ヤンデレの自宅に入ったら、まず出てはこれない

「ど、どうぞ、上がって」

「お邪魔します」


 天高くそびえ立つ高級マンションに招かれ、同級生女子の家に足を踏み入れる。


 しかも、ただの女の子ではない。男子諸君の憧れの的、あの水無月結みなつきゆいの家の中だ。


 ニ、三、言葉を交わすだけでも、クラスメイトから羨まれる存在に、自宅へと招待されるなんて、昨日の俺は考えもしなかっただろう。


「アキラくんって、なんでそんなに良い匂いがするの? 格好いいからかな? すごく格好いいからかな? ゆいの王子様だもんね、アキラくんは? だから、そんなに良い匂いがするのかな?」


 まぁ、危険人物ヤンデレだとも思ってなかったけどね。


 俺の首筋の匂いを嗅いでいた水無月さんは、我に返ったのか、頬を染めて「それじゃあ、アキラくんのおうちでも作ろっか?」とささやいた。


「ん? お家? 俺の家は、ココから自転車で十数分のところにありますが?」

「うん、知ってるよ。住所と電話番号、役所に登録されてる出生地に、アキラくんがどこの病院で生まれたのかも携帯に入れてあるから」


 なんで、本人が知らないようなことまで知ってんの?


「アキラくん、ゆいと一緒に暮らすんでしょ? そのためのお家」

「それって、将来的な話ではなくてですかね?」


 水無月さんは、無言でテーブルに拳を叩きつけ、血走った目で俺のことを見上げた。


「……アキラくんは、ゆいと一緒にいたくないの?」

「ハハ、バカなこと言うなよ。好きな人と一緒にいるのは義務だろ?」

「あ、アキラくんったら……」


 コレ、あれだ。選択肢ミスると、即死するやつだ。


「で、その、これからは、俺はココから学校に通うことになるんでしょうか?」

「学校って行く意味ある?」


 少し前の俺ならば、喜び勇んで同意してたけれども……俺の前に座る水無月さんは、唇を高速で動かしながらニコニコと笑う。


「だって、アキラくん、格好いいから、他の女の子に色目使われちゃうでしょ? ゆいはアキラくんのこと信じてるけど、他の女の子がちょっかい出してくると、もしかしたらって場合もあるよね? そうした時、ゆいね、その女の子のこと許せないかもしれない。アキラくんのことも許せなくなるかもしれない。

 そんなの、嫌だよね? ね?」


 よく整理整頓された高級マンションの一室、アンティークらしいテーブルに腰掛ける俺は、目の前の女の子に対してサムズアップした。


「確かに! お互いが損だよね!」


 こう答えないと、即死なんだろ? 知ってるよ?


「よかったぁ、アキラくんも同じ考えで! ゆい、アキラくんのこと、〝説得〟したくなかったから」


 水無月さんは、ゴトリと音を立て、後ろ手に隠していたスタンガンをテーブルに置いた。


「じゃあ、アキラくんは、明日から学校に行くのはやめようね。大丈夫、ゆいがちゃんとお世話するから。お勉強もゆいが教えてあげる。ご飯だって作れるし、お風呂で身体も洗ってあげる」


 そう言って、彼女はし尿瓶と大量のおむつを取り出し「よかったぁ。コレ、使わずに済みそう」と笑う。


「アッハッハ、良かった良かった」


 どんだけ、用意周到なんだよ! さらう気満々かよ! 怖いよ!


「で、俺のお家って、その、どう言ったものになるのでしょうか?」

「ん? コレだよ?」


 満面の笑みを浮かべて、水無月さんは、組み立てる前の大型犬用ペットケージをもってくる。それから、嬉々とした表情で組み立てを終え(非常に手慣れてるのが恐ろしい)「じゃ~ん!」と可愛らしい声で完成を告げる。


「完成! アキラくんのお家でーす!」

「スゴイや!!」


 ラリってんのか、お前?


「コレね、ゆいがね、ずーっと前から探してて、やっと見つけたんだ。アキラ君が入っても、居心地の悪さを感じないように、とっても大きいのを探してきたの。それでね、コレを二組組み合わせると、ちゃんと寝っ転がることもできるんだよ?」


 褒めて欲しいのか、おずおずと頭を差し出してくる彼女に「ありがとう」と偽りの礼をめ、俺はゆっくりと頭を撫でてやる。


「えへ、えへへ……すき……」


 恥ずかしそうにはにかむ彼女は、とんでもなく可愛いし、男の子諸君から人気が出るのも頷ける愛らしさだ。


 でも、美狂女ヤンデレなんだよ!! 人のことをペットケージにぶち込む気だぞ、このアマ!!


「気に入ってくれたかな?」

「もちろん」


 気に入るわけねぇだろ!!


「一旦、ケージは解体して、ゆいの部屋でまた組み立てるね? お父さんは、殆ど家には帰ってこないし、帰ってきても絶対にゆいの部屋には入ってこないし、入ってこれないから安心してね?」


 何を安心するの?


「あ、あとね、プレゼントがあるの……」

「プレゼント?」


 モジモジとしている水無月さんは、可憐な笑みを浮かべてから、告白するみたいにして〝ソレ〟を俺に突き出した。


「う、受け取って下さい!」


 ソレが、ラブレターとかだったら、初々しい青春の一場面だっただろう。


「あ、ありがとう」


 でも、コレ、〝手錠〟にしか視えないんだよなぁ。


 水無月さんから、差し出されたモノを〝拒否〟するわけにもいかない。否定すなわち、即死コースまっしぐらだからだ。


 なので、俺は笑顔で「ちくしょう、ありがとう」と言って受け取った。


「ちくしょう?」

「俺、江戸っ子だから。嬉しくなると『ちくしょう、こんにゃろう、嬉しいこってぇ!』みたいなの出ちゃうんだ。うん」

「アハッ、変なの」


 お前が言うな。


「首輪はオーダーメイドだから、出来るまで待っててね。可能な限り急がせるから、楽しみにしてて」


 やっぱり、首輪作るんだね。ワンちゃんかな、俺は?


「そ、それじゃあ、そろそろ、一緒にお風呂に――」


 ぴんぽーん――間の抜けたインターホンの音が鳴って、水無月さんが目を細めると、来訪者が小さなモニターに投影される。


「……淑蓮すみれ?」


 そこには、俺の妹が映っていた。

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