オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「つーわけで、
切るからな? はい、さよなら~!」
母親への連絡を終えて、電話を切る。
横たわっていた雲谷先生が、片目を開けてまじまじと、
「桐谷。なんで、お前、私に協力するんだ?」
「違う、利用してるだけですよ。
先生とフィーネのせいで、水無月さんたちは『奪われる』ことを理解しましたからね。監禁への躊躇が、消し飛んだと言ってもいい。今までは準備段階であり他のヤンデレによる阻害行為があったから、踏ん切りがつかなかったんでしょうが……もう、なりふり構わなくなる」
「お前の家の住所は割れてるからな。あの子たちからしてみれば、簡単に、桐谷彰を捕獲できるってわけだ」
「そういうこと。
ほとぼりが冷めるまでは、いてあげますよ」
臨時避難所として、雲谷先生の家を選んだ俺は、他の問題を片付けることにする。
「先生、財布」
だらけて床に寝転がっている先生は、抵抗ひとつなく、俺へと財布を差し出す。中には一万円札が10枚、ざっくばらんに押し込められていて、小銭は一枚足りとも入っていない。普段、どれだけ、買い物しないんだろうか。
「なにが、食いたいですか?」
「……どういう意味だ?」
「光栄に思ってください」
俺は、胸を張る。
「俺の手料理を食わせてや――」
「やめてください」
雲谷先生は、俺の前で、綺麗な土下座をする。
「勘弁してください……」
教え子に土下座してまで、食したくない料理なんてこの世に存在するの――あるんです!!
「先生。先生は、どう考えても、俺のことを舐めてますね?
料理が下手くそだとお思いかもしれませんが、かの有名な創作料理のひとつ。夏休みの自由研究で育てたアサガオの種を油で揚げた、『アサニアゲタネ』を生み出したのは俺です」
「桐谷、アルカロイドって知ってるか?」
「アサガオの種に含まれている毒物の一種ですが……なにか……?」
「情状酌量の余地が、まるで見当たらんぞコイツ」
「というわけで」
俺は、笑顔で、扉のノブに手をかける。
「食材を買い出しに、ホームセンターまで行ってきまぁす!!」
「待て待て待て待て待て待て!!」
追いすがってきた雲谷先生を華麗に
「ほ、ホームセンターで、なにを買うつもりだ桐谷ぃ……しょ、食材の類なんて、キャットフードくらいしかないぞ……!?」
見当違いの方向に走っていった雲谷先生を確認し、俺は茂みから顔を突き出す。
「甘いな」
俺は、フッと微笑む。
「昆虫ゼリーがある」
知能指数があまりにも高すぎるせいか、心の奥底に眠った知的好奇心が抑えられない。俺レベルの腕前があれば、昆虫ゼリーを
というわけで、俺は、ホームセンターに行くこ――視線。
「…………」
振り向くと、誰もいない。
先程まで、背中に感じていた強烈な気配は霧散し、寂れた道が続いているだけだ。近くを通っている電車の音が響き渡り、夕闇が背中側から迫ってきているのを、なぜだか顕著に感じた。
「……気のせいか」
俺は、歩き出し――
「なわけないだろ」
振り向く。
そこには、ビニール袋をもった女がいた。
長い黒髪を前に垂らした女は、俺の視線に気づくなりびくりと震え、意を決したかのようにこちらへと踏み出――俺は、凄まじい勢いで突進する。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ひっ!?」
まさか、向かってくるとは思わなかったのか、慌てて逃げようとした女は、急に反転したせいで前に転ぶ。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ひっ、ひぃ、ひっ!?」
このままでは追いついてしまうので、俺は、倒れた女の前で高速足踏みをする。目の前で行われる、気迫の
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ひぃ……ひぃん……!!」
ノロノロと四つん這いで逃げる女。疾風迅雷の如き勢いで足踏みをして、スローモーションで追いかける俺。
「こんにちはぁ」
「あ、どうも」
犬を散歩しているご婦人に話しかけられ、俺は会釈を返す。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアア――」
「やめんか」
後ろから、チョップされる。
振り向くと、雲谷先生が、呆れ顔で立っていた。
「少し目を離したらコレだ。なにを人様に迷惑かけてるんだ、お前は。早く帰るぞ。今日は、出前をとるから」
「
目を離した隙に逃げ出していた女を、嬉々として追いかけようとして、首根っこを掴まれる。
「ヤンデレじゃない。あのアパートに住んでいるご近所さんだ。ただの人見知りで、臆病なだけの人だよ。
私は、声すら聞いたことがない」
前髪で顔を隠しているせいかもしれないけど、
「良かった……俺を害するヤンデレは、いなかったんですね……」
「いい話風に、クズめいたセリフを吐くな」
ずるずると引きずられて、俺は、アパートにまで連れ戻される。
そして、その夜。
「桐谷」
雲谷先生は、俺に電話を差し出し――
「モモ姉が……お前と、話したがってる」
懐かしい名前を口にした。
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