祓い巫女チェーンソー

@iwao0606

第1話

 ガタガタと女子高生は電車に揺られながら、窓に映る通天閣を見る。

 夜をけばけばしく照らす電波塔は、今日は青色に光っていた。明日は雨か、と女子高生はぼんやり思う。

 電車がゆっくりとホームへ入っていく。JR新今宮駅。私鉄とちんちん電車の乗り換えのために、多くの客が我先と降りて行く。

 女子高生は重たそうなギターケースを抱えて、群衆とともに降りて行く。ギターケースを抱えている姿は、一見バンドをしているいまどきの女子高生だ。

 女子高生は通天閣口改札を出て、15分ほど歩いたビルの地下へ入っていく。『ねずみ・しらみ・南京虫退治を承ります』の広告やゲバ文字で彩られた鉄の扉を女子高生はためらいもなく開く。

 ぎぃっと重々しい扉の向こうには、闇とひとすじの光があった。

 この光景を見るたびに、女子高生は蜘蛛の糸を思い浮かべる。あのひと筋のひかりを求める手が、深い深い闇に漂っているのだ。

 彼女はギタケースを開くと、鈍い光が輝く。スターターグリップを握ると、力任せに引いた。

 ブォーンンンンン。

 静寂にエンジン音が響き渡る。その音に深い闇に漂う手たちは、道を開ける。リングのロープはしめ縄でできており、紙垂がさがっている。女子高生はチェーンソーを響かせながらもロープを切らないように、リングにあがった。

「ああ、今宵はあなたなんだ」

 女子高生はリングのうえに蠢く異形のものを見遣る。異形のものは、汚らしい唾を飛ばしながら、咆哮をあげた。

 それを合図に異形のもの体が裂け、形のない群れをなし、女子高生に襲い掛かった。

 波のような闇の群れに、女子高生はおおきく振りかぶって、チェーンソーを叩き込む。地響きのような振動とともに、群れがブチブチと切断されていく。

 女子高生はチェーンソーとともに舞い続ける。

 その姿は優美ではあるが、地響きのような音はとても似つかわしくなかった。それもそのはずだ、彼女の使っているチェーンソーは普通とは異なる。

 排気量。

 それがチェーンソーの力を示す指数だ。

 通常、成人男性でも100ccのものでもかなり疲弊する。だが、おそるべくことにこの細身の女子高生が振り回すチェーンソーの排気量は、1000cc。10倍の力があるということだ。彼女の体はその排気量に負けることがない。一見大きなモーションに見えるが、それが敵を効率的に殲滅するために、わざと大ぶりな動きをして稼働範囲を広げているのだ。

 鎮まりたまえ。還りたまえ。

 女子高生は祈りながら、チェーンソーを振るう。そのチェーンソーには、五芒星が刻まれていた。稀代の陰陽師・安倍晴明が彼女の生家に伝えた、特別な五芒星。安倍晴明の生誕地である阿倍野元町からここはそう遠くない。安倍晴明は生まれ故郷を守るために、陰の気の吹き溜まりになるこの特異地点を清浄するために編み出したのだった。

 そして少女の生家は安倍晴明の命により、陰の気を払うために、代々この場所で戦い続けているのだ。

 かつては鉄扇や刀、薙刀など多種な武器が用いられた。だが、戦後効率的な殲滅方法としてチェーンソーが採用されるようになった。

 このチェーンソーはただの市販品ではない。安芸の土地採れた玉鋼を、高野山で払い清め、堺の刀鍛冶が打ったチェーンブレードを使っているのだ。

「これで最後よ」

 女子高生が深い闇を切り刻み終わると、リングのあかりは落ち、深い闇との境界線は淡くなる。この地は決して完全に払われることはない。ここはそういう場所なのだ。

 だから女子高生はチェーンソーを振るい続ける。いつかこの地が清らかに払われる日が来る、と信じながら。

 

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