Act.47 アーレスを臨む街、フェルデロント

 2日半の航海を経た海が朝日を讃える頃——

 海洋イザステリア水平線に臨む山々のふもとへ、石造りの建築物が所狭しと立ち並ぶ港が視界を占拠します。


 そう……ここが正統魔導アグネス王国から西海洋イザステリアを挟んで東に位置する、私達法規隊ディフェンサーにとっての本拠地——魔導機械アーレス帝国領西の沿岸港町……フェルデロントです。


 するとバラ黒さんが、その赤い目を白黒させ想定通りを演じてくれます。


「な…何よこの港街!?とんでもなくデカいんだけどっ!?つか、タザックなんて比べものにならないじゃないのっ!」


「あーはいはい、お上りさんは少し黙ってようね~~。それにしてもこの景色……数年ぶりかしらね?ミーシャ。」


 お船の手摺り前でピョンピョン跳ねる、正にお上りさんをヒュレイカが振って来た通り——部隊が組織されて間も無く、大陸を離れ海洋を越えた私達は数年ぶりの景色となります。


「そうだね。さあ……下船までは少しあるから、皆荷物をまとめておくといい。くれぐれも忘れ物に注意しておく様に。」


 さすがに大陸を船で渡った私達の手荷物はそれなりの量となり、中でも武具の類がかさむ実情は避けられず——厳選しつつも必要な物を備え、部隊にとっての故郷へと足を踏み入れます。

 ……大概の重量物は怪力が持ち味のツインテさんに任せてますが(汗)


 けれどこの時、微妙に頭から抜け落ちた最重要事実が——

 程なく下船した私達を襲うとは——お天道様でも……いえ、とは思うけどね。

 ……その事実に襲われたのです。


 タザックとは比べるまでもない規模の港岸壁へ、私達が搭乗したキャラック船が接岸。

 おろされた緩い階段状のタラップから、大陸への渡航者や故郷を懐かしむ客らが次々下船し……いささか大荷物の私達一行は、皆さんへお先にと促し最後に下船します。


 そして数日ぶりの陸地を踏みしめた私の耳元へ、オリアナがコソッと不穏を宿しながら耳打ちしてきました。


「(ちょっとミーシャ!これ、一体何なの!?この、間違いなく歓迎なんてされてない雰囲気は異常なんですけど!?)」


「んんっ?何を——」


 と、訳の分からない事を告げられ眉根を寄せた私は——

 オリアナが視線を飛ばした先を見て……「あ~~……うん。これは別に——おかしくはないんだよ(汗)」と零して、その主な原因へと視線を移動します。

 ——そうだよね?これは正に?と、ちょっと青ざめた表情のテンパロットとヒュレイカへ……視線で非難を送るも止む無しなのです。


 そうやって立ち止まり、硬直する私達が進むのを躊躇ちゅうちょする中——眼前の……、言葉を発し始めます。


「おうおう、おめえさんら!よくもこのフェルデロントに顔を見せられたな!俺の夢を詰め込んだ開店間もない郷土料理店——粉々に吹き飛ばされたあの無残な姿は忘れねぇぞっ!」


「そうさね!あたしの店なんか、代々じい様やそのまたじい様が受け継いだお店だったんだ……それをそこのおバカ二人がメチャメチャにして——」


「ウチだってそうだぜ!?借金抱えて立て直した、帝都の伝統あるグルメ祭でも出店経験のある三ツ星食堂——そこの怪力女の大剣グレートソードが、壁ごと薙ぎ倒したんだ!忘れたとは言わせねぇぞ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図とはこう言う事を言うのかな?


