Act.139 魔導の牙カミュと雷電のミシャリア

「なんと……ボクの飛翔術式の速度を超えて来るとは。ふふ——これは面白くなって来た! 」


 古の魔導術式ハイ・エンシェントが生む翼にて空を舞う聖皇国の牙カミュ

 その大気を切り裂く一撃は確かに桃色髪の賢者ミシャリアを捉えていた。


 だが——

 その目標となった少女がその場より忽然と姿を消す。

 さらに周囲へ帯電した埃が舞い上がり、辺り一帯に閃雷がほとばしる。


「ちょっと待つ感じ!? ミーシャさん……あれは——」


「ボクも想像して、なかったの! ミシャリアお姉ちゃん……かっこいい! 」


 オサレなドワーフペンネロッタフワフワ神官フレードが、揃って驚愕を口にする。

 明らかに形勢が——否……彼らでさえ、確実に賢者少女が窮地に立たされる事態すら浮かんだ所。

 その現実が裏切られたのだ。


「よっと……! これは制動にまだ課題があるね! って……もうこちらの位置を捉え——」


「この程度ですか!? 賢者ミシャリア! 」


 法規隊ディフェンサーの仲間すら驚愕する桃色髪の賢者の真価。


 だがそれが想定外だったにもかかわらず、聖皇国の牙は視線で彼女の位置を捉えるや次の襲撃を思考する。

 ——それどころか賢者少女の動きを如何に封じるか、妖しいしたり顔の下へ幾重にも戦術パターンを張り巡らせていた。


修練装備エクスペリメンターを解除して五分五分……いや——あのヤロウ、まだ実力の半分も出してやがらねぇ! どうやらあのルーヴの想像通り、遊ばれてたのは事実らしいな! 」


