国民総SNS制度

平中なごん

国民総SNS制度

 ある日、与党政権の強行採決によって、すべての国民が国営のSNS会員になることが義務づけられた……。


 そのSNSの名は「J’S BOOKジェイスブック」。


 日本国籍を有する者は誰一人として漏らすことなく、その公的SNSへ強制的に登録させられる。


 そこには本名・生年月日・住所・固定/携帯の電話番号・メールアドレスはもちろんのこと、身長・体重、学歴、勤務先、銀行口座やクレジットカード番号などなど…ありとあらゆる個人情報を記入することが求められる(※もちろん、一般会員向けにそこら辺は非公開とされており、税務署や役所等、許可された公的機関でしか見ることのできないシステムであるが…)。


 当然、嘘の情報を書くことは違法だ。


 嘘を書いたり、秘密にしようと故意に書き込まなかったりすれば、公文書偽造の罪に問われ、普通に逮捕される。


 だから、運用が始まった当初は体重を偽って申告する女性が多く、さすがに逮捕まではされなかったものの、けっこうな混乱を巻き起こしていた。


 ま、そんな女性のカワイらしい見栄はともかくとしても、もっと重要な…社会生活に実影響の出るような情報を申告しなかった者は容赦なく罰せられる。


 大きな声では言えないが、こんな個人情報もひったくれもないふざけたな法律、はじめの内は左系の人権派弁護士などが中心となって制度に反対し、あえて登録しなかったり、嘘の申告をするような人々もちらほら見られたが、彼らもやはり悪質な法令無視を続けた罪により、〝合法的に〟社会から抹消されていった。


 今でも、なんとか騙しおうせると思って逮捕される楽天家は時折見かけるが、以前のように固い信念を持った反逆者は軒並み牙を抜かれ、この制度に歯向かおうなどという気骨ある者は誰一人としていない状況である。


 ともかくも、そんなこんなで強権的にもいつしか定着していったこの通称〝国民総SNS制度〟であるが、国がそこまでして推し進めた理由の一つとしては〝税収確保〟の目的がある。


 即ち、口座やカードの情報までを国が完全に把握することで、脱税や資産隠しはまずできなくなったのだ。


 収入はもちろんのこと、ちょっとしたアルバイト料や賞金、ギャンブルで得た利益にいたるまですべてを「J’S BOOK」に投稿しなくてはならず、裏口座を開いて秘匿しようとしても、口座を作ったこと自体投稿しなかったら、脱税の罪を問われる前に公文書偽造の容疑で即逮捕だ。


 つまりは、以前にあった「マイナンバー制度」という、いわゆる〝国民総背番号制〟のようなものの発展型であり、そうやって全国民の経済状況と納税能力を明瞭にしようという魂胆である。


 ……だが、「J’S BOOK」の役割は、それだけにとどまらない。


 むしろ、ここからがSNSを利用したこの制度の真骨頂である。


 これまでに挙げた、いうなれば〝プロフィール〟に当たる個人情報ばかりでなく、日々に起こるほんの些細な出来事までをも、某世界的SNSの如く〝呟き〟や〝コメント付き写真〟の要領で書き込むことが義務とされているのだ。


 〝プロフィール〟による税収の確保よりも、こちらの方がこの制度の真の目的であったと言って過言ではない。


 これにより、国は国民の資産ばかりでなく、個人々〃の生活すべてを把握できるようになったということである。


 確かに、そうなるとテロや犯罪などの防止には大変有益そうであるが、反面、権力が民衆を統制するのにも最適な、完全なる管理社会のできあがりというわけである。


 ちなみに、その投稿を怠ると、これまた某SNSの規約違反をした時のように、「J’S BOOK」運営を管轄している内閣府の管理室から警告のメッセージが送られて来る。


 いったい、どこでどうやって監視しているものやら……その部分は秘匿されているが、思うに街中に張り巡らされた監視カメラの映像や、知人・友人の投稿、それに自身の投稿の傾向などから得たビッグデータをもとに、量子コンピューターを媒体とした人工知能が高度に推測しているのではないか? というのが巷での解釈だ。


 そのためか、確かに投稿をし忘れていても警告メッセージが来ないことがたまにあり、実際に誰かがずっと見張っているというわけでもどうやらない様子だ。


 複数のSNSやブログを管理する面倒臭さや、国による密かな…だが、明らかに意図的な圧迫により、かつては大人気を博していた民間各社のSNSも今ではほとんどやる者もなく、そのことがよりいっそう国民のそうした監視を容易にしているのであろう。


 また、SNSのご他聞に漏れず、「J’S BOOK」にもEメールやチャットのような機能がついており、現在は誰もが一番に用いる主流通信手段となっているので、一見、国民の便を図ったように見せておいて、そこがまた良い情報取集源になっているに違いない。


 実際に人が見張っていなくとも、そんな膨大なデータをもとにした監視システムはやはり侮りがたく、時折、意図せず監視の目から漏れてしまうようなことはあっても、調子に乗って投稿を長時間怠ったりすれば、確実に警告メッセージが送られてくる。


