終焉のデート、開闢のヤンデレ

 橙色に包まれた公園に佇む衣笠麻莉愛マリアは、観覧車の中で命懸けの勝負をしているであろう大嫌いな男のことを想っていた。


「なんか……見落としてる気がする……」

 

 遊び疲れた子どもたちが帰っていく姿を見守りながら、マリアは役目を終えたアキラの携帯を見つめる。


「……あっ!」

 

 携帯、携帯だ――マリアは、思わず立ち上がった。


「ま、マズい……そう言えば、この時間帯、由羅先輩があたしに電話するって……!」

 

 偽造したバスの時刻表を渡した際に、由羅と交わした『デートが終わる頃合い、17時10分頃に一度電話する』という口約束。


「あたしの携帯、アイツがもってるのに……由羅先輩は、約束事はきっちりと守るタイプだから……観覧車内だろうと、絶対に電話をかける……!」

 

 時刻は、17時10分を過ぎている。


 観覧車の中では音がよく響くだろうから、まず間違いなく、携帯のバイブ音を隠し通すことはできない。


「あたしの携帯を『借りた』で済ませようとしても……遊園地内でアレだけやり取りをしたんだから、『自分の携帯をもっていなかった』は通じない……ど、どうにかして、アイツが『自分の携帯をもっていた』と誤認させないと……」

 

 マリアはうろうろと歩きながら考え抜き、ひとつの〝閃き〟と共に走り出して、自身の通う高校内にある『放送部』を目指した。


「え? この台本に従って読めばいいの?」

「そう! お願い!」

「落とし物のお知らせ? 『桐谷彰』さんの携帯が、落とし物として、届けられていたって言えばいいのね?」

 

 放送部の友人に用意した台本カンペには、〝遊園地の管理スタッフ〟を模した台詞が書き連ねてあった。


「なるたけ、自然な感じで読んで! 自分を遊園地の管理スタッフだと思って!」

「え~、うち、演劇部じゃないんだけど……」

 

 マリアは、観覧車に乗る直前に、アキラが携帯を〝落としてしまった〟という筋書きを描いていた。着信履歴から由羅の電話番号を呼び出し、彼女を経由して本人にその旨を伝えて貰おうとするスタッフを装い、観覧車内にいる全員に『アキラは、携帯をもっていたんだ』と誤解させようとしたのである。


 もし、アイツが、あたしの携帯をもって、観覧車に乗っていなければいないでいい。問題なのは、あたしの携帯をもって、観覧車に乗っていた場合。その時に、あたしのミスのせいで、アイツが追い込まれるのは避けたい。


 桐谷彰アレにだけは、借りを作りたくない。


 ――偉い! マリアちゃん、可愛かわいい!!


「……別に褒めて貰いたくはないから」

「え? なに?」

「い、いや、なんでもない! それじゃあ、お願い!」

「はーい、電話かけまーす」

 

 この時、マリアは、知らず知らずのうちに、大嫌いな男の足を引っ張っているとは思いもしなかった。




「電話、出たほうがいいんですか?」

 

 出られたら、人生終了ゲームオーバーだよ!!

 

 水無月さんの携帯を使って、俺が自分の携帯をもっていると誤認させた以上、今さら『俺、ホントはもってなかったぴょ~ん!』などと言えるわけがない。

 

 マリアが何を考えているかは知らないが、ココで『俺が携帯をもっていない』という事実が明るみに出ればそれで終わりだ。


 なら、全力で誤魔化すしかないだろ!!


