Act.126 脅迫の渦中、大地の精霊

 ハイゲンベルグの中央街。

 王宮城下町からはいささか離れ、女王陛下の目も届き難くなるそこで――

 チート精霊使いたるモンテスタ・ブラウロスの横暴が、人知れず猛威を振るっていた。


 中央街でも堅固な建物が立ち並ぶそこ。

 ジュエルと硬貨によるアバウトな金銭やり取りから脱却する様な、世界的な金融システム移行にともなう重要施設がひしめいていた。


 そんな中で堅固さはさほどではないが――様々なひと種や他の生命種が出入りする場所。

 が……そこは数少ない客と思しき者も不自然に畏こまる相手――不審さを除かせる高貴なる者が幅を利かせていた。


「では。くれぐれも警備隊の女狐には悟られるなよ? 」


「……アイヤー。いつまでチンはこんな事をせねばならんアルか……。」


「はあっ? いつまでもねぇだろ。お前は? それがテメェの金銭を扱う能力で生かされてるんだ――導師様へ感謝こそすれ、口答えするいわれはねぇ。」


「消えたくなけりゃ、大人しく従うこったな。」


「……あ、あんまりアル。」


 建物内は金銭を取り扱う場所であろう。

 しかしその雰囲気は――すさんでいた。

 ではなく、――である。


 なりは高貴なる貴族を装うが……その口から導師の名を吐き捨てた。

 同時に――店主らしき小柄な男へとの言葉も突き付けた。


 荒くれの様な客が立ち去るや、盛大に息を吐いて力を抜いた小柄な男性。

 店番であろうが、その表情には積み重なった焦燥が浮かんでいた。


「……あの、ノマさん――術士会の連中は行きました? 」


「もう出てきてもいいアル。怖い思いをさせたアルね。」


「め、めっそうもない! あんな〈アカツキロウ〉の大悪党である、〈ヤクザ〉みたいなのに絡まれてるのはノマさんです! 私達を守るために――」


「致し方ないアルね。チンは精霊服従契約を拒んだ身アル。だからアルよ。そんなチンが勝手にここを離れては、ひと種のあなた達に迷惑が掛かるアル。」


 店内の古びた雰囲気はおもむきからのもの。

 しかし、今しがた起きた面倒ごとがそんな店内をさびれた姿へ変貌させた。

 貴族を名乗る者達を恐れた客が遠のいた店内奥より、当の店主オーナーと思しき心もとない男性が顔を出し——

 輩な貴族に凄まれた、精霊服従契約を突っぱねたと言う小柄な男性……ノマと呼ばれた彼をおもんばかる。


チンは呪い付けされた時点で、この街銀行から離れられない運命となったアル。それもチンが精霊服従契約を断った自業自得——」


「それがオーナーに迷惑をかけてしまっている今、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいアルよ。」