「……その実力の半分も出してない奴があの強さで——ミーシャがそれに近接戦で拮抗するって何なの!? ウチの賢者様は確か、じゃなかったっけ!? 」


「違うよ?オリアナ。それはミーシャの戦い方。けど今ここで生まれた戦い方は、戦い方なんだよ。」


 手練れたる牙の本質に情報不足を悔やむ狂犬テンパロット

 突如として襲う想定外が外と内からと言う惨状で困惑する白黒令嬢オリアナ

 令嬢の疑問ももっとも――しかし相手の戦力は兎も角としても、主たる少女の今を表す解は分かると口にするツインテ騎士ヒュレイカ


 騎士の口にした通り……法規隊ディフェンサーが帝国の誇る部隊である以上、正しくそれが重要な意味を持っていた。


万里基盤カルマス理法迎導マナリス上古代呪印ハインシェル——大気の理法は我が手中に。万物を成す者この手に集え……圧縮大気閃撃プラズマーダ・バレッツ! 』


 それを尻目に、舞うエルデインの牙の猛攻は止まる事を知らない。

 飛翔術式展開中だろうと、さらなる術式を展開し……圧縮された高密度の空気で閃光の弾丸を生成。

 そのまま魔導の弾雨として桃色髪の賢者へと叩き付ける。


鬱憤うっぷんが溜まってるんだ……ちょいとアタイにも手伝わせるさね! 水瀑障陣アクアディア・バーナ! 」


 初披露としては申し分なしとも言える雷速移動法。

 が……制動時の詰めに甘さが残り、魔弾の餌食となり掛ける桃色髪の賢者。

 そこへすかさず走り寄るは輩な水霊ディネ——瞬間に生成した高密度の水瀑障壁で、魔弾を辛くも受け止めた。

 同時に障壁が渦を巻くや、魔弾を掻き消す高圧水流の弾幕が弾き出され……聖皇国の牙を遠のかせる。


「せっかく巡り会えた賢者様を、やらせる訳にはいかないアル! 地霊金剛刺巌ダイナ・ダイア・ニドル、貫くアルよっ! 」


 双眸を凛々しく引き締めた泣き上戸精霊ノマも、大地から無数に突出する硬質の牙で猛追。

 巡り会えた主のためと、聖皇国の牙へ一矢報いんとする。


 しかし精霊の連携さえも舞う様に交わす牙は、同時に感嘆を言葉に乗せた。


「決して彼らに強要せず……その上でここまで信を得たミシャリア嬢。あなたは今までボクがお目に掛かった術者の中でも、またと無い逸材だよ! 」


「そう言うお褒めを、敵対存在に掛けられてもあまり嬉しいものではないね! それにこの様な事に及ぶ、納得のいく説明を所望する所だけど——」


「すでに手合わせを開始してそれも何だ……! ならばしーちゃんにグラサン! このポット出導師さんへ畳み掛けるよっ!? 」


『お任せやっ! 行ったるで~~風撃嵐刃エアロディ・ストレーナー——避けてみなはれやっ! 』


『このクレイジー過ぎる魔導術式展開中で、無茶やるな! ならば……火焔大蛇瀑流ブレイジア・パイソンっ! ご期待に添えてやるぜ、ファッキンッ! 』


 残念精霊シフィエールの風の刃が、そして火蜥蜴親父サラディンの火焔の大蛇が——桃色髪の賢者の纏う修練装備エクスペリメンターから巻き起こる。

 だが——放たれる威力は、今まで精霊が展開した力のそれを遥かに上回る。

 爆発的に上昇した術者の魔法力マジェクトロンを喰らう精霊らが、生み出す力を強化増幅。


 賢者少女は己の魔法力マジェクトロンを精霊へエネルギーとして食らわせる事で、彼らが持つ無詠唱固有術式を我が力の如く展開していたのだ。


 それはさしずめ四大精霊の猛襲。

 さしもの聖皇国の牙も、常時展開するであろう防御障壁の上から立て続けにそれを食らう事となり——

 魔法力マジェクトロンによるダメージ軽減を掛けながらも、後方へと弾き飛ばされた。


 ニヤリとしたり顔を浮かべる双方が、さらに互いの術式にて幾度と接敵する。

 そのの息もつかせぬ魔法戦闘は、いつしか賢者少女の仲間たる法規隊ディフェンサー面々からも言葉を刈り取っていた。


 己が守り続ける主が秘めた、底知れぬ可能性がそうさせたのだ。


「そこまでだっ! 」


 そんな崇高なる対決へ制止を入れた声。

 一行の内でも、狂犬にフワフワ神官には聞き慣れた——しかし桃色髪の賢者にとっては懐かしき老齢の声音が響いた。


「……この、声!? あなたは、!? なぜこの様な——」


「良い所でしたが……仲裁ならば致し方ありませんね。」


「は? いや……ちょっと待つんだ!? レ……レイモンド卿だって!!? 」



 己の声に被せた聖皇国の牙の言葉。

 そこへ様々な方向への疑問符が強襲した、桃色髪の賢者が盛大に動揺を顕とする事となる。



∫∫∫∫∫∫



 全く以って、これはどんなサプライズだと口にしたい所。

 私は警備隊でも、フェザリナ卿に付くローブの側近がいるとの情報はテンパロットから聞き及んでいた所——


 けれど眼前の光景は目を疑う物でした。


「……するとこれはアレかい? 君——確かカミュとか言ったね。その君がレイモンド卿と呼んだこの方は——」


「許せよ? ミシャリア。我とて、好き好んでこの様な対面を望んだ訳ではないのだ。」


「ボクも騙すつもりはなかったのです……ご勘弁下さい、賢者 ミシャリア。要はそこのモンテスタが取り返しの付かない事態を引き起こさぬための——有り体に言えば監視と言う訳です。」


魔法力マジェクトロン全開の私を腕試ししたと……本当に笑えない冗談だよ君。」


 我が師でありアグネス宮廷術師会の実質の権力者 レボリアス・バラル・レイモンド卿その人が警備隊……すでに大半の不逞の輩をふん縛った所の、フェザリナ卿と居並ぶだけでも想像に難くありません。