「……お前ら、糸電話で遊んだことあるか?」

 

 ノリノリなBGMをバックコーラスに『金持ってそうな面した女の子が好き』という俺の声(着信音)が響く中、俺はそっと切り出した。


「い、いえ、ぼ、ボク……遊んだことがないので……」

「そういうことだよ」

「えっ」

 

 俺は、真剣な顔つきで言い切った。


「そういう……ことだよ……」

 

 着信が終わるまでの時間を稼ぐために、哀憐を思わせる表情で俺は窓の外に眼をやり、それから深いため息を吐いた。

 

 瞬間、淑蓮は、笑顔のままでブツブツブツブツと高速詠唱を始め、水無月さんは無表情で虚空の一点を睨みつけて――綺麗な姿勢で、ビシッと手を挙げた。


「はい、わかった」

 

 西暦1871年 郵便制度開始

 西暦1900年 パリ万国博覧会の開催

 西暦2018年 俺の知らんうちに、挙手制が導入された


「アキラくんは、己の魅力で世界を救おうとしているのね?」

 

 脳にまで、酸素がいってないのかな?


「そうか……なるほどね……さすが、水無月先輩……」

 

 無酸素運動、流行ってんの?


「アキラ様……なんて、慈悲深い……い、糸電話を経験したことのないボクのために……電話をかけることで、擬似的に体験させてくれようとしたのですね……!」

「そうだよ!! そのとおり!!」

 

 なんで、お前ら二人は、驚愕の表情を浮かべてんだよ。

 

 着信音が終了し、どうにか誤魔化せたかとホッとすると、しつこく電話がかかってくる。俺はその度にアンニュイを気取りながら、それらしいことを言って、ヤンデレたちの気を削ぎ続け――


「お疲れ様でした」

 

 観覧車が、一周していることに気づいた。


「終わった、のか」

「だから、その説は、アキラくんの第三発言から却下されたよね? 淑蓮ちゃんって、案外、アキラくんのことをよく見てないんだ?」

「アハハ、笑わせないでくださいよぉ。回答をことごとく間違えてた癖にぃ」

「か、回答率からしても……あ、アキラ様を最も理解しているのは……ぼ、ボクだと思います……と、というか、ボク以外にいないです……」

 

 激論を交わす三人を置いて、俺はよろよろと外に這い出て、退場ゲートゴールを目指す。

 

 終わった、終わったのだ。

 

 俺は光の差す方向へと、一歩、また一歩、前進していき、栄光の――なぜか、足が止まって、一歩も踏み出せなくなる。


「アキラくん、もう一周しよっか?」

 

 後ろから腕を掴んだ悪魔ヤンデレは、俺に笑顔を向けてそう言った。


「お兄ちゃん、ポイント制、導入したから! 一位になった人が、好きなお兄ちゃんの部位を選んで、そこを独占できるの!」

「あ、アキラ様……ぼ、ボク、勝ちますから……」

 

 コイツら、俺の余興が楽しすぎて、他の二人への敵意と疑惑を失くしていやが――俺は、ハッとした。

 

 ――何よりも優先されるデートの鉄則は、〝相手に飽きさせないこと〟

 

 ある言葉を思い出しながら、衝撃で俺は思わずよろける。

 

 ――あんたは、今、エンターテイナーであるしかない


「そうか……マリア、今、わかった……!」

 

 三人に引きずられながら、俺は笑った。


「コレがデートか!!」

 

 束の間、俺は夕暮れの空の中に、サムズアップするマリアの笑顔を幻視していた。




「あ、どうだ――ひっ!」

 

 遊園地デートを終えた後、携帯交換のために呼び出された俺の顔を見て、ふたつのコーヒーをもっているマリアは悲鳴を上げた。


「な、なんなの、その悪鬼羅刹みたいな形相……ま、まさか、三重予約トリプルブッキング……バレたの?」

「……四周だ」

「え?」

 

 俺は、ニコリとしてささやく。


「俺は、観覧車を四周した。ヤンデレ共に取り囲まれてな」

「え、ど、どうして、そんな事態に……な、なんで、怒ってんの……?」

「今回の三重予約トリプルブッキングがバレないように工作しつつ、アイツら三人のポイントを同点にして、園内解散させるまでにどれほどの艱難辛苦かんなんしんくがあったか……お前にわかるか……?」

「ちょ、ちょっと、なによ、その手……や、やめ……!」

 

 ありとあらゆる手段を用いて散々に辱めると、いつの間にやら、マリアは公園のベンチに倒れ伏してビクビクと全身を震わせていた。


「すまん、やり過ぎたわ」

「こ、殺す……いつの日か、殺してやる……」

 

 復讐者みたいでカッコイイ!!


