6.王子という名の

「……私? 何か用ですか?」


 知らない人と話す時や、その辺の男子生徒と話す時と同じように。

 できるだけ普通のトーンで返事をする。


「お前、庶民だろう」


「そうですけど……それが何か?」


 軽く不快感を示す表情を作ると、彼は私をわらうように言った。


「名は確か……シェリー・アステール、だな。光魔術しか取り柄が無さそうな奴だと思っていたのを覚えているぞ」


「……」


 めちゃくちゃ失礼だなオイ。

 シェリーちゃん、可愛いでしょうが!

 いや、半分は自画自賛になるから言わないけども。

 でもあまりにもイラっとしたせいで、脳内で口が悪くなっちゃうのは許してほしいわね。


「……用が無いなら失礼します」


 もう立ち去ろうかと、半分本気できびすを返す。

 

「待てよ」


「うわっ?!」


 手首を掴まれ、あろうことか腰を抱き寄せられる。

 私と王子様は向き合ってくっつく形になってしまった。


 ちょっと……顔近いんですけど?!


「い、いきなり何するんですかッ!」


「へぇ、思ってたより可愛いじゃないか」


 王子のおキレイな顔が意地悪そうに笑う。


「離してください!」


「俺が誰だか……知ってるだろ?」


 知らないわよッ! 知ってるけど!!


「離してってば!」


 拘束から逃げようと必死に体をねじろうとするも、王子は意外と力強かった。

 腰という体の要を掴まれているのが悪いのかもしれない。


 う~、くそっ! 離せってば!


「魔術適正も珍しいみたいだし、なんなら俺の――」


 ――ドゴスッ!


「ッ、ぐぅ……?!」


 ……人の話を聞かない奴には鉄拳制裁よ。

 拳というかひざだったけど。


「お、おま……なんて所を、蹴って……!」


「あらゴメンナサイ。痴漢がいたものだから、つい」


 相手がアソコを抑えて震えている隙に、私は距離を取った。


「ち、痴漢などと……何を……」


「初対面、無理やり、話を聞かない。どう考えても痴漢よ」


「俺が誰だか知ってるだろ?! その上でよくそんなことが言えるな!」


「例えアナタが王子だろうと、私が庶民だろうと、守るべきマナーっていうものがあるんじゃないの?」


 これだからパーソナルスペースの狭いキャラは……。

 三次元ではもう少し遠慮して欲しいわね、まったく。


「くそッ、もっともらしいこと言いやがって……!」


「らしい、じゃないわ。通報されないだけ有り難いと思いなさい」


「なんて奴だ……くそッ、変な女だな!」


 あ。

 そういえば王子だって知らないフリするんだったわね、私。

 あらやだ、王子様っていうよりも痴漢って感じだったから、つい……。


 まぁ過ぎてしまったことは仕方ないわね。

 『変な女』発言は一応引き出せたことだし、良しとしましょうか。


「あ、いたいた! シェ~リ~!」


 あら、物陰から見守ってくれていたはずの親友殿ラフィじゃない。

 急いで駆け寄る演技、少しワザとらしいわよ?


「どうしたの?」


「なんかね、担任の先生が呼んでたよ! シェリーに用事だってさ」


「ああ、そうなのね」


 つまりは、この場から立ち去るために一芝居打ってくれたというわけね。

 まだ痴漢に説教し足りない感じもするけど、せっかく来てくれたラフィのためにも、ここは乗っちゃおうかしら。


 一年生の間に習ったお辞儀カーテシーで、痴漢に別れを告げる。


「では私は用ができましたので。ごきげんよう、オウジサマ」


「お前……お、覚えてろよ……」


 カーテシーもしたし、痴漢と呼ばずにちゃんと王子様って言ったのに……一体何が不満なのかしら。


「は、早く行こ、シェリー! 先生に怒られちゃう!」


「わかったわ、急ぎましょ」


 ラフィに急き立てられながら、その場を後にした私達だった。

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