きんいろ無修正
狐狸夢中
幸せはモザイク、悲しみは無修正で
バカにされた。ただ電車で隣に座っているだけなのに。俺たち以外に誰も乗ってないのも運が悪い。おそらく彼女はギャルという種族の人類だ。生きる世界が違う。金髪に染めた髪、大きなピアス、派手な化粧。制服姿にも関わらず終電に乗っている。俺たち世代には理解できない。
「おっさんまじウケる爆笑」
「な、なんだよ!」
強気にでる。俺は男で歳上だからだ。
「だって手首にめっちゃ高そうな腕時計してんのにリスカの傷がめっちゃあるもん」
電車が目的地に到着するまであと五駅。
【きんいろ無修正】
「な、見るんじゃないよ」
手首を隠す。
「いいじゃん別にー、友達とかもみんなしてるよー」
「あのな、お前らと俺の悩みなんか月とすっぽんなんだよ!」
「すっぽん?なにそれ、トイレのやつ?」
なぜトイレという言葉が出てきたか理解できなかったが、彼女の大振りなジェスチャーで理解できた。トイレのつまりを直す器具だ。確かにすっぽんと言えばすっぽんだが。
「もういい、俺に話しかけるな」
「いいじゃん、アタシ暇なんだから」
「俺は暇じゃない。仕事の疲れがたまってるんだ」
「なんの仕事ー?」
この低脳はよくもまぁずけずけとここまで人のプライベートに足を突っ込めるもんだ。
「IT系だよ!お前らとは生きてる難易度が違うんだ」
「は?アタシだってチョーむずい人生送ってるんですけど」
「そうかいそうかい、立派なこった」
俺は寝る。もう知らん。何を話しかけられてももう気にせん。無視し続ける。
「ちょんちょん」
バカがつついてくる。しかし俺は動じないぞ。気にしたら負けだ。
「ねーこの子、おっさんの子ー?」
「なっ、何を見ている」
「なんかおじさんのスマホブーブー言ってるよ」
通話が来ていた。娘のアイコンがスマホにでかでかと映し出される。加工だか自撮りだかで別人のようだがれっきとした俺に似てしまった不細工な娘だ。
「勝手に覗くなバカもの」
「だーってー、ブーブー言ってるのに気づかないんだもん」
「人のプライベートに踏み込みすぎだ」
スマホには触らない。
「出なくていいの?」
「いいんだ、あのバカ娘。大学生なのに勉強もせず飲み遊んでるんだ、どうせこの電話も金貸してってやつだ」
「もしかしたら男に襲われてるかも、可愛いし」
「は!自分で言うのもなんだがこいつは俺に似て不細工なんだ!このアイコンも加工で本物は」
って、いかんいかん。なんで人前で俺は実の娘をけなしているんだ。このギャルといると俺のペースが乱される。
「そんなことないよ可愛い子だよ。見た感じ加工も上手く出来てないしね」
「分かるのか?」
「あたりまえジャーン」
そんなくだらないことをドヤ顔で言うな。そんなこと努力したって金にならん。
「おっさんはさ、子供のこと嫌いなの」
「お前には関係ない」
「かわいそ、だから反発するんだよ」
「うるさい。我が家の事情に口を出すな」
もうスマホの電源も切ってやろう。
「じゃ、アタシが代わりに出るね」
バカが俺のスマホを奪おうとする。
「な、止めろ!」
「だってこんな時間にお金貸してって言う普通ー?」
「こいつは遊び歩いて」
「娘ちゃん大学何年生」
「よ、四年だが」
「四年ってことは就活の時期でしょー?そんな忙しいのに遊んでるかな」
「遊んでるだよどうせ!バカだから!遊んでるから三流企業の内定も取れないんだ。俺が若い頃はそりゃ汗水流して」
っと、まーた俺は語ってしまった。家庭の事情どころか俺の昔話まで。こいつといるとどうも狂う。
「は?うざ。おっさんと似てるんならこの子も頑張って就活してるんじゃないの」
「そんなわけ、俺の」
言葉が詰まった。何か矛盾したことを言いかけた。俺の子だぞは俺も怠け者みたいじゃないか。俺はバカ娘とは違うんだ。大金を得るため一流企業の内定を死ぬ気で取ったんだ。あいつと俺は、違う。
「もしかしたら自殺しようとしてるかもね、この時期に就職先決まってないんでしょ?メンタルぼろぼろじゃん」
「自殺?そんな就活できないくらいで」
「だって、おっさんと似た子なら自殺しちゃうかもよ、おっさんだってリスしてるし」
左手を隠す。これは、この傷をつけたのは、昔の話だ。ちょうどこのギャルとぐらいの歳の時だったか。
「人の過去を詮索するな」
「おっさんも頑張ったんでしょ?ならこの子も頑張ってるでしょ」
しつこい奴だ。だがもう数秒すれば着信は止まる。もう一度掛けてこなければ、俺は寝ているとあっちが思って掛けてこない。
「すぃーっと」
「な、ばかやろう!人のスマホを勝手に」
電話を受け取ってしまった。
