第7刀 怨恨
「なあ、ヘキサボルグ……お前は俺のことはよく聞く癖に自分のことは言わないよな」
また電気が消え、夜の闇で真っ暗になった工場の廊下を歩きながら猛仙はヘキサボルグに問う。彼の方はというと、「言ってなかったか」と言い、身の上を話そうとした。
その時、ミナは工場の前に到着していた。
同時に二人の顔が廊下の反対側に向く。ヘキサボルグも猛仙も、誰かが工場に入ってきたことに気が付いたのだ。二人してその判断をした決め手は、方やすさまじい耳の良さ、方やすさまじいカンの良さだった。
「音に金属音は含まれていない、靴はランニングシューズ、ジーンズを履いてるな。丸腰かな」
「あれ、この警戒心無い感じはもしかして……ミナじゃない?」
猛仙は音の方角に向かう。ヘキサボルグはすでに戦闘態勢であり、槍から空気が揺らぐ謎の力が発生している。猛仙の方も、電磁波を利用して相手の形をとらえる。この形は女性。ナギリオウマでも、『プロトカリバー』でも中性的な容姿である『武力の
とは言うものの、これはあくまで猛仙の目線であり、実際はヘキサボルグよりもだいぶ小さい。
「……モウセン?」
「ああ、やっぱり……何でここまで来たんだよ。ってか、どうしてわかった?」
「さっきすれ違った女の人からあんたたちと似た感じがしたから」
後ろで構えていたヘキサボルグがため息をつくと、猛仙は右足を一歩後ろに下げる。不自然に血管が浮き出ているのが見えたが、すぐに消えた。帰ろう、と手を差し出してくるミナを猛仙は複雑な面持ちで見る。つい後ろを振り返ってしまう彼を後押しするようにヘキサボルグは「行ってきな」とだけ言うと奥に戻っていく。同時に、もう一つの言葉を告げる。ミナの腕時計は午後5時を回ったところだった。
「帰りは付いていったれ。今日は仏滅だ」
「……!? なんで先に言わないんだよ!」
「俺も今思い出した。まあ、お前の力なら退けれるはずだ」
「ねえ、どうして仏滅がダメなの?」
「それは私が説明しましょう」
猛仙の方は目を閉じて何かしている。説明を求めるようにヘキサボルグを見るが、違う声が解説をし始めた。声しか聞こえない。
「仏滅は怪異が最も力を発揮できる日なのです。我々を見ることができる癖に普通の人間のあなたなど、狙われることは想像に難くない。運のよいことにその子はとても強い。一緒にいればやられはしないでしょうが、猛仙。十字路と裏路地は避けなさい」
「プロトカリバー、居たんだ。わかってるよ、日本人だからな。仕方ない、今日はまたお前んちに行くしかないな」
挑戦的な顔で腕まくりをする猛仙。それよりもあの聖剣の名前が出てきたことに気を取られていたミナは、質問攻めにしたかったのだが容赦なく担ぎ上げられる。彼の顔が露骨にゆがむ。
「重っ」
「は?」
「ん、何も」
工場の二階から大ジャンプをする。すさまじいスピードで走り出した彼だが、ミナは同じところを走らされていることに気が付いた。
「モウセン! 道が!」
「わかってらあ」
空いた右手が空を切ると空気が割れて向こうの景色が見える。同時にミナは髪の毛が逆立つのを感じた。猛仙の右手が輝いている。
パンチが異空間を貫き、外の世界の電柱を捻じ曲げる。やっちまった、みたいな顔してないでどうにかしなさいよ。外壁から民家の屋根に飛び乗り、猿の様に家にまっすぐ向かう。が、猛仙の足が家の前で止まった。ミナの視界が上下左右に回ると、今度は家からどんどん離れていく。
「ちょっとどこ行くのよ!」
「敵だ! 目を閉じてろ」
屋根にミナをぽいっと置くと、全身が五色に燃え上がる。左は最後に見たときは炎だったはずだが、今は水が渦巻いている。逆に右手は炎になっている。
相手は、今度は顔を隠していない。猛仙を見る目はミナが嫌だと感じたあの目つきだった。
「ようやく見つけたぞ……首を渡せェ!」
「……どこかで会ったかな」
刀を振り上げる相手は女の子だった。ミナはまた猛仙を止めようとしたが、足に何かが巻き付いている。赤黒い触手にがっちりと掴まれて動けない。違う、これは触手ではなく血のこびりついた手だ。それに気づいたらしく、突然両手を合わせ、大量の煙を発生させて目くらましをする。ミナのもとに来るとそれを素手で引きちぎってしまった。が、相手はその間を見逃さない。
「隙ありッ!」
背中に刃が振り下ろされる。が、やはり寸前で全く動かなくなる。こちらを見た眉間に寄るしわが強い怒りを感じさせる。何か見えない力で押し返し刀ごと相手を吹っ飛ばすと、空気の流れが目に見えるほど巨大な磁界を生み出す。両の拳を合わせると、民家の瓦屋根がカタカタ動き、浮かびだす。
「思い出したぞ。二十と四年前の生き残りだな」
「貴様の姉たちには何一つ恥じることは無いのか! この親不孝者がっ!」
相手のその言葉は彼の逆鱗に触れた。磁界が無くなり瓦が落ちて割れた。彼女も自由になっていたが、猛仙は能面のような真顔だった。指で相手を指さすと、指を奇妙な形に組む。これはミナにも何かわかった。これは印だ。忍法とか、魔術とかの。
相手の一直線上、すべてが停止する。
逃げられない。これが本気の殺意。あの時放ったものと同じだった。確実に殺す気なのだ。彼女ももがいているが当然ピクリとも動けない。
「
小さな血だまりを見ながら猛仙は呟く。全身に数百年分のダメージをいきなり受けた体は当然耐え切れず、弾け飛んでしまった。
「ひっ……」
「「猛仙ちゃん」」
「みつけた」
同時に遠く離れたところで名前を呼ぶ声があった。
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