なまこフォーリンラブ

「ただのスタングレネード」

 

 俺を救出する際に何を投げたのか――問いかけると、水無月さんは平然としてそう答えた。


「ピンは抜いてないよ。有効範囲は約15メートルだし、あの距離で使えばアキラくんが巻き込まれるのは明白だったしね」

「だから、『伏せないで』と言ったんですね」

民間軍事会社PMCとフィーネの指揮下にいる執事たちだから、投擲されたグレネードに反応するくらいの能力はあると見込んだの。

 あの場で、唯一、反応“しなかった”のは、アキラくんとフィーネくらいのもの……たぶん、フィーネは、あの一瞬でブラフだって見抜いてたと思う」


 あの状況下で偽投擲弾ブラフを見抜けるとか、どういう度胸と思考回路してんだ? 


 俺に『伏せないで』と命令したからと言って、ピンが抜かれてないとは限らない……逆に発言を偽造することで、あの場を脱するための切り札として使う可能性だってあった筈だ。

 

 いやだなぁ、ハッタリの効かないヤンデレとか困るなぁ。


「スタングレネードって、他にも余ってます? というか、どこで調達してきたんですか?」

「ごめんね、アレしかないの。島に点在する補給基地から盗んできたんだけど、セキュリティがキツくて十分に捜索できなくて。

 も~、ゆいのやくたたず~!」

 

 可愛らしく言ってるけど、傭兵の基地に忍び込んで、秘密裏に装備品をパクってこれる女子高生とかKAWAII要素ゼロだよ。


「それで、アキラくん、これからどうするの? ゆいとイチャイチャする?」

 

 状況考えて発情しろやメス。


「是非ともイチャイチャしたいところですが、まずは淑蓮と由羅を救出したいと思います。使えるカードは増やしておきたい」

「アキラくん、正直言って、その案には賛成できない」

 

 俺の腕に身体を絡ませていた水無月さんは、ありありとした苦悶の表情を浮かべる。


「フィーネは、もう、そんな手は読んでる。むしろ、アキラくんをおびき寄せるために、あの二人を確保したのかもしれない。

 篝火に魅了されて飛び込めば、火中に存在するやみが待っている」


 震えている。あの水無月さんが、震えている。アレだけ俺に接近する存在を排除したがっていた彼女が、フィーネ・アルムホルトに対してだけは敵愾心を見せようとしない。まるで、戦う前に己の心を折りたがっているようだ。


「……水無月さん」

 

 ささやくと、水無月さんは、髪をかき上げて「なに?」とつぶやいた。


「このゲームの勝利条件は、なんだと思いますか?」

「勝利条件……『アキラくんを捕まえる』、じゃないの?」

「それなら、もう、フィーネは敗けているじゃないですか。見てくださいよ、完璧に捕獲されてるんですから」

 

 俺の腕を抱き込んでいる水無月さんは、真剣な色味を帯びた顔つきで黙り込む。


「よく考えてみてください。フィーネがこの勝負を俺たちに持ちかける“メリット”は、一体、どこにあるんですか?

 敗北の代償ペナルティを与える――違う。水無月さんたちの排除を目論んでいる人間が、『俺に一生涯近づかない』なんてルールを守らせようとする必要性はない。

 雲谷先生との決着――これもノーだ。雲谷先生がこの島から消えたにも関わらず、フィーネは興味を示そうともしていなかった。アイツは雲谷先生との再戦に、執着をもとうしていない。

 だとしたら、本当の勝利条件は」

「アキラくんを“物理的”に捕まえるんじゃなくて……“心理的”に捕まえる……つまり、『アキラくんに愛してもらう』ってこと?」

「えぇ、そのとおり」

 

 そう。最初から、フィーネがこのゲームを持ちかけた“真の相手”は――


「フィーネは、俺が誰かに惚れるまで、このゲームを終わらせるつもりはないんですよ」

 