 つまりはこの高貴なる方々の掌の上で、私達は踊らされていたと言う訳だね。


 そんなやり取りへ吠えた者が一人。

 それはすでに後手にお縄を頂戴した、今回の騒動の発端たるモンテスタ導師でした。


「テメェ、カミュ……裏切りやがって! 俺はこんな結末は認めねぇ! 落ち零れのクソアマに、精霊と協力だぁ!? ふざけるなよ——」


「術師会はそんな、精霊に媚び諂ってテメェの魔法さえまともに扱えねぇ奴がいていい場所じゃねぇぞっ! 」


「裏切ったとは心外です。ボクはあなた方にとは言いましたが……とは一言も言ってませんよ? 」


 言うに事欠いたおバカチートさん。

 敗北したのが理解できないのか——お縄を頂戴しながらも吠えまくる醜態。

 私ももう自分が罵られようと、哀れさが優位に立ち過ぎ言葉さえ失ったね。


 けれどそんな哀れ過ぎるチートさんを一瞥した、お師様がその前へと歩みよります。

 正直私も、それ以降に訪れた事態は驚愕でこのザガディアスを何周吹っ飛んだ事か分からないよ。


 それほどに一大事な言葉が——


「この後に及んでその見苦しい姿……恥を知れ、モンテスタ。お主が受け入れられぬと言うならば、その稚拙極まりない考えなどひっくり返す宣言を今ここでしようではないか。」


 我がお師匠である、大賢者 レボリアス・バラル・レイモンド卿より放たれたのです。


「これより我——アグネス宮廷術師会 代表であるレイモンドが宣言する! 我が本局代表の後進の座は長らく空白……相応しき者がいないのが実情であった。だが——」


「かのエルデインが誇るウィザード・オブ・クラウンも認めた術者を、改めて本局代表の座へと据えたいと思う! その者は、今や飛ぶ鳥も落とす勢いを持つ新進気鋭……賢者 ミシャリア・クロードリアである! 」


 静寂が……私含めた法規隊ディフェンサー一行を包みます。

 そして——


「ミーシャが……本局代表!? マジかよ!? 」


「ヤバイヤバイ! ミーシャ凄すぎ! 」


「はは……ウチの賢者様、とうとう行き着く所へ——」


「凄い——凄い、なの! 」


「やだ……ペネ、なんか涙が出て来た感じ。」


「カカッ! これはワシも想定しておらなんだわ! 」


「ほんまおす~~。まさに、ウチらの見込み通り言う事おすな~~。」


 素敵な家族たる仲間の言葉ががキッカケとなり……精霊の仲間達までもが煽る様に——群衆と精霊達へ掛け声の音頭を取ったのです。


「術師会が誇りし、ミシャリア・クロードリア……! 」


「賢者、ミーシャ……精霊と手を携えし者! ほら皆はんも——」


「「「「ミーシャ、ミーシャ、ミーシャ、ミーシャ!! 」」」」


「ちょっ……しーちゃん止めないか!? 恥ずかしいだろう!? 」


 自分でも顔から大量の湯気が噴き出すのが分かる私。

 そこへ飛びつく、精霊の最初の友達たるしーちゃんが、涙さえ浮かべて私を賛美し——



 それをただ呆然と見るしか出来なかったモンテスタ導師が、惨めに引っ立てられるのを尻目に……訪れた奇跡の瞬間に浸っていた私がそこに居たのです。



∫∫∫∫∫∫



 導師モンテスタの悪事を暴いた法規隊ディフェンサー

 それを取り纏めていた桃色髪の賢者ミシャリアへ、驚愕のサプライズが押し寄せる。

 事を静観していた大賢者 レボリアス・バラル・レイモンドより、それは贈られた。


 それは後のアグネスを始めとした世界——取り分け、魔導社会に新たな旋風を巻き起こす事となる。



 だが——その嵐さえ傍観する者が忍び寄っていた。

 それこそが……この法規隊ディフェンサーが部隊として正式に登録されるまでの、最後の試練となるなどとは——


 そこにいる誰もがまだ知らずにいたのだ。




∽∽∽∽∽∽ アグネス王国 首都 ハイゲンベルグ ∽∽∽∽∽∽


被害 : 無し  

借金 : モンテスタ導師の犯行による理不尽なる多額の借金発生  

借金口座名義 :(本人は悪事に関わり無し)     

       ――――ミシャリア・クロードリア

          

食堂バスターズ————なんたる事か……ミシャリアが

           マネーロンダリングの餌食にっ!?


∽∽∽∽∽∽果たして彼女の借金の行方は!?∽∽∽∽∽∽

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