Act.66 恐竜レックシアと謀略のミシャリア

 荒れ狂う炎が圧力と衝撃を伴い村を焼く。

 吐き出された炎熱の嵐が舞い飛ぶ建物さえも消し炭と化し——その中で生存できる生命は皆無と言える惨状を撒き散らす。


 だが——


『オリアナ嬢も言った事じゃが……我らがおる前で——その娘にはブレスの一発も届かんぞっ!暴竜よっ!!』


 桃色髪の賢者ミシャリアは灼熱のブレスに包まれたかに思われた——が……竜種のブレスを警戒していた英雄妖精リドが木の精霊術式を展開。

 光柱を通して賢者少女が術式展開を行った事から、英雄妖精側からも術式行使が可能と判断するや賢者少女の危機一髪を防いだのだ。


 しかし暴竜レックシア……上位種エルダー級から脱したばかりとは言え、学ぶ頭脳を得るまでに至った生命のそれは厄介そのものであった。

 吐き出されたブレスの威力も桁違い——さらに木の精霊術式で編み上げた霊樹の障壁では、不利は否めず……猛るブレスの熱量で焼き切られ始める。


「もしかして……攻撃が届くと——思ったの?甘いのっ!」


 霊樹の障壁が尽く炎に焼かれ……桃色髪の賢者周囲を瞬く間に業火が取り巻いて行く。

 映る光景で、次こそ暴竜も獲物を仕留めたと判断した——だがしかし……今の法規隊ディフェンサーはその程度で屠られはしなかった。


 上空を旋回していたフワフワ神官フレードが至高神ソウトの祈りを纏い……己が法衣の下部装備を外して障壁化——賢者少女の眼前へと舞い降りていた。


「リド卿!そしてフレード君、助かったよ!まさかここでブレスを学ぶとは思わなかったけど——もう一つこのバカ竜には学習して貰いたいものだね!」


 賢者少女は未だ術式展開中に付き無防備を晒け出す。

 その中にあって睨め付ける双眸が、古代竜種エンドラなどに怯まぬ気合を宿し——

 今まで共にあった二人の護衛の名を呼んだ。


「テンパロットっ!ヒュレイカ!相手は生命にあだ名す異獣……遠慮は要らない——派手に追い返すんだ!!」


 響く声——

 同時に駆け抜ける二つの疾風が……暴竜の足元を一閃——刹那、噴き出す鮮血が一帯を染め上げた。


「うごおおおおおーーーっっ!?」


「ああ済まないな、レックシアとやらよ!図体がデカすぎて、的に困らなかったぜ!」


「同感ね!しかし硬い皮膚……斬馬刀ホース・スラッシャーモードでもこの程度って——あり得ないわ!?」


 駆ける疾風は狂犬テンパロットツインテ騎士ヒュレイカ

 しかし今回は相手が相手……そこへ手加減など必要無しとそれぞれの得物を振り抜いた。


 それは即ち……かの魔導機械アーレス帝国が誇る、策謀の皇子サイザーに仕えし二人の最強を解き放つと同義——裏舞台で数多の死を背負い続けた忍びキルトレイサーと、騎士クラス最強と名高き破邪騎士カースブレイカーにより見出された剛剣を振るう宮廷騎士の独壇場であった。

 加えて彼らは今ままさに精霊を装填した……言わば二柱の精霊の加護を上乗せされた最強状態。


 違えてはいけないのは——力を使う場所を過てば、その精霊はひと種へとその牙を剥く。

 それを背負うからこそ得られる、重き代償と引き換えの最強なのだ。


 そして桃色髪の賢者は先まで無防備であった中、したり顔で巨大なる驚異を睨め付け——開くその口よりありったけの声量で吠える。

 魔導機械アーレス帝国……超法規特殊防衛部隊ロウフルディフェンサーの誇りを掲げる様に——


「暴竜レックシアとやら!そのオツムに僅かの思考が宿るならば……君が贄にと考えている生命が、いつまでもやられっ放しでいると思わない事だ——」


「ほら今も、控えている——ここは引いた方が身のためだと思うけどねっ!」


 単なる獣扱いの下位種レッサー級では、言葉でのコミュニケーションなど不可能——が……古代竜種エンドラと呼ばれる位まで進化を遂げた竜種であれば、少なからず人語を理解する知能も宿るはず。

