メリケンサック・ラヴストーリー
@iwao0606
第1話
その日は珍しく、私が店先に出ていた。
普段はコミュ力の塊のような営業が、出張で外出していたから仕方がなくだ。
営業は戸締りをちゃんとするように、変なお客が来たら警察を呼ぶように、と言いつけて、数日前に出ていった。
正直、こどもじゃないんだけどな、と思いながらも、営業の言うことに頷いておいた。
普段予約客が中心だから、私はすっかり油断していた。
お昼下がり。のんびりとした初夏のひかりにあふれた店で、私はうとうととしていた。
からんと響くドアベルの音に、慌てて目をこする。
「いらっしゃいま……せ」
そこにいたのは、ツンツンと頭を立てた金髪の少年だった。
制服を着崩しており、腰にかけて何本ものチェーンがじゃらじゃらしている。
指先にゴツい指輪をいくつも装備していて、これで殴られたら痛そうだな、とぼんやり思ってしまった。
漫画の不良キャラみたいな外観だなぁ、と感心してしまう。
そういうことか、そんな子がうちの店に来るなんて、もしかして好きな子にプレゼントでも勘ぐってしまう。
うんうん、こういうのときのヒロインって黒髪おさげの眼鏡委員長とかなんだよね。
だから次に続くひとことが、信じられなかった。
「メリケンサックを作って欲しいっす」
「……えっと、うちジュエリー工房なんですけど」
しかもオーダーメイドで結婚指輪とか作っているんですよ! そんな凶器は取り扱っていませんよ!
しかし、ここは客商売だ。
営業も言っていた、お客様の隠されたニーズを把握することこそが、お店を続ける秘訣だと。
「……メリケンサックってけっこう材料費かかると思いますが、大丈夫ですか?」
外注にしてもいいのなら、デザインだけこっちでやって、安い鉄で加工してもらうこともできる。
鉄に熱処理をかければ、丈夫になるだろうし、要望には応えられるとは思う。
「大丈夫っす」
と言っても、学生さんだ。安めに仕上げてあげないと。
「どんな感じなのがいいですか?」
「やわなやつはいらないんで、丈夫なやつでお願いします」
殺る気だ! 絶対殺る気だ!
こちとらオーダーメイドの武器職人になった覚えはないよ!
ここはオーダーメイドのジュエリー工房よ!
永遠に幸せになるための呪いの指輪を作っているところよ!
あまりの衝撃に、だんだんなんだか面白くなってきた。
「……なんでまたメリケンサックを作ろうと」
「あれが」
不良少年(推定)は壁にペイントされている店のロゴを指差す。
丸みを帯びたハーフアーチの王冠だ。
王冠の上にはダイヤがひとつのっているだけ。
どこがメリケンサックと繋がろうのだろう。
「あれがメリケンサックみたいに見えたんっすよ」
確かに?
確かにハーフアーチの隙間が、メリケンサックで言う指を嵌めるところに見えるような気がしないでもない。
「……だから。ここなら作れるかなと思って」
妙に熱を帯びた瞳でこちらを見つめられると困る。
ああ、そうか! 私はなんて馬鹿なんだ!
メリケンサックを渡す相手は、黒髪おさげの眼鏡委員長ではなくて、同じちょっとやんちゃ仲間の女の子なのね!
私としたことが、なんて。
お客様のニーズを汲み取って、素敵なものを作るのが仕事なのに。
「わかりました! では、デザインを作りますので、またお越しいただければ」
最恐なメリケンサックを作ってあげなくちゃ!
「なら、次はいつっすか?」
「来週の月曜日くらいにお越し……」
「ただいまー! あれ、お客さんでしたか。いらっしゃいませ」
パリッとしたスーツを着た営業が、にこりと笑顔を見せる。
爽やかイケメンの笑顔に、不良少年(推定)はたじろぐ。
「あ、こちらうちの営業でして。普段はここの店先で、お客様の応対をしているんですが、しばらく出張に出てたんです」
「はい、今度お越しいただければ、私は応対いたしますので」
不良少年は心底嫌そうな顔をした。
「もちろん、営業だけではなく、デザインと製造の私も同席しますよ。心配しないでくださいませ!」
その一言に不良少年(推定)は、ちょっとほっとした顔をして、店を出て言った。
もちろん、なぜか営業をがっつり睨んでいたのだが、その理由は私にはわからず。
とりあえず、メリケンサックから始まる不良少年(推定)の恋物語がうまくいきますように!
「いや、多分色々間違っていると思うけどね、姉さん」
営業もとい弟が困ったように、頭を抱えている。
「うーん、何が?」
と既に弟の買ってきたお土産に夢中の私は、何も気にしていなかったのです。
メリケンサック・ラヴストーリー @iwao0606
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