「……あんたら(汗)いったいこれまで、どれだけの食堂を壊滅させたのよ……。」


 冷や汗しか浮かばない私へ……すでに同じ穴のムジナとなったはずのオリアナが、呆れた表情のまま心情を吐露します。

 隣に立つフレード君でさえ……若干引き気味で後ずさる始末。


 何かこのまま、故郷へ辿り着いた途端に海洋ど真ん中へ国外退去させられそうな勢いの私達。

 その状況が、私も聴き馴染んだ凛々しき呼び掛けで事無きを得る事となるのでした。



∫∫∫∫∫∫



 久方ぶりの故郷の地を踏みしめた法規隊ディフェンサー一行が、その二つ名である悪名が起こした事態の所為でそのまま海へと追い返されそうになる中——

 彼らを囲む様に広がり、憤怒捲き起こる群衆中央……少し後方からやや高らかに叫ぶ様に声が響いた。


「皆、すまない……通してくれるか!彼らはオレの連れだ!それに皆もあまり悪ふざけは頂けないぞ!?」


「はいはい、ちょっと通してね?殿下の言う通り、故郷へ戻った同郷の者への対応としては……さすがに度が過ぎてるわよ?」


 響く二つの声に反応した群衆が、慌ててその道を二つへ分かち……その中央を悠々と二頭の馬が行軍する。

 揃う毛並に、あしらわれたくらは重厚な貴金属が眩く輝くそれ――紛れもなく皇族が駆る血統書付きの軍馬の出で立ち。


 その上から今しがた声をかけた人物がヒラリと舞い降り……群衆がこうべを垂れてひれ伏そうとした時——


「皆、そんなにかしこまる事は無いぞ?何せオレは泣き虫で、無能な皇子だそうだからな。よってオレは、皆と変わらぬ一般の民と言われても差し支えない。」


 清々しさのまま語り、己を皇子と名乗るも——その者は、蒼き双眸に紺碧の御髪。

 そして御姿に誂えた様な蒼の輝く軽甲冑に、紺碧のローブをひるがえす。


 対し——隣へ同じく馬を降り並ぶは赤き烈風。

 目も眩む様な赤髪を後頭部へポニーテール状に束ね、赤眼凛々しき整った顔立ちの見目麗しき美少女。

 しかし携える長剣バスタードソードは、ただのお飾りではあり得ぬ歴戦の傷を刻む。


 眼前に現れた姿へ驚愕を露としたのは、白黒少女オリアナフワフワ神官フレード

 今までお目に掛かった事すら皆無であろう、正真正銘の帝国皇子と……それに付き従う赤髪舞う最強の騎士を視認し——


「……ミーシャ、あんた——本当に帝国の部隊だったのね。」


「ボクも王族様……アグネスの王族様しか、見た事無いの。これは——初体験……なの。」


 ポカンと開いた口で言葉を漏らした。

 その白黒少女の無礼な発言には眉根を寄せ嘆息した桃色髪の賢者ミシャリア——が、皇子殿下を御前に控えた彼女はそれを流しつつ……まずは帰還した部隊を取り仕切る者として応じる事にした。


「ただいま戻りました、サイザー殿下。魔導式通信でお話しした件諸々……その対応をお願いしたいと思います。」


 殿下直々にこの場へ現れた事で、可能な限り極秘となる点を避ける様に返答する桃色髪の賢者。

 それを見やる蒼き皇子サイザーも、魔導式通信映像では測れぬ彼女の成長の様を隈なく見定め……映る面々の素性へと思考を巡らせた。


「通信になかった新顔が見えるが……なるほどその法術服——あらかたの状況は掴めた。が、君達は長旅から帰ったばかりだ……まずはこちらの準備した宿泊施設で体を休めるといい。ジェシカ、頼む。」


「ええ、分かったわ。さあ皆さんも、彼らに対しては思う所もあるかと思いますが……ここは殿下に免じておさがり下さい。」


「……殿下やジェシカ様がそうおっしゃるのでしたら。」


「おまえさんら、殿下に感謝しとけよ!ちくしょーっ!」


 その場の状況から、即座に事態への推測を図る蒼き皇子——飛んだ指示で努めて民をおもんばかりつつ、場の沈静化に尽力する赤き騎士。

 流れる様な対応を受けた民も、いたずらに騒ぎ立てる事もなく手にした得物を収め……ようやく一行も、部隊の故郷の地へ受け入れられた。


「殿下……この度は申し開きもございません。このテンパロットめが不甲斐ないばかりにこの様な——」


 場を見計らった狂犬テンパロットが、微妙に態とらしさを込めた態度でかしこまろうとした矢先——大気を切り裂く様な剣閃が飛んだ。


「——っぶな!?て……あの~~騎士隊長?はマジで洒落にならんのだけど……(汗)」


「ウェブスナー……あんまり悪ふざけが過ぎると私としても容赦は出来ないわよ?そもそも今見舞った事態は、あなたが主な原因でしょうが。」


 舞った剣は赤き騎士ジェシカ長剣バスタードソード

 名匠により鍛えられた業物バスタードソードは、鋭利なる刃に魂すら宿し……それが狂犬の喉元に突き付けられる。

 しかしなんと、そこへ割って入る者——度重なる狂犬との痴話喧嘩で、食堂バスターズの汚名を不動の名へ昇華させたツインテ騎士ヒュレイカがまさかの行動に出た。


「待ってください、ジェシカお姉さま!確かにテンパロットも……——違う……——」


「ああっ!?ちょっと待てや、このメスゴリラ!何で上げてきてんだ!?お前だってかなりの暴走で並み居る食堂を——」


「何をしているんだ!こんな殿下の御前で——」


 だが……割って入ったツインテ騎士が微妙にした事で、狂犬の悪い癖——売り言葉に買い言葉が発動してしまう。

 それには流石の桃色髪の賢者も、耐えかねて仲裁をと足を踏み出したその時——


 飛ぶ剣閃が先程とは比ぶるまでも無い殺気を纏い、刹那——狂犬とツインテ騎士の頰にかかる髪をハラリと舞い散らせた。


「この状況下――それすら意に介さぬ私の前での押し問答……相変わらずいい度胸ね、二人共。」


 言わずと知れたその剣閃は、赤き騎士が放った剣撃である。

 それも電光の様な一撃が、……まさに最強の騎士を謳われた御技であった。


 硬直し……髪まで真っ白になるの状況を、間近で目撃してしまった参入の日も浅き二人の新人は——


「「恐っ……(汗)」」


 目にした恐怖をそのまま口にし、へ哀れみの視線を送りつける。

 そんな一部始終を見やる蒼き皇子も嘆息……滴る嫌な汗を躍らせて、想定していた珍劇へ呆れる様な面持ちと供に懐かしさを贈呈した。


「……ジェシカ……オレはホドホドにと言わなかったか?全く……本当にあいも変わらずだな——お前達は……。」


 そんな一行らし過ぎる問答を経て——

 ようやく法規隊ディフェンサーが皇子の予約した宿泊施設へ足を運んだのは、すでに昼の連星太陽が天頂から傾き始めた頃の事であった。

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