新入社員のお茶汲み

@iwao0606

第1話

「新しく入られたお仕事ですのよ」

先輩が今年入社の新入社員に、女性社員の仕事を教えていた。

どの湯のみが誰のか。

どれくらいのお茶の濃さや、温度が好きか。

(面倒だ)

こと細かに教えてくれた先輩には申し訳ないが、新入社員にはひどくつまらなかった。開発の仕事がしたいという気持ちでやってきたのに、お茶汲みの仕事か。

この部署は先輩と新入社員のふたりだけが女性だ。

そして先輩は一ヶ月後にはもう寿退社するという。クリスマスケーキにならなくてよかったね、というのがもっぱら開発部の人間が先輩に言う言葉だった。

先輩は微笑みながら、「はい、よかったです」と返すのが常だった。

そして、先輩は一ヶ月後、退社した。


新入社員は正直のところ、引き継いだ仕事が面倒に思えた。

同期の男性社員は嬉々として開発に携われていた。それが羨ましくて、ますます新入社員はお茶汲みが面倒になっていた。

いかに手軽に時間をかけずにお茶を大量に淹れるか。

新入社員は何回も淹れては洗う土瓶に嫌気がさしていた。

「みんな何でお茶一択じゃないのよ」

コーヒーの要望を出すひともいるので、仕方がなしに隣ではコーヒーメーカーを可動させている。

コーヒーメーカーは洗う回数が少なくて便利だなとぼんやり新入社員は思う。上のフィルターさえ変えれば、同じものを入れる分には使い終わるまでいける。

「…そうだ、コーヒーメーカーで緑茶を作ればいいんだ」

それから新入社員は、実験を繰り返した。何グラムが適正量か。被験者は開発部全員だった。

実験は上々で、茶葉の削減とともに時間の削減につながった。もちろん、給湯室でそんなことをしているとバレたら、何を言われるかわからない。極秘裏に新入社員はコーヒーメーカーで緑茶を製造し続けた。

まさに密造緑茶である。


次に新入社員が考えたことは、お茶をいちいち渡しに行くのは面倒だということだ。

新入社員はまた頭を悩ませた。

何かヒントにならないか、会社の歴史的なものを展示している博物館へ足を運んだ。

江戸末期に生まれたこの会社の創業者は、からくりを作るのがうまかったという。

特に茶運び人形などをはじめとするからくりを作っては、ひとびとの関心を誘っていたという。

これだ、と新入社員に衝撃が走った。

急いで図書館で茶運び人形の作り方を調べあげ、蒲鉾板や割り箸などで作り上げる。

カタカタと音を立てるが、ちゃんと動く。少し動きは悪いが、試運転としては上出来だろう。新入社員は満足気だった。

たが、ここで終わるものづくり心ではない。新入社員はやはり茶運び人形人形を進化させてたい。

コーヒーメーカーでお茶を淹れている時間を使って、新入社員はしゃこしゃこと、割り箸を削りながら、茶運び人形の改良に励み続けた。

しかし、集中しすぎたせいか、新入社員は給湯室にいすぎた。不審に思った開発部の人間に見つかってしまった。

烈火のごとく、開発部の部長は怒った。業務外の仕事をするばかりではなく、コーヒーメーカーでお茶を淹れていたことに。

「真心をいれて淹れるものだろう!」

部長は口角から泡を飛ばしながら、新入社員をなじった。ペットボトルのお茶を飲んでるくせに、と言いたかった。

それに新入社員はお茶を淹れるために大学を出たわけでも、雇われたわけではないことを言いたかった。

だが、部長の精神論にはとうてい自分の言葉は通じないだろうなとも思った。

だから、新入社員はある行動に出た。


始業時間になり、いつものようにお茶が出るのを開発部の人間は待っていた。

しかし、一向にお茶が出てこない。

カタカタと音を立てて、物音がした。

カタカタカタ。カタカタカタ。

ひとつだけではなく、複数だった。

何体ものの茶運び人形が、湯気立つお茶を運んでくる。

変わった趣向だな、とある社員がお盆に載ったお茶を取ろうとしたときだった。

バチャァ、と熱いお茶が社員の顔に投げつけられた。

それを合図に茶運び人形たちは熱い茶を開発部の人間に投げつけ出した。

どんなに逃げようとも、モーターを搭載された茶運び人形たちは、開発部の人間たちをどこまでよ追いかけた。仮に一体が壊されても、次の一体が必ずお茶を投げつけた。

茶碗が飛び交い、茶しぶきがあがる、そんな一日となった。


「もちろん、私はクビです」

ふわり、元新入社員は笑った。

つられて記者も笑ってしまう。

女性のベンチャー企業が珍しい時代、彼女は新星のごとく日本のものづくり界にあらわれた。

革新的かつ、ひとびとを雑事から解放するようなものづくりは、ひとびとに強い影響をあたえた。

「だから、食い扶持を稼ぐには、この会社を作らなくてはいけなくて…。はじめは実家のガレージでした」

そして、と彼女は言葉を続けようとする前に、物音がした。カタカタと小さな音が記者の足元からしてくる。

よく見れば、茶運び人形だった。と言っても、木製のものではなく、アルミフレームで組まれたものだった。

配線が何本も使われており、江戸時代のからくりで作られた茶運び人形とは違う、かなり機械的な感じのするものだった。

「どうぞ、粗茶ですが」

記者は戸惑いながら茶碗を受け取ると、茶運び人形はまた元来た道を行く。

壁からそっと覗く若い社員たちに、記者は気づいた。

「我が社では入社したら、皆茶汲みをするんです。と言っても、昔のようなお茶汲みではありません。お茶運び人形を作ってもらうんです。いくら進化しても、やはり作るという原点は捨てたくないと思いまして。ああやこうやってどうしたら、いけるのか、試行錯誤するのが大事かなと思いまして。社内で困りごとや不満があったら、みんなで作って解決するように、心がけてます。たとえば、あのごみ箱ですが…」

元新入社員の社長は、目をキラキラ輝かせて語った。

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