 店主にいたたまれぬ思いを吐露するのは大地の精霊 ノーム。

 輩な水霊ディネの様にひと種との交流が身体に染み付き、生命種の様な出で立ちで社会の中に溶け込んだ精霊の類である。


 そんな彼の零す言葉にチラつくのは、紛う事無きチート精霊使いモンテスタの蛮行の一端。



 法規隊ディフェンサーが思う以上に、不逞の蛮行の及ぼす被害が王国社会の広範囲へと……静かに浸蝕を始めていたのだ。



∫∫∫∫∫∫



「では、国内での道中はお気を付けて……警戒だけは怠らないで下さい。私はこのお宿にて、あなた方の休息時のお世話に尽力させて頂きます。」


「すまぬのアスロット。では食事を頂いたら早々に事を始めるとしよう。」


 法規隊ディフェンサー一行の内、英雄妖精リド率いる裏取り調査組は監視組もうらやむ豪勢なお宿での一泊を過ごしていた。


 監視組の一騒動から一夜明けた早朝。

 一行のお約束が鳴りをひそめる様な静けさは、とてもバスターズと呼ばれる者達の食事風景とは思えなかった。

 お宿の一般食堂――といっても、そこでの豪勢さも群を抜く。

 食堂バスターの引き金は大方が狂犬テンパロットツインテ騎士ヒュレイカの絡みから始まる故、二人が別行動している時点で

 ――即ちそこへも、桃色髪の賢者ミシャリアの采配が活きていた。


「なんじゃ……テンパロットとヒュレイカめが別行動を取るだけで、食事がこれほどまでにつつましやかに迎えられるのか。お主ら? 」


「うう……に突っ込まれた。あたしの心はただ今ブロークンハート中だよ。慰めて欲しいな?私の妹分さん。」


かもしれんが、そのもの言いだけは健在の様じゃのっ! オジジ呼ばわりは聞き捨てならん! 訂正せぬかっ! 」


「もー(汗)ヒュレイカさんは甘えすぎな感じねぇ。そしては落ち着け。今は重要作戦遂行中な感じだから。」


「だからそのオジジの所を訂正せいと――」


「シッ! 、ちょっと黙る――ここは食堂……なの! 」


「……小僧。心が壊れそうなのはワシの方じゃて。」


「「「それはないな。」」」


 しかし如何せん、いじり愛は健在のやり取りに終始する裏取り調査組。

 朝食を早々と済ませて、本命となる調査に乗り出した。


 そんな中、の積荷からいくつかの小袋を取り出したオサレなドワーフペネ

 中身を品定めし、周囲を見渡すと何かを探りつつ見定める。


 唐突な行動に姉貴分たるツインテ騎士が疑問を投げた。


「あらペネ。その小袋は? 何か、かなりの量が入っている様だけど。」


「ああこれ? これを話す前に、ヒュレイカさんはペネが法規隊ディフェンサーに同行すると言った際、宣言した条件は覚えてる感じ? 」


「んん~~? 自分の借金は自分で返す――の下りかな? 」


「正解な感じよ。この小袋の中身は旅の最中、作り溜めた装飾の数々な感じね。もちろん法規隊ディフェンサーでの旅の道中は、ハード極まりないスケジュールだったから――」


「これはそれ以前に作り溜めた、ペネお手製のドワーフ装飾な感じよ。あと! 」


「いや、そんな無理に乗りツッコミしなくても(汗)。」


 手入れの行き届く金に染め上げた御髪をひるがえし、渾身の作品を披露したオサレなドワーフ。

 と……己でドワーフ呼称したはずが、ビシィ!と騎士を指差し突っ込んだ。

 その無理矢理感で嫌な汗に濡れるツインテ騎士は、小袋の中身をチラリと見やり――思わずノドから手を出る勢いで歓喜した。


「すわっ!? これ全部ペネが作ったの!? 凄い、めちゃ綺麗じゃん! 何これ、あたしが欲しいくらいだわ! 」


「フフン! ペネに掛かればこの程度はお手の物な感じね! 」


 披露された装飾品の数々は、赤き大地ザガディアスでも名だたる名産品に数えられるドワーフ装飾工芸品の一端。

 あのソバ屋店主 ケンゴロウ・リバンダを父に持つ彼女は、そのドワーフが持つクラフトマン技能を脈々と受け継いでいた。

 ドワーフの点を否定するところは変わらずだが……。


 しかしそのクラフトマン技術が生み出す装飾工芸品こそが、彼女自ら借金を返済する手立てであり――正統魔導アグネス王国や魔導機械アーレス帝国などの一大勢力を誇る国家間でも通用するあきない手段であった。


 お宿のロビーでそれを広げたオサレなドワーフを一瞥した英雄妖精は、意味ありげに装飾を見定め……これより展開される裏取り調査に絡めた内容を口にした。


「ふむ、なるほど確かに――ケンゴロウの血統が生むクラフトマン技術の恩恵。今回は打ってつけのようじゃな。と言う事は――」


 先のいじり愛の応酬から、早々と意識を英雄のそれへ変化させたへ――

 正解とばかりにしたり顔を浮かべたオサレなドワーフが首肯した。


「リドさんの予想通りな感じね。ザガディアスでも値の張る装飾工芸品――そこに群がるのは、何も感じよ。」


「カカッ! 伊達にアーレスでの生活をあきないで食い繋いではおらん様じゃな、お主。なれば――と言う所じゃろ。」


 工芸品を通して、不敵に笑いあうオサレなドワーフと英雄妖精。

 微妙に置いてけぼりを食ったツインテ騎士とフワフワ神官フレードは、流石に及ばぬ知見範疇からか……呆然と二人を見守りつつ不満を零した。


「あー、フレード君? あたし達珍しく、置いてけぼり食らってるみたいな気がするんだけど? 」


「ヒュレイカお姉ちゃんと意見が合うのは、ボクも珍しい――なの。全くその通り……お二人の思考が、全く読めないの。ちょっとなの。」


 ブーブーと置き去られた事に不満を洩らす二人と、謎の意気投合を見せた二人。

 早朝の連星太陽が王国の街並みを照らし出す中で、まず裏取りのための仕込みを展開するべく――



 裏取り調査組は一路、王国が誇る商店街……それも少し大通りから外れた足を進めて行くのであった。

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