、デュークの頬を汗が伝う。
「そ、そうか……アイツも隅に置けないもんだな。はは、こりゃ参った」
笑ってはいるが、明らかに動揺している。リゼッタもそれに気づいたらしく、こっそりと口元で笑みを浮かべていた。
「まぁ、それはともかくとして……」
デュークはわざとらしく咳ばらいをし、表情を引き締める。
「貴族のマーカスが、工房の生産職を相手に仕掛けてきたって聞いたんだが、それは本当か?」
「らしいね。それがどうかした?」
「いや、こっちでもちょっと妙な話を聞いていたもんでな。そうか……」
リゼッタの問いかけに含みのある返答をしつつ、デューはしばし何かを考える。そして顔を上げて、アヤメに言った。
「アヤメさん、アンタの旦那に伝えといてくれ。この冒険者デュークも、勝手ながら力を貸すってな」
「は、はぁ、分かりました」
「じゃあな」
デュークは敬礼のポーズとともにウィンクし、軽やかな足取りで服飾スペースを後にする。残されたアヤメは口を開けたまま呆けていた。
「……何だったのかしら、今の?」
「ほっといていいよ。気にするだけ時間のムダだから。そんなことよりも……」
吐き捨てるように言ったリゼッタは、すぐに気持ちを切り替え、アヤメに服の設計図を見せながら言う。
「あとはこっちで仕上げるから、ミナヅキの様子でも見てきたら? アイツの実力をその目で見る、良いチャンスだと思うよ?」
「う、うん、分かった。服のほうはよろしく頼むわね」
「お任せあれっ♪」
そしてアヤメも服飾スペースを出た。軽く周囲を見渡すと、たくさんの人々が群がっている場所を発見する。
「きっとあそこね」
探すまでもなかった。工房にいた他の生産職の人間が集まっている。ミナヅキが動き出したと叫ぶ声が聞こえたため、恐らくあそこだと簡単に予測はついた。
アヤメは群がりから少し離れつつも見える場所まで歩いていく。
ようやくミナヅキの姿が見えた瞬間――目を疑った。
「何……あれ?」
ポーションを作るべく調合作業を行っている。それは確かに分かる。問題はその速さだ。
ミナヅキの表情は冷静そのもの。しかし動かしている手は全然見えない。比喩ではなく見たままの感想だ。手だけが別の生き物とはこのことか。
一緒に作業をしている青年ですら、ミナヅキの神業ともいえる作業に目を見開いては我に返り、自分の作業をこなしていく。しかしやはり気になるのか、チラリとミナヅキのほうを見ては再び驚く。これを繰り返している。
そのせいだろうか。段々と出来上がるポーションの本数に差が開いている。
アヤメには何本出来上がっているのかは分からない。しかし少し見ただけでも、ミナヅキの完成本数は青年の倍は越えていると思っていた。
――アイツの実力をその目で見る、良いチャンスだと思うよ?
リゼッタがそう言った理由が、少しだけ分かったような気がした。これはもはや作業という域を越えている。ショーと言っても差し支えない。
アヤメは完全に魅了されていた。他のギャラリーたちも同じくであった。
ちょっと見るだけのつもりだったのに、いつの間にかガッツリと見物してしまっている。目を逸らしたら、とんでもないモノを見逃してしまう。その場にいる誰もがそう思えていた。
「大丈夫か、ジョセフ? もう少しだぞ!」
「え? あ、あぁ、分かってる。まだまだやれるさ!」
ジョセフの回答に満足したのか、ミナヅキはフッと笑みを浮かべ、再びポーションの調合に集中する。心なしか更にスピードが増したようにアヤメは見えた。
(ミナヅキって、こんな凄いことできるヤツだったんだ……知らなかったな)
また一つ、彼の新しい一面を垣間見た。そして改めて思う。彼は自分の想像を遥かに超えていたということを。
上流階級に生まれた子として、たくさんの厳しさを乗り越えてきた。しかしミナヅキもまた、自分の知らないところで努力してきていた。
彼は天才ではない。適性に恵まれただけで、周囲をあっと言わせるような結果を出せるようになったワケではない。神様からチートでももらっていれば話は別なのだろうが、ミナヅキはユリスからそんなモノを授かってはいない。
何年も努力を積み重ね、自身の適性を磨き上げた成果だ。恐らく地球に帰ってからも、人知れずひっそりと特訓を行っていたに違いないとアヤメは思う。
興味があることにはとことん執着する。それがミナヅキの大きな特徴だ。
凄まじい速度で調合する彼の目は、アヤメが見たこともないほどの輝きを醸し出していた。それだけこの状況が楽しくて仕方がない。友のピンチを助けるという気持ちを上書きしてしまうほどに。
恐らく本人は、そのことを忘れているつもりはないのだろう。しかし周囲――少なくともアヤメからすれば、もはや自分で楽しんでるようにしか見えなかった。
それはそれでミナヅキらしいと苦笑しながら。
(私も、負けてられないわね)
手を止めることなくポーションを調合し続けるミナヅキを見守りながら、アヤメは心の中で強く誓った。
――そして、太陽がてっぺんを登った頃。
ミナヅキたちは時間ギリギリで、必要分のポーションを完成させたのだった。
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