「コレでチャラだ。

 ラーメンでも食いに行こうぜ。奢ってやるよ」

「……急になに? 気持ち悪いわよ?」

 

 右手を差し出すと、着衣の乱れを直しながら、マリアは俺の手を握って立ち上がる。


「というかさ」

 

 宵闇の迫る中、コーヒーを飲みながらラーメン店へと向かっていると、横を歩く数少ない常人は言った。


「ヤンデレ育成計画、結局、どうなったの?」

「成功したぞ」

 

 俺は笑顔で断言した。


由羅ヤンデレが重症化した」

「……トッピング、奢ってあげる」

 

 俺たちは近場のラーメン屋を目指しながら、今回のデートの失敗点を挙げ連ね、熱い議論を重ね合っていた。






 人、人、人……人でごった返す空港を、白金髪プラチナブロンドをもった美少女が悠然と闊歩していた。

 

 藍色の瞳を覆い隠すサングラス、黒コートの下にはミニワンピースを着込み、サイハイブーツとの間にある純白の太ももを露出している……スーツケースを下僕げぼくのように引きずりながら歩く彼女を見て、どこのハリウッド女優だと騒いでいる一般人たちに、彼女は一度たりとも視線を向けたりはしなかった。

 

 圧倒的なまでの美貌――若干、17歳の少女とは思えない、一ミリでもどこかの顔のパーツがズレてしまえば、〝台無し〟になると感じさせるような、完成された芸術品のような面持ち。


「ハイ、パパ。うん、日本に着いたわ」

 

 広々とした空港に愛らしい声が響き、彼女の口元に微笑が混じると、一転して可愛らしい少女の面が現れる。


「例の件、手配してくれた? うん、『桐谷彰ダーリン』のこと」

 

 少女が歩を進める度に、彼女に見惚れた男たちが頬を染め、肩口まで伸びた高級な金糸のような髪が揺れる。


「そう、うん。今日に至るまでに、ダーリンに近づいた異性、全員、〝この世から〟消して欲しいの」


 サングラスに隠された瞳――夜の女王アクアマリンが微笑む。


「え? そんなに、大量には消せないの?

 もー、冗談よ、パパ。フィーだって、もう子どもじゃないんだから。大丈夫。ダーリンの人生から、穏便に退場してもらうつもり」

 

 彼女は通話を切って、スマートフォンを手に取り、十分刻みで盗撮されたアキラの写真を高速でスライドし始める。


「ダーリンの人生に必要なのは、フィーだけ……フィー以外、必要ない……ダーリンだって、そう思ってる……必要ない……必要ない…必要ない……必要ない……この女もこの女もこの女もこの女もこの女も……必要ない必要ない必要ない必要ない必要ない……」

 

 画面の写真が切り替わり、愛しの人アキラの人生において、彼に〝一度でも〟半径5m以内に接近した(通行人含む)女性たちが映し出され、彼女が指でスライドをする度に、『unnecessary(必要ない)』と文字が表示される。


「unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……unnecessary……」

 

 彼女の指が止まり――幼稚園時代のアキラの口元を拭っている、桃を模したフェルトの名札に『もも』と書かれた幼稚園教諭がクローズアップされる。


「unnecessary」

 

 〝不要〟と描かれた画像は消え、彼女は顔を上げる。


「……Next is my turn to beat you」

 

 念願の帰国を果たした彼女ヤンデレは、アキラの元へと向かって行った。

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