苦味と甘味

「狙いがわからない」


 人気のない校舎裏で、卵焼きをつまみながら、水無月さんはそう言った。


当たり前よObviously現在いまは、ウンヤの独壇場Fieldだもの……フィー、卵焼きは、だし巻き卵が好きなんだけど?」

「人の弁当を奪いながら、ふざけた口を挟むのはやめなさい。タングステンで縫い付けるわよ」

「雲谷先生は……け、結局、何者なんでしょうか……な、なんというか、かつてのボクみたいに……なにかを偽ってるように感じます……」


 なんとも奇妙な、食事風景だった。


 石段に腰掛けた俺に相対する形で、愛情餓鬼ヤンデレたちが並んでいる。由羅と一緒に食事をとるつもりだったのか、離れたところでぽつねんと、マリアがこちらを伺いながら弁当を食べていた。


「そ、それで」


 頬を染めたフィーネが、しきりに自分の髪の毛を弄りながら声をかけてくる。


「あ、アキラくんは、その、どう思う……?」

「ねちょねちょに、砂糖漬けにしたやつが好きかな」

「卵焼きの話じゃないわよ」


 俺の華麗なる冗談ジョークを、笑顔をもって受け流す才媛。校内の水無月結ヤンデレは、座して默せれば、一流の優等生として振る舞える。


「……前に、俺は、似たような手を使ったことがありますよ」


 そう、恐らく、雲谷先生は、かつての俺と同じ手を使っている。


 ヤンデレたちとの遊園地デート……最後の観覧車に搭乗した際に、俺は膠着状態を狙って、あえて三人を呼び出して一緒に乗り込んだ。たぶん、雲谷先生はアレと同等の効果を望んでいて、ヤンデレたちの足の引っ張り合いを望んでいるのだろう。


 水無月さんたちの調査能力を考えれば、いずれは、見つかることが目に見えている。下手に手を組まれでもすれば、さすがの雲谷先生でも、守りきるのは難しかったに違いない。


 だとしても、先生、貴女はなにかと矛盾している。


 監禁すると言いながら、俺の外出を許可している。

 愛はないと言いながら、愛をもって行動している。


 タイミング良く捨てられたあの本も、わざわざ自宅に隠していたあの制服も、モモ先生へと繋がる電話番号を晒したのも。


 ――雲谷渚は、既に死んでいる


 俺に、墓を暴けって言うのか。


 ――かくれんぼは……昔から、苦手だ


 どこに隠れて、なにを隠してる……本当に、かくれんぼが下手くそだよ、あんたは。


現在いま


 いつの間にか。


 ぐりんと首を傾げた水無月さんが、貼り付けた笑顔で、俺のことを下から覗き込んでいた。


「他の女で、数%、脳内メモリを埋めたでしょ……?」


 だいじょうぶ。現在いま、貴女への恐怖で、脳内メモリ使用率100%。


「ハッハッハ、やだなぁ、水無月さん。昨今は生物学に興味があって、甲殻類の雄雌判別について思いを馳せていたんですよ」

本当にReally……アキラくん、他の雌のこと考えてたの?」


 どこの道筋ルートも、地獄に繋がってるゴー・トゥ・ヘル!!


「ゆいって呼んで」

「だとよ、由羅」

「あ、はい……ゆ、ゆい……」


 笑いながら舌打ちをして、水無月さんの殺意が薄れる。


 下手にこの場で『ゆい』なんて呼んだら、また彼氏彼女関係の話に発展して、面倒くさいことになるからな。適当に煙に巻いておくのが、手慣れた処世術テンプレ・オフコースというものよ。


「十中八九、ウンヤの意図は、フィーたちの喰らい合いでしょうね。獅子Fine子鼠Boobyたちの、絵本として売りさばけそうな、風刺に満ちた地獄絵図jahannam

「俺も同じことを考えてた」

「う……」


 なぜか、頬を染めたフィーネが、水無月さんに耳打ちを始める。聞き終えた水無月さんは、心底呆れたような顔つきで口を開いた。


「アキラくんと思考が似てて、とっても嬉しいんですって。相性占いの結果も良かったから、将来、結ばれるかもしれないって喜ん――」

「な、なんで言うの!! 言わないでって!! ゆ、ゆいの意地悪!!」


 慌てて、水無月さんの口を塞いだフィーネは、恥ずかしさで死んでしまうと言わんばかりに首まで桜色に染めていた。


 涙目でこちらを瞥見べっけんしている姿は、普通の女子高校生のようにしか視えない。あまりの性格キャラの変貌ぶりに驚きを隠せないが、こちらのほうが御しやすいので有り難い。


「あ、アキラ様……そ、それで、これからどうするんですか……アキラ様専用の神殿造りは順調ですが……」


 俺が紙殿ダンボールハウス作ってる間に、この女、無許可で神殿キリタニハウス作ってる……日曜大工Do It Yourselfじゃなくて、日用桐谷Do It Your Kiritaniだね。


 いずれは、俺を現人神アイドルとして完成させたいと、熱く夢を語る衣笠由羅ヲタクは放置しておくことにする。


「もちろん、対応策は考えてきた。

 でも――」


 俺は、微笑んで、雲谷先生の作ってくれた卵焼きを頬張る。


「甘すぎるかもな」


 俺のおねだり通りだとしても……その卵焼きは、砂糖を入れすぎていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る