 いや、警告されるだけならば、さして怖いこともない……本当に恐ろしいのは、そのメッセージを何度も受け取った場合だ。


 複数回…明確には決まってないが、だいたい4、5回、警告が続くと、ある日突然、「J’S BOOK」から自分のページがなくなる。


 強制退会させられるのだ。


「あれ? 法律で全国民の登録が義務化されてるんじゃないの?」と疑問に思う人もいることだろう。


 そう……おっしゃる通り、生まれたばかりの赤ん坊~余生を過ごすご老人まで、全日本国民は「J’S BOOK」への会員登録が義務化されている。


 故に、「J’S BOOK」に登録されていないということは、逆説的に〝日本国民ではない〟ということなのだ。


 運用開始以来、国は徐々に旧来の制度を縮小し、国民一人々〃の全個人情報の詰まった「J’S BOOK」を戸籍のように利用するに至った……否、最早、戸籍そのものと言えるだろう。


 ようするに強制退会させられるということは、国籍を剥奪されることとほぼ同義なのだ。


 当初はそうでもなかったようだが、嘘の申告による公文書偽造の刑罰も、今ではこの〝強制退会〟となっている。しかも、こちらは悪質ということで、うっかり投稿忘れと違って警告一回で一発退会だ。


 国籍を失えば、当然、選挙権などの国民としての基本的権利は奪れ、保険や年金などの公的サービスも受けられなくなる……


 いや、それどころか今や〝外国人〟なので、ビザが無ければ国内にいることすらままならず、強制退会させられた者はどこか海外に移住して新たな国籍を取得するか、不法滞在で国外退去させられることに日々怯えながら、地下に潜ってドブネズミのように生きていくしかない。


 どうりで登録拒否をしていた反対派の人々を、いつの間にやら見かけなくなったはずだ。


 だが、にもかかわらず警告を受け続け、強制退会される者が後を絶たないのも人間の性というものであろうか?


 なぜならば、人は社会生活を営むに当り、どうしても嘘を吐いたり、秘密にすることなしには生きていけないからだ。


 先週も、不倫をしていた芸能人や若手国会議員なんかが、強制退会させられたというニュースがワイドショーをにぎわせていた。


 そりゃあ、さすがに不倫していたことを正直に投稿はできないだろう。


 身から出た錆とはいえ、なんともご愁傷様である。


 そういや、うちの近所でも、そんな浮気隠しをしたがために、いなくなってしまった哀れな男女が幾人かいたなあ……。


 かく言う僕だって……あ、いや、別に浮気したわけじゃないが、カノジョに黙って合コンに行ったことや、こっそり〝オトナな〟動画を見たことを投稿せずにいたら、それが当局にバレて二度ほど警告メールを食らった。


 あと何回か警告メールが届いたら、僕だってどうなるかわからない……強制退会の暗い影は、等しくこの国の国民全員の上にのしかかっているのだ。


 それでも、僕らは今日も変わらず「J’S BOOK」への投稿を夢中でしている。


 電車を待つ朝のホームでも、満員電車の中でも、朝早い勤め人達が朝食をとるファストフードやカフェの中でも、ふと液晶画面から目を上げて周囲を見渡せば、皆、一様にスマホやタブレットへ指先を走らせている。


 だが、それはSNSを楽しんでやっているわけじゃない。


 誰も彼も〝強制退会〟への恐怖と、法令順守の義務感に突き動かされて夢中になっているのだ。


 もちろん、僕だってそうである。


 ……でも、今日も変わらずスマホを弄りながら、ふとした瞬間に思うのだ。


 それって、実はかつてSNSをやっていた時とそれほど大差ないんじゃないかと。


 思い起こしてみれば、昔だってコメントやリツイートへの〝お返し〟をしなくてはいけないという脅迫観念や、毎日何かしら投稿しなくてはいけないように感じる奇妙な義務感から熱中していたように思う。


 なんだ。それじゃあ、やってることは前と変わらないじゃないか……。


 と、そんなことを考えながら幾分、「J’S BOOK」への恐怖心を和らげていたその時、画面をタップしていたスマホが突然震え、短い着信音とともに一件のメッセージ着信を伝えてくる。


 詳細は表示されないため、開けるまでは誰からのメッセージかわからない……もしこれが、また警告のメッセージだったら……


 いや、それ以上に最悪なことにも、「規約違反により強制退会いたしました」という最期のお知らせだったとしたら……。


 忘れかけていた恐怖が一瞬にして蘇る中、僕は密かに心拍数を上げながら、おそるおそるメッセージボックスのレターマークへと人差し指を伸ばす。


 そう……かつて運営側の理不尽な〝凍結〟や〝強制退会〟、あるいは心無い人間の〝悪意あるコメント〟に怯え、着信音が鳴る度にビクついていたあの頃と同じように。


                           (国民総SNS制度 了)

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