ヤンデレの鋭さを舐めたらあかん
「……ゆいとアキラくんの邪魔するの、誰?」
殺意の籠もった視線の先にいるのは、モニター越しの『
「お、俺の妹みたいですね」
恐る恐る、
とすれば、水無月さんが招いたということではない。当然、監禁されかけている俺が呼ぶわけもない。
「妹さん? え? アキラくんの?」
無言でスタンガンを構えていた彼女は、急にパッと顔を輝かせて、この世の春を迎えたかのように頬を染める。
「そ、それなら、挨拶しなきゃ。だ、だって、アキラくんのご家族だもの」
「いや、それは、マズいんじゃないですかね? アイツ、ブラコンなんで、俺が水無月さんと同棲するなんて言ったら――」
「ゆい」
「え?」
苛立たしそうに、水無月さんは歯ぎしりした。
「ゆい!! わたしのことは、ゆいって呼んで!! 恋人同士でしょ!?」
コイツ、地雷原の擬人化か?
「ハハッ、ゆい。ちょっと、間違えただけだろ?」
「あ、アキラくん……おちゃめなんだから……でも、好き……」
スタンガンを鳴らしていた(威嚇)水無月さんは、とんでもない気分の急上昇と急降下を見せつけてくる。
「話を戻しますけど、アイツ、ブラコンなんで、ゆいと同棲するなんて言い出したら、かなり反発すると思います。下手したら、両親に訴えられるかも」
「え、そ、それは困るよ」
ヒモとして、俺も困るよ。
「正直言って、俺としては、ゆいに監禁されるのはやぶさかではありません。むしろ、犬として生きていく所存です……殺されなければ」
最後の方は、ボソリとつぶやく。
「なので、俺は奥に隠れていようと思います。上手いこと、アイツのことを追い払って下さい」
「う、うん! 頑張るね!」
がしかし、彼女はかなりの有望株だ。それに、これだけの愛情を注いでくれているならば、人生の途上で捨てられる可能性も殆どないと言っていい。
成績は優秀で外面は美少女、将来性は有望さに輪をかけており、見逃せば後悔するレベルの良物件と言い切っても差さし支つかえないだろう。
俺をペットケージにぶち込もうとしているイカレ少女ではあるものの、これだけ俺のことが好きならば、操縦しようもあると言うもの。
イケる! 俺は、今、人生に勝利しようとしている!!
「俺は、君に監禁されたいんだ」
「ゆいも、アキラくんのこと、監禁したいよぉ……」
殺し文句を吐いてから、メロメロの彼女をダイニングルームに残し、俺は奥にある一室へと引っ込む。
「それじゃあ、直ぐに帰らせて下さい。家に入れる必要はないですから。玄関から先には、侵入させちゃダメですよ?」
「はーい! 待っててね、アキラくん!」
浮足立っているのが傍目から視てもわかるくらいに、水無月さんは、嬉しそうな様子で玄関へと向かっていった。
数分後、俺の妹がダイニングルームに顔を覗かせる。
「お邪魔します」
おーい!! 水無月ィ!! 話、聞いてたぁ!?
「やっぱり、水無月先輩は、お兄ちゃんとお似合いですねー。私、前から、こういうお姉ちゃんが欲しいと思ってたんですよぉ」
「え、えへ……えへへ……そ、そーかなぁ?」
デレデレの水無月さんは、ものの見事に、我が家の妹の手によって
茶色がかった髪の毛をツーサイドアップにし、蒼色のリボンで髪の毛をまとめている淑蓮は、袖余りの制服で両手を隠し、誰からも可愛がられる天性の人懐っこさで、水無月さんとの距離を詰めている。
我が妹ながら、恐ろしい子だ。
「お兄さんが帰ってこないから、わざわざ、クラスメイトの家を訪たずねて歩くなんて、とってもお兄さん想いなんだね」
「いえいえー、ただのブラコンなんですよぉ。私が言うのもなんなんですけど、お兄ちゃんってカッコイイですからぁ」
淑蓮は、意味ありげに目を細める。
「……誰かに、攫われてたりしたら困るなって」
紅茶をテーブルに置こうとしていた水無月さんが、ピタリと動きを止めて「へぇ」とだけささやいた。
「淑蓮ちゃんって、そんな有り得ないようなことも考えるんだ? 妄想気質? みたいな感じなのかな?」
「水無月先輩って、確か、ご兄弟はいないんですよね?」
淑蓮は、袖元から指先を出して微笑を浮かべる。
「なんで、玄関に男物の靴があるんだろ? おかしくないですか?」
「……お父さんのだよ?」
「へー、あの、靴箱の上に〝隠されてた〟スニーカーもですか?」
水無月さんは、テーブルの裏にテープで貼り付けたスタンガンへと手を伸ばしニコリと笑った。
「隠してたわけじゃないよ? ただ、捨てようと思ってただけなの」
「あ、そうなんですかぁ?
お兄ちゃんのによく似てたから――」
口元に微笑みをたたえたまま、俺の妹は、鋭い眼光を水無月さんへと向けた。
「てっきり、〝ココ〟に、お兄ちゃんがいるのかと思っちゃいました」
なんなの、この緊張感? マフィア同士の交渉かな?
「そんなわけないじゃん。淑蓮ちゃんは、面白いなぁ」
うふふ、あはは、と二人は笑い合った後、唐突に淑蓮は腰を上げて「帰ります」と宣言した。
「あ、もう、帰っちゃうの? もう少し、ゆっくりしていけばいいのに」
「いいんです。もう、用事は済んだので。
では、失礼します」
あっさりと妹はダイニングルームを辞し、見送るために水無月さんも姿を消す。
「……アイツ、昔から、勘が鋭いところあったからなぁ」
俺は、念のために身を隠しながら、独り言をつぶやく。
「でもまぁ、どうにか誤魔化せ――」
バイブ音。俺の携帯だ。
画面を視て――俺は驚愕で、携帯を取り落としそうになった。
差出人:桐谷淑蓮
宛先:桐谷彰
件名:なんで?
本文:なんで、隠れてるの?^^ そろそろ、帰ろうよ?^^
「え、なんで、バレたの?」
俺は、呆然として、どこで妹に気づかれたのかを考えていた。
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