苦味と甘味
「狙いがわからない」
人気のない校舎裏で、卵焼きをつまみながら、水無月さんはそう言った。
「
「人の弁当を奪いながら、ふざけた口を挟むのはやめなさい。タングステンで縫い付けるわよ」
「雲谷先生は……け、結局、何者なんでしょうか……な、なんというか、かつてのボクみたいに……なにかを偽ってるように感じます……」
なんとも奇妙な、食事風景だった。
石段に腰掛けた俺に相対する形で、
「そ、それで」
頬を染めたフィーネが、しきりに自分の髪の毛を弄りながら声をかけてくる。
「あ、アキラくんは、その、どう思う……?」
「ねちょねちょに、砂糖漬けにしたやつが好きかな」
「卵焼きの話じゃないわよ」
俺の華麗なる
「……前に、俺は、似たような手を使ったことがありますよ」
そう、恐らく、雲谷先生は、かつての俺と同じ手を使っている。
ヤンデレたちとの遊園地デート……最後の観覧車に搭乗した際に、俺は膠着状態を狙って、あえて三人を呼び出して一緒に乗り込んだ。たぶん、雲谷先生はアレと同等の効果を望んでいて、ヤンデレたちの足の引っ張り合いを望んでいるのだろう。
水無月さんたちの調査能力を考えれば、いずれは、見つかることが目に見えている。下手に手を組まれでもすれば、さすがの雲谷先生でも、守りきるのは難しかったに違いない。
だとしても、先生、貴女はなにかと矛盾している。
監禁すると言いながら、俺の外出を許可している。
愛はないと言いながら、愛をもって行動している。
タイミング良く捨てられたあの本も、わざわざ自宅に隠していたあの制服も、モモ先生へと繋がる電話番号を晒したのも。
――雲谷渚は、既に死んでいる
俺に、墓を暴けって言うのか。
――かくれんぼは……昔から、苦手だ
どこに隠れて、なにを隠してる……本当に、かくれんぼが下手くそだよ、あんたは。
「
いつの間にか。
ぐりんと首を傾げた水無月さんが、貼り付けた笑顔で、俺のことを下から覗き込んでいた。
「他の女で、数%、脳内メモリを埋めたでしょ……?」
だいじょうぶ。
「ハッハッハ、やだなぁ、水無月さん。昨今は生物学に興味があって、甲殻類の雄雌判別について思いを馳せていたんですよ」
「
どこの
「ゆいって呼んで」
「だとよ、由羅」
「あ、はい……ゆ、ゆい……」
笑いながら舌打ちをして、水無月さんの殺意が薄れる。
下手にこの場で『ゆい』なんて呼んだら、また彼氏彼女関係の話に発展して、面倒くさいことになるからな。適当に煙に巻いておくのが、
「十中八九、ウンヤの意図は、フィーたちの喰らい合いでしょうね。
「俺も同じことを考えてた」
「う……」
なぜか、頬を染めたフィーネが、水無月さんに耳打ちを始める。聞き終えた水無月さんは、心底呆れたような顔つきで口を開いた。
「アキラくんと思考が似てて、とっても嬉しいんですって。相性占いの結果も良かったから、将来、結ばれるかもしれないって喜ん――」
「な、なんで言うの!! 言わないでって!! ゆ、ゆいの意地悪!!」
慌てて、水無月さんの口を塞いだフィーネは、恥ずかしさで死んでしまうと言わんばかりに首まで桜色に染めていた。
涙目でこちらを
「あ、アキラ様……そ、それで、これからどうするんですか……アキラ様専用の神殿造りは順調ですが……」
俺が
いずれは、俺を
「もちろん、対応策は考えてきた。
でも――」
俺は、微笑んで、雲谷先生の作ってくれた卵焼きを頬張る。
「甘すぎるかもな」
俺のおねだり通りだとしても……その卵焼きは、砂糖を入れすぎていた。
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