財布VS財布

「ボランティア活動をしようと思うんですが」


 俺の素晴らしい発言に対して、水無月さんは、漫画的コミックイズムな反応を示した。


「……熱はない。

 フィーネ、高熱による脱水症状で、せん妄状態に陥るのって――」

「いや、正気ですが」

「…………」


 呼ばれて寄ってきたフィーネと、水無月さんは顔を見合わせる。


「Please listen carefully……アキラくん、ボランティア活動ってお金はもらえないんだよ? お、お小遣いが欲しいなら、フィーがあげるけど」


 そっぽを向いたフィーネは、財布を取り出して、束ねたドル札を手渡してくる。


「いや、当たり前だろ。ボランティア活動ってのは、人の清き善心で成り立ってるんだ。利益を求めるような下衆と俺を同じにするな。金品を我が物顔で求める青い時代は、遥か彼方だボケナスがそれはそれとしてもらっとくね」

「ひ、人のこと罵倒しといて金はむしり取るんだ……」


 そんなことを言いながらも、ドル札を手渡すフィーネは笑顔だった。たぶん、俺に求められているのが嬉しいんだろう。


 そうそう、財布ってのは人に使われるのが天命なんだよ(いい笑顔)。


「……アキラくん、ゆい以外の女の金を使うんだ」


 俺は、にこやかな笑顔で、フィーネの財布に金を戻した。


 瞬間、水無月さんの表情が、無表情から喜表情へとうつり変わる。あまりにも変遷が素早すぎて、仮面を付け替えてるみたいに視えた。


「なによ、ゆい……フィーが、アキラくんにお小遣いあげて問題ある……醜い嫉妬心ね……まるで、アヒルの子みたい……quack, quack……」

「薄汚い金なんて使ったら、ゆいのアキラくんがけがれるでしょう……そのしおれたドル束、どこのドブ底をさらってきたの……貴女の黒ずんだ腹の中……?」


 すげぇ! 財布と財布が喧嘩してる!!


 笑いながら(目は笑ってない)、見つめ合っていた財布コンビは、時間の無駄だと気づいたのか後ろ手に隠していた武器を懐に仕舞い直す。


「で、アキラくん、本題に戻るけど、なんでボランティア活動なんて?」

「雲谷先生への対応策ですよ」

甘味的Sweetな?」


 昼食時に話したことを憶えているのか、尋ねてきたフィーネに頷きを返す。


「ホームルームで」

「「あぁ、なるほど」」


 こわい。主語を発した段階で、理解されるのこわい。


「ホームルームで、雲谷先生がボランティア活動の募集をしてましたよね。自治体と連携をとって、一ヶ月間、毎週末に老人ホームで」

特定非営利活動NPO法人は絡んでない、ものの見事に学生向けな清潔感溢れる活動Fresh Activity


 多少はマシになったものの、斜に構えた態度のフィーネは、予想通り鼻で笑った。


「確かに、甘すぎかもね……渚くんから、情報を奪い取るんじゃなくて、与えてもらおうとするなんて」

「あの女性ひとは、俺に暴かれたがっていますからね。このタイミングでボランティア活動を誘致するってことは、間違いなく、あの女性ひとの深奥に続いてる。慈善活動は、ひとつの重要点キーワードだ」

「It’s a hassle……本人に聞けばいいのに」

「聞いたら隠れるんだよ」


 意味がわからないと言わんばかりに、フィーネは肩をすくめる。


 俺も同意見ではあるが、その心理はそうおかしなことでもない。人間は矛盾めいた行動をとるのが常だ。


 働きたくないと感じているのに、社会の模範ルールに則って出社し鬱になって首を吊る。正しい人間でりたいと願っているのに、心の奥底では暴力や不貞行為に手を染めたいと思っている。


 コレが普通だ。皆、気づかないところで、矛盾を受け入れている。


 だから、雲谷先生は“正常”なんだ……どこまでも、普通で、至極真っ当である。


 暴かれたくないのに、暴いて欲しい。


 矛盾めいた理論は、人間として、まともであるからこそ出てくる言葉でもある。


「で、何時に集合する?」


 当然のように付いてくるつもりなのか、水無月さんは、可愛らしいスケジュール帳を取り出した。


 どんなことが書いてあるのかと、覗いてみる。すべての日付に、びっしりと赤文字で『アキラくん』と書かれて♡で囲まれていた。


「こ~ら! ダメだよ、アキラくん! 乙女の計画スケジュールは、絶対、秘密主義なんだから!」


 俺を♡の牢獄プリズンに閉じ込める作業を、計画的犯行スケジュールと呼ぶのはやめろ。


「もちろん、フィーも行くわよ」


 俺としても、ふたりには同行してもらうつもりでいた。そもそも、してもらうつもりがなかったら、ぺらぺらと得意気に話したりはしない。


「じゃあ、申請書、記入してもらっていいですか? 俺のほうで提出しておくので」


 説明もしていないのに、当然のように、ふたりは“自分以外のクラスメイトの名前”を用紙に記載した。


「……こわ~」

「「なにが?」」


 なんで、意思入れしてないのに、全部わかってるんだろう。


 雲谷先生を刺激し過ぎないように、クラスメイトの名前を借用して、当日に入れ替わるつもりだったのに。ちゃんと、裏で交渉しやすいような、内申点稼ぎにあくせくしてるクラスメイトが、的確に選ばれてるのも恐ろしポイントだよね。


「集合時間は、10分前にしときましょうか」

「「わかった」」


 この財布コンビは、あんまり、敵に回したくないなぁ。




「「で」」


 当日、集合地点に集まった俺たちは――


「「なに、その女?」」

「ど、どうも~、き、衣笠麻莉愛マリアでぇ~す……」


 制服姿で、和やかに、挨拶を交わし合っていた。

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