 賢者少女の脳裏にしかと蘇る知識は、己が仕えしかの第二皇子殿下より賜った生物学上の特徴である。


 まさに努力と研鑽が生んだ化け物は、……巨大なる、生命への敵対者へと挑んでいた。

 それこそが—— 一人……また一人と彼女を慕う様に仲間を集わせる事の叶う、確固たる証なのだ。


「ぐおおおおーーーーん!!」


 少女が吠えた直後。

 僅かの間を置き、荒れ狂う驚異の咆哮が大気を揺らした。

 それと同時に身をひるがえした暴竜……大地に散らばる村の建物残骸を踏み散らす様に、活火山ラドニスへの進路を取る。

 暴竜は確実に人語を理解するレベルまでの進化を遂げ——だからこそ、己の部の悪さを少女の言葉で悟り引き下がったのだ。


 詰まる所——法規隊ディフェンサーと暴竜の最初の会敵は、法規隊彼らの繰り出した謀略の勝利である。



∫∫∫∫∫∫



 まさに間一髪。

 自分が狼狽うろたえつつも、立ち直った直後に感覚が研ぎ澄まされていた事とかが功を奏し——いえ……それは流石に無理がありますね。

 今回ばかりは奏したとも言えない状況が私達の目を焼いています。

 確かに民への被害は、一部避難中の転倒など大小の怪我も確認していますが……そこはフレード君の癒しが威力を発揮し——至高神を仰ぐ光の神官の救いで難を逃れました。


 しかしむしろ問題は——


「暴竜を追い返すための苦肉の策とは言え……村にこれだけの被害を出してしまうとは——」


「正直これでは、殿下が構想に抱く崇高なる部隊には遠く及ばないね……。」


 あのバカ竜さんが向かった来た活火山ラドニス方面から西へ向け……村端から続いていたなけなしの集落が跡形もなく踏み潰され——策の起点となった中央広場周囲は、あの強力なドゥラゴニックブレスで消し炭。

 これでなんて、一体どの口が言えるんだろうね。


 餌食となったのは家畜達ですが、家畜とて村人にとっては家族同然。

 それを被害が無いなんて、死んでも口には出来ませんでした。


 けれど——


「おお……賢者様。この様な辺境の村を暴竜からお救い下さり……村の者皆、感謝の念に付きません。本当に……ありがとうございました。」


「いや……この惨状を見て、私達が見事暴竜を撃退したなどとは口が裂けても言えない所だよ。他にもっとやりようはあったかも知れないのに——」


 呆然と立ち尽くした私の前へ歩み出たのは、リド卿により避難させられていた村長の男性——初老の小柄な優しさ溢れる謝意が、今の私には痛々しく心に突き刺さります。


 そんな私の自重する様な言葉に——村長の男性は静かに語ります。


「……気を落とさんで下さい。聞けばあなた方は我らが祖国であるアーレス帝国に名を連ねる方々とお聞きしました——」


「それこそ我ら辺境の民にとっては、救いその物でございます。そもそも我ら火山周辺に住まう1000人に満たぬ村民は元を辿れば移民であり——それを国内へ受け入れてくれた、かのアーレス皇帝陛下に大恩抱きし者の集いでございます故。」


 語られた言葉は、殿下からもお聞きした事無き事実。

 正しく想定など遥か彼方にぶっ飛んだ私の肩へ、ポンッと置かれた手で振り返り——そこにあったリド卿の「胸を張れ。」の視線を頂きます。


 さらに続くは、我が隊の誇る護衛達。


「まあこの展開は、図らずとも多くの弱者を救う結果になったんじゃねぇか?」


「そうねぇ~~。殿下としては、これも思惑通りなんだと思うけどな~~。」


 並べ立てられた賛辞にむず痒さを覚えた私は、ちょっと頬を赤らめ——けれどそれが、素敵な仲間達のフォローと悟り俯きそうな顔をしかと上げます。

 生命の敵対者となるかの古代竜種エンドラを撃退したと言う、敢然たる事実を胸に刻み——


「村の方々は、一旦港町フェルデロント方面へ向かってくれるかい?こちらでもすぐに、この知らせを帝国の騎士団へと報告……て言うか——」


「殿下の思惑通りならば、すでに港町周辺へ騎士団率いる私設部隊が到着してる事だろうけど——まだ暴竜を撃退しただけだ。だからね。」


 仲間の支えを一身に受け、私はいけしゃあしゃあと言い放ちます。

 ——と——


 流石にその言葉の羅列を受けた村長が、仰天と共に双眸を見開いた時——

 突如として響いたのは少しばかり小さな少女を思わせる声。

 何事かと声の方を振り向いた私達の内……まさかの


「あんた達とんでも無いわね!つかマジで暴竜やっちゃう!?気に入ったわ——ペンネロッタも力を貸してあげるわっ!何……お礼はいらない感じよ!」


「っ!?……だ、誰だい!登場がいきなり過ぎて、思考が追いつかないのだけれど——」


「何あの娘!?ミーシャより小ちゃくて……そして可憐——いや決してミーシャが劣る訳じゃないけど!」


「つかあんた達、がウザいわね(汗)」


「右に同じだなおい……(汗)」


 そんな私達に、あからさまに白い目で突っ込んで来るテンパロットとオリアナ。

 しかし何と——次に放たれる、突如として現れた少女へ向けた……その一同が目ん玉剥いてひっくり返ってしまうのです。


「……てやんでぃ!お前、今までどこほっつき歩いていやがったんでぃペンネロッタ!ウチのソバ屋がこんな有様だって時に——」


「「「「……は?ウチの……??」」」」


「おう!失礼だが、アレがウチの娘のペンネロッタ・リバンダでぃ!賢者様が想像した通りで無くて申し訳ねぇこったな!」


 ドヤッ!と視線を送りながら言葉を発したのはケンゴロウ氏——あの【火山のソバヤ】店主その人。

 そうです——……、私達の前に颯爽と現われたのです。


 程なく事実に辿り着いた先にそれを想像した私含む面々が、泡を吹いて卒倒したのは言うまでもありませんでしたとさ……。

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