「もしもし、お父さん...?」
「はぁ.....なんだ?」
しぶしぶ受け答えする。声が泣いた後みたいにがらがらだ。どれだけ飲んでんだこのバカは。
「ごめんね、私、もう無理みたい。生んでくれてありがとう」
電話が切れた。
「...翔子?翔子?おい、どういうことだ!翔子!」
ばかな、まさか、本当に、自殺!?全身が一気に熱くなった。汗が止まらない。手足が震える。
「どしたの慌てて」
「翔子が、無理みたいだって、生んでくれてありがとうって、、」
「え、やば」
「まさか、本当に自殺してしまうのか?そこまで追い詰められてたのか...?」
「貸して」
手を伸ばしてくる。
「貸して」
「ど、どうするつもりだ」
もう深くは考えられなくなりスマホを差し出す。
「んーと、この子か」
電話をかけ始めた。
「もしもし...お父さん?私、もう、決めたから」
「違いまーす、パパじゃないでーす」
「え...誰?」
「通りすがりのギャルでーす!よろしっくぬぇぇぇ」
「ギャ、ギャル?」
「話は全部聞かせて貰ったぜ!」
なんだこいつは、どういうテンションだ。どうして初対面の電話相手にふざけて喋れる。
「な、なんなんですか」
「自殺止めンジャーズのレッドです」
お前は髪色的にイエローだろ。
「とにかく、早まるなー!何があったんだあぁぁぁあああああ!」
「あなたには関係ない、本当に関係ない」
うん。本当に関係ない人だ。
「まぁまぁ冥土の土産に話を聞いてよ。むかーしむかしある所にとてもとても可愛い女の子がいましたー」
「え、なに急に」
何か寸劇が始まったぞ。
「その子は、生まれた時からいらない子だと蔑まれてきましたー」
そこからの話はギャルのテンションとは相反して暗い話だった。小さい頃から虐待を受けた話、学校でもクラスメイトだけでなく教師にも相手にされなかった話、壮絶ないじめを受けた話、理不尽な罪を押し付けられた話、父親がヤク中になり、母親が精神的に壊れた話、体を売って生活費と借金返済金を稼いでる話。
どれも暗い話だがギャルが面白おかしく喋るため、なんとも言えぬ空気ができた。所々ポジティブ過ぎる表現でくすりと笑かしてくる。翔子も最初は困惑していたが、途中から真剣に聞き始め、終盤にはすすり泣く音がスマホから聞こえてきた。
「そしてその子は今どうしてるかと言うと、リスカおじさんの自殺娘を励ましていまーす」
「えっ.....」
「どれほど悲しい運命を背負っておうが本人が笑わせようとしたら人を救うことだってできるんですー。
人生って、楽勝でしょ?」
「.......」
まさか、全部こいつの実体験なのか...?
「今から3秒以内あなたを笑わせますよ。せーの、わーはっはっはっはっ!わーはっはっはっはっ!」
大声で笑い始めた。アニマル浜口か。
「わーはっはっはっはっ!わーはっはっはっはっ!ほら、あなたも一緒に!」
「.....わーはっはっ」
「いいじゃん!いいじゃん!明日もやってな!あさっても、その次も、毎日!そしたら毎日一回は笑えるから」
「.....うん」
「死ぬの、別に今日じゃなくてもよくね」
「.......うん」
二回目の「うん」ははっきりとした明るい声だった。
「リスカとかマジいてーし、首つるのも準備だるくね?自殺なんていいことないっしょ爆笑」
「そう...だね」
「じゃ、明日から頑張らなくてもいいから笑って生きてねーばいばーい」
「待って、せめて交換さ」
途中で電話を切った。
「その、なんと言ったらいいか」
「別に大したことしてねーし。じゃ、アタシこの駅で降りるから」
「ああ、俺もだ」
二人して電車から降りる。
「本当に、助かった。きっと、俺だったら止められなかった」
「今日帰ったらちゃんと話してあげてな」
「あぁ、そうするよ本当に助かった。これ、少ないけど、お金に困っているんだろ」
財布から3万ほど取り出す。この恩義は金では支払えないほどのものだが払わずにいられない。
「いらんいらんいらん!その金でスマブラでも買ってやれよ」
「そうか、分かった。本当にありがとう」
彼女の笑顔は暗い過去を歩んできたとは思えないほどきんいろに輝いていた。
最初はバカにしていたが、人間の真の強さを目の当たりにした。
出口に向かってしばらく歩いた。他に人は数人だけだから足音がよく響く。足音が急に減った。そして電車が走り出した時に、何か騒ぎが起きた。
振り返ってみると、そこに彼女はいなかった。
【きんいろ無修正】
きんいろ無修正 狐狸夢中 @kkaktyd2
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