 “アキラ”だ。


「その仮説が正しいとしたら、この腕時計がある意味はなに? アキラくんを物理的に捕まえるという条件を提示したからこそ、あんな説明をしたんじゃないの?」

「フィーネ・アルムホルトは、『この腕時計がゲームに関係する』なんて一言も言ってませんよ。ただ、『ルールを説明する』と言った後に『その腕時計は』と切り出して腕時計の説明を始めただけだ」

 

 らしくもなく、水無月さんは疑問を俺へと連ねる。


「でも、フィーネは『アラーム音を手がかりにして、ターゲットを追いかけ、先に捕まえたほうが勝ち』だと言ったじゃない」

「周波数」

「え?」

「フィーネの腕時計から流れる音の周波数を微妙に変更させていれば、“あの時に流れた音とは違う”と言い張れる。

 フィーネは、あの時、実際にアラーム音を鳴らし『この音を手がかりにして』と言いました。あのアラーム音が俺の腕時計から流れない限り、『アラーム音を手がかりにして、ターゲットを追いかけ、先に捕まえたほうが勝ち』という勝利条件は満たされない」


 あの時、なぜ、俺の腕時計ではなく、フィーネの腕時計から音が流れたのか……冷静になって考えてみれば、捕獲対象アキラを探すゲームなのに、捜索者フィーネの腕時計からアラーム音が流れる意味がわからない。


 ふざけやがって。ことごとく、俺が使いそうな手だ。微妙に言説を変えて煙に巻き、契約書ルールに書いてないから無効だと言い張る。


 意識と認識のすり替え、言質の偽造、叙述トリックめいた誤認……どれもこれも、詐欺師の常套手段だ。


「それに、さっき言ったように、捕まえる意味も異なっているんだと思います。

 つまり、俺たちが勝つには『フィーネの身に付けている腕時計を盗み出し、俺がフィーネ以外の誰かを愛している証拠』をアイツに見せつけなければいけない」

「ゆいとアキラくんは付き合っているから後者はいいとして……前者は一体どうするつもりなの?」

 

 実際は、後者が無理ゲーと言ったら、ココでGAME OVERに一億ジンバブエドル!


 水無月さんは俺からそっと腕を離すと、怯えを隠そうともせずに、小刻みに揺れる両手を突き出す。


「わかる、アキラくん? ゆい、怯えてるの。勝てる気がしないの。あの子を相手にして、アキラくんを勝ち取れる気がしない。ゆいがだよ? アキラくんのためなら死んでも殺してもいいと思ってるゆいが、ちっとも戦う気力が湧いてこないんだよ?」

 

 確かに、水無月さんからは“闘志”が感じられない。普段の彼女がもつ思考力があれば、俺からの解説なんて要らずに、フィーネの思惑くらいは察知できていた筈だ。勝つ気がないからこそ、考えようともしないのだろう。


 正直言って、この事態はマズい。恐らく、フィーネ・アルムホルトから腕時計を奪取するには、水無月さん、淑蓮、由羅、三人ヤンデレーズの力が必要となる。誰か一人でも欠ければ、あの女に勝てはしないだろう。


 だとすれば、俺がやることはひとつ!


「水無月さん」


 俺が彼女の頬に手を添えると、見る見る間に顔が赤らんでいく。


「ぇ……ぇ、ぁ、ぁの……」

「目、閉じてください」

 

 水無月さんは、目を閉じる。


 俺は、ゆっくりと顔を近づけてキスを――“させた”。


「ん……」

 

 大ぶりな……そこらの浅瀬にいた……なまこに……キスを……させた……。

 

 数十秒にも渡る熱烈なキスの後、さすがに可哀想になってきたので目を開かせると、熱に浮かされたようなぼうっとした視線で見上げてくる。


「あ、アキラ、くん……お互いに意識がある時にキスするの……初めてだね……」

 

 俺の意識がない時に何が行われているのか、きっと知らないほうがいいでしょう(怖い話)。


「水無月さん」

 

 俺は、微笑んでささやいた。


「俺と一緒に戦ってくれますね?」

 

 彼女ヤンデレは真っ赤な顔で口元を押さえ、ぶんぶんと首を縦に振った。

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